第16話 魔法のかぎ針
王都から帰って、二週間。わたしは今日も魔女の家にお邪魔していた。
丸い窓からは木漏れ日が落ち、風がそよりと頬を撫でる。グロレアさんの書斎の隣にある作業場は、アーレンスのものだ。魔石が転がっていたり、道具が乱暴に置かれている。
ここでいつも魔道具を作っている。
「よし。アトラ、かぎ針ができたぞ!」
「ありがとう。触っていい?」
アーレンスの手にあるかぎ針は、かぎ部分が銀色に艶めいている。手に取ると、少しラメが入っているのがわかった。魔石と金属を溶かしてできたものだからキラキラ光ってキレイだ。
持ち手も魔石を使ってあり、少し弾力があり優しい触感で長く手にしても疲れないようになっているらしい。
わたしは手触りを確認すると、大きく頷いた。
「うん。わたしの持っているかぎ針より使いやすそう! さすがね!」
「本当か? よかった。あとは大きいサイズと小さいサイズを作れば終わりだな」
三サイズ頼んでたからね。もっと細かいサイズも欲しくなってきたよ。またいつか作ってもらおうかな。
グロレアさんも興味深いのか、睨むようにかぎ針を見つめている。睨んでいるように見えるけど、怒っているわけではない。眼鏡をかけても目が悪いらしくてそんな顔になると言っていた。
わたしにも、特訓が厳しいくらいで優しいし、やっぱり人嫌いってよりツンデレなんだね。
言うつもりはないけど。
「上出来だな、アーレンス。しかしアトラ、おまえの持っているかぎ針は珍しいな。帝国のものは変わったのが多い」
「えっと、そうですね。カルゼインにはないものもありますから……」
本当は日本製だなんて言えない。帝国製で通していこう。
グロレアさんはふうん、とわたしを見て、両手を叩く。乾いた音が家に響いた。
「さて。では、アーレンスのかぎ針で特訓の成果を見ることにしよう」
「はい!」
この二週間、頑張って加護の力のコントロールを練習してきた。
今日はいわゆるテストってやつで、今までの成果をグロレアさんに見てもらう。
正直、死ぬほど頑張ったから合格を貰いたい。
今なら自分の思い描く力を付与させられるはず。
「俺の作ったかぎ針は、魔力の流れのコントロールを補佐する効果が付与されている。きっとアトラの役に立つはずだ」
ありがとう、アーレンス。あなたのかぎ針で作ってみるよ。
「頑張るね。グロレアさん、何を作りますか?」
「そうだな。あの閃光弾をリメイクして、明るい光を常時発する球にできるか?」
「やってみます!」
ただのボールってのもつまらないし、雫みたいな形にしてみよう。まずはボールと同じく丸を作って、その後に同じ目に二回細編みをして増やし目をつくる。形ができてから減らし目を作ってできあがり。
でもただ作るだけじゃ意味がない。
加護の力をコントロールして、光る魔法を付与させる。
わたしは目の前の編み物に集中する。魔力はわたしの体を巡っているとグロレアさんから聞いた。
加護持ちのわたしは尽きることのない魔力を発生させて体に循環しているらしく、使ってもなくなることはないそうだ。
手に集中させ、指先から魔力を編み物に流しこむ。
グロレアさんとアーレンスさんは、黙ってわたしの手先を見つめている。
緊張はしない。この特訓の間にどれだけ編むのを見られたか。今なら人前でも動揺することなく編める。
どんな光をイメージしようか。せっかくだし七色に輝かしてみよう。二人ともびっくりするかな。わたしも見てみたいし。
魔力が指先から抜けていく感覚を得る。それはするすると編み物に入り絡み合い、雫がぽわりと光を放った。
やけにスムーズにいくな、と思って気づいた。
アーレンスが作ったかぎ針だ。魔力を上手く流しこんでくれている。これはありがたい。
光はだんだんと色づき、赤からオレンジ、黄色から緑、青に光る。
