第33話 魔法士学校入学試験

 わたしはリュックを持って、町まで歩いていた。朝のしんとした空気が気持ちいい。

もう少しすれば、暖かくなってくるだろう。帽子とアームウォーマーを持ってきて良かった。屋根付きの馬車じゃないかもしれないしね。

相乗り馬車乗り場へ行くと、もうミヤエルさんとリルラちゃんがいる。わたしは手を振って、二人の元へ走った。


「おはようございます、お姉様! とうとう花火祭りですね!」


「おい。俺の試験はスルーか?」


アーレンスもやってきた。じろりとリルラちゃんを睨んでいる。


「何のことです?」


「お前なあ」


リルラちゃんは涼しい顔だ。この二人、仲がいいんだか悪いんだか。まあ、何でも言えるのはいいことだよね。


「まあまあ、二人とも。アーレンスさんの試験も応援して、花火祭りも楽しみましょう」


ミヤエルさんが間に入って言う。二人はそれで機嫌を戻した。

 馬車がやってくる。これに乗って五日すれば、王都だ。今回の目的は、アーレンスの魔法士入学試験と、花火祭り。どちらも初めてだから、ドキドキするな。


 相乗り馬車は、わたしたちが入るともういっぱいだった。花火祭りの為に、地方から王都へ行く人たちが多いみたい。

賑やかなのはいいことだよね。吟遊詩人が歌を歌い、みんなで花火祭りについて話す。アーレンスは勉強中だ。ギリギリまで勉強したいらしい。


懐かしいなー。わたしも昔は頑張ってたっけ。大学に入る時は緊張したなあ。

徹夜で勉強してたな。お母さんが夜食を作ってくれて。


「アーレンス、甘いものいる? ちょっと休憩したら?」


「ああ。ありがとう」


間食用に持ってきたクッキーが役に立った。クッキーをぽりぽり食べるアーレンス。お茶も持ってきている。暑いけど、品質維持のバックなら長く保存できる。

 ちなみに、ボトルはアーレンス製。お茶を入れるボトルが欲しいと言ったら、魔道具で作ってくれた。これでいつでもお茶が飲めるんだ。


 で、それを売ったらなかなか評判だったらしい。何個か注文が来たとか。入学するまでは注文を受け付けているらしい。わたしも予備に、もう一つ作ってもらおうかな?


