第3話 牡丹さんとその友人


 唐突だが牡丹の高校からの友人、柏木かしわぎ小鞠こまりはコスプレイヤーだ。

 高校生の頃から人気を博していたが、大人になって衣装もメイクもさらに力が入り、着々とフォロワーを増やしているようだ。

 SNSに疎い牡丹は彼女が有名人だということくらいしかわからないが、犀に聞いてみると

「『こまり』さんっていったら、フォロワー数十万越えの人気コスプレイヤーだよ」とのことだ。

 十万人に支持されているということはすごいことだ。あまりにも数が大きすぎて実感はわかないが。

「アイドルみたいね」

「下手なアイドルより人気者だよ」

 呆れた声音で言われてしまったが、牡丹にしてみれば高校からの友人。

 小鞠とは高校の手芸部で顔を合わせたのが始まりだった。以来、演劇部とアニメ同好会を兼部していた多忙な彼女がなぜか牡丹を気に入って、何かと話しかけてくれて仲良くなった。

 あの頃の牡丹は、家事を一手に引き受けていたこともあり、あまり付き合いのよくない人間だった。

 それでも牡丹のことを『つまらない』と言って切り捨てずに、長く続いている大事な友人。それが小鞠だった。

 そんな大事な友人が宿木家を訪れたのは、8月の初旬の土曜日。

「いつもごめんね」

 両手を合わせて拝むポーズをされて、牡丹は笑って答える。

「全然。楽しんでやっているんだから」

 夏の大型イベントに合わせて準備する衣装制作を手伝うのは、牡丹にとっても楽しいことだった。

 犀はバイトで、父はお盆の大型連休前の休日出勤。誰もいないのでリビングで一通り近況など話してお茶を飲んでから、牡丹の部屋に移動した。

「小鞠ちゃんに一度確認してもらっているから、見本の通りだと思うだけど確認してみて」

 ハンガーでつるしておいた衣装にいち早く気づいて、小鞠がドレスに触れる。

 白のサテン生地のチャイナドレス。ロング丈のスカートの足元から腰のあたりまで大小の蝶の刺繍が施されていた。

「どうかな」

「完璧だよ、牡丹ー! 愛してるぅ」

 チャイナドレスを手にして、目をキラキラとしている。

「めっちゃ綺麗。自分では絶対無理だと思っていたけど、やるからには安っぽい刺繍ステッカー使いたくなかったからさ。ホントマジで感謝」

「よかった、気に入ってもらえて」

 今回は手間がかかるからといって3か月前から相談されて、本体のチャイナドレスを小鞠が1週間ほどで縫い上げた。

 そのチャイナドレスに牡丹が2か月以上をかけて、中国結びの襟止めや裾や袖の飾りをつけ、蝶の刺繍を施した。

 ゲームキャラクターのイラストを見せてもらった時は、こんな大物を期日までに刺せるだろうかと不安だったがなんとか間に合った。

「着てみせて」

「もちろん」

 小鞠はさっさと服を脱ぎ、ドレスを身にまとった。

「どう?」

 くるりと一回転してポーズをとる。

「素敵。ゲームのキャラクターのことはよくわからないけど、すごく似合うよ。……ちょっと、後ろ向いて。腰回りと丈、確認させて」

 小鞠は言われたとおりに後ろを向く。

 背幅や腰回り、裾や丈をチェックする。

「んー。もしかして小鞠ちゃん痩せた?」

 上から下までじっと見つめる牡丹に、小鞠は腰に当てていた片方の手でお腹をさする。

「イベント近いから鍛えてはいるけど、しぼりすぎたか。おかしい?」

「誤差の範囲かな。変ってわけじゃないけど、どうする? ウエストまわり直す?」

「んー、直さなくていいよ。もしかしたら直前に戻るってこともあるし、あんまり本体いじるとせっかくの刺繍の柄おかしくなってもやだし」

「そう」

 牡丹はいいながら、改めて小鞠を見る。

「それにしても、小鞠ちゃん」

「んー」

「ドレス預かった時から思っていたけど、このスリット深すぎない?」

 言いづらかったが、どうしても気になって言ってしまった。

 いままでも少し色っぽい衣装はあったが、こんなにセクシーな衣装は初めてだと思う。

