第15話 約束と、天使の横顔


 翌朝、わたしはミヤエルさんと一緒に宿を出て、街中を歩いていた。

わたしはリュックを背負って、両手に紙袋を抱えている。中にはわたしの作った編み物が詰まっている。

せっかくだから、孤児院に寄付しようと思ったのだ。

マーケットのスキマ時間に作ったものや、予定を聞いて昨日の夜の間に作業を進めたもの。簡単なものしか作れなかったけど、喜んでくれたらいいな。

それから、アーレンスも寄付をしたいとミヤエルさんに魔道具を渡している。


「孤児院へは、私に会う前に尋ねただけでしょう。建物もすっかり変わりましたし、顔を知っている方もいませんが……」


ミヤエルさんはそこで言葉を止めた。きっと火事を思い出したのだろう。目は悲しみを帯びて、心なしか俯いている。


「それでも、あそこはアトラスの故郷です」


わたしは、はっきりと言った。

どんなに希望の無い世界でも、アトラスは確かに生きてきたのだから。


「……そう、ですね。私もですよ」


ミヤエルさんはわたしを見ることなく、呟くように言った。

それから孤児院に着くまで、わたしたちは黙ったままだった。


 孤児院に着くと、シスターが迎えてくれた。確か、わたしが孤児院を尋ねた時も対応してくれた人だ。ミヤエルさんとわたしを歓迎してくれる。

中はアトラスの記憶より、もっと整理され壁も床も輝いていた。あの頃よりシスターの数も多いし、再建にあたって整備も整えられたらしい。白い石の壁は少しざらざらして、まだ若くて小さな木の生えた中庭では子どもたちが遊んでいる。


「この木は、宮殿の御神木から挿木をいただいて植えたものなのですよ。現国王アルフルレッド様が、前の孤児院を偲んでわざわざ御神木から挿木を命じて下さったのです」


あの王都を見守っているように茂る御神木の挿木だと思うと背筋が伸びる。わたしは御神木に近づいて、そっと手のひらを樹皮に押し当てた。


「絶対に、この子たちを守ってね」


木の温もりを感じる。振り返るとミヤエルさんんも祈りを捧げていた。


いつのまにか子どもたちが集まってくる。

みんなわたしをおっかなびっくりと様子を見ながら、少しずつ少しずつ近づいてきた。


「初めまして」


わたしは子どもたちと同じ高さまでしゃがんで、優しく微笑む。みんなそれを聞くと「初めまして!」と元気に答えてくれた。


「今日はね、みんなにプレゼントがあるの」


わたしは紙袋から編み物を手にする。


「なにそれ!」


「おもちゃだー!」


子どもたちの目がキラキラと輝く。

まずは小さなものから。簡単にできるケーキやパン、お菓子の編み物。

サイズが小さいので簡単に作れる。これは女の子のおままごとに使える。


動物たち。かっこいいトラやドラゴンなんかを作ってみた。男の子に人気だ。

小さい子が遊べるようにボールも作った。中に鈴を入れているからリンリンと鳴り楽しめるはず。


飲み物の保温や保冷効果のあるコースターも寄付した。これは便利だからシスターたちがかなり喜んだ。

突然の訪問になったから、寄付はここまで。

今度、またたくさん作って寄付しに来ようかな。


アーレンスの魔道具も喜ばれた。

孤児院が魔道具を買うなんてなかなかできないから、シスターたちはかなりありがたがっている。帰ったらアーレンスにみんな喜んでいたって言わないとね。


気づくと、小さな女の子が私のシャツの裾を引っ張ってくる。

なあに? と聞くと、


「これ、お姉ちゃんが作ったの?」


「そうだよ」


わたしはゆっくりと頷く。女の子はぷく、と頬を膨らませた。

なんだから、羨ましいといった様子。


「あたしも、作ってみたい」


「じゃあ、今度来た時に、編み物を教えてあげようか?」


「ほんと?」


女の子の顔が明るくなる。

すると、それを聞いていた近くの子どもたちが集まってきた。


「わたしもするー」


「ぼくもやりたい」


「ケーキ作りたい!」


みんな、目をキラキラさせてわたしを見上げている。そんな子どもたちを見たら、約束するしかない。わたしは指を立てて、みんなに見えるように顔を動かす。


「じゃあ、約束。今度みんなに編み物を教えるね」


「やくそくー!」


みんなの声が重なる。約束したんだから、また孤児院に来ないとね。子どもとの約束を破るわけにはいかない。立派な大人として!


