第14話 宗冴くんと同級生のVD②
『ともかく門前で話すのもなんだから、あがっていただいたら?』
場を取り繕うように彼女が言ったのを合図に、なんとなく全員
広いフローリングのリビングに、75インチと思しきテレビモニタ。ともかく素人目に見ても、どの調度もいちいちセンスがいい。少なくとも近くのホームセンターでそろえたものなど、一つもないのだろう。
このシックなアースカラーのソファセットも、きっとお高いのだろう。……と、庶民の
「すごーい、芸能人のお家みたい」
「で、要件は?」
ひどくイライラした口調で
「早く言え」
「突然、訪ねたのは悪かったけど、お前、さっきからなんでそんなイライラしてんの?」
「お前らの話を聞かないと、
そう言って、眇めた目で床を睨む。
「三人ともコーヒーでいいかな? ちょっと用意してくるね」
『牡丹』さんは、そう言ってキッチンの方に消えていった。宗冴がそのあとを追うようにして、キッチンに行ったが、すぐに戻ってきた。
そして不機嫌にソファに腰を下ろすと、開口一番『要件は?』だった。
「なあ、あの人が例のお姉さんなわけ?」
勇樹がつい好奇心が勝って言葉が漏れてしまった。
またあの殺されそうな目で睨まれるかと思って身構えたが、宗冴はふてくされたような顔をして床を睨んだままだった。
あ、そうなんだ。
その態度で丸わかりだった。
あの白か黒かしかない、いつもなら切って捨てるような物言いをする筒路宗冴が、気まずそうに黙り込む。
彼女こそ筒路が恋焦がれてやまない女神だ。
そう思った瞬間に、澪を見てしまった。
澪はさっきまで物珍しそうに部屋の中を見ていたが、今は宗冴の顔を見ていた。
あー……、そりゃ態度みりゃわかるよね。
なんとなく気まずくなって、どうしたものかと心の中で呟く。
自分の好きな相手の家に来てみたら、相手は年上の彼女と痴話ゲンカ中か。まあまあな地獄だな。
「要件は?」
宗冴の苛立ちを隠しもせずに、さっきと同じ言葉を重ねる。前の声音に比べて語気が徐々に荒くなってきている。
「あ、用事があるのは私なんだ」
宗冴の態度とは反対に、けろっとした顔で澪が口を開く。
あまりにも平気な顔だったので、勇樹の方がちょっとぎょっとする。
宗冴はすこし視線をあげて澪を見た。
「今日、バレンタインでしょ。どうしてもチョコレート渡したくて。でも学校もいまみんな行ってないでしょ。予備校も考えたんだけど、行き違いになって当日に渡せないの嫌だから、藤袴君に無理って連れてきてもらったの」
そう言ってバックの中から、小さな包みを取り出す。
「筒路くんはまだ受験終わってないし、押しかけたらご迷惑だってわかっている。ごめんね。だけど、どうしても持ってきたかったんだ」
テーブルの上にその包みを置く。
「私3年間ずっと筒路くんのこと見ていたから、最後にちゃんと好きだって言いたかったの」
しんっとリビングが静まり返る。
気まずい。
その時、キッチンから人数分のコーヒーをお盆に載せてきた彼女が入ってきた。
こちらの話がうっすらとでも聞こえていたのだろうが、なんとなく気遣う様子で、静かにコーヒーを置いていく。
「どうも」
物腰が柔らかな人だなと思いながら、小さくお礼を言う。
「ありがとうございます」
澪もコーヒーを置いてもらったタイミングで言うと、彼女は小さく微笑んだ。
「お姉さん、『牡丹』さんっていうんですか?」
微笑んでもらったのをどうとらえたのか、澪がいきなり彼女に声をかけた。
「ぇえ。
「私、筒路君と同級生の
はきはきと名乗ると
「ご近所の方ですよね。コーヒー淹れたり、お家のことにもすごく詳しいみたい。あ、もしかして親戚の方とか? それにしてもすごく仲良しみたい」
矢継ぎ早に話しかけられて引くかと思ったが、勢いにつられたのか、『牡丹』さんは
「あ、……いえ、昔から近所で、宗冴くんのお家の方とは親しくさせてもらっているだけで、親戚とかではないんです」と、控えめに応えている。
澪の話し方はつっかかっているように見えなくもないが、ケンカをふっかけているような話し方とは程遠い。
おいおい、山吹さん何考えてんだよ。
勇樹が隣を横目に見る。
澪はそんな視線もどこ吹く風という顔で続ける。
「それなら幼馴染とか、お姉さんって感じ……」
「俺の好きな人だよ」
澪の声にかぶった低い声に、全員が宗冴の方を見た。
「俺が子供の頃から好きな人」
表情一つ変えずに言うのに、勇樹が思わず呆れる。
お前、本当に18歳か。
羞恥心とかないのか。だいたい告白の返事待ちなのに、何その余裕。断られるわけないとでも思ってんのか。
「ずっと好きで、この間告白した。まだ返事もらってないけど。そういう状況だから、他の女のことなんて考えている余裕ないってわかるよな?」
「宗冴くん、そんな言い方……」
少し咎めるように牡丹が何かを言いかけた。
だが、宗冴は自分に何かを言おうとして身体をかがめた牡丹の手首をとった。
「牡丹は黙ってて」
低く響く宗冴と視線が絡むと牡丹は、さっと目をそらした。
この場に居づらい空気が漂い、彼女が気まずそうに席をはずそうとした。
だが、宗冴がしっかりと捕まえたまま彼女の手を離そうとしない。そのくせ視線を合わせないので、彼女もどうしていいのかわからないという顔で戸惑っている。
「宗冴くん、手……」
「牡丹も座って」
「でも」
「俺がこいつらと話している間に、帰ろうと思っただろ」
「……。」
「だめだよ、俺との話が終わってないから」
鬼畜か。
勇樹が呆れて宗冴を見る。
宗冴との付き合いは高校に入ってからだが、少しは考えていることがわかっているつもりだ。だからこの状況はおそらく、本当に牡丹が帰らないでほしいだけなのだろうが、それにしたって彼女いたたまれないだろ?
