第三話 アダム・プロジェクト始動へ

 研究施設の稼働から結城将嗣の課せられた業務は決まっていた。その中でも取り分け彼が熱心に取り組んでいたのは特殊演算機を汎用演算機に、所謂、事務計算機(Office computer)や研究機関で用いるMini computer等の複数人が共同利用する装置ではなく、各個人へ一台ずつ割り当てるPersonal computer化とその相互通信とPCによる機器制御だった。

 そこで、彼が目を付けたのはC言語という、今までの機械言語をもっと身近にするために開発された手続き言語のそれと、それにより構築され演算機を汎用化しうるOperate system Unixだった。

 彼は早速、その言語の開発機関、その担当者に連絡を取り、技術支援と共同開発の話を持ちかけた。C言語の開発者であるデニス・リッチィ(Dennis Ritchie)はUnixの世界規模普及を願っていた故に、将嗣の持ちかけた話はあっさり受け入れられたのだ。

 本業務の傍ら、将嗣は開発用に無理を言って龍貴に購入してもらった機材を用いRS232Cと呼ばれる通信規格で遠隔制御の実験を開始した。

 当初はComputerから一つの機材、白熱電球の点灯、消灯から始まり、Computerと制御したい機材間に自作のMicrocomputer、俗称マイコンを入れ、Computer側から複数も末端の制御を試みた。

 施設稼働から五年の1980年。将嗣のPCと機器の通信制御、研究の結果より、各拠点をPC同士でつなぎ、制御させたい機器の近くに数台のPCを設置し、それにより機器の動作をさせれば、施設内に引く、制御回線はPC同士のものだけで済む事がわかった。更にUnixというOSにより、PC同士の制御が可能になる事で一台のPCで複数のPC管理を行える集中制御も実現できる事を維持運用制御統括部門へ公開した。

 説明が得意な彼は施設運営維持に携わる各員を納得させ、全施設内の機器制御線をPC同士で繋ぐ物だけに交換する事を推し進めた。

 Local Area Network、LANの基礎1970年の大阪万博で試験的運用がされ、80年には光通信での接続も実現しており、彼はいち早くその技術を取り入れた。

 光回線の敷設が1981年の雨期が明けた四月から始まり、六月の半ばに終了し、人仕事やり終えたと、満足げに安心していた頃の事である。

 生命保全研究所内で行われていた研究も転機が訪れていた。

 将嗣が居室で煙草を吹かしている昼食過ぎ、その場所へ二人の女性が訪れた。それは藤原美鈴と巫神奈。

「将嗣さん、お昼はもうとってくださったの?」

「うん、ああ」

 彼は銜えていた煙草を灰皿に置くと机の上に乗せていた弁当箱の包みを持ち上げ、空である事を示すように振って見せた。

「お味の方は、大丈夫でした?」

「うん、ああ」としか答えない彼を見て、神奈の傍に立っている美鈴が文句を垂れた。

「結城さん、だめですよ。折角、神奈さんが作って下さったものですのに・・・、お褒めの言葉を返してあげますのが礼儀ではございませんでしょうか?」

「いいんです、先輩。ちゃんと食べて下さっただけで充分嬉しいですから」

 将嗣は何故、自分が美鈴から非難を受けたのかを理解するとばつが悪そうな表情でまた煙草を吸い始めた。そして、ぼっそりと『おいしかった』と言葉にするも二人には聞こえない。

 不器用な男、将嗣は大きく吸った煙草をゆっくりと吐き出してから、再び小さく口を開いた。

「いつも忙しい君なのに、僕の私生活の手間まで取らせてしまって・・・」

「私なんかよりも、よほど、将嗣さんの方が忙しいじゃないのですか?昨日でしたって、帰宅して下さらなかったじゃないですか。先輩酷いんですよ、本当に将嗣さんたら」

 神奈は不満そうな表情で将嗣に言葉を向けるが、当人は顔を反らし己の表情を隠し、煙草を吸い始める。

 美鈴はその男女間の遣り取り、今、彼女が持ってきた話を出すか、どうか悩み始めて仕舞った。何故なら、美鈴の持ってきた話とは将嗣を忙しくさせてしまう事だったからだ。彼が仕事に時間を取られ、後輩想いの彼女にとって、神奈と将嗣の過ごす時間を奪ってしまう事に抵抗を感じ今日はその話を止めようと思いだした頃、その話は神奈の方から告げられた。

「ふぅ、もう・・・、いいです・・・はっ、このような愚痴をこぼしに来たのではなくて、美鈴先輩」

「え、ああっ、そうね・・・」

 急に話を振られてしまった美鈴は戸惑いながらも、将嗣の居室へ来た理由を告げた。

 それは彼女たちの研究に必要な機材の開発であった。将嗣は左手を軽く握りしめたその手で顎のあたりをさすりながら、思案し始める。そして、楽しそうに小さく笑い。

「それは面白そうですね、ぜひ参加させていただきますよ。多分、ここに居る所員だけで、どうにか出来るでしょう。ダメな場合は設計だけ内らで、製造は外注でもいいと思いますが、期間は三カ月と言いましたね?二週間程度で設計概要を作りますので、出来たらお見せしましょう・・・」

「よろしくお願いします、結城さん」

「将嗣さん、無理してはだめですよ、いいですね」との神奈の言葉を聞き流すように背を向け窓の外を眺めながら、

「で、その研究には何か、名前はつけているのかい?」

「いいえ、まだですが」

「計画、プロジェクトと言う物は何か命名しておくと結構、作業性が向上する物なのですよ・・・、そうですねぇ・・・」

 将嗣は二人の方へ振り返り、右手の人差し指を立て、

「DNAが能動的に形を変えるという事で・・・、あくてぃヴ・・・、アクティヴド・ディー・エヌ・エーマルチ・・・、違うなメタ・フォーミング(Activated DNA Meta-forming)略してADAM、アダム。で、もう一つが」と言い、人差し指に更に中指も立てて、

「同じようにDNAをRNAに置き換えてARM、アーム。アダム計画とアーム計画、こんな名前はどうでしょう」

 その命名に目を輝かせたのは美鈴だった。何を思って彼女がその計画名を気に入ったのかそれは本人のみぞ知ること。だが、しかし、その計画の名付け親が結城将嗣であるという事は、今にも後にも彼であるという事はその三人しか知らないのだ。

 結城将嗣は藤原美鈴の誘いで、本格的にアダム・プロジェクトへ参加してゆく事になり、その中で、巫神奈との仲も深めて行くのであった。

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