第3話 ぽんぽん閃光弾?
「アトラお姉ちゃん、こんな感じ?」
「うん。そうそう! そうだよ」
カルゼイン王国を目指してさらに一ヶ月。
馬車に乗って、わたしはユナちゃんに編み物を教えていた。
「わあー! みてみてお母さん! ほんとうにバックみたいになってるよ!」
今ユナちゃんには、毛糸で編む小さなバックを教えていた。可愛いピンクと赤色の、ふわふわしたバックが出来始めている。
編み物ってなかなか優秀で、コースターからベスト、マフラー、バックまでなんでも作れたりする。
わたしのいた世界では、いろんな人がいろんな編み方でいろんな物を日々制作していた。
わたしも自己流で巾着袋やがま口ポーチを作ったりしていたので、教えるくらいお茶の子さいさいだ。
職人さんにつくってもらった、木のかぎ針を動かす。サイズも細かくオーダーしたので、どんな毛糸にだって対応できる。なんでも作れちゃうね。
わたしはゆっくりした動作でかぎ針を操る。ユナちゃんにもわかるように、ゆっくり、ゆっくり。
子どもは吸収力が高い。基本中の基本のくさり編みは簡単ですぐに覚えた。
楕円を作るのは苦労したけど、きれいな楕円ができるのは見ても楽しい。ユナちゃんも喜んでいる。
一時間もすればすいすい編めるようになった。
「あたし、バックって初めて作るんだ! 楽しみだなぁ」
嬉しそうなユナちゃんを見ると、こっちも嬉しくなる。
「かぎ針編みも楽しそうですね」
ユナちゃんのお母さんも興味を持っているようで、ユナちゃんの手元を熱心に観察している。
この世界はかぎ針編みはマイナーらしく、広く使われているのは棒針編みだ。
わたしはかぎ針の方が楽なんだけどな。
そういえば、日本だとかぎ針が多いけど外国は棒針編みが主流だとか。
相乗りした人たちは、わたしたちを優しい眼差しで見守ってくれている。
居心地のいい雰囲気に、ずっとみんなと旅をしてみたいと思ってしまった。
日が少しずつ暮れてきた。ほの光虫と呼ばれる小さな虫が、光を放つ。蛍みたいだ。
虫の鳴く声と、馬の歩く足音。心地よいリズムが眠気を誘ってくる。
ユナちゃんも疲れたみたいで、お母さんの膝でスヤスヤと気持ちよく眠っている。
もう少ししたら小さな村があるらしい。今日はそこに泊まるみたいだ。
「そろそろ町が見える頃だね」
「そうだな、あと少しーー」
ガタン! と馬車がゆれて、御者の叫び声が聞こえてきた。
「ま、魔物だああっ!」
わたしは素早く周りを見回した。薄闇に、しっかりとわかる黒い影。妖しい金の光。
グルルル、と唸り声が四方八方から聞こえてくる。
「ゾドウルフ!」
黒い影のようなオオカミの魔物だ。夜になると、闇に乗じて獲物を探しに外を彷徨く。
どうやら獲物を見つけたらしく、わたしたちを狙っているようだ。
「クソ、囲まれてる!」
「魔物除けの香が効かなかったのか!」
旅をする場合は基本、魔物除けのお香を焚いている。品質の悪いものだと、効かなかったりするけど。
全部で八匹。金色の瞳がわたしたちをじっと見つめる。まるで品定めしているみたいだ。
ゾドウルフは群れで移動するので、数が多い。
旅人にはやっかいな魔物だ。
「女子どもは中央に集まれ! 松明だ! 剣はあるか!」
「お母さああん! お姉ちゃああん!」
「ユナ! ああ、神様!」
泣き叫ぶユナちゃんを抱えたお母さんが、両指を組んで祈っている。男の人たちは松明を手に、相乗り馬車に積んであった武器を振りまわしていた。
それでもゾドウルフたちは怯まない。
どうしよう。戦闘経験のある男の人は二人。
この人数は庇いきれない。
アトラスの力で倒す? でも、わたしが憑依してからは戦ったことがないから自信がない。
うう、鞭のアトラスとか呼ばれてたよね。でも鞭なんていらないやと思って帝都で捨ててきたし!
一体どうすれば?
