第18話 令嬢さまからのオーダーです
朝の礼拝も終わって、片付けをするところだった。終わったら森へ行って糸車を教えてもらおう。そう意気込んでいたその時、教会がざわついた。
「まあ、マルガレッタ様よ」
「こんなところに何の用だろうな」
お祈りに来ていた町の人たちの話し声が聞こえる。さっと道ができた。教会の入り口から、貴族らしいドレスを着た少女と、それにつきそう侍女がわたしの元まで歩いてきた。
緑色のウェーブのかかった髪に、気の強そうなツンとした目。ドレスは今王都で流行っている落ち着いたくすみピンク。
肌はお人形さんのように白い。体も華奢だ。
「貴女が、魔道具士のアトラかしら?」
東の国々に伝わるという扇子を手に、少女が上から聞いてくる。扇子、久しぶりに見た。
こっちも唐物趣味が流行ってるのかな。
みるからに貴族って感じの服装と振る舞い。
慎重にいかないと首でももがれそう。
「ええと、はい。あの、あなたさまは……」
「アトラさん。彼女はマルガレッタ・バルワース様。このナランの町の領主であるエドガン・バルワース様のお嬢様です」
ミヤエルさんがそっと教えてくれる。
バルワース。そうだ、このナランの町の領主さまってそんな名前だったっけ。確かナランは領主代行に任せてバルワース家は王都にいるはず。久しぶりに帰ってきて、あいさつをしに来たっ……って感じでもなさそう。
明らかにわたしに用事があるよね?
わたしはおずおずとマルガレッタさまの前に立つ。商業ギルドで許可証はもらってるし、何も変なことはやってない。
あいさつしなかったのを怒ってたりして。
「ええと、マルガレッタさま。わたしに何の用でしょうか?」
「あなたに作ってもらいたい物があるの」
「商業ギルドには行きましたけど」と言う前にマルガレッタ様が口を開く。
あ、そ、そういうこと。勘違いしていた。
「なんでも貴女は、編み物専門の魔道具士なんでしょう? 品質も良いと聞いたの。だからあたくしのケープをつくってもらうわ」
「へ、あ、は、はい」
「光栄に思いなさいね?」
うん。振る舞いもデフォルト貴族って感じ。
でもなんだろう。ちょっとムリしているように感じるのは気のせいだろうか。
「お金なら貴女の欲しいくらいにあげるわ。どれくらいでできるかしら?」
「えーっと、デザインによって必要な毛糸が違いますから……二十日ほどあれば」
デザインによっては、王都にまで毛糸を買いにいかなければならない。王都の行き来で十日。
編むのにさらに十日あれば確実かな? 一週間でもいけるかもだけど、一応日数は多めにもらっておこう。
わたしが王都に行く必要もあると話すと、マルガレッタ様は扇子をぴしゃりと閉じた。
「じゃあその場合の運賃も渡しておくわ。ケープの色は優しいブルーよ。で、回復魔法と体を丈夫にする魔法を付けて頂戴。いいわね?」
「承知しましたっ」
緊張しすぎて普段使わない言葉が出てしまう。
貴族って聞くとドキドキしちゃうな。アトラスは貴族の顧客もいたけど、わたしはなんせ初めてですから。
「あたくし、しばらくナランの館におりますから。何かあったら来ても構いませんわよ。では、よろしくね?」
必要なことだけ言って、マルガレッタ様はさっさと教会を後にした。
その場の誰もが安堵のため息を吐く。
が、すぐにみんながわたしの前に集まってきた。
「さすがアトラちゃんだな、とうとう貴族の客までつくとは!」
「マルガレッタ様はそんなに悪い人じゃないから大丈夫よ」
「でもなんで回復魔法と体を丈夫にする魔法なのかな? マルガレッタ様、病気だったりするんだろうか」
たしかに気になるな。でも、編み物のオーダーかあ。糸車を教えてもらうのを延ばしてもらうしかないかな。残念だけど。
お昼になると、わたしはレストランに顔を出した。
「お姉様ー! 来てくださったんですね! キティもいるんですよ。どうぞこちらに!」
リルラちゃんに引っ張られて、キティちゃんの座っているテーブルに案内される。
「聞きましたよ、アトラさん! マルガレッタ様から編み物の依頼を受けたんですよね。ナラン一の編み物魔道具士だけあります!」
編み物魔道具士なんて、この世にわたししかいない気がする。
二人が朝の出来事を聞きたがっていたので、一部始終を話した。
すると、リルラちゃんとキティちゃんは不思議そうにお互いを見る。
「マルガレッタ様って、ブルー好きだった? いつもピンクのドレスしか着ないよね、リルラ」
「確かに。それにマルガレッタ様が体を壊しているなんて聞いたことないし……」
「メイはいなかったんですか? マルガレッタ様と同じくらいの侍女」
「見てないかな。年上の人ならいたけど」
どうやらメイと呼ばれる侍女が、いつもならマルガレッタ様の隣にいるらしい。あの時はいなかったはずだけど。
「マルガレッタさまって、どんな方なの?」
「うーん。あたしたちにはまあ、貴族の中ではいい対応はしてくれるかな。さっきのメイって侍女にはいつもきつく当たるけど。メイ、体が弱いからしょっちゅうマルガレッタ様は使えないって言ってたね」
「あとマルガレッタ様ではないけど、お父様のエドガン様がね。女好きって有名」
うーん。マルガレッタ様はピンクが好きで、体を壊したわけじゃない。それなのにブルーで回復と身体機能増加の魔法付与をわたしに命じた。
わたしは水を飲み干すと、席を立つ。
「お姉様? どうなさったんですか?」
「ちょっと、マルガレッタさまのところに行ってくるね」
二人に軽く手を振ると、わたしはレストランを出た。バルワースの館は町の南にあるはず。
町の広場を抜け、バルワース邸へ向かう。
あの大きな館ね。
門兵に名前と事情を話すと、しばらくして通してくれた。執事の方に案内され、館を歩く。
「ほんとに、使えないわね! メイならもっと美味しい紅茶を淹れるわ! あの子、それだけは上手だものっ」
廊下に声が漏れている。恐々としながらマルガレッタさまの部屋に入った。わたしに気づいたようで、侍女も執事も部屋から締め出し、わたしとマルガレッタさまの二人きりになった。
「それで、何の用? さっき必要な事は伝えたはずだけど?」
「ケープのデザインについてもっとお聞きしたくて。プレゼントでしたら、その方の好みがわかればもっと喜ばれるでしょうし」
「なんでわかったの?」
「頼まれたケープの色が、マルガレッタ様の好みとは正反対でしたし、病気でもないのに回復と身体機能向上の魔法を頼まれたので、もしかするとと」
「……そう」
マルガレッタ様はため息を吐いて、クッションに身を埋める。
「もしかして、メイと呼ばれる侍女の方にプレゼントするのかなって」
「バレバレなのね。……メイはね、腹違いの妹なの。それを知ったのは半年前。偶然、お父様の話を盗み聞いて。
小さい頃から一緒だったから、あの子にはワガママばかり言って困らせたわ。なのにあの子はいつも笑顔で、あたくし、妹でなくともあの子が好きだった。いつか、何かあの子を元気にさせたかったの。酷いことばかりしたけど」
悲しそうにクッションを抱きしめる。目は伏せられ、そのレンズには複雑な心境がありありと映っていた。
「そんな時に、病気も治るっていう貴女の編み物の話を聞いたのよ。あたくし、素直でないでしょ? 妹とわかっても、いじわるばかり。
今更こんなプレゼントしたってわざとらしいかしら? 変に思われるかもしれないわ。でもね、ほんとは、本当はずっと、大切だったのよ」
もう遅いかしら、とマルガレッタ様は小さく囁いて、紅茶を一口飲んだ。
「やっぱり、メイの淹れたお茶が一番美味しいわ。いつも元気で、毎日、あたくしにお茶を淹れて欲しいのよ」
その眼差しで、マルガレッタ様がどれだけ彼女を大切に思っているかわかる。
わたしは息を吸うと、マルガレッタ様の目の前に立って意を決し口を開いた。
「わかりました。マルガレッタ様、妹さんが喜ぶような、そして元気になるケープをわたしが作ります。なので、どんなケープにするか二人で考えませんか? 妹さんをよく知っているのは、マルガレッタ様ですから」
わたしとマルガレッタ様は、日が暮れるまでケープのデザインを考えた。
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