Get out From Get out

海音

第1話


雪の街と言われるセンター街の中心には凍りついた花がある。


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「あっ〜疲れた」


思いっきり背もたれに体重をかけて伸びをする


「美月、ごはんよー」


「あーい」


お母さんの呼ぶ声に少しめんどくさそうに答えてからパソコンの電源を消してリビングに向かう


「頂きまーす!」


お母さんが作ってくれた夕飯を美味しそうに口に入れては自然と笑顔になった


「美月はいつも美味しそうに食べてくれるからお母さん嬉しいわ」


「だって美味しいんだもん」


他愛もない会話をしながら食事を楽しんでいると


「ただいま」


お父さんが帰ってきた。


美月はあからさまに食べるスピードを上げた


「お母さん、ご馳走さま」


一方的にそう言って足早にリビングを出た。



「美月、今日は学校に行ったのか」


「ううん、今日もずっと自分部屋に引きこもってたわ」


「そうか、ちょっと美月と話してくる」


「ちょっと待って」


美月の部屋に向かおうとするお父さんを慌てて止めると神妙な表情で話し始めた


「本人の前でそういう話をするのって返って逆効果になるだけだと思うの、だからそっと見守っておく方が良いと思うんだけど、あなたはどう思う?」


「それもそうだな、取り敢えずそっとしといてやるか、美月は美月なりに色々と考えてると思うし」



美月はその会話をリビングを出てすぐの廊下から盗み聴きして部屋に来ないことを確認してから戻った。


部屋に戻ってパソコンの電源を入れると一件の通知が来ていたそれは美月がいつもプレイしている「GET OUT WORID」というゲームからのもので、クリックしてみると知らない人からのフレンド申請だった


「珍しいな」


そう呟きながら"フレンド申請を許可"にカーソルを合わせ右クリックをした


「はる..みや...」


相手の名前を確認してDMを送る


"初めまして、はるみやさん。フレンド申請ありがとうございます、時間が会う時に一緒にボス戦とかできたら嬉しいです。"


正直誰に対しても同じような文を送っているが、美月にとってこの匿名な世界でのコミュニケーションは心地が良かった


"さっそくであれだけど明日の午後とかどう?今17層のボスに苦戦してて、良かったら協力してくれない?"


"良いよー、何時からにする?"


"学校あるし...19時からとかでどう?"


"私は大丈夫だから、じゃあそうしよっか"


"じゃあ明日の19時から宜しくねー"


"うん!"


とんとん拍子で話が終わった


(17層か〜、私はとっくにクリアしてるけど、誰かとやるのは久しぶりだし楽しみだな〜)


はるみやくんの為に装備とか集めといてあげよう。


わぁ~、あくびで自分が眠いことに気づいた


「もう寝よ」


歯磨きだけして布団に潜った。



翌朝。


「美月、今日は学校行けそう?」


お母さんの声で目が覚める


この時間が一日で一番憂鬱な時間だ


「行きたくない」


この言葉を出すといつも心が苦しくなる


"学校に行きたくない"


それ自体は学生であれば誰もが思うことだろう、でも、それでも大多数はちゃんと学校に行く。


私はその大多数から外れていた。ちゃんと学校に行っていない。


「わかった。でもたまには外に出てみたら?」


「気が向いたら行ってみる」


表向きはそう言って、今日もパソコンの前に座った


キーボードの横にはストローが刺さったエナジードリンクが置かれている


それを片手間に取り上げてストローを口に咥える


甘い。炭酸の抜けたエナジードリンクはとにかく甘い。一瞬口の中が潤ったがまたすぐに水分が欲しくなった


少し経てばそんなことも忘れてゲームに熱中するのだろう


ぴんこん!通知音が鳴ってスマホを見る


"美月今日は学校来る?"


白郷愛夏(しろさとあいか)


美月のただ一人の親友。


"行けそうにないや、ごめんね"


"そっか、無理しないでね"


愛夏はこうして毎朝連絡をくれる。気持ちは嬉しい反面申し訳なくも思った。それでも愛夏はこうして連絡をくれるのだから、本当に良い人なんだと思う。


愛夏とのやりとりが終わると再びパソコンに視線を集中させる


カタカタとキーボードを打つ音だけが部屋に響く


「美月、お昼ご飯できたわよ」


「一緒に食べよ」


「............」


「自分の部屋で食べる?」


「うん.......」


「じゃあ持って来るから待っててね」


いつもこんな感じでご飯は自分の部屋で独りで食べている


お母さんのことが嫌いなわけじゃない、ただどんな顔をすれば良いのか分からない


どんなことを話せば良いのか分からない。


昨日はお母さんの誕生日だったから、今日くらいはって思って一緒に食べた。


(おめでとうってちゃんと言えば良かったな)