勇樹が遠慮しながら牡丹を盗み見る。
牡丹はそのまま立っているわけにもいかず、とうとう宗冴が少し力を入れた瞬間、へたり込むように宗冴の隣に座った。
恥じらうように頬をかすかに赤く染めて、宗冴の隣に座る姿はなんとなく艶っぽい。
え、なんかエロ……。
勇樹が思わず声に出さずに、心の中で呟く。
その瞬間、殺気を感じて宗冴を見ると、物凄い目で睨まれていた。
音速で視線を逸らして、床に視線を落とす。
筒路ってこういうキャラだったのか。
いや、もともと有無を言わせないイメージはあるけど。
何事もなかったかのように、宗冴が無表情のまま口を開く。
「あんた、さっき3年間俺のこと見ていたって言っていたな。自宅に押し掛けるくらいだから、それなりに本気なんだろう。だったら俺も本音で答える。このチョコレートは受け取れない。牡丹からしかもらわない」
それは澪に向けた言葉のはずなのに、なぜか牡丹に言っているように聞こえた。
牡丹が身体を少しすくめたように見えたからかもしれない。
なんだか少し気の毒に見えて勇樹は気が気ではなかったのだが、澪は特に気にした様子もなく、普段通りの調子で問う。
「ねえ、もし牡丹さんが告白断ったら、筒路くんは諦めて他の女の子のことも考えたりするのかな?」
『その気がないなら、とっとと振ってくれませんか? 次がつかえてるんですよね』
それは宗冴への言葉に聞こえる。
だが、言外に牡丹に向けてそういったように感じられて、勇樹の背筋がぞわっと粟立つ。
女の闘い怖えー。
澪の質問に宗冴が、眉根を軽く寄せた。
牡丹への牽制が、宗冴にもわかったんだろう。
「考えない。断られても諦める気ないから」
そっけないどころか、冷たい突き放すような声音。
変に温情をかけるよりいいと思ってのことかもしれない。だが、そこまで冷たくする必要があるかというような言葉と無表情。
何より、牡丹の手首をつかんだままで、宗冴の執着の具合が見て取れた。
ちょっとうすら寒いものを覚えるくらいだったが、澪にとってはどうだろう。
好きな男のこの態度は、けっこう堪えるのでは……。
露骨な視線は向けずに隣の気配をうかがったが、予想に反して澪は力が抜けたように「そっか」と呟いた。
「取り付く島もないんだね。それなら無理やり置いて行っても迷惑かな。これは持って帰る」
「え、……」
牡丹の方が、そのあっさりした態度に慌てていた様子だった。
しきりと宗冴と澪を交互に見ていた。
「はっきり言ってもらってすっきりした」
澪はテーブルの上に置いたチョコレートの箱を、もう一度自分のバックに戻した。
「藤袴くん、帰ろ」
「あ、え?」
「あんまり長居したらご迷惑だよ」
「ぁ、ああ」
言われるがままに立ちあがる。
「押しかけたり、いろいろごめんね」
「それに関しては、この馬鹿の責任が重いと思っている」
宗冴の低く怒気を含んだ声に、勇樹の背筋が寒くなる。
リビングから玄関に移動しながら、勇樹は極力宗冴からの視線を気にしないように努めた。
少し遅れて牡丹が付いてくる。
「それじゃ、お邪魔しました」
ぺこりと澪が頭を下げる。
「コーヒー、せっかく入れてもらったのに、すみません」
「いえ、山吹さん。あの、ご……」
言いかけて澪と視線が合った途端、牡丹は言葉を飲み込んで俯いた。
「気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
澪は明るく言うと、
「それじゃあ筒路くん。次に会うのは卒業式だけど、また会っても無視しないでね」と、笑った。
「しない。挨拶されたら返す。常識だ」
宗冴は無表情で返事をする。それを見て澪が苦笑した。
「それじゃ、またな」
「お前とはこれまでだな」
「なんでだよ!」
「情報リテラシーの意味と個人情報の取扱いについて学びなおしてこい。そうじゃなければ、お前とは今この瞬間からまったくの他人だ」
「悪かったよ……。もうしないって」
