第21話 ナランの編み物魔道具店
とうとうミヤエルさんの元を出て、自分の家を探すことにしたわたし、アトラ。暮らせる蓄えもあるし、家を買う資金もできた。
予想より早いけど、スローライフ実現の為にも家探しだ。
で、何故、商業ギルド保有の物件を見ているかというと、お店も開くことになったから。
商業ギルド受付嬢のキティちゃんに、わたし自身が経営するお店をやらないかと勧められたから。
「委託販売も順調だし、この調子なら利益もちゃんと出ると思います。どうですか?」
なーんて上目遣いで言われちゃったから、つい頷いてしまったのだ。でも、自分だけのお店を持ってみたいとは思っていたし。この際だからお店も開いてやろう。自営業なら、自分の自己管理を徹底すればブラックになんかならないだろうしね。そこはわたしの采配加減かな。
「じゃあ、どんな物件にしましょうか? 希望などありますか?」
「うーん。町より少し離れてるのがいいかな。周りが何もなくて、畑を作れたり羊が何匹か飼えるような広い場所」
これがまず譲れないポイント。羊から糸を紡いでスローライフが理想だから、ここは外せない。畑に綿花を栽培して、綿の糸作りなんかもしたいし。町中だと無理だよね。
「それから、二階建てかな。一階をお店にして自宅は二階にしたい」
二つも物件を買うわけにはいかないからね。
一階は広いのがいいけど、二階はわたしだけだしそんなに部屋の数はいらないと思う。
キティちゃん? 将来、誰かと住むかもって? 残念だけどしばらく考えてないの。のんびり糸紡ぎ生活が先だから。ため息つかないで。そのうち考えるから、そのうち。
うん。これくらいあれば充分かな。
「そうですねー。町から少し離れた物件かあ。農業地区はウチの管轄の物件はないし、町中はダメだし。うーん」
と、書類をがさがさ漁るキティちゃん。やっぱり、なかなかないよね、そんな物件。ここは譲歩しないとダメなのかな。
「そういや、ミロ森前の西近くにそんな物件なかったか?」
ギルドの職員が顔を出して、紙の山の中から一つの書類を取り出す。キティちゃんはそれを受けとると、じぃーっと書類を睨んだ。
「確かに、ここならアトラさんの理想に近いかも。実際に見てみます?」
「そうだね。見てみよっか」
わたしの理想に合うものだったらいいな。ちょっと合わなくても目を瞑る必要はあるかも。
とにかく下見に行ってみよう。
キティちゃんと職員さんと一緒に、ミロ森前の西方面へと歩く。ミロ森だったらグロレアさんがいるから魔物の心配もないし、安心かも。
町から少し離れて、遠くには丘から教会がチラリと見える。
温かい春の風がふんわりと髪を掬う。いい季節。
「ガドさん、何見惚れてんですか?」
「べつに見惚れてなんかねえよ! あ、あれだ あったあった、あそこだ」
少し丘を下りると、街道の伸びた一本道のすぐ側に家が立っていた。風見鶏がカラカラと動いている。近づくと古びていて、ところどころ壁に隙間が空いている。かなり昔から建っているみたいだ。
キティちゃんが鍵を開けると、中は埃っぽいけど意外と広い。
「昔、ソフィア婆って呼ばれるばあちゃんが雑貨屋をやっていたんだ。なかなかいいだろ?」
入り口前にはカウンターがある。棚が並び、なかなか見かけないガラスのケースもそのままにしてあった。奥はバックヤードらしく古い何かの瓶なんかが転がっている。
バックヤードを出てとなりの階段から二階へ上がる。キイキイと鳴るので気をつけながらひと踏みふた踏み。部屋は三つか。ちょっと多いくらいだ。きっと家族と暮らしていたんだろうな。
外に出ると小さな畑があった。今は雑草でいっぱいだけど。ニワトリを飼っていたのか、鶏小屋と柵が朽ちている。これを改造すれば、羊に使えるかも。
「どうですか、アトラさん」
「うん。ここにする」
外見がどうとかはなかったし、二階建てで畑と羊を飼えるスペースもある。なかなかいいんじゃないかな。
とりあえずギルドに帰って手続きを済ませる。
これでわたしのお家、ゲットだね。
明日から家の修繕かな。アーレンスにも頼もう。男手がないとさすがにね。
ミヤエルさんの家に帰って、報告をする。
「なるほど。では、明日の朝にでもみなさんに報告したらどうですか?」
そっか。お店の宣伝にもなるし、みんな気にかけてくれていたものね。礼拝が終わったら話しておこうかな。よし、明日から頑張ろう!
