第30話 司祭オルウィン
今日は、司祭のオルウィンさまがナランにやってくる日。わたしは町には出ずに、店で編み物をしていた。
「来ませんね」
「来たら困るんだよ」
テーブルには、アーレンスとリルラちゃんがいる。外に目を光らせて、ピリピリした空気を発していた。
ムーとスーはリルラちゃんがいるので、喋らない。この前の、シーアちゃんとの会話を聞くかぎり、リルラちゃんもわたしの事情を知っているみたいなんだけどね。
でも、リルラちゃんから話してくれないからこちらも話せない。わたしから話せばいいのかもしれない。でも、リルラちゃん、自分のスキルを話すのイヤそうだったしな。
「お前、事情知ってんのか?」
「何がです? お姉様に変な虫がついたら困るからいるんですけど。アーレンスさんもですけどねー」
「はいはい、変な虫で悪かったな」
なんて悩んでいたら、いつのまにかこんな日になってしまった。
アーレンスもリルラちゃんも、わたしを守る為にここにいるみたいだ。そんなにオルウィンさまって危ない人なのかな。どんな人か逆に気になるんだけど。
あいさつくらいはしないといけない気がするんだよね。って二人に言ったら「いらない(いりません)」と即答された。
そんなにダメなの? っていうか、オルウィンさんって一体。
「あいつは次期法皇を目指して、色々裏で糸を引いてるからな。アトラの力……魔道具の力を利用しようとするかもしれない」
権力の為に画策してるって訳か。聖女を見つけて連れてきた! なーんて触れまわったら、確かにお手柄だもんね。なんとなくわかってきたかも。
でも、わたしの家にわざわざ来たりするのかな? 今のところそんな感じもしないけど。家に来たら確実に狙ってる、って思ってもいいかもね。
(ご主人さま。危険ですか? ボクが悪い輩は倒しますですよ!)
頭にムーの言葉が響く。さいきん気づいたのだけど、どうやらムーとスーとはテレパシーが使えるみたい。わたし限定。作ったのはわたしだから当たり前なのか……しかしなぜテレパシー能力までついてんだ。
(ムー。やめなさい。アナタは失敗しそうだわ。ワタクシならスマートにやりますわ、ご主人さま)
(大丈夫だから、変なことはやめてね?)
脳内にブーイングが響く。これをアーレンスが知ったら、また頭痛に悩まされそう。黙っておこう。まあこないかもだし、編み物を続けよう。
明日は糸紡ぎしたいなあ。この前刈った羊毛が、すっかり準備万端なんだよね。
糸紡ぎでも加護がつくらしいし、試したいことがたくさんあるんだもの。
お昼になった。わたしはテーブルをアーレンスとリルラちゃんで囲う。今日はリルラちゃんがお昼ごはんを作ってくれた。
今日はトマトパスタと、野菜のスープ。
レストランでバイトしているだけあって、料理が美味しいの。
「わたし、リルラちゃんのレストランができたら毎日通っちゃうかも」
「本当ですか? お姉様の為でしたら、毎日と言わず、朝昼晩作りますよ!」
「俺は?」
「はい?」
仲良いよね、二人とも。あ、お茶淹れようかな。二人とも飲むよね?
「飲む」「飲みます!」
やっぱり仲良いね。
わいわいやっていたら、馬の走る音が聞こえてきた。店の前に停まる。装飾が施された、豪華な馬車。誰かと思ったら、聖服を来た細身の男性が降りてきた。
わたしが出迎えようとすると、アーレンスが遮ってわたしより先に男の人の元へ行く。
「おや、魔女のお弟子さんがいらっしゃいましたか」
「お姉様お姉様、あの方がクソやろ……オルウィン様です!」
リルラちゃんは、わたしの服の裾を引っ張って小声で言う。わかったけど、クソ野郎は聞かれたらよくないと思うよ?
