第17話 まずは手紡ぎから
アーレンスと森の前で分かれて、ちょっと寄り道をしたわたしはスキップをしながら丘の教会を目指す。
別に、アーレンスがいなくなるから喜んでいるわけではない。決してない。
実はグロレアさんから良いものをいただいたのだ。
「ただいま帰りました」
ミヤエルさんは家の隣にある小さな畑で作業をしている。顔を出して帰ったことを伝えると、そのまま畑仕事を手伝うことになった。
今の時期にとれるのは、キャベツのような葉菜や、豆類にじゃがいも。
これがウチの食卓に毎日出る。
ミヤエルさんは神父なので、肉や魚類はとらない。卵は食べるから、よく農家の人からもらったりする。
「アトラさん、今日はやけに嬉しそうですね」
ミヤエルさんはわたしの様子に気づいたみたい。わたしは頷きながら、モモ豆を収穫する。
「グロレアさんから免許皆伝をもらいました。もう自由に魔法を付与できるんです!」
おや、とミヤエルさんが声を上げる。
「それは良かった。上手くコントロールができるようになったのですね」
「はい。そんなわけで、明日から糸車の使い方を教わるんです」
「どこからどうそんなわけになったのかわからないのですが……まあ、いいとしますか」
コントロールより喜んでいませんか? と言われたので、当たり前ですと返しておいた。
だってあの、ずっとずっと恋焦がれていた糸車から糸を作ることができるんだよ?
それはもう嬉しいったらないよね。つい鼻歌を歌ってしまう。ミヤエルさんはそんなわたしを温かく見守っているようだった。ちょっと恥ずかしい。けどありがとうございます。
ミヤエルさんとの昼食が終わると、わたしはリュックからあるものを探る。
あったあった。これこれ。スピンドル。
グロレアさんがやったことがあるならやるよとくれたものだ。
糸紡ぎは糸車以外でも紡ぐことができる。スピンドルと呼ばれる道具と、手と羊毛などの糸の原材料の三つでできる、手紡ぎだ。
前にも話をしたことがあるけど、千円でも買える ちゃうから糸車より低価格で始められる。
さて、さっそく始めますか。
手紡ぎの始まりです。
もちろん羊毛も調達済み。森から出た後に農家の人からわけてもらった羊毛。
欲しいと言ったらわざわざ汚れがついたものを洗ってきれいにしてくれた。
もともとは売るつもりだったらしいけど、わたしには魔物除けあみぐるみでお世話になっているからだそう。
洗うことから始めたかったんだけど、またの機会にしよう。洗う場面も見れたから、次はわたしでもできるからね。
では……まず、ふわふわの羊毛をハンドカーダーと呼ばれるコームで整えて。
流れが揃ったところをひとつかみ分に。
スピンドル登場。かぎのない、先端に溝を作ったスピンドルね。種類はドロップスピンドルかな。溝のある先端の反対側、底辺りに円盤がある。
まずは軽く羊毛を引っ張って、ねじって糸の状態へ。糸になった羊毛を溝に結んで、残りの羊毛を引っ張ると、導き糸のできあがり。
導き糸の先端に羊毛をかぶせて、スピンドルを時計回りに。いい感じね。
ある程度撚れたら羊毛から繊維を出しながら、また回す。これの繰り返し。
慣れていないと、均一でなくぼこぼこした糸になるけどそれもまた可愛い。
ふわふわとキュッ!とした糸の繰り返しも、味があるのよね。もちろん、ちゃんとした毛糸も作りたいけど。
まずはウォーミングアップってことで。
撚りが甘いと糸にならないし、強すぎると捻れてしまう。絶妙な回転具合が必要。
は、と気づくと、スピンドル越しにミヤエルさんがこっちを凝視している。
集中しすぎて気づかなかった。ぎこちなく笑みを作ると、ミヤエルさんは「つづきを」とジェスチャーで返してくれた。
見られるのには慣れてるし、続けよう。
後は説明することもない。スピンドルに回転をかけ、羊毛を引き出し糸にしていく。
単純作業に見えるけど、羊毛から糸ができる瞬間は何にも変え難い喜びと、穏やかな時間を感じることができる。
この、ゆるやかに流れる時の間。
これが糸紡ぎの醍醐味だよね。
不思議な感覚。体のエネルギーがまわって、糸に絡み合うような、そんな体感。
そこでわたしは気づく。あれ? 魔力が糸に流れていってない?