小さな雫型だからそんなに時間はかからなかった。わたしの編むスピードも速くなったからかもしれない。
「できました!」
余った糸を中に潜らせて、雫型のボールが完成。光を放つので、ボールっていうよりライトかもしれない。
天井から吊るしたら、雰囲気のよい照明になりそう。
ライトはゆっくりと色を変え、七色に光る。
幻想的な光についわたしも見入ってしまった。
「あの、どうですか?」
二人とも口が開いている。グロレアさんは目を見開いているし、アーレンスも間抜けな顔をしてるんだから。
吹き出しそうになるのをこらえる。
「七色に光ってる……」
「ふふ、驚いた?」
多分、今のわたしはドヤ顔してるね。グロレアさんは両手を組むと、いろいろな想いを吐き出すようにため息を吐く。
「合格だ。自由に魔法を付与させることができるようだな。もう儂が教えることはない」
や、やった! 合格だ! もうあの辛い日々とはおさらばなんだね。
それになにより、
「ということは、糸車の使い方を教えてくれるんですね!」
グロレアさんが吹き出す。アーレンスもなんだか呆れた顔をしているような。
「そこなのか? わかったよ、明日もここに来い。教えてやるから」
「すごいな、アトラ。俺も今年の試験、頑張らないと」
「試験? もしかして、魔法士の?」
「お前さんを見てやっと決心がついたらしい。夏には魔法士学校の入学試験がある。もし合格したらしばらくは会えないな」
「そうなんだ、寂しいな」
「どうせウチでほとんど学んでんだ。短期生に志願したら二年で帰ってくるよ」
日本の短期大学と同じくらいか。でも、やっぱり寂しい。グロレアさんもしばらく一人になるわけだし、それも心配だな。
お昼ごはんを食べて、今日のところは帰ることになった。アーレンスが送ってくれるので、二人で森の小道を歩く。
「アーレンスがいなくなったら、ここも一人で歩くことになるね」
「ちゃんと魔除けの鈴、つけとけよ? 心配だ」
アーレンスの顔にふと寂しさがよぎる。
「あのさ、アトラ。俺、君にお礼を言いたいんだ」
歩きながらアーレンスはそう言った。
地面を見つめている横顔はまだ寂しそうで、でもどこか決意したような意思のある瞳をしている。
「俺、二十一だろ? 本当ならもっと早く魔法士の試験を受けるはずなんだ。でも、グロレアさんのところでいろいろ学んでたら、遅くなって……て、いうのは建前でさ、本当は試験を受けるのが怖かったんだ」
変わるのが怖くなったんだ、とアーレンスは言った。
「ずっとグロレアさんのところで暮らすのもいいかもしれない、なんて思ってたんだよ。変わらない毎日が、優しすぎて、変わるのが怖くなった。でもさ、変わったんだよ。君が来て」
わたしはただアーレンスの話を聞く。
なんとなくわかるの。きっとわたしに言うのと同時に、自分にも語りかけているって。
「君が来て、俺の毎日が変わった。頑張る君を見て、俺も頑張りたい、変わってみたいって、そう思えたんだ。……だから、行くんだ」
顔を地面に落としていたアーレンスは、そこまで言うと顔を上げてわたしを見上げた。
わたしは、アーレンスの目を見て、口角をきゅっと上げる。
大丈夫。
そう伝える為に。
「ありがとう」
伝わったみたいだね。
あ、とわたしは声を上げた。アーレンスが何事かとわたしの顔を覗き込む。
「魔法士学校に行く前に、かぎ針頼んでいいかな? もっと細かいサイズが欲しくて」
「お前なあ」
ふふっとわたしは笑って、アーレンスの先へ二、三歩ステップで踏み出す。
「あなたの作ったかぎ針があれば、いつでも思い出せるからね、アーレンス」
振り返ると、苦笑しているアーレンスがいた。
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