第7話 牡丹さんとニットの貴公子②

宿木やどりぎさん、あおいデザインさん、いらっしゃいましたよ」

 事務所の扉が開いて、バイトの響子きょうこが顔を出す。

「はーい」

 返事をしながら、立ち上がる。

「社長は?」

「倉庫の方にいるので、これから声かけてきます」

 響子は言うと、そのまま顔を引っ込めた。

那賀ながさん、ちょっと席外します」

「はいはい」

 いってらっしゃいと見送られて、一度、店舗の方に降りる。もう5時近くということであまり人はいなかった。

 レジカウンターの近くでスラリとした長身が、いかにも手持無沙汰という感じで立っている。

 葵デザインの事務所を切り盛りしている井馬いま秋鳴あきなり

「秋鳴先生、お待たせしました」と、声をかける。

 相手は振り返ると、長い身体を折るようにして頭を下げた。

「こんにちは、お世話になります」

「こちらこそお世話になっています」

 そう言って微笑むと、相手もはにかんだように微笑んだ。

 しばらく顔を見ていなかったが、相変わらず爽やかな印象の好青年だ。

「お久しぶりです。あの、メールありがとうございました」

「いえ、早めにご用意できそうだと思ってご連絡したのですが、かえってお呼びたてするような形になってしまって、すみません」

「とんでもない! 無理言って揃えてもらって、こちらこそ助かりました」

「いま、舞山もこちらに参りますので」

 話していると、店の奥のエレベータが開く。

「秋鳴先生、お世話になります!」

 愛想よく降りてきた小柄な男、舞山まいやま千次せんじが秋鳴に頭を下げる。

「社長、すみません。突然」

 申し訳なさそうに言うのに、舞山社長が大げさに手をひらひらとさせて答える。

「とんでもない!こちらこそご足労いただいてしまって」

「いえ、お忙しいところ無理を言いました。揃えてもらって助かりました」

「葵先生、年末年始はイベント続きで忙しそうですからな。あ、宿木さん。井成さんと一緒に荷物積んどいて」

「はい」

 言われて頷く。

 舞山社長と一緒に降りてきた響子が、すでに店の奥に用意しておいた台車をこちらに持ってこようとしていた。

「秋鳴先生、お車の鍵お預かりしてもいいですか?」

 聞くと、秋鳴はなぜか慌てた様子で首を横に振った。

「あの、自分で運びますので、大丈夫です!」

「いえ、でも」

「女性に重いものを運ばせるわけにはいかないです」

 妙に真剣に言われて、思わず響子が押してきた台車を横目に見る。

 みかん箱より少し大きい段ボールが2つ。

 中身も手芸用品や毛糸だが、そこまで重いものでもない。

「秋鳴先生は優しいなぁ」

 響子が顔を横に向けて口元を押えている脇で、舞山がにこにこと笑いながら言う。

「でも、これくらいなら彼女たちでも大丈夫。何、いつも腰の悪い私に代わって、これよりもたくさんの荷物を運んでくれていますから」

「そうですよ、任せてください」

 響子がくすくすと笑いながら言うのに、秋鳴はなぜ笑われているのかわからないという顔で牡丹を見た。

「秋鳴先生はカウンターで納品のサインをお願いします」

「……はい」と、返事をして渋々というように牡丹に鍵を渡して、カウンターに移動していった。

 台車を押す響子と一緒に裏の駐車場に回ると、響子がニヤニヤしながら呟く。

「秋鳴先生って面白い。っていうか、葵デザインって女性が強いですかね?」

「さあ。でも、所長は葵先生でしょ。他の運営の方も女性が多いから、遠慮するところもあるのかもね」

 牡丹が答えながら葵デザインのロゴが入った車の荷台を開けると、段ボールを積み込む。

「っていうか、なんで秋鳴先生なんですか。私、あんまり先生の印象ないんですけど、どっちかって言ったら、葵先生の本に載っている時の……」

「モデルさんをしたのは、あれ一回きり。っていうか、そもそもモデルさんじゃないから」

 苦笑して言うと、響子は首をかしげた。

「じゃ、秋鳴先生もデザインとかやっているんですか?」

「んー、デザインなんかはされてないけど、葵先生の代わりにお弟子さんに指導したり、オーダーメイドの作品の制作を協力したり。先生が忙しい時には、専門学校で非常勤講師として代わりに授業していらっしゃるようだから。だから先生なんじゃない?」