驚いて、手を止める。
どれくらい紡いでいたのだろう。周りに気づく。ミヤエルさん以外に、リルラちゃんと商業ギルドの受付嬢のキティちゃんがいた。
「二人とも! こんにちは。全然気がつかなかったよ。来てたんだね」
「すごく集中してたんですね。さすがお姉様。まさか糸紡ぎにも魔力を流すなんて」
わたしとミヤエルさんは顔を見合わせた。
おかしい。魔力のコントロールが必要な加護持ちやスキル持ちじゃないリルラちゃんが、どうして魔力の流れを読み取れるのだろう。
「は! あ、いや、魔力が流れてそうなくらい集中してらっしゃったので! ええ、なんとなくそう感じたものですから!」
と、慌てている。
「そうそう! 今日はキティからお姉様にプレゼントがあるんですよ! ね、キティ!」
「え、あ、うん。そうだったね。あの、アトラさん。これよかったら食べて下さい」
キティちゃんが持っていた箱の蓋を開けると、美味しそうなクッキーが顔を出した。
「わあ、美味しそう!」
「アトラさんの編み物を身につけてから、お母さん、元気になってきたんです。さすが魔道具ですね。お礼ということで、母と一緒に作ってきました」
そうだ。キティちゃんのお母さんは病気がちだと聞いて、わたしの作った回復魔法付与の編み物を渡したのだ。効いてくれたみたいでよかった。
「じゃあ、お茶にしましょう。ちょうどロイヤルカルゼインの紅茶があるの。みんなでいただこうよ」
わたしは紅茶を作って、ティーカップに注ぐ。
テーブルの中央にはキティちゃんとお母さんが作ったクッキーを置いて。
キティちゃんにお願いされ、ミヤエルさんも席に着く。
それからしばらくの間、わたしたちはティータイムを楽しんだ。
日が落ちる前に二人は帰り、わたしとミヤエルさんはテーブルに着いて、冷めた紅茶を飲んでいた。
ミヤエルさんの前には、わたしの紡いだ糸がある。じっ、と、鑑定眼を使いわたしの糸を見つめるミヤエルさん。しばらくして、疲れたのか息を吐いて目頭を押さえる。
「……やはりですか。効果は<回復>。アトラさんの加護は糸を作る時にも効くようです」
糸紡ぎにも加護を受けるのかあ。今までアトラスの体で紡いだことがなかったから、わからなかった。
「どうも<糸>が、アトラさんのキーワードのようですね」
「です、ね」
加護のある糸で編み物をしたら、もっと強い効果が付与されたりして。そんな思いつきに、ミヤエルさんも頷いてくれる。
「試してみても良いかもしれませんね」
うん。試しにもっと紡いでみようかな。
がぜんやる気が出てきたよ。
でも、ちょっとリルラちゃんのことが気になるんだよね。
「あの、ミヤエルさん。リルラちゃんは魔力の流れを感じていたみたいでしたけど……」
「ふつうの人間にはわからないはずです。もしかすると、リルラさんもスキル持ちか加護持ちなのかもしれませんね」
リルラちゃんが。
「そう簡単に人に話すものではありません。利用されたり、傷つけたりつけられるのが力というモノです。リルラさんもそれがよくわかっているようですね。
もしかすると、過去になにかあったのかもしれません。無理な詮索はしないほうが良いでしょう」
気になるけど、わたしだってリルラちゃんには加護について話していない。
いつかお互い話せる日が来るといいな。
クッキーをひとかじりして、冷たい紅茶を喉に流しこんだ。
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