第34話 王都の花火祭り

 二日目、アーレンスは筆記試験を受けているはず。特に用事もないので、わたしはリルラちゃんと祭りを楽しんでいた。夜には花火大会もある。夕方にアーレンスとミヤエルさんと合流して、花火を見るつもり。


 都は活気に満ちて、人でいっぱいだ。春ノ市では見かけなかった屋台など、いろいろある。もしかすると、サクナさんとシーアちゃんにも出会えるかもしれない。

さいきん会ってなかったから、またお話ししたいな。


「お姉様! はい、どうぞ。王都焼きです!」


リルラちゃんが駆け寄ってくる。手にはほかほかの王都焼き。

日本のたい焼きに似た食べ物で、中にはすりつぶした豆が入っている。餡子とはまた違った味で面白い。王都のおやつと言えば、王都焼きって言われるくらいだ。


「ありがとうね、リルラちゃん」


「いえいえ! お姉様と祭りに行けて嬉しいです。なんだかデートみたいですねっ」


リルラちゃんは嬉しそうで、ちょっとはしゃいでいる感じ。楽しいみたいで何より。でも、デートっていうよりはね。


「うーん。デートっていうか、妹と来てる感じかな?」


そういうと、リルラちゃんは目を輝かせる。


「い、妹ですか? お姉様が妹認定してくれた……! すっごく嬉しいです!」


「そう?」


わたし一人っ子だったから、妹とか弟とか憧れていたんだよね。リルラちゃんは本当に妹みたいに可愛い。シスコンになっちゃいそう。


「じゃあ、次どこ行こっか」


「そうですねー。北広場に行きませんか?」


肩に手を置かれて、振り返る。目の前の人物に、驚いた。

あのオルウィン司祭さまだった。


「どうも、アトラさん。奇遇ですねえ。こんなところで会って」


「そうですね。奇遇ですね」


わたしは驚いたのを必死に隠して、なんでもないように答えた。

ひい、びっくりした。なんでこんなところで会うんだろう。まさか見張ってたわけじゃないよね。まあ、そんなわけ……。


「お姉様!」


リルラちゃんが、わたしとオルウィンさまの間に入る。まるでブロックして守ってくれているみたいだ。リルラちゃんのオーラがちくちくしている。オルウィンさまへの敵意を感じた。