「え、そうしたら資格持っているってことですか?」

「うん、編み物とレース編みの技能検定をお持ちだって聞いたような……。ともかく、きちんと技術のある方なので、先生でいいの」

「へー。あんなイケメンが、インドア手芸趣味とか。ギャップ萌え……か?」

 響子が独り言を呟いている。苦笑しながら牡丹はそれについては聞こえないふりをした。

 店に戻ると、舞山社長が秋鳴となにやら話し込んでいるようだった。

「荷物、積み終わりました」

「おお、ご苦労さま」

 舞山がにこにこと笑いながら片手をあげる。

「それじゃ、鍵お返しします」

「すみません、ありがとうございました」

 あくまでも丁寧な、……ちょっと丁寧すぎるのではないかという気にもなる口調で秋鳴は鍵を受け取った。

「それじゃ、これよろしく」

 書類を受け取り、ざっと内容を確認する。

「あの、宿木さん」

「はい」

 書類から顔をあげると、秋鳴が何か真剣な顔でじっと牡丹を見ている。

 何か納品内容に問題があっただろうか。一瞬、そう思ったが、それなら牡丹を待たずに舞山社長に直接言うだろう。その方が話も早い。

 なら他に何か問題が……。

「よろしければ、宿木さんもいらしていただければ」

「……え?」

 どこに?

 主語がなかったことに首をかしげると、舞山社長が笑いながらカウンターに置かれた封筒を手に取った。

「いや、今ね。秋鳴先生からイベントのチケットいただいたんだよ」

 中から出したチケットは、毎年東京で開催されるイベントの参加チケットだった。

「あ、今年も参加されるんですね」

「それってなんですか?」

 響子が隣から顔を出してのぞき込む。

「ニットのイベント。ニットデザイナーの方たちが展示したり、ハンドメイドの一点物を販売したりするの。あとはワークショップとか去年はステージプログラムもありましたね」

「へー。すごい、けっこう大きい会場」

 感心したように響子がチケットをまじまじと眺める。

「そのチケットは関係者限定入場の日なので、大分見やすいと思います。もし来ていただけるなら僕がご案内しますし」

「えっと……」

 こういったチケットが直接配られる場合、取引先としては顔を出さなくてはいけないことは牡丹もわかっている。

 まいやま手芸の場合は、零細偉業で社長兼営業の舞山社長が顔を出すのが通例なのだ。

 ちらりと横目で舞山社長を見ると、いつものニコニコ顔で何も言わない。

 社長が伺うのではないのですか?

 そういうつもりで視線を送ると

「その日、私は他に仕事があってね。それに毎年、僕ばっかり行くのも申し訳ないし。今年はお店の誰かが行ってみるのもいいかなと思っているんだけど」

 そういえば、確か社長は隣の県のニット工場の社長と打ち合わせがあるとか言っていた気がする。

「あ、いらっしゃいませ」

 自動ドアの開く音がして、響子がレジカウンターを離れる。

 社長と秋鳴を交互に見て、牡丹はカウンターの上のチケットに視線を落とした。

 興味はあるし嫌じゃないんだけど、これって出張扱いになる?