それだけが心残りだったけど、一週間も経てば忘れてしまう。


「嫌だ..........」


たまにこうして得体の知れない不安に襲われることがある


そういう時はひたすらゲームをする涙が出てきてもモニターを見てひたすらにキーボードを打つ


(はるみやくんのために装備を集めておかないと)


16層あたりで手に入るアイテムを強化しておこう、30層までクリアしてる美月からしたらもっと強い武器を渡すこともできるが、強すぎるアイテムはゲームをつまらなくしてしまう。それに16層の森は最初の難関と呼ばれるだけあってドロップするアイテムは良い物が多い、組み合わせ次第ではチート級の強さになる


こんな感じかなぁ、背もたれに体重をかけてモニターから目を離す。


「うわっ!」


閉じ切っていたカーテンの隙間から光がさして眩しさに目が眩んだ


「外か.....久しぶりに行ってみようかな」


服を着替えて、黒いパーカーを着て玄関まで来た


ガチャ


ドア開けると眩しくて思わずフードを深く被った。


フードとマスク。はたから見たら完全に不審者だ。


Bluetoothイヤホンを耳にはめて音楽を再生して歩き始めた。


この時間帯はみんな学校や会社に行っているから人はほとんどいない。おかげで気楽に歩ける。


とはいえここはそれなりに人が住んでいる住宅街、今日たまたま仕事が休みの会社員らしき人や買い物帰りの専業主婦などとすれ違うことがあった


その時はフードを引っ張って顔を隠してやり過ごした


(えっ?!...)


思わず出そうになった言葉をぎりぎりの所で押し戻して頭の中に留めた


「もしかして美月?やっぱり美月だ!」


駆け寄ってくる制服姿の女子高生


反射的に手が動いてフードを深く被り直して顔を背けた


「こっち向いてよぉ!」


その言葉と共にフードに思いっきり脱がされた


「きゃっ!」


変な声と一緒に両手で顔を隠した


「愛夏....どうしたの?今は学校にいるんじゃ?...」


ずっと引きこもっていたのとこの夏の暑さのせいで幻覚が見えてしまっているのかと思った


「今日は先生達が一斉出張だからって午前中で終わりだった」


「そっか、じゃあばいばい」


気まずくてその場を去ろうとした時


「待って...せっかく会ったんだから、どっか行こ」


美月の手首を掴んでそう言った


「いい...よ..」


「じゃあ着いてきて!」



引っ張られるがままに連れてこられたのは、ショッピングモール


たくさんのお店を見てまわった


「美月これ着てみて!」


手渡されたのは綺麗な洋服で今の美月とは正反対だった


それを眺めていると


「いいからいいから」


背中を押されて試着室に入った


「てかこの服露出多くない?」


「美月はそれくらいが良い」


どこか自慢げに話す愛夏がカーテン越しでも見えるくらいに想像できた


「どうかな?」


少し照れくさくなりながらカーテンを開いた。恥ずかしくてすぐにカーテンを閉じて元の服に着替えた


「すっごく似合ってた!これ買お!」


「えっ?!私今そんなにお金持ってないよ」


「久しぶりの外出記念に買ってあげる!」


値札に視線を落とすと


"7800円"


と、書かれている。高校生にとってはかなりの高額だ


「こんなに高いの申し訳ないよ」


「バイトガチ勢の財力舐めんなよっ!」


そう言って美月から商品を受け取ると愛夏は足速にレジに向かって商品を購入した


「はいこれっ!」


笑顔で服が入った袋を差し出してくる


「ありがとう、大切に着るね」


お礼を言って受け取った。


「次はどこ行く?」


何気なく発した言葉に愛夏は目を丸くしてきょとんとした


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない。あっ!美月お腹空いてない?ご飯食べよ」


正直なところお昼ご飯は家で食べていたからお腹は空いてない、でも愛夏は学校が昼までだったからまだお昼ご飯を食べていないのだろう。


洋服も買ってもらっちゃったしいつも迷惑をかけてるから、今日は愛夏に合わせよう


「空いた!」


可愛げな返事に共鳴するように愛夏も笑った。


「おいしいね、このハンバーグ」


「うん、ごはんもなんか普通のと違う」


おいしいご飯を食べながら感想を言い合った。でも、それより二人でこうしてお話しできるのが何より嬉しくて、楽しかった。


それからもいろんなお店を見てまわった。気がつくと笑っている、そんな時間だった。


夕暮れ時に帰り道二人で歩いていると、愛夏は私の一歩前に飛び出してこちらを向いた


「今日は楽しかった?」


なぜそんなことを訊いたのか?理由はなんとなく分かった。前に相談したことがあった、不登校になる前に"毎日辛い"って。その相談の後すぐに不登校になったから愛夏も気にしていたのかもしれない。