 牡丹の視線をたどって、小鞠が自分の腰のあたりを見る。

「そうだね。でも、これでも大人しくした方なんだよね。一応、イベントの規定で過激な衣装はNGだからさ。公式通りならヒモパンのヒモがここから見えているんだけど」

「ええ!?」

 ここと腰骨のあたりを指さして見せあっけらかんと笑う小鞠に、牡丹の方が顔を赤くした。

「本物、見てみる? ほら」

 カバンの中から設定資料集を取り出して、付箋の張ったページを開いて見せられ、牡丹が目を白黒させる。

「ホントだ、この、紐……下着の紐だわ」

 牡丹が呟くと、上目遣いに小鞠を見た。

「どうして今回はこんな過激な衣装のキャラにしたの?」

「そりゃ、ゲームの中で一番好きなキャラだし。それに、ほら、一度は着てみたくない? チャイナドレス」

 小鞠はニヤッと口の端をあげて笑うと、設定資料集と同じポーズをとる。

 その小鞠とドレスを交互に見て、

「確かに、ちょっと憧れるかも」と、牡丹も小さな声で呟く。

「ほらぁ」

 小鞠が鬼の首を取ったように声をあげるのに、牡丹が慌てて言い訳する。

「でも、こういう露出が多いのではなく、普通の! フツーのね!」

「いやいや、普通のだってこの衣装だってそう変わらないよ。どっちにしろ身体のライン丸見えだし」

「そんなことないと思う」

 牡丹が呟くのをよそに、小鞠はドレスを丁寧に脱ぐと紺のワンピースに着替えた。

「さーて、あとは靴とウィッグは準備できているから、アクセサリーと小物、完成させないとな」

 ドレスをハンガーにかけている小鞠から鼻歌が漏れる。

 小鞠の隣に立って、牡丹は襟元に手を伸ばした。ボタン代わりの中国結びが少し歪んでいるようで、少し気になる。

「ねえ、小鞠ちゃん、この襟元」

 横を向くと、小鞠もじっと牡丹を見ていた。

「な、なに?」

 余りにも真剣な顔で見られていたので、少し気圧されて背中が反る。

「ね、牡丹」

 両肩を掴まれて覗き込まれ、牡丹は上目遣いに小鞠に視線を向ける。

 切れ長の目に薄い唇。

 迫力のある美人の小鞠が牡丹に顔を近づけて薄く笑う。

「ちょっとでいいから……チャイナドレス着てみない?」

「また、始まった」

 嬉々とした声に、牡丹はふいと顔をそむけた。

「小鞠ちゃんは、すぐそういうこと言うんだから。絶対無理」

「なんで、なんでなんで? いいじゃん、着てみたいって言ったじゃん」

「ダメダメダメダメ、無理」

「無理じゃないって。ほらほら」

「ダメだってば、汚すから」

「ちょっと、ちょっとだけ。牡丹が着たところ見たいよぉ」

「そんなおねだりする顔してもダメ。そもそもサイズが合わないから。スリーサイズことごとく」

「誤差1センチくらいじゃない」

「その1センチが大きいの!」

 牡丹が衣装制作に協力すると、たいてい一度は交わされる会話である。

 数年前までは一緒にイベントに参加しようと結構熱心に誘われたが、牡丹は断じて拒否していた。

 綺麗な衣装はともかく、それを着て人前に立つなんて絶対に無理。

 それも大勢の人に撮影されるなんて、考えただけで恥ずかしくて怖くて気が遠くなる。

「ねえ、試しに今ちょっと着るだけよ?」

「何かの間違いで汚したり、ほつれたりしたら大変でしょ」

「そんなやわな縫製してるわけないでしょ。ねえ、お願い、客観的に見たいのよ~」

「衣装着て、自分ちの大きい姿見で確認しなよ」

「牡丹~」

 小鞠が情けない声を出して、牡丹の腕に絡みついてくる。

 いつもは凛とした美人で滅多にこんな泣き落としをするような人ではない。

 どうしてそんなに衣装を着せたがるんだろ。

 毎度のことながら謎なのだが、理由を聞いても「牡丹、かわいいから」としか答えてもらえず、はぐらかされてしまう。

 牡丹の二の腕に抱き着く小鞠に、牡丹が小さくため息をつく。

「じゃあ、ちょっとだけ。試すだけね」

 渋々という顔の牡丹に、小鞠は両手をあげて喜んだ。