「貴女ですか? アトラと呼ばれる魔道具士は」
オルウィンさまが、アーレンスを退けて店に入ってくる。骨張ったひょろひょろの体に、痩けた顔。こんな人だったのか。てっきりもっと肉が詰まったような……いえ、なんでもありません。
「初めまして、オルウィンさま。アトラと言います」
わたしがあいさつをすると、オルウィンさまはにっこりと笑った。
「よろしくお願いしますね、アトラさん。これからいろいろとあるでしょうから」
「はい?」
いろいろって何よ。いろいろって。
「オーダーメイドの予約ですか? 頼まれたらお受けしますけど」
「はっはっは。何か勘違いされてらっしゃる。まあ、よろしくお願いしますよ。いろいろと」
だからいろいろって何よ。と、オルウィンさまがムーとスーを見つける。
「これは……編み物? これも貴女が作ったのですか?」
「はい。コロポックルと呼ばれる、編み物のゴーレムです。魔道具士の作るゴーレムを参考に作りました」
(ボクたちはゴーレムではないですですよ、ご主人さま!)
(黙ってなさいムー。ワタクシたちが自由な意思を持ってるのは秘密なんですよ!)
二人がケンカを始める。ちょっ、ちょっと二人とも! 目立つからダメ! とは言えない。テレパシーを使うけど聞いてくれないし。
「何か……ケンカしているように見えますね」
「どうやらお互いを敵と認識しちゃったんですね。簡易的なゴーレムですから、たまに間違えるんですよ」
とか何とか、上手いことを言って切り抜ける。切り抜けたと思いたい。
「二人とも、やめて」
「はい!」
ムーとスーがやっと落ち着く。それをオルフィンさまは愉快そうに眺めていた。
「精度は気になりますが、言うことを聞くのは便利ですね。ふつうのゴーレムと違って小さいのも、役に立ちそうですね。いろいろと」
だからいろいろって何なのって。この人は「いろいろ」が口癖なの? 含みありすぎて、わたしの警戒心がマックスだよ。
「アトラさん、ぜひ、貴女が魔道具を作るところを見せてくれませんかね。とても興味があるのですよ」
「え、いや、企業秘密なので……」
「そう言わずに。何も見られて困ることなどないでしょう?」
にっこり笑顔が怖い。オルウィンさま、あなた、どんだけわたしの力のこと知ってるの?
「アンタに見せる必要ないだろ。アトラ、別に見せなくていいからな」
リルラちゃんも頷いている。
「おや、まあ。何か困ることでもあるのですか? ねえ?」
オルウィン司祭のついげき! こうかはばつぐんだ! もうやめてください。わたしの精神力はゼロです。って顔になっているだろうなあ。
「オルウィン様」
助けを呼んだのが聞こえていたのか、ミヤエルさんがやってきた。わたしとアーレンスとリルラちゃんは、救世主を見るような目になる。
「町の方たちが、オルウィン様のお話をお聞きしたいと待っております。みなさまに、ぜひオルウィンさまの徳の高い説話をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「おや……それは、みなさまのもとへ行かないといけませんね。アトラさん、次は貴女の魔道具をゆっくり拝見させてもらいますよ」
オルウィンさまは馬車に乗って、町へと行ってしまった。
「大丈夫ですか、アトラさん」
「はい。ありがとうございます、ミヤエルさん」
「神父様! さすがですー! あたし、全然役に立てなくてー!」
「仕方ありませんよ。やり手ですから、あの方は。……とりあえず、今回はやり過ごしたと思います」
オルウィンさまはなかなか忙しいらしく(次期法皇になる為に)再びわたしの元に来るのは、しばらく先だろうとミヤエルさんは言う。
とりあえずは安心、なのかな。わたしはため息をついて、椅子の背もたれに背を預ける。アーレンスもリルラちゃんも安心していた。
「アトラさん、これからは目立たないようにお願いしますよ。まあ、貴女のウワサは王都にも広がっていますから、ムリなこととは思いますが」
「わかりました。オルウィンさまに、これ以上注目されないように気をつけます」
「いや、他のやつだって狙うかもしれないんだからな? 気をつけろよ」
加護の力を利用しようとする人間は、きっと多いだろう。その為にも、自衛しないといけないよね。
「とりあえず、襲ってこられても大丈夫なようにコロポックルを増やそうかな?」
「やめろ」
「やめてください」
二人が声を合わせる。ミヤエルさんの方は、なんだか呆れてるような気がするんだけど。
やっぱり増えたら逆に目立つかな。いいもん。
ムーとスーに守ってもらうから。
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