「最高に楽しかったよ!」


私は思いっきり愛夏に抱きついた。手に持った袋がくしゃっと音を立てて二人の影が伸びた。



「ただいま」


「おかえり。随分長く出かけてたわね、どこへ行ってたの?」


「愛夏とばったり会って、そのまま遊びに行った」


「それは良かったわね」


お母さんは安心したように台所に戻った。


お風呂に入って部屋に戻ると、ふと目に入った時計を見て思い出す


「やばい!約束あったんだ!」


"19時06分"を時計の針はさしていた


慌ててパソコンをつけてゲームを開く


"ごめん、はるみやさん"


"全然大丈夫だよ、気にしないでね"


すぐに返事が来て、怒っていなくて安心した。


"せっかくだしボイスチャット繋がない?"


敵と戦いながらチャットで話すのは難しい、だからはるみやさんの気持ちはよくわかる。でも美月は躊躇した


"良いよ、ちょっと待ってて"


結局、遅刻した申し訳なさから繋ぐことにした。


通話開始ボタンを押すだけで冷汗がでた。


「宜しくお願いします....」


「あっ!繋がった、宜しくね!なつつきちゃん!」


「えっと...かげつって読みます..」


「えっ!そうなの、ごめんね夏月ちゃん」


「全然気にしないでください」


人見知り全開だった


「これ、集めといたんで良かったら使ってください」


「本当!ありがとう」


装備一式を渡してはるみやさんが苦戦している17層のボス戦に向かう、途中の洞窟で現れたモンスターと戦いながら少しずつ打ち解けていった


「17層のボスは遠距離で攻撃してくるから積極的に攻めていこ」


「了解」


フィールドに入るとボスが動き出した


「走って、ボスの懐に!」


美月の掛け声と共に二人は走り出す


「すごい!今まではすぐにやられてたのに夏月ちゃんがくれた装備のおかげ」


「うまいね!どうする?まだ時間あるけど...」


「うーん、そうだ!お話しよ!!」


「お話!?!?」


「夏月ちゃんと話してると楽しいからさ」


そのままの勢いで雑談をすることになった


話していくうちに同い年で同じ県に住んでることがわかった


それから徐々に美月も話しやすくなって、他愛もない話をたくさんした。友達の事、先生の愚痴とか。


「私さ、学校行けてないんだよね」


思わず口走ってしまった


「そうなの?」


ほんの僅かな沈黙の後にはるみやさんが言った


「うん、最近ね。それがちょっと悩みって言うかコンプレックスって言うか...」


「僕で良かったら話聴くよ」


シンプルな言葉だけど、とても嬉しかった。


「私...友達とかほとんどいなくて、人と関わるのが苦手で、それでも私を気にかけてくれた親友にさえ迷惑をかけて....」


「なんて言うか、そんなに思い詰めなくて良いと思うよ、僕も昔色々あってカウンセリングとか行ってたことあるから良かったら良い先生紹介しよっか?」


「ううん、大丈夫。ありがとう」


「そっか...」


その後ははるみやさんが夕飯の時間とのことでお開きにした。


「美月、ご飯置いとくね」


「ありがとう、ごめんね」


「気にしないでね、ゆっくりで良いんだから」


心が締め付けられる、優しさすらも痛い。そう感じるようになったのはいつ頃からだろうか?


独りでご飯を食べるのは最近の日課になっている、でも心のどこかにある気持ちがずっと消えない。


"美月、明日放課後にプリント届けに行くね"


スマホの画面がついて美月からのメッセージが視界に入る


体が勝手に動いていた


"愛夏、私もうダメかも"


送信ボタンを押した後すぐに既読がついた


"すぐ行くから待ってて!!"


その返事を見ると自然と涙が出た。


「あったかいな」


美月は自分の胸に両手を重ねた。



ぴんぽーん



インターホンの音がした後にドアが開く音がした


「美月ー、友達が来てくれたよ」


「お邪魔します」


愛夏が焦った声でそう言ったあと半ば無理やり美月の部屋まで来た


「美月大丈夫?美月開けて!」


ドンドンとドアを叩いた



カチャ...