「やったあ、ささ、着てみよう」

「服のボタン外さないで、自分で脱ぐから……っ、もうちょっと待ってってば」

 期待に満ちた小鞠の視線から逃れるように、もそもそと服を脱ぎチャイナドレスを身に着ける。

 ……ほら、やっぱりウエストと腰回りが微妙にキツいし、裾が地面につきそう……やっぱり小鞠ちゃん足が長い。

 着てみてがっかりする牡丹とは裏腹に、小鞠はスマホを手に歓声をあげる。

「かわいいよ、牡丹~♡なんか私が着るよりえっちぃ感じになっちゃったけど」

「だから、それは太ってくるからだよ! ムチムチして見えちゃうの!」

「そんなことないよ、エロかわいいぃん♡」

「……ちょっと、小鞠ちゃん。写真撮るのやめて」

 小鞠のスマホに向けて腕を伸ばした途端、インターホンが鳴った。

「あれ、お客様」

「誰だろ、宅急便かな?」

 時間を見るとまだ3時を回ったところだ。

 宗冴くんがご飯を食べにくる時間にはまだ早い。

「私、出てくる」

「ありがと」

 小鞠が小走りに部屋を出ていくと、ふと机の鏡に映った自分と目があった。

 腰回りとかお尻もだけど、胸がパッツパツだわ。恥ずかし……。

「もう脱ごう」

 鏡の中の自分を見ながらダイエット始めようかなと、心の中でぼんやりと思った。


***


「はーい、どちらさま……って、あれ、宗冴くんじゃん」

 玄関に立っている宗冴を見上げた小鞠が目を丸くする。

 黒のそっけないTシャツにデニムという格好だ。普通、どうにも安っぽく見えそうなコーディネイトがものすごくスタイリッシュに見える。

 長身で抜群に均整の取れたスタイルをしているからだろう。

 顔もいいし、相変わらずモデルみたいな子と、心の中で呟く。

 頭のてっぺんから足の先まで3秒でチェックされていたとも知らず、宗冴は出てきた小鞠に

「こんにちは。お久しぶりです」と、丁寧にあいさつした。

 それから小鞠の背後に視線を向けた。

「牡丹は?」

「いるよ」

 小鞠はそういうと微笑んだ。

「いま、二階。牡丹に用事?」

「いや、用事っていうか、ここしばらく飯食わせてもらっていて」

「あー」

 小鞠が納得したように呟く。

「ちょっと今、手が離せなくて……とりあえず上がってよ、暑いから」

 小鞠に促されて、宗冴は素直に玄関に上がる。

「あいかわらずイイ身体してんね。コスプレやんない?」

「やりません」

 宗冴の腕から肩にかけて、僧帽筋から三角筋を伝い上腕三頭筋を遠慮なく触る。

 表情は変わらなかったが宗冴はさりげなく身を引いて、小鞠の手から逃れて低く呟く。

「あの、撫でまわすのやめてください」

「あ、ごめん、つい。いやー、やっぱり剣道十年以上もやっていると違うね。筋肉とか」

 悪びれずに笑うと

「小鞠さん、相変わらずですね」と、低い声で呟く。

 怒ってはないようだが、若干引かれている感がある。

 だが気を取り直したのか、

「牡丹、二階ですか?」と、問われ、小鞠はいま衣装を試していると言いかけてやめた。

 にっこりと笑って

「うん、そう」と、だけ答える。

 そして宗冴の後ろに回ると、急かすように背中を押した。

「ただいまの挨拶するんでしょ? 早く行こう!」

 何かを企んでいるのを察しているのか、宗冴はいぶかし気な顔を向けながらも階段を上った。


***


 何やら玄関の方で話す声が聞こえる。

 牡丹は階下の声に聴き耳を立てたが、人の声は聞こえても何を話しているかは聞き取れない。

 回覧板じゃなさそう。

 やっぱり宅急便?

 そんなことを考えて襟元のボタンを外して腕を抜こうと前をはだけた時、ドアがノックされた。

「牡丹、入るよ」

 小鞠の声に振り返る。

「ごめんね。お客様、誰だった……」

 言いながら振り返ると、そこに立っていたのは小鞠ではなかった。

 ドアの前に立っていたのは宗冴で、一瞬、きょとんとしてしまった。

 あれ、まだ早いよね?

