第20話 心をこめて
無事、王都についた。やっぱり賑やかな街並みと人混みにテンションが上がる。でも、今回はゆっくりしていられない。
さっさと手芸店に行こう。王都には三つ手芸店があって、今回は三つ全部行くつもり。
とにかく、マルガレッタさまの大切な妹さんに合うケープを作りたい。三つ全部回ってぴったりの毛糸を見つけるつもりだ。
まずは「エルーダの手芸屋」。
珍しい毛糸を扱っているのが特徴。ここは掘り出し物が多くて必ずチェックしている。
店主のエルーダさんがとにかく凝る人で、気に入った毛糸しか扱わない。
けど、今回のケープに合うものはなかった。
メイちゃんは大人しくてあまり派手なのを好まないらしいから、珍しい毛糸よりふつうのが似合う気がする。
その中でドンピシャな色合いと質感を探したいのよね。
次は「オッズ毛糸店」。手芸店でなく、毛糸しか扱ってない専門店だ。種類は三店の中では一番で「オッズにない毛糸は見当たらない」と言われるほど。
量が量なので、好みの毛糸を見つけるのに時間がかかるのが困るところかな。
でも今回は弱音なんて言ってられない。とにかくぴったりの毛糸を見つけるんだから。
オッズで気に入ったのはベビーブルーの毛糸。
艶があって大人っぽいのに、色が可愛らしくてなかなかいい感じ。
最後に「カルゼイン手芸店」。カルゼイン国に昔からある由緒正しき手芸店。こちらは品質がとにかく良くて安心できる素材を使っている。
品質重視ならこのお店。
できればいい毛糸を使いたい。でもここにはマルガレッタさまと二人で考えたケープに合う毛糸はなかった。
結局オッズ毛糸店で目をつけていたベビーブルーの毛糸を購入する。店を出るとアーレンスが待っていた。見る物がないのかぼんやりしている。
「終わったよ。さ、帰ろ?」
「まあわかってたけどさ、一晩泊まるつもりないのな」
当たり前だよ。マルガレッタさまが待ってるんだよ? すぐにでも帰らないと。ハミットさんも一緒に、相乗り馬車に乗ってナランへと帰る。
その道中からわたしはケープ作りを開始した。
とにかく早くマルガレッタさまに作ってあげたかった。夜は暗いからムリなので、日中の移動時間に進める。
ハミットさんがいつ魔石を使うのかと聞いてきたので、魔石を使うのは企業秘密だから見せられないと言っておいた。
本当に、編むだけなんだけどね。
「やはりメイへのプレゼントだったか。マルガレッタ様の好みでないと思ってたからな」
事情を聞いたハミットさんは、思っていたとおりらしく何度も頷いていた。
そして、懐かしそうな目で遠くを見る。
「二人はいつも一緒だったからな。マルガレッタ様のワガママを、メイはにこにこしながら聞いていた。メイにきつくは当たるけど、大切に想っていたのは見ればわかるよ」
「確かに、俺がマルガレッタ様に会うときも必ずメイがいたからな。マルガレッタ様にとっては、妹と知らずとも家族のつもりだったんじゃないかな」
それを聞いたら頑張るしかないよね。わたしはいつにもまして真剣に編み出す。
ただ編むだけじゃダメだ。ちゃんと魔法も付与しなければならない。
手先に魔力を移動させ、そこからケープに流しこむ。魔力を移動させるのは集中力だけでなく気力も削られる。
気力だけだからいいけどね。加護持ちは魔力を無限に生み出せるわけだから。ふつうの人だったら老化して死ぬらしいから、加護持ちって本当にすごい。
ナランに帰るまでの五日、日のある時間はケープ作りに勤しんだ。
町へ帰ると、リルラちゃんが泣きながら抱きついてきた。魔物に食べられたんじゃないかと気が気でなかったらしい。ミヤエルさんは気にしてなかったみたいだけど。
あみぐるみゴーレムも知ってたからね。最初は頭を抱えていたけど。