「美月!」


愛夏は美月に抱きついた


「本当に心配したんだから、もう..許さないんだから....!」


「愛夏がね、こうやって心配してくれるから....胸の奥があったかくなるの。ありがとう、愛夏」


「明日の放課後...一緒に出かけて、それでチャラ!」


愛夏は美月に抱きついたまま頬を膨らませた


「はいはい」


美月は笑顔で答えた。



翌朝



「お母さん、行ってきます」


「え?どこ行くの?」


「どこって、学校」


「そっか、いってらっしゃい!あっ、ちょっと待って!はいこれ」


ランチクロスに包まれた美味しそうなお弁当を手渡してお母さんは笑顔で送り出してくれた


美月も何か訊かれるんじゃないかと思っていたけど、察してくれたのか何も訊いてこなかった。



「愛夏っ!」


登校中の愛夏を見つけて後ろから急に目を覆って驚かした


「美月!?」


「せーかーい!」


可愛げに答えると同時に愛夏が振り向いた


「学校、来てくれるの?」


制服姿の美月を見つめて言う


「ありがとう!」


美月が答える前に愛夏は抱きついた


「本当に嬉しい、ありがとう」


そう言うと愛夏は美月から離れていつも通りの愛夏に戻った


「じゃあ行こっか」



教室に入るやいなや美月は注目の的だった、それれはそうだ。ずっと不登校だった子が急に学校に来たんだから


思わず後退りをした


「大丈夫だよ、美月の席はこっち」


耳元でそっと教えてくれたおかげで取り敢えず席につくことができた


「おはよう」


突然前の席の子に話しかけられてびっくりした


「お..おはよう」


頑張って笑顔作って挨拶を返す


「分かんないことあったら何でも訊いてね」


優しくそう言ってくれたことに美月は安心した


「あっ!..私は七瀬彩海(ななせあやみ)彩海って呼んで!」


「うん..えっと...私はみ..」


「美月ちゃん!だよね、美月って呼んで良い?」


美月を遮るように喋る彩海に少し圧倒されながらも内心は嬉しかった


「良いよ、これから宜しくね」


彩海のおかげで緊張も解けて改めて周りを見渡した


いろんな生徒がいる。友達と話す人、本を読んだりスマホを弄る人、単語帳を眺めてる人もいた。


「みーつき!」


後ろから両目を覆われて驚かされた


「へへっ、朝のお返し」


はにかみながら言う愛夏を見て美月も思わず笑ってしまった。



「じゃあここの問題を...藤沢さん」


「......」


緊張と戸惑いで声が出なかった


「②だよ、頑張れ」


隣の席の男の子に小声で応援されて、意を決して答えた


「えっと..②です」


「正解!すごいよ藤沢さん!」


周りからの賞賛に少し頬を赤くした。


その後は何事もなく授業を終えてお昼休みに入った


「美月一緒にお昼ご飯食べよー!」


「うん」


二人は一緒に机を向かい合わせてお弁当を食べた


「美月のお弁当すっごい豪華!美味しそう!」


「私も見た時びっくりした、前はここまで豪華なお弁当とか作ってくれなかったから」


「きっと、お母さん嬉しかったんだよ」


「お母さんにも迷惑かけちゃったな、この前の誕生日も何にもしなかったし」


「じゃあ今日の放課後、プレゼント買おっか」


「そうする」



最後の授業が終わって帰り支度をしていた


(ちゃんと言わなきゃ)


