閑話 1 殺し屋アトラスが消えて


 鞭使いの殺し屋、アトラスが消えた。帝都の裏社会は騒然となった。

彼女は愛用の鞭を宿に残したまま、姿を消したのだ。


僕はその話をちょっとだけ耳にした。

スラムには悪い奴らも多いから、どこからでも情報なんて流れてくる。

帝都で一、二を争う殺し屋だったら、尚更。


なんでいなくなったのか、僕はやっぱり殺し屋が嫌になったんじゃないかって思う。

僕はスラムの人間だし、盗みはするけど、さすがに殺しはしない。殺しだけはしないって誓っているから。


アトラスって女殺し屋は冷徹冷酷だって聞いたことがある。そんな人でも善心はあったんじゃないかな。


 そんなことをアニキに話すと、鼻で笑われた。

だからお前は甘ちゃんなんだと。


そうなんだろうか。


「死んだんだよ、誰かに始末されたんだ。そうあって欲しい奴らはごまんといるからな」


かなり憎み恨まれていたようだ。


「ま、そのうちみんな忘れるさ。いないやつの話なんて消えていく運命だ」


きっとそうだ。いない人間なんてみんな忘れていく。帝都に君臨していた殺し屋であっても。

そっちの方が幸せなんじゃないかな。生きていても、死んでいても。


 それにしても、このコースター、すごい。

飲み物をこの上に置いておくと、冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいままなんだ。


これをくれたお姉さん、キレイだったな。

優しそうだったし。

帝都を出てカルゼイン王国へ行くようだった。


僕もいつか帝国から出たいと思っていたから、羨ましい。

頑張ってお金を貯めて、こんなところから出ていくんだ。


そうだ。アトラスっていう殺し屋みたいに、ここからさっさと消えるんだ。

いつか、きっと。

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