リルラちゃんもあみぐるみゴーレムについて知ると、さすがあたしのお姉様! と再び崇拝された。
ナランに帰ってからは、ケープ作りにさらに集中する。
リルラちゃんやキティちゃんが遊びに来たり、マルガレッタさまが様子を見に来たりしながらケープ作りは進んで行く。
「あたくし、編み物ってダメよ。でもアトラさんのかぎ針ならできそうな気がするわ。かぎ針ひとつなら簡単そうに見えるもの」
マルガレッタさまは、いつのまにかわたしをさん付けするようになった。心境の変化かな。
わたしを認めてくれたのかもしれない。
「あたしはかぎ針でもムリかな。不器用なんだよね」
「リルラは料理は上手だけど、他はダメだよね」
「本当に。あのレストランの料理、あたくし好きよ」
そしてさらにいつのまにか、リルラちゃんとキティちゃん、マルガレッタさまが仲良くなっていた。同じ年頃だからかな。わたしも同い年の友達が欲しいなあ。アーレンス? 四つ違うからダメね。
そしてナランに帰って三日後に、ケープが完成した。
「できた! できましたよ、妹さんのケープ!」
「まあ!」
マルガレッタさまは口元を押さえると、しばらくケープを見つめていた。
ベビーブルーの優しい色合いのケープ。艶があって上品にも見える。
肩をすっぽり隠して、温かいはずだ。
体を元気にする魔法もしっかり付与させている。
「ありがとうね、アトラさん。でもあたくし心配なの。ちゃんと渡せるかしら。またいじわるなこと言って、メイを困らせないかしら。……どうしよう! 自信がなくなってきたわ!」
ぶんぶんと頭を振るマルガレッタさま。今、彼女は自分と戦っている。
「大丈夫ですよ、マルガレッタさま。一緒に考えたじゃないですか! 妹さんにぴったりで、元気にさせてあげるケープを。これはマルガレッタさまの妹さんへの想いが……心がこもったケープなんです。だから、大丈夫」
わたしはケープをマルガレッタさまに渡した。マルガレッタさまは、ケープを広げるとましわまじとそれを見つめる。
「……うん。ぴったりだわ。メイに絶対似合ってる。そうね。あたくしの心もこもっているのよね、このケープには」
「ええ、そうです」
マルガレッタ様は侍女にケープのラッピングを頼むと、家を出て行く。
「今日、お帰りになられるんですか?」
「ええ。早くメイに渡したいの。ありがとうね、アトラさん。こちらお礼のお金。ちゃんと受け取って。貴女にはそれほどの価値のある物を作ってくださったんだから」
侍女の方から袋を手に取る。
マルガレッタさまは馬車に乗って、ナランを出て行った。今度は妹さんと一緒に遊びに来ると約束して。
マルガレッタさまを見送ったあと、何気なく袋の包みの中身を見てわたしは凍りついた。
「お姉様、どうなさったのですか?」
いや、だってこれ。わたしは声にならずぱくぱくと口を開ける。
この束、この厚さって、一体どれくらい。
貴族からの依頼だったけど、こんなに貰ってもよいものなの?
とりあえず……ありがたくいただこう。
わたしはふーっと息を吐く。リルラちゃんとキティちゃんはそんなわたしを不思議そうに見つめている。
そうだ。委託販売も順調だし、春ノ市の売り上げも上々だった。
おまけにマルガレッタさまの依頼の金額。
ただの町娘がもらってよいものかはわからないけど。
とにかく、新しい目標を立てる時が来た。
「リルラちゃん、わたし決めた。とうとうミヤエルさんの家を出て、新しいお家を探す!」
目指すは、羊を飼って糸紡ぎしながらのスローライフ。その為にまずは家を買おう。
わたしの大きな一歩が、すぐそこまでやってきているのだった。
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