第29話 内緒話?
日差しが明るくなってくる頃。わたしの店にマルガレッタさま、メイちゃん、リルラちゃんにキティちゃん、シーアちゃんがいた。
「では、午前の部を始めます。まずは編み物教室からやっていきましょう」
わたしはそう言って、みんなを見た。テーブルには綿の毛糸玉が積み上げられ、木製のかぎ針も置いてある。
今回作るのは、春夏に使えるストール。綿だから涼しくて夏にだって使える。
今日は女の子達で集まって、編み物とお菓子作りをするのだ。このメンバーは、全員わたしから誘って集まってくれた。
マルガレッタさまも来てくれて、正直かなり嬉しい。リルラちゃんとキティちゃんは最初にちょっと緊張していたけど、前に少し仲良くなっていたので、すぐに打ち解けた。
みんな自分の好きな色の毛糸を探す。ちなみに私は新緑色と淡い黄色の混ざったものを選んだ。夏らしく爽やかな感じにしたくて。
「メイ、あなたはブルーでしょ? 探してあげるわ」
「マルガレッタ様はピンクですよね! メイが探します!」
メイちゃんはマルガレッタさまの侍女で、腹違いの妹。髪や目の色は違うけど、顔つきは似ている。
二人ともお互いの毛糸を選ぶなんて、仲がいいなあ。マルガレッタさまからの贈り物が効いたのかな。よかったよかった。
みんな毛糸を選んだら、編み方を教えていく。今回は、簡単に編めるネット編みを教えるつもり。リルラちゃんは編み物苦手らしいし、初めての子もいるからね。
「アトラさんのかぎ針、いいわね。あたくしも欲しいわ」
アーレンスが作った魔道具のかぎ針を、マルガレッタさまは物欲しそうに見ている。
これはオーダーメイドだから渡せません。いくらマルガレッタさまでも……ナランから追い出すとか言われたら渡すかもだけど。
「アーレンスさんに頼んだら作ってくれますから。でも、早くした方がいいですよ。今年、魔法士試験受けに行きますからね!」
リルラちゃんが言うと、マルガレッタさまは驚いていた。
「まあ、あの方とうとう試験を受けるのね。グロレアさんの教え子ですから、きっと試験にも受かるでしょうね。早めに頼んでおくわ」
やっぱりマルガレッタさまも、グロレアさんのこと知ってるんだね。さん付けだし。
「それにしても驚きましたわ。まさか、レオナード様がアトラさんに編み物を教わっているとは。あの方不器用ですのに、よく作っていらしたわ。アトラさんのご教授の賜物ね」
どうやらレオさん、無事にプレゼントが渡せたらしい。
「あの、わたし、最近カルゼインに帰ったからレオナード様のことあまり知らないんだよね」
キティちゃんが目をぱちくりさせる。
「アトラさん、知らないんですね。レオナード様はカルゼインにある公爵家の御子息様なんですよ」
こ、公爵家、って、かなり身分の高い方なんじゃ? わたし、そんなすごい人に編み物教えたの? ひええ、怖いよ。
確かマルガレッタさまは伯爵家だから、公爵家に嫁ぐことになるのかな?
「ええ。ウチは兄がおりますから、あたくしはいずれレオナード様の元へ行きますの」
そうなんだ。ってことは、その時はメイちゃんも行くのかな?
聞いたら「行きます!」とメイちゃんが即答する。本当にマルガレッタさまのことが好きなんだなあ。
妹って知ったら、どう思うのかな。きっとそれでも側にいるんじゃないかな。
「お姉様ー! 編み目が変になっちゃいましたー!」
リルラちゃんがしょんぼりしながら、わたしの元にやってくる。リルラちゃんのショールはがたがたに傾いていた。
「あ、ほんとだね。一旦ほどこっか。わたしがゆっくり教えるから大丈夫だよ」
最初に間違えたところまでほどいて、わたしが注意しつつリルラちゃんに編ませていく。
シーアちゃんがじっとリルラちゃんを見つめていた。わたしがシーアちゃんを見ると、顔をそらす。
そういえば、リルラちゃんとシーアちゃんって春ノ市で会ったのが最初だよね。
でもなんか二人とも、知っている風なんだよね。ちょっと気になるな。
「そういえば、今度オルウィン様がいらっしゃいますわね。久しぶりにナランに来るのではありませんこと?」
リルラちゃんとシーアちゃんの目が険しくなる。キティちゃんもなんだか嫌そうだ。
「オルウィンさま?」
「ええ。セフィリナ教会西方支所にいらっしゃる司祭様ですわ。ナランも管轄ですのよ。余り良いウワサは聞きませんけど」
ミヤエルさんの上司ってことなのかな?