『当たり前だ』と、勇樹を睥睨した宗冴の顔に書いてある。
本当に容赦ないんだよなぁ。
……まあ、俺が悪いんだけど。
「じゃあな」
扉を閉めて一般家庭では大分広い庭を歩き、門扉を出た。
空は相変わらず曇天。
家の中にいた時間は大して長くなかったはずなのに、晴れていれば日が傾いているのが分かる時間だ。
「はぁあああ」
道路に出た途端、澪がため息をついた。
失恋した直後の女子に何と声をかけていいのかわからなかったが、そもそも望み薄なのは最初から分かっていたことだ。
それでも、あれはちょっとショックだろう。
そう思って言葉を探していると、
「いやーなんか……、すっきりもしたけど、やっぱり推しだったのかな。筒路くんは」
「え?」
「牡丹さんに強引に迫る筒路くんとか、なんかときめいてしまった。映画みたいだった。はー……筒路くん、かっこよ」
うっとりというのに、勇樹が呆れて呟く。
「なに? それって結局、筒路のこと好きなんじゃなかったの?」
「好きだよ。でも、なんか……俳優さんとかアイドルに恋してるみたいな感じだったのかな。自分で言うのもなんだけどファン以上リアコ未満というか」
「え、リアコ?」
「リアルに恋してる勢。筒路くんは有名人じゃないから、こんな言い方おかしいかもだけど。とりあえず今はあんまりショック受けてない感じ。自分でも意外」
「……それなら、それでよかった」
「ちょっと嫉妬はあるけど、牡丹さん、超かわいかったな。かわいい系美人。私らと都市違いすぎとか思ってたけど、全然アリだよ」
それは勇気も同意だった。
「それにあんな筒路くん超レア。見た? 牡丹さんを見るときの表情。無表情のままだとイケメンなのが際立つけど、感情的な筒路くん、なんか……めちゃくちゃよかった。年相応というか。俺様過ぎると引くけど、強引なのもよかったし」
勇樹は不思議なものを見る目で澪を見る。
恋ではなかったということでいいんだろうか?
でも、あまりショックじゃないと言い、妙に浮かれている澪も一人になったら泣くのかもしれない。
女ってたまに変な強がり方するからなぁ。ま、でも目の前でメソメソされるよりマシか。
「あ、そうだ。これ、藤袴くんに」
駅に着くと澪はカバンからチョコレートらしき、シンプルな包みを差し出してきた。
「俺に?」
「そう、今日のお礼に渡そうと思ってたんだ。あ、ついでにこっちも持って行ってくれると嬉しい」
そう言って差し出されたのは、さっき宗冴に渡そうとしていたチョコレートだった。
「いいの?」
「うん、さすがにこれを家に持って帰って、自分で食べるのはキツイかも」
だからご家族とでも食べて、と押し付けるようにして勇樹に渡すと、笑って手を振った。
「それじゃ、いろいろありがと」
踵を返すと、勇樹とは反対のホームへと続く階段を上っていく。
その後ろ姿を見送ってから、勇樹は進行方向側に少しだけ移動した。
もらってしまった高級チョコと、おそらくそれなりに良いチョコをカバンにしまう。
ハイリスク・もしかしたらハイリターンと、面白がって澪を連れてきた。
果たしてハイリターンだったのだろうか。
予想通り宗冴には怒られたが、念願の隣のお姉さんも見られた。
普通の可愛い人って感じだったな。
ちょっとエッチな感じだったけど。ただそれは宗冴がやたらと牡丹にぐいぐい迫っていたせいで、そう見えたのだろう。
少なくとも宗冴が女神のように崇め奉る気持ちは、勇樹にはわからない。
「そもそも誰の気持ちもわかんねーけどさ。俺には」
それでも偏屈な友人も、変に行動力があるくせに何を考えているのかわからない同級生の女子も、今日初めて会ったかわいい年上の女性も。
本当に誰かを好きになったことのない勇樹にとっては、わからない感情だらけだった。
まあ、性欲だけはあるんだけどね、人並みに。
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