「あの……よろしければ、私たちにも教えていただけないでしょうか?」


シスターたちもわたしの編み物に興味があるようで、子どもたちが離れていくとそっと集まってくる。


「ケーキやパンを編み物で作るなんて、初めて見ました。ぜひ私たちにも教えてください」


「わたしでよければ、構いませんよ」


シスターたちがきゃっきゃと喜びだす。こうも嬉しがられると悪い気がしないし、教えてあげたいと思う。

しばらく子どもたちと遊んだり、シスターさんから薬草茶をいただいたりして帰ることになった。

お土産に薬草ももらったし、家で薬草茶が作れるね。紅茶と混ぜても美味しそう。


 孤児院長は用事で出かけているらしく、挨拶はできなかったのが残念かな。今の孤児院長はどんな人なんだろう。

シスターさんたちは揃って「いい人だけど、変わってる」って言う。ミヤエルさんも苦笑してたし、嫌な人ではないけど、変な人なんだね。


 孤児院を出て広場まで来たら、ミヤエルさんが忘れ物をしたから少し待っていて欲しいと言われ一人で待つことにした。

口寂しいので、パン屋さんでジャムパンを買ってベンチに座り頬張る。

冬にできたイチゴをたっぷりとジャムにして作られたパン。口に入れるたびにイチゴの甘酸っぱい味わいが広がる。


「うーん、美味しい」


「美味そうだな」


わたしの顔に影が落ちてギョッとした。

緑の目に、長い髪。真白い服を着た、夢で一度見た天使が目の前にいた。


「あな、ぐう、げほっ、けほ」


驚いて、パンが器官に入っちゃったよ。涙目になりながら見上げると、天使はニヤニヤと笑っている。あなたのせいなんだけど。

相変わらず中性的な顔立ちで、性別がわからない。謎な天使だ。


「孤児院はどうだった?」


隣にどかりと体をベンチに預けると、こっちを覗き込む。まつ毛長くて羨ましい。もちろん、アトラスだって負けてないけど。


「火事になってからだいぶ経ったな。私も心配していたんだ。何も出来なかったからな」


「天使なのに?」


むう、と天使は唸る。

目には悔しさが滲んでいて、まるで後悔しているように。その目を見て、天使にもどうにもできないことがあるのだと悟った。


「えっと。あなたのせいじゃない。タイミングっていうか、なんだろう。でも、とにかく……」


励ましたくなって、口を開いてみるけどなんて言っていいかわからない。天使にもどうにもできないことなら、それはもう仕方ないんじゃないかって。

別にあの孤児院のみんなが死んでよかったとか、そういうのではないんだけど、とにかく……何か言ってあげたいのに。

だって、とても悲しそうな顔をしているから。

もどかしくて、両手で拳を作って俯くしかなかった。

頭に柔らかい感触を感じる。それが天使の手のひらだとはすぐにわかった。見上げると、天使は穏やかな表情を浮かべていた。


「ありがとう。人間に励まされるとは私もまだまだだな。だが気持ちは受けとったよ。やはり優しいな。だからこそセフィリナ様もおまえに慈悲をかけたのだろう」


「セフィリナ……女神様が?」


慈悲とはどういうことだろうか。もしかして、アトラスに憑依したのは女神様が?


「大丈夫だ。私もセフィリナ様も、いつもお前を見守っているよ。幸せになれるように」


「どうしてわたしは……っ」


気づくと天使はいなくなっていた。

聞きたいことは山ほどあるのに、何も教えてくれないんだから。感謝だってしたいのに。

わたしにもう一度、生きるチャンスを与えてくれたから。


「アトラさん! すみません、待ちましたね。おや、時間潰しはしっかりしていたみたいですね」


駆けてきたミヤエルさんは、わたしの横にあるイチゴジャムパンを見て安心したようだ。


「さ。帰りましょうか。明日には王都を発たなくてはなりませんからね。……アトラさん?」


「あ、はい。そうですね!」


春ノ市も充分、楽しんだし、孤児院にも顔を出せた。ナランに帰ったら、また加護の力をコントロールする練習だ。

不思議なんだけど、あの天使とはまた会えるような気がする。ずっと見守ってくれるような、そんな気が。


今度、王都に来たら、その時は孤児院で編み物教室だね。

あの天使が悲しまないように、わたしもできることをしよう。

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