いいウワサを聞かないってことは、わたしも気をつけたほうがいいのかもしれない。
グロレアさんにいろいろ忠告されてたんだよね。今の教会は危険だから、近づかないようにって。ミヤエルさんにも言われたし。
「ミヤエルさんって、神父様なのに教会嫌いって聞いたことがあるけど」
不思議なんだよね。でも、グロレアさんと一緒に注意するってことはそういうことだよね。
「ウワサではミヤエル神父、教会が嫌で田舎のウチに来たってらしいですし」
キティちゃんの話にわたしは唸った。
うーん。複雑ね。ミヤエルさんもいろいろ苦労してそう。
わたしはミヤエルさんに出会えてよかったんだな。もしかすると、他の町に行ってたら運命が変わってたかも。
「で、そのオルウィンさまってなんでナランに来るの?」
「たまに巡回に来るだけですよ。お姉様は会わなくてもいいです」
リルラちゃんは、わたしにオルウィンさまを会わせたくないみたいだ。シーアちゃんも頷いている。そんなに悪い人なのかな。その日は目立つことはしないでおこう。
お昼からはクッキー作り。この前、シーアちゃんに約束したからね。紅茶クッキーの作り方を教えるって。
生地にすりつぶして、細かくした紅茶の茶葉を入れるだけ。後は、ふつうのクッキーの作り方と同じ。みんなでわいわいしながら、生地を作って焼くだけ。
焼き上がるまでは雑談タイム。みんな、好きに集まって話している。
わたしは店を出て隣の畑へ行こうとしていた。マルガレッタさまとメイちゃん、キティちゃんは三人でテーブルについて話している。
リルラちゃんとシーアちゃんはどこだろう?
探していたら、話し声が聞こえてきた。つい立ち止まって聞いてしまう。
「ですから、あのクソ司祭が来た時は気をつけてくださいね」
「わかってる。お姉様の話を聞きつけてるのは知ってるから。あたしが必ず守る」
やっぱりリルラちゃんとシーアちゃんだ。
わたしのことを話してるのかな?
「最終的には、実力行使に出るかもしれません」
「その時は、スキルを使ってでも守る。お姉様に嫌われたって、あたしは、絶対に……」
「あの方が、そんなことであなたを怖がるとは思えませんが」
「そうだけど……やっぱり怖いの。力って、紙一重でしょ? シーアだって」
「アトラさんの場合は、人に嫌われるより恐ろしい事態になる可能性があります。よく監視しておいてください。監視人として」
二人が動きだす気配がしたので、わたしはそこからそっと離れた。
やっぱりリルラちゃんはスキル持ちなんだ。
監視人、グロレアさんから聞いたことがある。王宮にある、スキルや加護持ちの監視組織。
リルラちゃんもシーアちゃんも、監視人?
わたしのことを監視してるってことだよね。監視人は、ただ加護持ちを見ているだけで余計な干渉はしないとは聞いたけど。
リルラちゃん……いつか、本当のことを話してくれないかな。
わたしはキッチンに戻って、クッキーの焼き具合を見る。うん、いい感じね。
なんだか、いろいろあるけど、まずはみんなでクッキーと紅茶でティータイムだね。
「みんな、そろそろクッキーができるよー」
外にも聞こえるように声を張る。
どうなるかわからないけど、どうとでもなるよ。今はとりあえず、みんなで楽しもう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます