2 スローライフが始まって
第25話 編み物コロポックル
王都からちょっと離れた、賑やかな田舎町ナラン。その西に、小さなお店がある。
「ナランの編み物魔道具店」と看板が立っていて、名前の通り編み物の魔道具が売られている。オーダーメイドも絶賛受付中。
その店主であり、この家の主がわたし。
わたしはやや徹夜気味で、編み物をしていた。
オーダーメイドではない。わたしがわたしの為に作っている。日が昇り鐘が十二時の合図を鳴らしたころ、わたしの手が止まる。
ふふふ。とうとう完成したね。
わたしは出来上がったあみぐるみを見下ろす。
うーん。イメージ通り魔力はこめたけど、果たして思い通りに動くのか。
さて、どうなる?
と、店の入り口に影が落ちた。アーレンスだ。
今日も店で、魔法士試験の勉強をしに来たんだろう。家にこもるのも飽きるよね。あーあ、わたしも、日本にいた時にカフェで勉強なんてしたかったよ。お洒落でリア充みたいでしょ?
ちょっと憧れてたんだよね。この世界にはカフェなんてないし、レストランに居座っても悪いし。まあ、勉強なんてもうしないけど。
グロレアさんのスパルタ授業なんて、もう受けたくないしね。
「おっ。やっと元に戻ったか。お前、この前から編み物にかなり集中してたよな。お客さんまで遠慮するくらい真剣な……いや、怖い顔してたし」
え? そんなに怖かったかな? 確かに夢中だったけど。今度から、表情には気をつけないといけないか。
「で、何を作ったんだ? 人形?」
「なんだと失礼な! ボクはご主人さまを守るナイトだぞ!」
下を見下ろすと、あみぐるみが立ち上がって喋っていた。赤い頭巾を被った、赤ずきんちゃんみたいなあみぐるみ。ボクっていうところを聞くと、男の子かな?
アーレンスの目が点になる。驚くのも無理はないか。でもでも、上手く作れたみたい。
「やった! 動いた。初めまして妖精さん。これからよろしくね」
笑いかけると、あみぐるみがにこっと笑い返した。
「よろしくお願いしますですご主人さま! これから末永くお世話になりますです!」
「アトラ、そ、それっていったい、な、なん」
アーレンスったら、口をぱくぱくしてて面白い。
「この子は編み物コロポックル。わたしが前に作ったゴーレムの進化版だよ」
「コロポックル……?」
不思議そうに名前を呼ぶ。この世界にはコロポックルって言葉はないみたい。
「ま、小人とか妖精みたいなものかな?」
ゴーレムって、命令を聞くだけの、いわばロボットなんだよね。それも寂しいから、喋るあみぐるみを作ってみたくて。私の魔力を動力に変えて、擬似的な魂? みたいなものを作ってみたの。結果は成功。さすが、加護の力。
「それを作っ、いかん、頭が痛くなってきた」
頭を抱えるアーレンス。うーん、情報多すぎてキャパオーバーしてるみたい。
「ご主人さま! ボクに名前をつけてください!」
おっ、そうね。名前がないと不便だし、これからたくさん作るしね。
というと、アーレンスがさらに頭痛がするって……薬草茶でも飲む? これは心理的なもの? 薬草茶はリラックス効果もあるよ?
「そうだね。じゃあ、ムーってどう?」
紡ぐ、からとってムー。可愛いい感じにしたいからね。
「ありがとうございますです、ご主人さま!」
ムーは飛び跳ねて喜んでいる。気に入ってくれたみたいでよかった。
「おいアトラ、あんま変なもん作るな。加護持ちだってバレたらどうすんだ」
うん、確かにそうね。じゃあ人前では話さないようにムーお願いしようかな。
「かしこまりましたです!」
「そーいうことじゃなくてなー」
アーレンスは額に手を当ててため息を吐く。心配してくれてるんだろうけど……。
「本当にバレないように気をつけろよ。加護持ちだってわかれば、騙されたり攫われたりとか酷い目にあうかもしれないんだからな?」
耳にタコができるんじゃないかってくらい注意されて、この話は一応終わった。
とりあえず、やりたいこともあるし、もう何体か欲しいんだよね。一度作ってコツは掴んだから、少し気を抜いてできるかな。怖い顔になったら、お客さんが逃げてしまうしね。
「それで、なんでゴーレムなんかたくさん作るんだよ」
アーレンスは、テーブルに勉強道具を広げる。難しい魔法書や、貴重な魔法石が転がっていて、盗まれたりしないかと心配になりそうだ。
「うん。一人で暮らすのも大変だと思って。オーダーメイドとかの仕事もあるのに、綿花や野菜作りになかなか時間かけれないし。コロポックルがいたら、簡単な水やりとかしてもらえるでしょ? あと護衛もね。戦闘能力の高い子も作るつもり」
「俺だっていろいろ手伝えるのに……」
「アーレンスは魔法士試験があるでしょ。集中、集中!」
わたしの世話を焼くより、自分のことをちゃんと見て欲しいからね。
アーレンスは不服そうな顔をしていたけど、渋々と勉強を始める。やっと試験を受ける気になったのに、落ちては困るもの。ここは頑張ってもらわないと。
わたしは二体目を編み始める。今度は女の子を作りたいな。名前は何にしよう? 元気で明るく子がいいかも。
それにしても、アーレンスの作ったかぎ針ってすごい。ふつうのかぎ針より早く制作が進む。魔力のコントロールもスムーズだ。さすが魔道具のかぎ針だね。
ムーは店内をちょこちょこ歩き回ったり、棚の埃をはいてきれいにしている。一人じゃ寂しいだろうし、早くもう一体作ってあげないとね。
ムーを作った感じだと、一週間もすれば完成するかな。
数日集中して、流石にわたしも疲れてきた。こういうときはリフレッシュ。外で編んでみよう。ムーは花の水やりと掃除を終えたので、一緒についてきたいと言ってきた。
あくまであみぐるみゴーレム、ってことで出かけることにした。
綿で作ったポシェットにムーを入れて、町へ出る。カルゼインは自然を愛する緑の国。どの町でも、花や木々が生い茂っている。ナランもそうだ。緑を目にすると、心が癒される。
わたしは中央区広場に向かい、ベンチに座って編み物を始める。
「やあアトラちゃん、頑張ってね」
「お。魔道具作りか? よかったら、今焼いたパン、やるよ」
と、町の人達から声をかけられる。ナランは住人も優しくてお節介な人ばかりだ。ふわふわのパンをいただきながら、子ども達の遊ぶ光景を眺める。
「ご主人さま、ここはいいところですね!」
ムーが顔を出してそう言った。その時。
激しい騒音と、馬の鳴く音。広場にいた人たちは、みんな何事かと顔を上げる。
「馬車がぶつかったぞー!」
わたしは編み物を放り出して、表通りに出た。
石畳みの道の端に、斜めにひっくり返っている二台の馬車があった。馬も倒れ、息は荒々しい。馬車に乗っていた人は、町の人の手で救出されているようだ。
わたしはさらに近づいていく。みんなの目線を追い、馬車の下を見る。
馬車の下に、白い手のような物が見える。背筋がぞわりと冷たくなった。考えるヒマもなく、さらに近寄った。
「子どもが下敷きになってる!」
「イーサンの子だ!」
イーサンさんは、町の町長さんだ。馬車は重い。一人じゃ持ち上げられない。何人かが持ち上げようとするけど、壊れた馬車が音を立てる。
「重すぎる!オレ達まで潰される」
このままじゃイーサンさんの子が……。でも、みんな何もできずにただ馬車を見ている。
「ご主人さま。ボクがいきます」
ムーが、バックから飛び出し馬車の下に滑りこんだ。コロポックルの小ささと力なら、もしかすると子どもを助けられるかもしれない。今はバレるバレないの問題じゃない。わたしはムーを信じることにした。
とりあえず、壊れて落ちそうな部分をどうにかしよう。わたしはみんなに声をかける。
「ふんっぬ!」
気合の入った声と同時に、馬車が浮き上がった。ガラガラと崩れる馬車の一部分を取り除く。細めの男性が中へ滑りこみ、イーサンさんの息子くんを引きずり出した。
「みんな、子どもは無事だ! 助かったぞ!」
歓声が上がる。ムーが馬車の下からひょこひょこ出てくると、抱き上げられてみんなが撫で回す。ムーは一応ゴーレムとして、何も言わない。にこにこしていたけど。
「アトラの作ったあみぐるみのおかげだ!」
わたしも連れられ、胴上げされる。うーん。目立ってしまった。絶対に怒られる。アーレンスとミヤエルさんに。
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