 それによく見たら、センター試験の前日だし。

 そう思った瞬間、那賀の言葉がよみがえる。

 かまいすぎかな。

 センター試験前日なら、華さんが間違いなく宗冴くんのことお家で待っているだろうし。

 でも、もしかしたら華さんだって、急に仕事が入るかもしれない。

 とりあえず誰が行くかは、あとで事務所と店のみんなで相談してもいいだろう。

「あの……」

 秋鳴を見上げてその旨を伝えようとしたとき、

「え、宿木さんの弟さん!?」

 牡丹の声に響子の声がかぶって響いた。

 全員の視線が入口近くの響子と、来店した制服姿の男の子に向く。

宗冴しゅうごくん」

 思わず呟くと、響子と話していた宗冴が申し訳なさそうな顔で笑う。

「ごめん、牡丹ぼたん


***


「びっくりした」

 仕事場からの帰路、宗冴と歩きながら呟く。

「もう仕事終わりの時間だから、一緒に帰れるかと思って寄ってみたんだけど、迷惑だった?」

 しゅんとした様子の宗冴に、思わず笑みが漏れる。

「迷惑じゃないよ。それより珍しいね」

 帰りに商店街で会うことはよくあるが、ちょうど就業時間だからといってお店にわざわざ寄ってくれるのは珍しい。

「何かあった?」

「何も」

 宗冴は前を見たまま短く答える。

 商店街のイルミネーションが宗冴の横顔を照らすのを、じっと眺める。

 今週は一度もご飯を食べに来なかったから、だいたい1週間ぶりだ。

「今日はご飯食べていく?」

「うん」

 こくりと頷くのに、自然と顔がほころんだ。

「最近、母さんカレーにハマっていて、しばらくカレーばっか食わされてた」

 うんざりした顔の宗冴がいつもより少し幼く見えて、その顔が可愛くて微笑んだ。

「でも、はなさんのことだからいろいろ凝って作っていたんじゃない? 普通のカレーだけじゃなくて、インドカレーみたいなのとか」

「普通の、キーマカレー、スープカレー、バターチキン、グリーン、レッド、あとは……なんだけっけ? なんか、豆だけのやつ」

「ひよこ豆のカレーかな」

「そう、それ。あと、ドライカレーもでてきた」

 指折り数えて言うのに、牡丹が目を丸くする。

「え、なんか楽しそう」

「間に他のメニューが出てくればね」と、白い息をため息と共に吐き出す。

「いい加減、飽きたっていっても、『せっかく家でご飯作っているんだから付き合え』の一点張りだし、父さんは何にも言わないし」

大悟だいごさん、華さんに弱いから」

 宗冴君のお父さんは昔から奥さんにベタぼれだ。

「こっそり牡丹のごはん食べに行こうとしたら拗ねるし。ここ最近、ウチ入ると香辛料臭いよ」

 宗冴の話からすると、あのモダンなシステムキッチンには数多くの香辛料が並んでいることだろう。

 嬉々として調合しているのを、宗冴が苦々しい顔で眺めている姿が容易に想像できた。

「華さん、凝り性の本領発揮って感じ。今度、ごちそうして欲しいな」

「来てよ。そんで俺の代わりに食べてくれると助かる」

「ふふ、犀と二人でお邪魔しちゃおうかな」

 半ば本気で言いながら、宗冴を見る。

「で、宗冴君は、今日、何食べたい? カレー以外で」

 商店街の店を眺めながら、宗冴は少し考えてから

「なんか、温かいもの」と、ぼそりと低く呟いた。

「鍋? うどん? そば? それともシチューとか」

「シチューとか、そんなにすぐできんの?」

「圧力鍋使えば煮込み料理なんてすぐだよ。シチュー、ロールキャベツ、チキンのトマト煮、それともポトフ?」

 思いつくままにメニューを口にしていると、ふと視線を感じて横を向く。

 ひどく嬉しそうに宗冴が自分を見下ろしている。あまり感情が表に出ない宗冴にしては珍しい、目を細める感じの優しい笑み。