「あの....」


隣の席の男の子に勇気を出して声をかける


「授業中私があてられて戸惑ってた時、助けてくれてありがとうございます」


美月はお辞儀をした


「全然気にしないで、なんか困ったことあったら言ってね、はいこれ」


そう言ってメッセージアプリのID交換画面を見せてきた


美月はそれを読み取って連絡先を交換した。


「美月かーえろっ!」


相変わらず愛夏は元気いっぱいだ


「じゃあばいばい、また明日」


気を遣ってくれたのかその男の子は足早に帰って行った


「なんかあったの?」


彼が授業中に助けてくれたことを話すと妙にニヤニヤして


「恋の予感....!」


と、美月を茶化した


「べ、別にそんなんじゃないから!」


本当にそんなことはないのに何故か必死に否定した


「ふーん、じゃあ行こっか」


少しつまんなそうに答えると、下駄箱に向かって歩き出す。美月も後に続いた


廊下を歩いて、少しした後だった


「あの藤沢とか言うやつ、急に学校来るとかキモくねw」


同じクラスの男子の罵りの言葉が耳をつんざいた


「逃げたくせに」


その言葉が美月の背中を強く押す


美月は思わずその場にひざまついた


「お前ら...!」


愛夏が怒って言い返そうとする


「止めて愛夏!」


遮るような美月の声に愛夏は言葉を飲み込む


ふらつく脚で立ち上がって愛夏の手首を掴む


「遊びに行くんでしょ.......」


俯いたままそう言って手を離して歩き出した


「待って....」


言いかけた後、一度振り向いて男子達を強く睨みつけてから美月を追いかける


「美月!」


早歩きで下駄箱に向かう美月の手首を掴む


「私ね行きたい所があるだ」


そう言ってから手を離して美月の隣を歩いた


「どこに行くの?......」


「ふふーん、内緒!」


人差し指を唇にあてる


「そっか...」


その後も美月はずっと元気がなかった。


電車に乗って一時間ほど経った時


「ここだよ」


愛夏のその言葉につられて電車を降りる


「じゃあちょっと目瞑って」


「うん....」


言われるがままに目を瞑る


「じゃあこっち来て」


手を繋いで美月を誘導する


少し歩いたところで足の感触が変わった


「じゃあ目開けて」


「綺麗.....」


美月の視界には夕陽に染まった綺麗な海がいっぱいに広がっていた。


「どう?」


しばらく景色を見つめていると隣から愛夏の声が聞こえてきた


愛夏の言葉はとても優しくて美月の全てを包み込んでくれそうだった


「言う通りだよね、私は逃げた」


その発言であたりが静まり返った


「嫌でも頑張って学校に行ってる人はたくさんいる、でも私は行かなかった。逃げたんだよ」


「そんなこと....」


「そんなことあるよ!」


美月は叫んだ。


その後また黙り込んだ


「美月...?」


美月は何も言わず海へ向かって歩き出す。


一歩、また一歩と海へと足を踏み入れていく


「止まって美月!」


必死に手を引く愛夏の顔を見て我に帰る


「私.......」


美月は自分がしたことをようやく理解した。


「何かあるなら全部話してよ....私が絶対助けるから........」


愛夏は泣いていた


美月は何も言えなかった。


二人とも足首ぐらいまで海に入ったところで抱き合っていた。



あれからどうなったのかよく覚えていない。きっと電車に乗って帰ってきたんだろうけど、よく分からない。


家の最寄駅を出た所で愛夏と別れた後コンビニに寄って大量にお菓子とジュースを買ってから家に帰った。


自分の部屋に閉じこもってパソコンでいつものゲームをした


カーテンを閉め切って、家族の声掛けも全部無視した。


大量に買ったお菓子とジュースで気を紛らわす


何時間経ったのかも分からずゲームをした。不安に襲われても気にしないふりをして


でも、体は正直でいつもなら絶対に負けないような敵にいとも簡単に倒されてしまった


「ふざけんなよ!!」


思いっきり机を叩いた。衝撃で置きっぱなしだったエナジードリンクの空き缶がいくつも床に転がり落ちる


「美月?!大丈夫??」


お母さんが心配したのか駆けつけてきた


「お願いだから返事をして!美月!」


「うるさいな!もうほっといてよ!!」


転がる空き缶を拾って思いっきりドアに投げつけた


部屋の中心に体育座りで蹲り顔を顔を埋めた。


"夏月ちゃん今暇?良かったら一緒にやんない"


ゲームの通知だった。正直今はもう何もしたくない、でもはるみやさんとゲームをしたのが楽しかったことは確かだった。


"良いよ、ボイチャ繋ぐね"


ボイスチャットを繋げてはるみやさんの声が聞こえた


「ごめんね、急に誘っちゃって」


「気にしないで」


「そういえばこれ、この前18層の森で狩してたらドロップしたやつなんだけど、僕のアバターだとあんまり似合わないから良かったら使って」


そう言って渡されたのは黄色のデイジーがモチーフであろう髪飾りのアイテムだった


「それ、ものすごい低確率でしかドロップしない超レアアイテムだよ!!」


美月は目を輝かせて画面を見つめた


「本当に貰っちゃっていいの?」


「良いよ、それに18層に来れたのも夏月ちゃんのおかげだし」


「ありがとう!」


さっきまでの気持ちが嘘みたいに晴れて楽しくなった


さっそく髪につけてみる


「よく似合ってるよ」


少し頬が赤くなった気がした。はるみやさんは私のゲームのアバターに向かって言ったことは美月だってわかってる。でも男の子にそんなこと言われたら恥ずかしく感じてしまう。


「ありがとう....」


「ははっ、夏月ちゃん可愛いな」


「えっ?...」


「あっ、ごめん変なこと言って」


「い、いえ...ありがとうございます」


「あのさ...この前言ってたカウンセリングの先生、良かったら教えてくれないかな...」


「良いよ、ちょっと待って」


キーボードを打つ音が聞こえる


「はいこれ」


チャット欄にURLが送られてきた、クリックするとそのカウンセラーがいる病院のホームページのようだった。


「その病院にいる佐藤香奈先生っていう人が僕が昔お世話になった人」


「ありがと、今度行ってみる」


「楽になると思うよ」


その後は一緒にゲームで狩りをしてからお開きにした。



"愛夏、今週の土曜日ちょっと行きたい所があるんだけど一人じゃ不安だから愛夏が良かったら一緒に来てくれない?"