 一瞬、いつもの通り微笑んで「おかえり」と言いそうになった。

 だが、すぐに我に返る。

 着替えている途中……っ。

「……っ、」

 脱ぎかけたドレスの前を秒で合わせて、ボタンをかけなおす。

 ベッドの上に脱ぎ捨ててある服に着替える暇はなく、とっさにドレスを着なおしてしまった。

「ぼたん……?」

「お、おかえり、あれ、小鞠は?」

 なんとなく胸を隠すような格好でしどろもどろに聞くと、宗冴から答えはなかった。

「あの、宗冴くん……?」

 宗冴は表情が固まったまま、牡丹からまったく目を離すことなくスマホを取り出す。

「え、ちょっと……、なに? や……、写真撮らないで! やだ、宗冴君ってば、何か言って……っ、もう、連射もやめてっ!」

 何も聞こえないかのようにシャッターを切り続ける宗冴に、最初は自分の身体を抱きしめるようにしてレンズから逃れていたが、我慢できなくなって手を伸ばす。

「しゅうごくん、もう、ダメ!」

 スマホを取り上げようとしたのだが、宗冴が咄嗟に牡丹の手を避けて腕を上げたので目測を誤った。

 牡丹が宗冴に体当たりをする格好になる。

「あ……!? きゃ、……」

「……っ!」

 派手な音がした。

 宗冴ともつれるように倒れたのに、自分の身体には衝撃はあれど転んだ痛みがない。

「牡丹、大丈夫?」

 自分の身体の下から絞り出すような宗冴の声が聞こえて、思わず青ざめた。

 下敷きにしてしまった。

 受験生にケガなどさせたらどうしよう。

 すぐに体を起こして宗冴を覗き込む。

「宗冴くん、ごめん! 怪我してない!?」

「大丈夫」

 何事もなかったように体を起こした。

 本当にどこも怪我はないようだ。

 宗冴に怪我がなかったことにほっとしたのも、つかの間

「俺は怪我してないけど、ちょっと目のやり場に困る」と、宗冴がぼそりと呟くのに、視線を落とす。

 太もも丸出しで宗冴の腰にまたがる自分の姿に頬が熱くなった。

 足を隠しながら、もぞもぞと宗冴の上から降りるとそのまま後ずさりした。

「私、着替えるから。宗冴くんは下に行っていて」

「うん」

 素直に返事をして立ち上がる。

 廊下を見ると、一部始終を見ていた小鞠が口元に手を当てて声を殺して笑っていた。

「小鞠ちゃん」

「わざとじゃないよ」

「絶対嘘だ」

「嘘じゃないって。あ、私もリビングに」と宗冴の後に続こうとする小鞠に

「小鞠ちゃんは残って」と、厳しめの声を出す。

 顔を真っ赤にして恨めしそうに小鞠を睨む。

 小鞠はごまかすような愛想笑いを浮かべたが、牡丹はむすっとしたままだ。

「悪気はなかったんだって」

 言い訳したが、許さなかった。



 30分後。

 ものすごく怒られた小鞠と宗冴がリビングのソファに並んで座っていた。

 その正面には、まだ少し機嫌の悪い牡丹がまだぶつぶつ言っている。

「悪気がないのはわかるけど、度が過ぎたらいくら私でも怒るんだから」

「ごめんって、牡丹」

 苦笑を浮かべて謝る小鞠に、牡丹がじっと視線を向ける。

「ホントに悪かったと思っているよ。反省してるって。許して、牡丹」

「……本当にこういういたずらはやめてね」

 牡丹は呟いてから、今度は宗冴を軽く睨んだ。

「宗冴くんも、さっきのデータ、全部消してくれたんだよね?」

「もうないよ」

 先ほど宗冴の撮った写真データを消してもらった。

 確かに宗冴の保存領域には何もないことを牡丹も一緒に確認したのだが、もう一度念を押す。

「ホントにもうどこにも保存してないよね?」

 あんな恥ずかしい写真がいつまでも残るなんて耐えられない。

 そう思うと、ついしつこく宗冴を問い詰めてしまう。

「本当にないから」

 そう答える宗冴の声に、少し疲れたような色がにじんだ。

 あまり表情は変わらないが、反省しているのだろう。

 ……少し、怒りすぎたかもしれない。

「私も慌てて取り乱したのは悪かったけど、宗冴くんが急に写真撮ったりするから、びっくりしたんだよ」

 牡丹は肩を落として宗冴を見た。

「牡丹があんまりかわいかったから、つい、気持ちが先走ったんだ。ごめん」

 素直に謝る宗冴の神妙な顔に、少し胸が痛んだ。

 つい感情に任せて咎めて、可哀そうなことをしてしまった。

「今度からは、いきなり撮らないでね」

「うん。もし、また小鞠さんの衣装また着る時があったら、ちゃんと言ってから撮る」

「……えっと、もう着ないから」

 横から小鞠が目を眇めてみていた。

「それはともかく。宗冴くん、今日は帰ってくるのすごく早くない?」

 改めて宗冴の早い時間の帰宅の理由を聞くと

「予備校の自習室の空調が故障して蒸し風呂状態だったから帰ってきた」