とにかく、少しでも目眩しをと思ってリュックから毛糸のボールを取り出す。
この前、調達した毛糸で作ったものだ。
数センチの小さいボール。
目眩しにもならないとは思うけど、手持ちはこれしかない。
わたしの目の端がゾドウルフを捉えた。反射神経の良さはさすがアトラス。
一匹のゾドウルフが、獲物を狙って飛びかかる。
「来ないでっ!」
わたしは思いっきりボールをゾドウルフに投げつけた。
パンッ!
ボールから明るい光が炸裂する。
ゾドウルフが苦しそうな悲鳴を上げた。
き、効いてる?
一瞬、戸惑うけど、ゾドウルフたちはまだ襲いかかろうとしている。
何故効いているか? なんて考えている余裕はない。
「よくわかんないけど……ていっ!」
残りのゾドウルフたちに向かってボールを投げつける。
ボールは花火のようにパンッと光を放つ。
ゾドウルフは光と香りに弱い。この眩しい灯りがゾドウルフ達は嫌なのだろう。
オオカミの魔物たちは戦意を喪失したのか、悲しそうな呻き声を上げて、ジリジリと後ずさり逃げて行った。
「た、助かった……のか?」
誰もが突然のことで、口を開けて呆けていた。
「お、お姉ちゃん……お姉ちゃん、すっごーい! 黒いオオカミさんたち、やっつけちゃった!」
「アトラちゃん、さっきのはなんだい!? ゾドウルフが逃げて行ったじゃないか!」
「いやー助かったよ! 閃光弾を持ってたんだなぁ! ワシは突然の事ですっかり忘れとったわ!」
「って、閃光弾あったのか!? それを先に言えよ爺さん!」
「悪い悪い、頭になくてなぁ」
と、とたんに空気が和やかになる。御者も気をとりなおし、馬を走らせる。
馬車は村へと向かっていった。
夜。酒場から明るい光と賑やかな声が聞こえてくる。
わたしは村にある宿屋の一室で、ううんと声を漏らした。
「どうしたの? お姉ちゃん」
ユナちゃんはベッドに入ってわたしを見上げる。わたしと一緒に寝たい寝たいと言いつづけて、お母さんが負けてしまったのだ。
そんなわけで今日はわたしと一緒に寝ることになった。
「いやあ、どうしてただの編み物ボールが閃光弾になったんだろう、って」
わたしが編んだのは、ただの毛糸のボール。
それがどうして閃光弾みたいに光り出したのか? 助かったから良いけど、理由はさっぱりわからない。
「謎だなぁ」
「きっとお姉ちゃんは、神様のご加護をいただいたんだよ!」
ユナちゃんがナイスアイデア! と笑う。
「神様の、ご加護?」
本当にそうなんだろうか? と、わたしは首を捻った。
神様なんて、病気なったときに信じるのをやめた。あれだけ頑張って働いたのに、苦しんで死ぬ運命なんて、信じたくなかったからだ。
見守ってくれてるなら、病気だって治してくれたらよかったものを。なんでアトラスなんかに憑依させたんだろう。
「アトラお姉ちゃんも、神様に見守られてるんだねえ」
そう言うと、ユナちゃんはすやすやと眠りについた。
「そうなのかな」
わたしはリュックからかぎ針と毛糸をとりだす。そして、モヤモヤする気持ちを消しさろうと編み物を始める。
こういう時は量産に限る。
今日、ユナちゃんが使った毛糸の残りで、わたしは小さなボールを作ることにした。
三センチくらいの小さなものから、五センチの少し大きめなものまで。
最初に円を作ったら、増やし目と呼ばれる、名前の通り編んだ部分を大きくする編み方で椀のように球を描き、最後は減らし目で閉じる。
三センチくらいのボールなら、ゴム紐に通して可愛い髪飾りなんかが作れる。
もっと大きめにして、子どもやペットのおもちゃにしてもいい。カラフルにするとまた可愛い。
「たくさん作りすぎたかな?」
明日お裾分けしようかな。ユナちゃんにも髪飾りにしてプレゼントしよう。
このぽんぽんボール、また光ったりするのかな? 明日、早く起きて誰もいないところで試してみよう。
とりあえず、今日救ってくれたボールは「ぽんぽん閃光弾」とでも命名しようかな。
うん、可愛い。
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