"良いよ、どこに行くの?"


"ここなんだけど"


はるみやさんが送ってくれたURLを送った


"精神科?"


"うん。私も頑張ってみようと思って"


"そっか!じゃあ一緒に頑張ろ!!"


こんなふうに言ってくれる友達がいることがどれだけ救いになるか身に染みて感じる。


さっき投げつけた空き缶を拾ってゴミ箱に入れた


「今日は久しぶりに.........」


小さく呟いたちょうどその時


「美月ご飯できたよー」


「はーい」


ちゃんと返事をした。精一杯。


部屋のドアノブに触れる手が震える



ガチャ



その音と一緒に一歩部屋の外に踏み入れた。


「お母さん、今日は一緒に食べたいな」


「良いよ!じゃあ食べよっか」


お母さんは嬉しそうだった。さっきあんなに酷いことを言ったのにどうして笑っていられるのか分からなかった。



「いただきます」


「いただきます」


向かい合わせで座って手を合わせた


「おいしい.......」


いつも通りの夕飯なのにどうしてかいつも以上に美味しく感じる


涙がポロポロと落ちてきた


「泣かないたらせっかくの可愛い顔が台無しだよ」

「大丈夫だよ、辛かったよね。ごめんね」


お母さんは優しく美月を抱きしめて頭を撫でてくれた。



「ただいま」


お父さんも仕事から帰って来た


「どうした?美月?」


お父さんはこの状況を理解できずにいた


「私ね.....」


話そうとすれば、それを止めるかのように涙が溢れてくる


「無理に話さなくても良い、何があっても俺たちは美月の味方だ」


お父さんも美月を抱きしめた。


しばらくの間美月はずっと泣いていた。



泣き疲れて部屋に戻るとベッドの上に置かれているぬいぐるみが目に入った


それはだいぶ前の誕生日に愛夏がくれた物だった、それを手に取って抱きしめる


胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。




土曜日


「おはよう」


愛夏と駅の前で集合して病院に向かう。美月の表情はどこか重たかった。


「その服着て来てくれたんだ」


「うん、何かこれ着たら頑張れる気がして」


20分程電車に揺られて目的の駅に着く、改札をでてスマホの地図アプリを頼りに病院まで歩く。


病院の前に着いた時


「美月、一緒に頑張ろうね!」


緊張を解くかのような愛夏の言葉に安心して美月と愛夏は病院に入った。


「すみません、予約した藤沢美月です」


「はい、藤沢さんですね。名前をお呼びするのでこちらでお待ちください」


受付の方に案内されて待合室で座って待つことになった


愛夏と他愛もない話をして待っていると


「藤沢さん診察室へどうぞ」


アナウンスで自分の名前が呼ばれて診察室に入る。本来は家族以外の付き添いは診察室の前までだが、今回は美月のお願いで特別に愛夏も一緒に入って良いことになった。


「美月ちゃん、こういうのは初めてかな?」


カウンセラーの先生が優しく質問をしてくる


「私は佐藤香奈(さとうかな)、好きなように呼んでくれて大丈夫だからね」


「はい...」


「何か悩みとかある?」


「いっぱいある気がします...」


「じゃあ、ゆっくりで良いから一つずつ話してくれないかな?」


「私もよく分からなくて、昨日整理してみたんです。それで思ったのは、私...怖いんです」


「何が怖いかは分かった?」


「目です。周りの目が怖くて、どう思われてるのか怖くて...逃げたんです。私ってダメな人間ですよね、嫌でも頑張ってる人だってたくさんいるのに」


「ダメなんかじゃないよ。ほら逃げるが勝ちって言うじゃん」


「あれは余計な争いとかを避けろって意味で私が学校とかから逃げたのとは違います」


「よく知ってるね。でもさ、辛いのに我慢して最悪の選択をしちゃうくらいなら、逃げても良いんだよ」


その言葉に心を奪われたかのように涙が止まらなく溢れてきた


「それと...それと....昔から上手く人と話せなくて、嫌われてるんじゃないかって思って..それで、もう何もかもから逃げたくなって....」


「大丈夫だよ」


愛夏はそう言いながら美月の手を握った


「部屋に閉じこもって、そんなことしたって何も変わるはずないのに....」