「大丈夫?」


わたしはアーレンスの顔を覗く。いつもより険しい顔をしているから、心配だった。


「ああ。緊張してきた。今までずっと逃げてきたからさ、チャレンジするのが怖いんだ」


「そっか。何でも、立ち向かうのは怖いよね」


わたしはアーレンスの手を握る。アーレンスがわたしを見た。

わたしは、彼を安心させるように笑顔を見せた。


「アーレンスなら、きっと大丈夫。わたし、知ってるから。アーレンスの実力も、努力も」


魔道具だって作れるし、魔石の扱いが上手なのも知っている。

何より、毎日頑張って勉強しているのを見ていたんだもの。きっと大丈夫だよ。

まあ、魔法薬を作るのは破壊的にダメなのも知っているけど。


「……ありがとうな、アトラ」


アーレンスも歯を見せて笑う。クッキーを食べると、お茶を飲んで再び勉強を始めた。


「しかしよお、ちょっと心配なのは、最近またこの辺りに魔物が出たってことなんだよなあ」


相乗りしたおじさんが、周りを見回しながら言う。

みんなも不安げな表情だ。けど、わたしたちは特に気にしていない。


「大丈夫ですよ。お姉様のあみぐるみゴーレムがいますから!」


みんなきょとんとしている。けどわたしたちは確信している。

魔物が出ても大丈夫だって。


夕方。


「みんな。魔物を倒して!」


「りょうかいですー!」


そこには、あみぐるみにボッコボコにされる魔物たちがいた。

この辺りに多い、イノシシに似た魔物。一度倒したことがあるから、かなりスムーズ。みんな、唖然と口を開けてその光景を見ている。


「まあ、こうなると思った」


「ですね」


「ですねえ」


もうこの三人は驚かないらしい。うん、まあそうなるよね。


 さてやってきました、王都! 春ノ市も人が多かったけど、花火祭りも人が多いなあ。珍しい屋台もやっているし、アーレンスの試験が終わったらいろいろ見てまわりたいよ。

 宿は春ノ市でもお世話になった、トーマスさんの宿に泊まる。

アーレンスはこれから勉強だそうだ。夕ご飯を食べたら、部屋にこもる。


「魔法士試験の一日目は、実技です。実技は、一般人の方も試験を観ることができるのですよ」


食後にお茶を飲みながら、わたしはミヤエルさんの話を聞いていた。へええ、見てもいいんだ。


「お姉様。魔法士試験の実技は、花火祭りに次いで人気なんですよ。魔法士の魔法なんて、一般人は滅多に見れませんから」


ふうん。そういえば、わたしも魔法って見たことないや。アーレンスはいつも本で勉強するか、魔道具作るか、魔法薬で屋根吹っ飛ばすくらいしかしなかったし。

初めてアーレンスの魔法が見れるってことね。楽しみ。


「おお、とうとうアーレンスが魔法士試験を受けるのか」


「まあ。じゃあ、応援しないといけないわね」


トーマスさんと彼のお嫁さんも、喜んでいる。

これは、わたしもしっかり応援しないとね。うちわでも作ってみようかな?

うーん、邪魔って言われそう。


 翌朝、わたしたちは魔法士学校の演習場にいた。アーレンスは一足先に、魔法士学校へ行っている。試験は九時から始まる。アーレンスの順番はわからないので、出てくるまでいるつもりだった。


 演習場の観客席は、人でいっぱいだ。みんな魔法を見にきたのかな。

試験を受ける人の家族もいるんだろうなあ。わたしたちは真ん中の席に座って、試験が始まるのを待った。


「アーレンスさん、大丈夫ですかね?」


「きっと大丈夫だよ。アーレンスならすぐに合格するって」


「グロレアさんに師事していたのですから、立派な魔法を見せてくれますよ。お、始まりますよ」


魔法士試験を受ける受験生たちが出てくる。アーレンスはかなり浮いていた。受験生のほとんどが十代だからだ。けど、アーレンスは緊張していないように見える。まあ、少年少女に負けるわけないよね。

ふ、と目があった。アーレンスは不敵に笑って、すぐに目線を前に戻した。


「おい、あんな歳とったやつが試験受けてるぜ」


「みねえ顔だなあ」


アーレンスは観客からも浮いているようだった。まあ、仕方ないか。


「それでは、実技試験を始める!」


試験内容は……自由? 


「え、そんなのでいいの?」


「アトラさんは初めてですものね。実技試験は基本的に自由です。どれだけ技術が高く高度な魔法を生み出すか。また、観客たちの期待に答えられるかがポイントです」


一人一人、魔法を見せていく。火の鳥を作ったり、水の輪を浮かばせたり、その度に会場が盛り上がる。

アーレンスの番だ。自然と心臓が高鳴る。わたしはどきどきしながら、アーレンスの実技を待った。


 アーレンスが演習場の真ん中に立つ。魔石を持つと目を閉じ、大きく息を吸って……目を開けた。


 途端、会場が花びらに包まれる。アーレンスの周りとかじゃない。会場全体にだ。みんながわっと声を上げた。わたしもテンションが上がる。


「さすがですね。アーレンスさんの魔石は、どうやら彼が加工した魔石なのでしょう。他とは比べものにならないほど、魔力が強い。そしてそれを上手くコントロールしている」


花びらはアーレンスに集まって、彼の姿を隠す。瞬間、花びらが散った。アーレンスは銀色の鎧を纏っていた。あれも魔法なんだろうか。どうやって鎧を作るんだろう。周りを見ると、みんなアーレンスに釘付けだ。


 アーレンスはいつの間にか弓と弓矢を持っていた。天井に構えて矢を解き放つと、光の矢が天井へと飛んでいく。天井を突き破るかと思った瞬間、光が弾けて星のように会場全体に降りかかった。

観客は総立ちで、耳を叩くような拍手がしばらく鳴り止まなかった。


 一日目の魔法士試験が終わった。わたしたちは校門前でアーレンスを待っていた。


「よっ」


「アーレンス! お疲れ様!」


「すごかったですよアーレンスさん! あたし、感動しちゃいました!』


「お疲れ様です、アーレンスさん」


ねぎらいの言葉に何も反応せず、わたしに近づいてくる。


「アーレンス?」


「はああああー! 緊張したああああー!」


わたしの肩に体重を乗せる。脱力するアーレンスに、わたしは小さく笑った。


「信じてたよ」


「……おう。ま、明日もあるけどな」


「ちょおっとアーレンスさん! お姉様から離れてください! いくらすごくてもそれは許しませえんっ!」


「やーだね!」


リルラちゃんに追いかけられて、アーレンスはわたしの後ろに隠れる。

わたしとミヤエルさんは苦笑した。


「おやおや」


「もう。さ、宿に戻ろう。明日も早いんでしょ?」


四人並んで、宿へと帰る。明日は筆記試験だから見れないんだよね。

わたしはどうしようかな?

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