「なに?」

「いや、やっとまともなものが食えると思って」

「よっぽどカレーに飽きているのね……。よし、スーパー寄って帰ろう! お姉ちゃんに任せなさい。宗冴くんは、荷物持ちね」

「うん」

 素直に返事をする宗冴は、かわいらしい。

 自分より背が高くて、手も大きくて、声も随分低くなったけど。

「ねえ、宗冴くん」

「何?」

「これからもいろいろあるだろうけど、たまにはウチにも来てね」

 宗冴は返事をせずに牡丹を見下ろした。

「大学に入って、もしかしたら遠くに一人暮らしになったりしても、たまにはご飯食べに来て」

 まるで子離れできないお母さんみたいだなと、自分でも思う。

 だけど、言わずにはいられなかった。

「実家に帰ったついでにでもいいから。顔、見せに来てね」

 ちょうど帰りが同じだったからといって、職場によってくれた宗冴。久しぶりにその顔を見た瞬間に、嬉しくなった。

 宗冴はじっと牡丹の顔を見ていたが、少し目を細めてから

「俺は牡丹のそばにいるよ」と、短く答えた。

 その声の抑揚のなさに、本当にずっとそばにいてくれそうな気になる。けど、宗冴だっていつかは牡丹のそばを離れていくだろう。

 あんなに人見知りで、牡丹にべったりだった犀だって今は一人で自由に生きている。

 進学じゃなければ、就職で。あるいは結婚とか。何かのきっかけで離れて行ってしまうだろう。

 寂しくないわけではないけど、しょうがないことなのだ。

「牡丹?」

 黙り込んだ牡丹を不思議そうに宗冴がのぞき込む。

「ん……、なんでもないよ。ねえ、荷物持ちしてくれるお礼にケーキも買ってあげる」

 牡丹が言うと、宗冴は一瞬呆れたように牡丹を見た。

「それ、牡丹が食べたいだけだろ」


***


「めっちゃ驚いた。宿木さんの弟さん、めちゃくちゃイケメンですねー」

 あの後、定時をとっくに過ぎていたことに気づいた舞山社長が、帰宅するようにと牡丹を帰した。

 牡丹はひどく恐縮していたが、迎えに来た『弟』と一緒に帰っていった。

 長身で目つきの鋭い、どこか隙のない感じの高校生。正直、制服を着てなかったら高校生だと思わなかったかもしれない。

 あんまり牡丹さんと似てないな。

 そう思っていると

「ああ、弟って言っているけど、本当の弟さんじゃないからね」と、舞山社長がこともなげに答える。

 その語感の不穏さに響子と秋鳴が、声もなくぎょっとした顔をすると

「ああ、そういう話じゃないよ。彼はね、宿木さんちのお隣さん。小さいころから面倒見ていたみたいで、弟みたいな子ってことで、本当の弟さんじゃないの。本当の弟さんは別にいて……ああ、響子ちゃんは見たことあると思うけど、夏に商店街のお祭りで手伝いに来ていた」

「犀くんですよね。あの子は宿木さんにそっくり」

 響子が納得した顔で頷く。

「ええっと、いうことは、彼は……」

「幼馴染だね。本当は」

 舞山社長が呑気な顔で笑う。

「でも、本当の家族みたいなもので、最近では実の弟が生意気だから、彼の方がかわいいなんて冗談いっていたけど」

「そうなんですか」

 秋鳴はうわの空で呟き、ふと店の出入り口の方を見た。

 就業時間が過ぎているから帰っていいと言われて、恐縮しながらもその場を辞すると、『弟』も礼儀正しく挨拶をして店を出て行った。

「寒いからここでもう少し待っていたら。宿木さんもすぐには出てこないだろうから」

「いえ、裏の出口で待っています」

 舞山社長の申し出を断り、立ち去っていく。

 その姿勢のいい後ろ姿を見るともなしに見ていると、ふと自動ドアから出ていく瞬間、彼と目があった気がした。

 長い前髪の間から見えた、鋭い眼差し。

 睨まれた?