「そっか、辛かったよね。もう大丈夫だよ」


「ありがとうございます」


涙を拭いながら呼吸を整えた。


「今日はこのくらいにしよっか、また来週来てくれるかな?」


「わかりました」


最後に二人でお辞儀をしてから診察室を出た。



「まだ時間あるけど、どっか行きたい所とかある?」


「この前見た夕陽がもう一回見たい」


「じゃあ行こっか」


再び電車に揺られて今度は海へと向かった。



「夕陽まではまだ結構時間あるね、せっかくだし色んなところ行ってみようよ」


愛夏に連れられてあたりの洋服屋さんや雑貨屋さんとか色んなところを見て回った


「可愛いなこれ」


愛夏は小物を見つめてそう呟いた


「じゃあそれ買ってあげる」


美月は笑顔で言った


「良いの?」


「うん、この前は洋服買ってもらっちゃったし、今日は病院に着いて来てくれたし」


その商品を購入して愛夏に手渡す


「ありがとう、大切にするね」


嬉しそうに微笑む愛夏を見て美月も思わず微笑んだ。


「そろそろ夕陽の時間だね」


二人は浜辺に向かった。



浜辺に到着した時、周りが一面赤く染まった


「綺麗....」


何度見ても自然とそう言ってしまうほどにその景色は魅力的だった


二人は浜辺のベンチに座ってしばらくその景色を見つめていた。



「なんか...どうでも良くなってきちゃった、怖いとか逃げたとか、何もかもどうでも良くなっちゃったとか....」


美月の心は安らいでいた


「私もね、ちょっとしたことで悩んだり、そんな自分が嫌になったりすることもあるけど....それでも良いんだなって」


「そうだよ、私達が思ってることって案外ちっぽけなんだよ」


美月は昨日までとうって変わって落ち着いていて元気そうだった。


「夕陽も見れたし、帰るか」


美月は立ち上がって大きく伸びをした


「そうだね!」


愛夏も立ち上がって美月の真似をして伸びをした。



電車に揺られて自宅の最寄り駅まで来た時


「夜ご飯食べない?」


「それのった!」


美月の誘いに嬉しそうになる愛夏


「何食べる?」


とは言っても時刻は19時を回っている、今から行くとすれば近場のファミレスくらいだ。



そんなこんなでファミレスの席で向かい合わせで座る二人


「私はチーズハンバーグ!」


「えーっと私は..このバターステーキ!」



ぴんぽーん



店員さんを呼んで注文をした。


しばらく駄弁っていると店員さんが器用に料理が乗ったおぼんを二つ持ってきてくれた


「いただきます!」

「いただきます!」


二人で両手を合わせた


「美味しいね!あっ、美月の一口ちょうだい」


「良いよ、愛夏のも一口ちょうだい」


二人とも頬を膨らませて微笑んだ。



「じゃあばいばい」


「また月曜日」


それぞれの家路に着いた。



「ただいまー!」


「おかえり、今日はどこ行ってたの?」


「うーん、内緒!」


適当にごまかして足速に自分の部屋に戻った。


"今日はありがとね、おやすみ。"


愛夏にメッセージを送って美月は着替えを持ってお風呂場に向かった


「温かいなあ」


身も心も満たされてお風呂を出て体を拭いて服を着た。スマホをいじりながら歯磨きをして部屋に戻る


久しぶりに一日中歩き回ったからか強い眠気に襲われてそのまま眠りについた。



"はるみやさん、おはようございます"

"良かったか今日一緒にやりませんか"


ゲームのチャットでメッセージを送る


こんな朝早くからゲームなんて、なんやかんや私は引きこもり体質なのかもしれないと思いながら部屋を出た


今日はいつもよりも遥かに早起きだ、理由は家族に朝ごはんを作るためだ


料理は得意じゃないしむしろ苦手だけどこれも美月なりの頑張りの一つだ


昨日愛夏と別れた後にスーパーで買った材料を使って料理を作っていく


どれも特別出来が良いわけじゃないけどきっと喜んでくれる、そう思った。最後にメッセージカードを添えたら完成だ


"お母さんへ、この前は急に泣き出しちゃってごめんね、それとちょっと遅れちゃったけどお誕生日おめでとう。冷蔵庫にケーキもあるよ、プレゼントも置いとくね"


"お父さんへ、いつも心配かけてごめんね。私なんかお父さんの娘で良いのかな?って思ったけど、私二人の自慢の娘になれるように頑張るから"


