第31話 羊毛を紡ごう!
アーレンスからもらった、魔物除けの鈴が鳴っている。
わたしは、久しぶりにミロ森に入っていた。
最近はアーレンスが学校に行っても平気なように、一人で森を歩く練習をしている。
アーレンスは学校に行くギリギリまでわたしを守りたいようだった。けっこう過保護だよね、アーレンスって。
そう言ったら、なんかごもごも口を動かしていたけど。
「魔物とか、出てきますですかね? 大丈夫ですよご主人様。ボクたちが倒しちゃいますから!」
「当たり前ですわ。コロポックルを舐めたら痛い目に遭いますもの」
ムーとスーもついてきている。二人とも周りを警戒しながら、ムーがわたしの前、スーが後ろをガードしている。
「ありがとうね、二人とも」
「当たり前なのです!」
「ですわ」
一時間もしたら、グロレアさんの家が見えた。
アーレンスが花に水をやっている。わたしに気づいて手を振ってきた。
「おはよう、アーレンス」
「おはよう。お、ちっちゃいナイトちゃんたちも元気か?」
ドアが開くと、グロレアさんが出てきた。
「久しぶりだな、アトラ。……これがコロポックルか」
グロレアさんはじろじろとムーとスーを見る。
興味津々だね。
「よろしくなのです!」
「ですわ」
「意思を持っているゴーレムか。やはりお前は規格外だな」
なんだか呆れてるような気が。そこは褒めてほしいんだけどな。
「それで、今日はウチで糸紡ぎだろ?」
おおっと一瞬忘れてた。そうそう、今日はグロレアさんの家で糸紡ぎをするんだよね。ちょっとグロレアさんに見てもらいたいって言うかね。
「この前、羊を毛刈りをして洗ったらしいな」」
「はい。手伝ってもらったりして、なんとかできました」
「ボクたちも手伝いましたです!」
ムーがドヤ顔している。けどグロレアさんは、わたしの羊毛に夢中でスルーだ。ムーが落ちこんでいたので、頭を撫でてあげた。
「初めてにしてはなかなかできてるじゃないか。じゃあ、さっそくやってみようかね」
「はい!」
今回はロングドローの紡毛糸にしてみよう。糸車で羊毛を引き出す時に、引き出す長さが長いのか短いのかが、ロングドローとショートドローの違い。
紡毛糸は毛並みは揃っていなく、空気を含んでいる。紡毛糸はロングドローで紡ぐのがいいみたい。
まずは羊毛の準備。カーディングと呼ばれる作業だ。羊毛を整えていくよ。
ハンドカーダーで毛並みを整える。膝の上で羊毛を丸め、棒状に。これをローラグという。一個じゃ毛糸には足らないから、何個かローラグを作っておく。
これで羊毛の準備はオーケー。糸車で糸紡ぎを始めるよ。
導き糸に羊毛をくぐらせ、足でペダルを踏む。
糸車が回り始めた。回したまま羊毛を三十センチまで伸ばす。
撚りが充分ならこのまま糸にしていく。糸車側へ手を動かして、ボビンに巻き取る。
これの繰り返し。簡単に思えるけど、キレイな糸にするのはなかなか難しい。
わたしは集中して糸車を回していく。そばにグロレアさんの気配を感じた。後ろから見ているんだろう。
しばらくして羊毛がなくなってきた。今回はサカキとツバキの二頭分。少ないのですぐになくなってしまう。でも、お試し練習にはちょうどよかったかな。
糸が紡げたら、これで終わりじゃない。これから双糸にしていくんだ。
双糸にすることで、しっかりとした「毛糸」ができあがる。
まずはボビン二個に毛糸を巻き、二本の先端を導き糸にくぐらせる。
単糸の撚り方向とは反対に、ペダルを踏んで回していく。
二つの糸が絡み合うのがわかる。
双糸ができたら、綛を作る。綛とり棒で毛糸を円にしていく。まとまったら撚り止めだ。
紡いだ糸はまだ安定していないから、お湯につけて撚りをしっかりとつけていく。
乾いたら毛糸玉にして、完成!