 勘違いかもしれない。

 もともと鋭い感じの印象の子だったから、そういう風に見えたのかもしれない。

「なんか……」

「ん、なにか?」

 呟きかけたが、秋鳴は我に返って微笑んだ。

「いえ、なんでもありません。それよりもイベントの件、宿木さんにはぜひお越しくださいとお伝えいただければ」

「はいはい、多分、事務所に戻ったから大丈夫でしょう。那賀さんが急にお休みとかそういうのがなければ」

 舞山社長が愛想よく答える。

 数歩離れて二人を見ている響子が、ニヤニヤ笑いながら視線を送っているのに気が付いていたが、なりふり構っていられなかった。

 何もしなければ、牡丹はいずれ誰かのものになってしまう。

 そんなぼんやりとした危機感はあった。

 だが、彼を見てその危機感がはっきりと形になった。

 あの子がまだ牡丹さんの『幼馴染』でいるうちに、行動を起こさないとダメだ。


***


「それじゃ、宗冴くん。すぐ作るから、リビングで待っててね」

 買ってきたものをキッチンに運ぶ。牡丹は着替えてくるといって二階に上がっていき、宗冴はリビングに移動した。

「おかえり」

 リビングのソファでせんべいをかじりながらテレビを見ているせいの隣に、乱暴に腰掛ける。

「お、なんだなんだ?」

「……。」

 犀が迷惑そうな顔で宗冴を横目に見る。だが、その顔を見た途端に、目を丸くして怪訝そうに声を潜める。

「機嫌わりーな。なんだよ、ねーちゃんと帰ってきたんじゃねーの?」

「ああ」

 不機嫌さを隠そうともしない声に、犀があからさまに『面倒くせーな』という表情をした。

「なに?」

「……牡丹の店、若い男がいたんだけど」

「ぇえ、若い男ぉ? 客?」

 犀が言うのに、目を眇める。

「いや、業者っぽいの。なんか女にモテそうな。にやけたタイプ」

 店に入った途端、目についた。

 ひょろっと背の高い優男。年は二十代半ばか後半だろうか。明るい髪色、いかにも女性に受けそうな甘い印象の顔立ちに柔らかな物腰。やたらと上品なキャメルのロングコートにグレーのスラックスといういでたちで、どこかの工場の取引先の兄ちゃんという感じではなかった。

 牡丹と話している間、やたらと距離が近かった。

「お前だって女にモテるタイプじゃん」

「だから、ニヤけたタイプっつてんだろ……っ」

「ぅわ、……なにキレてんだよ?」

 犀が勢いに少し上半身をそらせる。

「油断した」

「あ?」

「しばらく店の方に顔出してなかったし、あんな男が出入りしているなんて」

「いや、待てって。それ、本当に姉ちゃんに……」

 言いかけて、犀は何かを思いついたように肩を落とした。

「同担拒否センサーって言うか……、お前のその勘、外したことねえもんな。……えー、姉ちゃんに目ぇつけるヤツなんて、この辺にいたんだ。まだ」

 独り言のように言う犀を後目に、ぎりぎりと歯ぎしりする。

「店の中で、堂々と牡丹に迫ってた」

「マジか。つか、なにそれ、店でデートにでも誘ってたの? 大胆だな」

「いや、カウンターにイベントのチケットみたいなのがおいてあった。その脇で牡丹にやたらとしつこく話しかけていたから、多分、それ口実に連れ出そうとしているんだろ」

「えー……、でも、それだと仕事の一環の可能性ありだろ。だとしたら、邪魔しづらいなー」

 及び腰の犀を睨みつける。

「四の五の言うな。牡丹がどうなってもいいのか」

「牡丹だって、もういい年の大人だろ。言い寄ってくる男の一人や二人、自分でどうにか」

 そこまで言って、犀は首を傾げた。

「できるかはわかんねーけど。……まあ、鈍感だから、相手が勝手に自滅する可能性もあるし」

「鈍感なのをいいことに、つけ込まれたらどうする? これまでだって……」

 言いかけてから、廊下からスリッパの音がするのに宗冴が言葉を止める。

「ねー、犀。お父さんから連絡あった?」

「今日は残業で遅くなるって」

「そっか。それじゃ食べてきちゃうって?」

「あ、悪い。聞いてない」

 キッチンに向かう牡丹に応えながら、宗冴と犀は顔を見合わせた。

「ともかく、まずは様子見だろ。……それとなく牡丹からも話聞いとくし」

 犀が声を潜めて言うのに、宗冴は眉間にしわを寄せたまま答えなかった。代わりに

「……あー、牡丹に近寄る男、全員埋めたい」と、ぼそりと呟く。

 犀はドーベルマンのような幼馴染の顔を見て、眉尻を下げた。

「お前、発言もだけど、めっちゃ怖いよ。顔」と、深々とため息をついた。

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