第26話 羊の毛刈り
あれからアーレンスにかなり絞られた。ミヤエルさんにもやんわりと怒られたし……。緊急事態だったとはいえ、目立ちすぎたのは反省している。今度から気をつけよう。
よし。そんなことを考えているうちに、できたね。わたしは、可愛いおさげのついたあみぐるみを見下ろした。
「ご主人さま! 新しい仲間ができましたですか?」
ムーがわたしの膝に飛び乗り、あみぐるみを見下ろす。目が輝いている。仲間ができるのが嬉しいみたい。
「そう。女の子だよ。名前はなににしようかな?」
すると、おさげのあみぐるみが動き出す。目をぱちぱちさせると、立ち上がって辺りを見回した。
「こんにちは。あなたはスーだよ。よろしくね」
わたしはスーに優しく声をかける。
「よろしくお願いしますね、ご主人さま。ワタシ、お役に立てるように頑張るわ」
おさげを揺らして、優雅に礼をする。容姿を気にしているから、おしゃまな女の子みたい。
よし。ムーとスーがこちらを向いている。二人がいるならアレが楽にできそうだね。
「ムー、スー。今から、羊の毛を刈るよ!」
店を出て、隣のミニアトラ牧場(わたし命名)へ行く。二人もひょこひょことついてきた。
サカキとツバキが、牧草をのんびり食んでいる。体は毛に覆われてもこもこだ。そろそろ毛を刈ってあげないと。
この世界の羊たちも、羊毛の為に自然に毛が生え替わらないように品種改良されてある。なので、夏前にしっかり毛を刈ってあげないといけない。じゃないと暑くてやってらんないからね。サカキとツバキの為にもキレイに刈ってあげよう。
毛刈りに必要なのが、毛刈りバサミ。でも、ただの毛刈りバサミではない。魔道具の毛刈りバサミだ。アーレンスに特注で作ってもらったスペシャル品。
わたしの元いた世界でも、羊の毛刈りはかなり重労働。男の人でもひいひい言って、辞めていく人も後を経たないんだとか。
また毛刈りは羊にも負荷がかかって、上手く態勢をとらないとケガをしてしまう。最悪、死んでしまう子だっているのだ。
動物好きなカルゼイン王国は、そんな人間や羊たちの為にある魔道具を作り出した。それがこの毛刈りバサミ。
いわば電動の毛刈りバサミだけど、ちょっと違うのがほぼ全自動で動くところ。羊がじっとしていれば、後は勝手に毛を刈ってくれる。
ただ、たまに検討違いなところへ行くらしいから見守る必要があるらしい。完全全自動って難しいのね。
「じゃあまずはサカキからいこっか。ムー、サカキをおやつで釣っておいて」
ムーはサカキにおやつを見せる。ミヤエルさんからもらったニンジンだ。サカキはニンジンを咥えて美味しそうに食べていく。
魔道具のスイッチを押した。サカキのお腹にくっついた、魔道具が動き出す。まずはお腹の毛を刈ると、そこから横腹、背中までをゆっくり動いていく。時々、ちょっと方向が変になるのを修正していく。
サカキはニンジンに夢中で、あまり気にならないようだ。でも、そろそろニンジンがなくなりそう。どうしようかな。
「おーい、アトラちゃん!」
農家のおじさんが、ミニアトラ牧場に入ってくる。何か魔道具を持っていた。
「今日、毛刈りするって神父様から聞いたからよお、魔道具持ってきたんだ。アトラちゃん、停止絨毯持ってないだろ?」
停止絨毯? 聞いたことのない魔道具だ。
「この絨毯を踏んだ生き物は、動けなくなるんだ。羊の毛刈りの時に便利なんだよ」
そ、そんな道具があったの? もっとリサーチしておけばよかった。でも、体が動かないのってストレスにならないのかな。わたしでも作れるかな?
停止魔法に、リラックス効果とかつけたら羊もストレスを感じないかも。今度、編み物で作ってみよう。
おじさんの敷いた敷物に、サカキを乗せる。サカキの体が固まった。びっくりしていないといいけど。あ、そっか!
