聖女。

 この世界には昔から聖女というものが在った。


 それはただ聖人の女性版というわけでもなく、魔女と対を成すものでも、ましてやただの聖なる人の母でもなければ癒しを与えるだけの治癒師でもない。


 世界の危機に現れるという救世主。

 過去、何度も世界を救ったと言われる伝説の少女。


 彼女こそ女神の生まれ変わりに違いないと、そう人々から目されたそんな女性。


 それが、「聖女」と呼ばれていた存在だった。


 ジークにあてがわれた婚約者はそんな聖女、今代の聖女と謳われた膨大な魔力量を誇るという公爵令嬢であった。


 元々が親同士が勝手に決めたこと。

 幼い頃に引き合わされた頃。

 彼にとっては従姉妹に当たる少女マリアンヌは、彼にとってはただの叔母の娘に過ぎなかったはずだった。

 しかし。

 非凡なその才能を目の当たりにするにつけ。

 王族の血を引く一族の中でもひときわ突出したその魔力量が感じられる年になるにつれ。

 ジークの心の嫉妬心は膨らんでいった。


 王子としては、王族としては非凡な自分と否が応でも比べられてしまう。


 彼女がいるから彼女が王子の婚約者であるからこそ王太子となれたのでは?

 才能だけで言ったら歳の離れた弟王子であるシードの方が優れているのでは?


 そう噂するものも後を絶たなかった。


 次第に。


 心が病んでいくのがわかった。

 けれど。

 止めることはもうできなかった。


 それは、マリアンヌを聖女と認定した大教皇リョクレイ・アワード・パプキマスが死去した際に爆発することとなった。

 彼女が聖女でさえ無かったら。

 彼女が聖女として自分の前に現れたのでなかったら。

 きっと少しは違ったのだろうか?

 その思いにつきうごさかれたジークは次代の大教皇に反リョクレイ派のシルビアン・マクレーを推す事に成功する。

 側近らを巧みに動かし正教会の内部に手を伸ばし。

 勢力争いの種を蒔き準備をし。

 そしてそれが叶った時。


 ジークはマリアンヌを聖女の座から引き摺り下ろす事に成功したのだった。




 ☆☆☆☆☆



「どういう事だ!?」


「ですから、マリアンヌ嬢の遺体は発見できずとの報告が有りました」


「いや、そうではない。聖都を追放しただけの筈のマリアンヌが死んでいるだろうだなんて、なぜそういう言い切れる? わたしは彼女の死など望んでいたわけではないぞ?」


「しかし殿下。魔力を封じ魔の森に放てば生きてはいられますまい。 あえてかよわい女性が生きて通り抜ける事の叶わぬ魔の森に追放したのですから」


「なんと。それでは貴殿は最初から……?」


「殿下もそうお望みだと拝察しておりましたが」


「ばかな! わたしはそんな」


「どちらにしろ、聖女を廃したのですから次代の聖女を立てねばなりませぬ。このまま聖女がおらぬでは民草の安寧もままなりませんからな。わたしは聖女認定の儀の準備に入りますゆえ殿下もどうぞご協力の程を」


「しかし、聖女のあてなどと……」


「聖女というものは祭り上げることに意義があるのですよ。その者の能力など意味をなしませぬ。所詮、この世は権力が全て。それは殿下とてよくお分かりでしょう?」


「しかし」


「しかしも何も、殿下が望まれた通りもはや聖女は存在しないのです。このわたくし、シルビアン・パプキマスの手によって選ばれた者が新たな聖女となりこの世に安寧をもたらすのですよ」


 意味深に微笑むそのシルビアン大教皇の顔に、ジーク王太子はたじろぎ。

 それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。

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