今の状況を話したい。何故かわからないけど、町のみなさんがわたしの新しい家に集まっている。そして家の修繕をてきぱきとやってくれている。男手にアーレンスを呼ぼうと思ったら、いらないくらい。
「トマス! この壁、直せるか?」
「おうよ! あたりめえだ!」
「アトラちゃん、柵はどれくらいの広さにするんだい?」
「よかったらうちのシーツを使っておくれよ! 上物だよ!」
朝、礼拝が終わった後に新しい家と店を見つけたと話したらこんなことに。みんな手伝うと言ってあれよあれよと新しい家に向かって、大丈夫ですと言う間もなく作業が始まった。
みんな自分のやることがあるはなのに。
「いいんだよ。アトラちゃんにはたくさんお世話になってるからね。ウチの畑もアトラちゃんのあみぐるみのお陰で魔物に荒らされたりしなくなったし」
「オレの母ちゃんもアトラの編み物で元気になったんだ! これくらいさせてくれよ」
そう口々にみんなが答えてくれる。でも、とその先から言葉にできなくなったわたしに、商業ギルド長がこう言ってくれた。
「みんな、アトラちゃんは町の大切な仲間だと思っているんだ。仲間なんだから当たり前さ。助けたり助けられたり。そういうもんだろ?」
みんなの言葉に、目頭が熱くなるのを感じる。
「わたし、この町に来てよかったです。みなさんに会うことができて、よかった」
そう話すと、町のみんなもなんだか涙目になっている。ああ、やっぱりいい人たちだ。
本当にここで暮らして、よかったな。
「おーし! じゃ、アトラちゃんの為にも早く直そう!」
みんながおう! と声を上げる。よーし、わたしも手伝っていこう。あ、その前に柵をどれくらいの広さにするかよね。畑も草を抜かないと。
家具もお下がりをもらったから、店内にどう配置するかよね。忙しい忙しい。
「お姉様ー! みなさん! お昼ごはんを用意しましたよー!」
リルラちゃんとミヤエルさんがやってくる。
おっと、じゃあまずはお昼ごはんだね。
みなさん、作業はやめて、ごはんにしましょう!
二週間後、わたしは新しいお店兼お家の前にいた。ドアノブとドアベルは新品。壁も屋根もピカピカになって、埃っぽかった店内もワックスでつやつやだ。ガラスケースは透き通り、棚にはわたしが編んだ編み物が並べられている。
二階の窓は開け放たれ、カーテンが揺らめく。
店の屋根には看板がかかっている。
「ナランの編み物魔道具店」
ここが、わたしの新しいお城だ。
「とうとうできましたね」
隣で、ミヤエルさんが眩しそうにお店を見上げている。
「寂しくなりますが、アトラさんが新しい一歩を踏んでとても嬉しいです。頑張ってくださいね」
「はい!」
わたしは大きく頷いて、再び店を見た。
ここまで来れたのは、町の人たちの力があってこそ。これからみんなにたくさんお礼をしていこう。
「あのお、すみません。ここって、今やってますか?」
ナランにやってきた旅人だろうか。聞けば編み物魔道具店の話を聞いてここまで来たらしい。
「いらっしゃいませ! どうぞ中へ。ゆっくり見ていってくださいね」
わたしはお客さんを店に案内する。
では……アトラによる「ナランの編み物魔道具」開店です。
うん。スローライフも忘れちゃいけない。
次は羊を飼わないとね。
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