撚り止めをして、乾燥させている毛糸をグロレアさんは見ている。
「やはり魔法がかかっているな。防御効果がついている。ミヤエルの言った通り、お前の加護は糸に付くらしい」
やっぱりそうだったんだ。ミヤエルさんの予想通りだったね。でも糸紡ぎにも魔法がつくなんて……魔法付与の糸で編み物をしたら、どうなるんだろう?
「お前のこの加護の力は、一体……」
「そういえば、セフィリナ女神さまからの加護だって天使が言ってたっけ」
静かな沈黙が数秒。グロレアさんは目を見開いて、わたしを見つめていた。
「天使……だと?」
「はい。何度か、様子を見に来てくれたりするんです。いつも見守っているって言ってました」
「天使って、神に似せられた使いの者ですよね」
アーレンスも驚いているようだ。
「そうなの? でも、あの天使は火事から子どもたちを守れなかった、って悲しんでたけど」
神さまに似せられるのなら、火事でもみんなを助けられたんじゃないかな。
というより。今までの加護持ちって、天使に見守られたりしなかったんだろうか。
わたしだけだったり? 今度、天使に会ったら聞いてみようかな。
「アトラ」
グロレアさんが、わたしの肩を掴む。
「女神についても天使についても、今後一切誰にも話すな。いいな?」
「は、はい」
グロレアさんの余りにも気迫のある表情に、頷くしかなかった。
そのまま、グロレアさんはぶつぶつ言いながら本棚を漁り出す。何か気になることでもあるんだろうか。
「なあなあ、天使ってどんな姿なんだ?」
アーレンスの目が輝いていた。天使はやっぱり珍しいみたい。わたしは編み物をしながら、あの天使の姿を思い出す。
「最初は光ってたかな。次に会った時は、人間に変装してた。で、性別はわかんない。男でも女でもないような」
「へー、そんな感じなのか。さすが天使って感じだな」
「そもそも、天使ってなんなんだろう? 神に似せた存在って、アーレンスは言ってたよね」
グロレアさんの歴史学にも、天使の名前は出てこなかった。セフィリナ女神とか、神さまについては聞いたけど。
「あー、ま、俺もよく知らないんだよな。あんまり天使って表舞台に立たないからさ。言ってみりゃ、神様のエージェントみたいな奴とか?」
エージェント? なんだかカッコいい響き。なんとなく想像つくかも。いわゆる、神様の代理って奴? なら、けっこう表舞台に出そうなのになあ。
「どっちかっつうと、スパイみたいなイメージかもな。この世界に散り散りに飛んで、変装しつつ任務をこなすみたいな」
多分な、とアーレンスは頬杖をついた。話がひと段落したので、わたしは編み物を進める。
「何作ってんだ?」
「ヒミツ! 防御効果のある毛糸を作ったんだから……わかるでしょ?」
「なんかすっごいイヤな予感する」
失礼な。超絶便利なものなんだよ。
それからはお互い喋らず、わたしは編み物を、アーレンスは勉強に集中した。
「できた!」
一週間後、わたしは出来上がった編み物をうっとり見つめていた。
「グロレアさん、ちょっと見てもらえませんか?」
ヒマだったので魔女の家で作業をしていた。お店は不定休にしているから、気が向かない時は休んだりしている。
それでもオーダーメイドや委託販売をしているので、生活できるくらいは稼げてるかな。
「なにを作っ……」
「どんな攻撃も通さないベストのつもりなんで、すけど?」
途中で絶句しているので、わたしは首を傾げる。
「お前……その防御力……あ、頭が痛くなってきた」
「師匠もとうとうアトラ頭痛に襲われたか」
なによアトラ頭痛って。変なもの作らないでよね。
「オリハルコン並みじゃないか、その防御力。末恐ろしい」
そんなに? やった、実験成功だね。
防御力のあるこの前作った毛糸と、ふつうの毛糸を混ぜてみたんだ。ふつうの毛糸にはわたしの魔力を注いで、防御力を跳ね上げてみた。
「でも残念なことに、これから暑くなるから使えないんだよね」
ウールを夏に着たら暑いのなんのって。しばらく使えないかな。とりあえず店に飾っておこう。
「お前の気持ちがわかったよ、アーレンス」
「師匠……!」
なんだか、アーレンスとグロレアさんがわかりあっているみたい。師弟の絆ね。
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