「どうも、可愛いお嬢さん。ボディガードですか?」


「あなたには関係ありませんから。用がないなら、さっさとどっか行ってくれません?」


オルウィンさまは、そんなリルラちゃんを鼻で笑う。


「監視人の手先風情が」


「オルウィンさま」


わたしはリルラちゃんを庇うように前に立って、にっこり笑う。


「わたしの大切な家族に、風情などといういやしめる言葉を使わないでいただきますか?」


オルウィンさまの顔が青くなる。表情は恐怖に染まり、体がぶるぶると震えていた。きっとそれは、わたし……いや、アトラスの殺気を受けたからだ。

あってよかった人を怖がらせる殺気。殺し屋だったアトラスなら、これくらいお手のもの。

アトラスの師匠だと、一般人なら殺気で気絶させるからね。


それがこのわたしでも使えてよかった。戦うわけじゃいから、使えたのかもしれない。怒りでつい使ってしまったよ。

でも、怖がらせることはできたみたいね。


「き、貴様はいったい……! い、いや、いずれ私のモノになるのだからな。心して待っておきさない!」


オルウィンさまは慌ててその場を去っていった。わたしは殺気を鎮め、一息つく。なによ、いずれ私のモノになるって。なるわけないっての。死んでもごめんだからね。


「リルラちゃん、大丈夫?」


わたしは振り返ってリルラちゃんを見た。固まっていたリルラちゃんは、そのうち目に涙を溜めてわたしに抱きついてきた。


「お姉様ああああああっ! さすがですう! さすがお姉様ですうう!」


「もう大丈夫だからね」


わたしはリルラちゃんの頭を優しく撫でた。まったく。リルラちゃんにあんなこと言うなんて、本当に許せない人ね。今度はムーとスーにやっつけてもらおうかな。


「さ、北広場に行こっか」


「はい!」


それにしても、さっきのオルウィンさまの言葉、「監視人」。

確か、王宮がスキル持ちや加護持ちを監視するための組織だよね。グロレアさんから教えてもらったことがある。

リルラちゃんは監視人っていうことなのかな。わたしを監視しているんだろうか。うーん。でも、お姉様って慕ってくれるのはウソじゃない気がする。


まあ、監視人だろうがなかろうが、わたしの大切な妹だもの。

今は祭りを楽しもう。


 夕方、私とリルラちゃんは中央広場でアーレンスとミヤエルさんを待っていた。二人でパンを食べながら待っていると、ミヤエルさんが先にやってきた。


「楽しめましたか、二人とも」


「神父様! 聞いてくださいよ!」


と、リルラちゃんがオルウィンさまとの出来事を話す。


「むう。困りましたねえ。接触してきましたか」


ミヤエルさんは険しい顔でわたしを見た。


「大丈夫でしたか」


「ええ。ちょっと脅したらぶるぶる震えていましたし。大丈夫です」


「そうですか……。ん? 震えてた?」


「おーい!」


アーレンスだ。わたしたちに駆け寄ると、大きく息を吐いた。


「ああー疲れた。一生分の緊張を経験した気がする」


「おつかれ。どうだった?」


わたしたちは話しながら歩き出す。アーレンスが花火を見るいい場所を知っているらしく、そこへ向かっていた。


「ま、なんとかなる、と思う」


「曖昧な人ですねえ」


「しっかり実力を出したのなら、きっと大丈夫でしょう」


「そうだよ、きっといい結果になるよ」


わたしは確信してる。アーレンスならきっと大丈夫だって、

ミヤエルさんも同じ気持ちみたいだ。リルラちゃんは自信のないアーレンスに呆れてるけど。

リルラちゃん。そういうモノなんだよ。わたしも内定貰うのドキドキしたことある。まあ、入ったら最後のブラック会社だったんだけどね。悲しい。


「ああ。あ、あそこの階段を上がれば、絶好の花火鑑賞スポットだ」


階段を登ると、王都が一望できた。あまりの景色の良さに、わたしたち三人はつい声を上げてしまう。


「うわー。本当に王都がよく見えますね。ほら、王宮もあの辺りにありますよ! あ、あれがご神木ですよね!」


暗闇にぼんやり映るそびえ立つ樹。あれがカルゼインを見守るご神木かあ。

花火は王宮より向こう側から上げるらしい。ご神木に降りかかるように見える花火はとっても美しいとか。

アトラスの記憶に、花火大会はない。生きる為に必死だった彼女には、遠い存在だったのかもしれない。


「花火って……えーと、花火玉ですよね? 火薬とか使って?」


と、聞くと、その場の全員が驚いたようにわたしを見た。


「お前、ほんとなんつーか、知らねーのな」


「さすがのあたしでも知ってますよ?」


「そうなの? いやあ、帝国時代が長かったからかなー」


とかなんとか誤魔化してみる。だって、アトラスの記憶に花火ってないんだもん。意外と世間知らずよね、アトラスって。


「魔石を加工して作ったものが、花火玉になるのですよ。火薬ではあんな美しい花火は作れないでしょう」


「俺も作ろうと思えば作れるんだよな。まあ、花火祭りぐらいの規模は難しいけど」


へえ。やっぱりこの世界って魔石が重要なのね。編み物で花火って作れないのかな? 今度、試してみよう。


「お前、今、変なこと考えなかったか?」


変なことって失礼だな。ちょっと思いついただけだよ。


「お。そろそろ始まりますよ」


鐘が鳴る。この鐘が鳴り終わったら、花火大会の始まりだ。

鳴り終わったと同時に、光の球が空へ上がった。

それは見たことのない花火だった。音もわたしの知っている花火とはぜんぜん違う。シャラララン、と鈴の鳴る音と共に打ち上がり、水晶をぶつけたような涼しい音で花火が舞う。雪の結晶のような細かい光の粒。それが空へ光を描いていく。


光の粒は、ご神木に降りかかるように消えていった。


「きれい……」


そんな言葉しか言えないくらい、美しい花火だった。

花火は一時間ほど続き、次々と光を散らしては消えていく。わたしはふと、みんなの顔を見た。全員、花火に夢中だ。目は光り輝いている。


 これからも、みんなと一緒にいたい。ふと、そんな感情が湧き出てきた。

アーレンスはしばらく会えないけど、二年後には帰ってくる。リルラちゃんはレストランを経営しているかも。ミヤエルさんは、相変わらず神父を続けているんだろうな。


「来年も、また、みんなで花火を見ようね」


その言葉は、花火の音に掻き消えた。

でもきっと、みんなに届いていると思う。

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