「うっわ、地獄じゃん」

 小鞠が言葉を挟むのに、宗冴が頷く。

「大変だったんだね。お疲れ様。あ、そうだ。小鞠ちゃんが持ってきてくれたケーキあるよ。フルーツタルト。食べる?」

「食べる」

 宗冴が答えるのに、牡丹は立ち上がる。

 今日は随分大変な思いをしていたのに、帰って来て早々叱ってしまったから、おやつをだして労ってあげよう。

 受験生だもんね。

 そうやってまた甘やかしていると頭の中の犀に怒られたが、聞かないことにした。


***


「ホントに全部削除したの?」

 小鞠は牡丹がキッチンに立つのを見送ってから、宗冴に顔を向けずに呟く。

「削除しました。最近は牡丹もクラウドサービスとか覚えてきたんで、撮った直後のモノを隠しておくのは難しいです」

「それは残念。そんな君に、小鞠さんのコレクションを一部公開しちゃおうかな♪」

 鼻歌交じりに言いながら、小鞠がスマホを出して宗冴に向ける。

 そこには先ほど牡丹が宗冴のスマホを取り上げようとして、倒れる瞬間が映っていた。

 事情を知らない者には、それは牡丹が宗冴に抱き着いているように見える。

「さらにベストショット♡」

 スマホをスワイプさせると、次の写真が表示される。

 太ももを露出させ、宗冴を覗き込む牡丹の艶姿だった。

 転んだ宗冴の安否を聞いていただけなのに角度のせいだろうか、牡丹の表情は随分と艶めかしく映っている。

 こちらも何も事情を知らずに見れば、宗冴の上に乗り上がり誘惑しているように見える。

「言い値で買います」

 宗冴が至極真面目な顔で言う。

「毎度。でも、お金より労働力がいいんだ。今回は」

「というと?」

「最近は大型イベントでも治安も悪くてさ。荷物持ち兼用心棒がいると安心できるんだよね」

 ご機嫌でスマホを操る小鞠を横目に、宗冴が何かを考えるように口元に手をやる。

「俺は受験生なので、そういうのはちょっと」

「そうかぁ、確かに受験生連れだしたら牡丹に怒られるかも」

 はぁああと、大きくため息をつく小鞠に

「ただ、そういう事をしてくれそうな男に一人心当たりがあります」と、宗冴が低い声で言う。

「だれ、誰?」

 小鞠が身を乗り出す。

「同輩の元剣道部です。すでに引退はしていますが、その辺の不審者を追い払うくらいのことはできると思います」

「でも、その子も受験生なんじゃないの?」

「ご心配なく。そいつはAO入試で既に進学先が決定しています。一応、ウチは進路が決まった生徒にもセンター試験までは受験勉強を続けさせるという方針なので、勉強はしていますが多分、声をかければ断らないでしょう」

「うーん、確かに進学先は決まっているし、何より宗冴くんを借りるわけじゃないから、セーフかな」

 小鞠が腕を組んでうなる。

「そのうえで1データ、5千円でどうですか?」

「最高」

 小鞠が口の端を上げる。

「イケメンなのは顔だけじゃないのね。データ、エアドロップで送るよ」

「ありがとうございます」

「あ、そうだ。データ送るのはいいけど、変なことに使わないでね」

「もちろん門外不出にします」

「そうじゃなくて個人的ないかがわしいことにも利用しないでってこと。ソロ活動とか」

「……。」

「返事しろよ」

 商談が成立したところで、ちょうど牡丹が戻ってきた。

 宗冴の前にアイスコーヒーとケーキを並べると、小鞠に一緒に持ってきたアイスを見せる。

「私たちはさっきケーキ食べちゃったから、アイス食べない?」

「食べる」

「チョコとマカダミアナッツどっちがいい?」

「チョコー」

 小鞠が笑顔で両手を出す。

 その手のひらにアイスを乗せながら

「なに、すごく楽しそう」と、聞かれて小鞠が微笑む。

「んーん、べつにー」

 小鞠が楽しそうに答えながら、アイスのふたを開けた。

「今日見た衣装、すごく綺麗だったって話していた。牡丹も手伝ったんだろ?」

 宗冴も平然と言う。

 衣装の話になって牡丹もパッと表情を明るくする。

「うん。あの刺繍、すごく時間がかかったんだけど、やっぱり身長が高い人が着ると本当にきれいだよね。苦労した甲斐があった。あ、宗冴くん、小鞠ちゃんがちゃんと着た時に改めて見せてもらうといいよ。すっごく素敵だから」

 牡丹が満足そうに言ってアイスを口に運ぶのに、宗冴は「そうだね」と返事をした。

 小鞠が微苦笑を浮かべながらアイスを舐める。

『どうせ牡丹にしか興味がないくせに』

 心の中の声が聞こえたような気がしたが、宗冴は涼しい顔でアイスコーヒーに口をつけた。


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