第32話 夏だ! 収穫だ!
わたしはカーテンを開ける。すがすがしい風が入ってきた。緑は鮮やかに燃えている。草原が風に揺れているのがわかる。あっというまに七月だね。
カルゼインの夏は「アトラ」にとっては初めてだ。
アトラスなら小さい頃に経験があるけど、前世? みたいなものだからね。
「わたし」という「アトラ」なら、初体験。もう少ししたら王都の花火大会もあるし、ナランでもお祭りがある。どっちも楽しみ。
カルゼインは内陸部の国だから、海はない。夏だ! 海だ! にはならないんだよね。ちょっぴり残念。
って話をしたら、近くに湖があるからそこでなら泳げると教えてもらった。湖かあ。ちょっと行ってみたいかも。釣りとかもできるらしいし。
まあ、カルゼインの夏って日本よりは暑くないんだよね。特に湿気がなくてじめじめしない。ここがいいところ。カラッとしてるから、過ごしやすいんだよね。
帝国は雪国だったから、夏も短かったな。アトラスはカルゼインが恋しくならなかったのかな。
窓から雲を眺めながら考える。
「おはようございますです、ご主人さま」
「ですわ」
ムーとスーが起きてくる。コロボックルの二人も睡眠をとるのは驚いたな。意思をつけたからかな?
食べ物はいらないみたいだけど。魔力がエネルギーなのかも。
「ごはんを食べたら、野菜を収穫にいくよ」
「まあ、とうとう収穫ですのね」
そう。夏になって、トマトやきゅうりが実ったんだ。今日はわたしにとって初めての、野菜の収穫。
「では、張り切っていきましょう、ご主人さま!」
そうだね。今から採るのが楽しみ。
朝食をとると、作業服に着替えて店を出る。紫外線から肌を守るアームウォーマーに、日差しを守る帽子。冷感効果のあるストール。ひんやりして気持ちいい。
どれもわたしの手作り。これで夏対策はバッチリです!
めええ、とサカキとツバキの声が聞こえる。毛も刈ってるから、夏は快適だろうな。
畑には、トマトやきゅうりが実っている。少し不恰好なものもあるけど、気にならない。個性的で面白いくらいだ。
「まずは、トウモロコシの受粉から始めようか」
「受粉ですか?」
二人が首を傾げている。
「トウモロコシは人工受粉しないと実らないらしいの。まずは雌穂に花粉をつけてあげるんだって」
ミヤエルさんから教えてもらったんだ。自家栽培だと人工授粉が必要らしい。
そんなわけで、やってみるよ。雄穂をとって、雌穂にすりつける。しっかりつけないと、出来が悪くなるらしい。念入りに、念入りに。
ムーとスーもわたしを見ながらやり始める。しっかりつけたら完了。
こんな感じでいいのかな? これからトウモロコシができると思うと嬉しいなあ。
どう食べようかな? 湯がいてそのままとか、焼いてガブリもいいなあ。
ポタージュとか作ってもいいかもね。
ポップコーンって作れたりしないのかな。食べたくなってきた。トウモロコシが実ったらチャレンジしてみたい。
ストールで汗を拭う。日が昇ってきたし、ちょっと暑くなってきた。冷感ショールのおかげで首回りは涼しいけど。
「ご主人さま! お水をどうぞ!」
「わ、ありがとうねムー」
いつの間にかムーがお水の入ったコップを持っていた。準備してくれたみたいね。頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細める。
スーが悔しそうにこっちを見ている。ムリしなくていいからね?
トウモロコシの受粉を終えたら、いざ収穫!
まずはトマトかな。ふっくらと膨らんで、鮮やかな赤。みずみずしい見た目。もいだらバックに入れていく。
ちなみにこのバックもわたしが作ったもの。品質維持の魔法効果がある。
このバック、主婦の方に人気なんだよね。食べ物も腐りにくいし、美味しさが長持ちするからって。
最近なら、冷感ストールとか紫外線対策アームウォーマーも売れている。
わたしだって手放せないくらいだからね。暑い時に本当に便利だから。
っと、トマトに集中。こんなに大きかったらたくさん使えるね。
砂糖をかけて食べると、スイーツみたいに美味しくなるんだよねえ。砂糖だけだよ、砂糖。わたしのお母さんは、小さい頃はトマトに砂糖をかけておやつにしてたらしいから。
実際試したけど本当に甘くて美味しいんだ。ここは砂糖が高価だから、あんまり作れないけどね。また砂糖が手に入ったら、やってみよう。
次はきゅうりね。成長が早いらしく、けっこう前から実ってくれていた。
立派な長い体。このまま塩をつけて齧るのもいいよね。スティックにしてぽりぽり食べるとかもいいな。炒めても美味しい。
最後にナス。ナスは長い期間、採れるらしい。しばらくは困らないってことか。
ナスなら、焼いてもいいし肉詰めとかにしたいなあ。ナスとトマトでパスタとかもいいかも!
「うーん。思ったより採れたなあ」
しばらく困らないくらいは採れてしまった。後で森に行って、グロレアさんたちにおすそわけしようかな? まあ、バックに入れていても一ヶ月は持つだろうし。
ああ、そうだ! いいこと思いついた!
わたしはバックを片手に、店を出る。ムーとスーはお留守番だ。町へ入ると、中央区にあるレストランを訪れる。
「お姉様! いらっしゃいませ!」
わたしを見つけて、リルラちゃんが駆けつける。お客さんもわたしにあいさつをしてくれた。
「リルラちゃん、野菜がたくさん採れたから、料理してくれない?」
わたしはバックの中身を見せる。きらりとリルラちゃんの目が光った。
「あと、よかったらみんなにもわけてあげて」
「皆さーん! お姉様から野菜をもらったのでみんなで食べましょう!」
わっと歓声が上がる。リルラちゃんは厨房に野菜を持っていった。わたしは近くの席に座って、一息吐く。
「やあアトラ、野菜ありがとなあ」
「なに作ってくれるか楽しみねえ」
みんなが集まってくる。
「そういやあ、あのオルウィン司祭に会ったかい? イヤな奴だろ?」
オルウィンさまって、町の人からも嫌われてたりする? みんな顔をしかめているんだもの。
「アトラはウチの魔道具職人だろ? 利用されたりしないか心配だよ」
「なんかあったらアタシたちに言いな。アトラはナランの大事な家族だからね」
おばさんは胸を叩いてニッカリ笑ってくれる。他のみんなもうんうんと頷いていた。
「ありがとうございます」
みんなわたしのこと心配してくれているんだ。やっぱりナランの人たちは優しいね。ここに来てよかった。
「ジャジャーン! できました! トマトとナスの冷製スープと、パスタです!」
みんなで話していたら、いつの間にか料理ができあがっていた。
わたしの食べたかったパスタ! それに、冷製スープも冷たくて美味しそう!
スープはトマトまるまるが入っていて、なすが周りを彩ってくれている。
パスタもトマトとバジルだけじゃなく、バジルも入って色鮮やかだ。
「アトラに乾杯!」
「かんぱーい!」
みんながグラスを上げて声を上げる。
夏は熱く、楽しく始まっていく。
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