メッセージカードを添えると美月は出かける準備をして家を出た


なんか気恥ずかしくて、しばらくの間は外にいることにした。


Bluetoothイヤホンを耳につけて当てもなく歩き出した


少しした後だった


「もしかして、藤沢さん?」


「えっ...えっと、この前助けてくれた....」


「あっ、僕は山宮春叶(やまみや はると)この前自己紹介し忘れちゃったよね、ごめんね」


「山宮さん、この前はありがとうございました」


上手く喋れる気がしなくてその場を去ろうとする美月の手首を掴んだ


「そのキーホルダー......」


美月のカバンに付いているのはいつもやってるゲーム"GET OUT WORID"のロゴキーホルダーだ。


「藤沢さんもGET OUT WORIDやってるの?」


「う..うん」


「今度一緒にやろうよ!」


「良いよ...」


それだけ話して二人は別れた。



一人で映画を観に行ったり、洋服を買ったり、オシャレなカフェに入ってみたりして時間を潰した。


午後2時くらいに家に帰ると自分の部屋の机に二枚のメッセージカードが置かれていた


"美月へ。朝ごはんありがとう、ケーキも全部美味しかったよ。プレゼントもありがとう大切にするね、大好き。お母さんより"


"美月へ。ごはんありがとな、何があっても美月は俺たちの自慢の娘だ、こっちこそいつも俺たちの娘でいてくれてありがとう。お父さんより"


メッセージカードを抱きしめた。温かくて、嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしい。そんな気持ちを胸に抱いた。少し前の美月ならきっと泣いていただろう。でも今は違う、この気持ちが心地よくて気持ち良い。


ふと振り向くとパソコンに一件の通知がきていることに気づいた


通知を開くとそれははるみやさんからのメッセージで、朝ゲームの誘いをしていたことを思い出した。


"ごめん、出かけててメッセージ気づかなかった。"

"今からで良かったら一緒にやらない?"


5分ほど前に来ていたみたいだ


"全然大丈夫ですよ、一緒にやりましょう"


すぐに返事がきてボイスチャットを繋いでゲームをした


この時間が楽しくて仕方がない。


「今日ねクラスメイトの女の子がGET OUT WORIDやってるって知って嬉しかった」


その言葉に美月は少しつっかえた。それは嫉妬という物だろう


「私...好きなのかも」


「ん?どうしたの?」


「うーうん、なんでもない」


「それでその女の子がカバンにつけてたキーホルダーがロゴ入りの限定やつで...」


「え!?」


思わず変な声がでた


「どうしたの?」


「ごめん、ちょっと用事あったの思い出した。今日はもう終わりにしよ。私から誘ったのにごめんね」


「そっか、じゃあまた明日もやりたいな」


「うん、そうしよっか」


ボイスチャットを切って、自分の呼吸がかなり乱れていることに気がついた


ベッドに倒れ込んで顔を枕に押しつけて脚をバタバタと振った


"美月、明日は学校来る?"


愛夏からのメッセージに返信を打つ


"行くよ、それと言いたいことがある"


その言葉に満ちた感情は前の美月には無かった感情だった。



月曜日


「おはよう」


「おはよう」


美月と愛夏は二人で並んで学校に向かう。このことを言うべきなのか迷って結局愛夏には言えなかった。



授業を受けてお昼を食べて午後の授業を受けて...放課後、私達以外誰もいない教室。


「あの!...山宮さん..」


大きな声で隣の席の山宮春叶を呼び止める。


「どうしたの?藤沢さん?」


「ちょっとだけ良いですか?」


「ごめん今日友達とゲームする約束あって、どうしても今日じゃないとダメかな?」


「そのゲームはまた明日にしませんか?」


美月の言葉に戸惑う春叶


「どういうこと?」


「私....夏月ですよ!はるみやさん!」


笑っている美月の瞳からは大粒の涙が一滴頬を滴っていた


「えっ?!こんな近くにいたなんて」


驚きを隠せない春叶に思いっきり抱きついた


「大好きです」


その言葉で春叶の頬は赤くなった。


「こちらこそ」


春叶がそう言った後、長い沈黙が流れた


「そろそろ...帰ろっか」


春叶と手を繋いで教室を出た。


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私たちはお付き合いをすることになった。でも特別何かが変わることもなくいつも一緒にゲームをする日々を過ごしていた。


そして今日ついにGET OUT WORIDのラスボスを二人で倒した。エンディングでは雪の街と言われるセンター街の中心にある凍りついた花の氷が溶けて綺麗な純白のエーデルワイスが街中に咲き誇った。


そのエーデルワイスを摘み取って美月と春叶のアバターにつけた。

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