わたしはおじさんにサカキを見てもらって、店に入り二階へ上がる。
とある編み物を手にして、ミニアトラ牧場へ戻った。
「これ、リラックス効果のあるショール。少しは怖くなくなるといいな」
どんどんサカキの毛が刈られていく。
多分、ふつうの毛刈りだったらわたしだけではできなかっただろうな。男の人でも辛い作業なんだし。王国の発明者に感謝したい。羊にも人間にも優しい道具を作ってくれて、ありがとうございます。
二時間かけて、サカキの毛刈りが終わった。
毛皮を手にとると、サカキの体からするりと落ちる。お腹以外の毛皮がとれた。
次はツバキの番だ。これも二時間かかって毛刈りを終えた。ハサミの起動を修正をするだけなので、疲れることなく終わることができた。
やっぱり停止絨毯、作ってみよう。そうおじさんに話すと「さすがアトラだなあ」と驚いていた。性能がよければ買いたい、とも。
毛刈りが終わったら、洗う準備をする。
スカーディングと呼ばれる作業で、毛刈り後にゴミやセカンドカットと呼ばれる短い毛などを取り除く。
それが終わったら、ソーディングだ。フリースと呼ばれる部位をわけていく。首がネック、肩がショルダー、脇腹がサイド、背中がバックに、大腿のブリッジ、尻のランプ。おじさんに教わりながら、フリースを仕分けしていく。
難しいけど、まるで羊と対話しているような気分になる。うん。楽しい。
フリースを仕分けたら、とうとう洗いだ。
この世界には、洗剤と呼ばれるものがない。なら、どうするのか? 答えは魔砂だ。浄化効果のある魔砂を使って手や体、洗濯物を洗ったりする。フリースを洗うのにも魔砂を使う。使われた魔砂は自然界に戻るので、環境にもいい。
桶にぬるめのお湯と魔砂を入れて、よく混ぜる。魔砂は太陽の光でキラキラしていた。混ぜ終わったら、ネットにフリースを入れて、それを魔砂の入ったお湯に浸していく。
お湯は熱すぎず、洗うときは力を入れない。
熱すぎたり力を入れすぎたりすると、フェルト化してしまう。静かに、ゆっくりが基本だ。
水に汚れが見えなくなるまで、湯につけるのを二、三回繰り返す。
ある程度汚れがなくなったら、フリースについている残った汚れを優しくほぐしていく。ここでも力加減に気をつけよう。優しく、繊細に。
いつのまにか、ミヤエルさんやアーレンスが来ていた。二人とも、わたしに声をかけずに黙って見守ってくれている。
「おお。そろそろいいんじゃねえか?」
キレイになったフリースは、スカードと呼ばれる。後は自然乾燥だ。
真っ白になったスカードを広げる。うん、素敵。いい羊毛になりました。
サカキもツバキも体がすっきりして、気持ちよさそう。美味しそうに、ムーのあげるキャベツを食べている。
「お疲れ様です、アトラさん。少し休憩しませんか?」
そんなわけで、おじさんとは別れてナランのレストランに行くことになった。ムーとスーもお留守番だ。ムーがスーにいろいろ教えてあげるらしい。店に入ると、リルラちゃんが真っ先にやってくる。
「お姉様、今日は羊の毛刈りをしたんですよね? ウワサになってますよ!」
この前、朝の礼拝に行った時に話したもんね。って、ウワサになってるの? ウワサになるものじゃないと思うけど。
三人で席に座り、注文をする。
「そういえば、アーレンスさんは魔法士試験を受けに行くのですよね?」
そうミヤエルさんが聞く。すぐにリルラちゃんが顔を出した。
「ちょうど、夏の花火祭りに被りますよね! よかったら、お姉様も行きませんか? アーレンスさんの試験についていくついでに」
そっか。アーレンスの魔法士試験と、カルゼインの花火祭りって同じ日だっけ。最近、花火見てないし行ってみようかな。
「ならならなら、あたしも行きますっ! お姉様と花火見たいです!」
「俺の試験が合格するのを、祈ってくれるんだよな?」
「なんであたしが祈らないといけないんですか?」
なんだか不穏な空気。二人の視線がぶつかって、火花を飛ばしているような?ミヤエルさんは困った顔で笑っているし。
「じゃ、夏は花火大会ですよね! お姉様!」
「俺の魔法士試験だよな! アトラ!」
どっちも……ってことに、させてくれない?
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