宇佐美の災難

 ~~~宇佐美視点~~~



「見返す?復讐?私にはそんな・・・」


 無理だ、私にはやり返す力も度胸もない。

 昔からそうだ、いつも隅っこで、目立たなく生きてきた。


「できる、俺がお前を変えてやる、お前が目指すは一か月後のミスコン1位だ!」


「ミ、ミスコン一位!?」


 つい保健室で静かにしなければいけないのに驚きで大きな声を出してしまう。

 ミス・コンテスト、海嶺学園一の美人を決める大会だ。


「な、なんでそれで?」


「馬鹿野郎、最初にお前聞いたよなどうやったら強くなれるかって、そのとき言ったはずだ見た目を変えろって」


「考えてみろ、ミスコンテスト一位になるような人間がいじめられる姿、想像できるか?」


「そ、それは・・・」


 確かにと思い、声を詰まらせる。

 いつもいじめられているような人間は見た目もひ弱そうな人間ばかりだ。


「当然ほかにもシックの戦闘での強さも得てもらう、外見中身、すべてにおいての強さだ、成績優秀、容姿端麗、万夫不当、この俺がお前を変えるんだ絶対に行ける」


「そ、それが復讐になるんですか?」


「ああ、ほかの奴らに見返すことが復讐だ、どうだ?やる気出てきたろ?」


 真田くんは私の手を取り、意気揚々と提案してくる。


「いいんです私は、このままで・・・」


 いじめはこの三年生の一年さえ我慢できれば終わるはずだ、そうこの時間さえ耐え抜けば・・・


「お前まさかとは思うがこの三年さえ耐えられれば大丈夫、なんて思ってないよな」


「えっ」


思っていたことを当てられつい反応してしまう。


「図星みたいだな、言っておくがすこしはましになるかもしれないが、今の負け組のお前じゃここ卒業してもその先には真っ暗な人生しかないぞ、当たり前だろ、自分が割らなきゃ大学でも職場でもいじめられ搾取される側だぞ、そんなのでいいのか?」



「ごめんなさい・・・無理です・・・」


 真田くんの手を振り払うと、逃げるように保健室を走り飛び出した。



「ハァ、ハァ、ハァ」


 家の前で疲れた息を整える。

 また逃げ出してしまった、でもこれでいい。

 どうせ私にはできない、人に誇れるのは学力のみ、運動やシックは昔からからっきしできなかった。

 そんな私にそんな大それたことができるわけがない、私みたいな人間はずっと影で生徒会の光のようなみんなを羨望しながら見ていればいい。



 ガラッ


「ただいま」


 玄関のドアを開けるとノアがこちらに走ってくる。


 ワン!ワン!


 ノアは私が見えたと思うと飛びつき私を出迎える。

 私の顔をぺろぺろと舐めてくる。


「ノア、くすぐったいよ」


 ノアは12歳のゴールデンレトリバー、私が物心ついたときから飼っていた犬だ、こんな私に残された唯一の家族。

 私の負け組の人生、考えてみると生まれたときから決まっていたのかもしれない、生まれたときは裕福な家庭で父親は昔は優しかった、しかし会社が倒産してから父親は母親に家庭内暴力をするようになった。その母親はいつも「許してください」とその父親に言っていた。ある時母親が殴られたくない一心で「なんで私だけなぐるんですか」と暴力を転嫁しようとした、そしてその日私は散々殴られた、その日から唯一つながっていた母も嫌いになり、口も利かなくなった。その後、母は自殺した、父親も度重なる暴力が発覚し逮捕された。

 それでも私が悲しいときもつらい時もずっとノアは寄り添ってくれた、変わらず私を見て入てくれた。今の私の精神の柱、ノアがいるからまだ生きていける。

 このふかふかの毛に抱き着いているときはすごい安心できて幸せな気持ちが味わえた、ずっとここにいたいと思えるほどの。


「ノアはずっと私といてね・・・」


 最近は具合が悪いのか、あまり餌も食べず散歩のときの元気もなく、よく眠っていることが増えたがそんな時でもこの毛の暖かさは健在だ。


「ねぇ、ノア、強い人が私にミスコンテストにでろって言うんだよ、できるわけないのにね・・・」


 今日会ったことをそのままノアに愚痴る。

 ノアにそういうと何も返さず無垢な瞳で舌を出し私を見つめる。

 犬にこんなこといってもわからないのにね・・・


「明日も学校あるし早めに寝なきゃね」


 私は明日の授業のための準備をはじめる。

 そう、私はノアとの世界で十分なんだ。


 布団に入り寝ようとする、しかし夜の暗い世界は私に恐怖を押し付けてくる。

 明日もみんなにいじめられるんだろうな、いやだなぁ、真田君、急に走って頭のおかしい人って思われてるかもしれないなぁ、生徒会のみんなにも迷惑かけてばっかだ、嫌われたりしていないだろうか。

 不安で目が冴え寝付けない。


「そうだ、今日もやろう・・・」

 

 洗面台に行きカッターで手首を擦るように切る。

 最近見つけたストレス解消方法。


「うっ・・・」


 手首から血がたらたらとたれ、ヒリヒリとした痛みがする。

 他人から見たら理解できない行動だろう、でも私にとってこれは不安や嫌な気持ちを忘れられる少ない手段の一つ。



 ~~~


 また憂鬱な学校が始まった、朝起きてからもずっと足が重い、なんとかついて授業中も目立たぬようにひっそりと過ごしていると、昼休みのチャイムが鳴る。

 私にとって長い休み時間ほどの苦痛はない、授業中のほうが幾分ましだ。

 長い休み時間は先生の目が向かない、それはつまり私にとっていじめられる時間ということだ。

 私にとっては毎日が最悪な日だ、来る日も来る日もいじめが続けられる。

 無視は当たり前、下駄箱から靴を隠されたり、陰口を言われたり、時には暴力を振られたり、菌のような扱いをされたり。

 ひ弱な自分が嫌で、強い自分になりたくて生徒会に入ってからいじめはさらにひどくなった、少ない友人もいじめが自分に飛び火するのが怖いようでいなくなってしまった。


「よぉ、宇佐美、今日もボッチ飯か?たのまれたのやったよな?」


 眼鏡の男はにやにやしながら私の前に立つ。

 この人の名前は穴山、この4組の武田家幹部、そして私へのいじめの主犯格、この人が命令してこのクラスでのいじめが行われ始めた。


「こ、これ課題です」


 恐怖で声が詰まる。


「ありがと、これお返し」


 ベシャ


 男は購買で買った牛乳を私の弁当にかける。


「お前人間じゃないんだから残飯でもいいだろ?どうよ、料理名、三角コーナーに入ったもの!」


 穴山はクラス中に聞こえるように大きな声で言う。

 それを聞いたクラスメイトも活気よく笑いだす。

 その声はズキズキと心の奥を痛めつける。

 最悪だ、痛みには人間はなれると言うがこのいじめにはなれない・・・。


「お前みたいなブス生きていけるだけでも周りに感謝しろよ」


「はい・・・」


 受け入れるしかない、耐えるしかない、いつかこの地獄が終わると信じて。



 時間が過ぎ放課後となる、この時間は生徒会役員の仕事をやらなければいけない。

 生徒会室に入るとみんないつも通り業務を進めている。

 そうだ、真田くんに謝らなければ、昨日は話をろくに聞かずつい逃げてしまった。

 しかし見渡しても真田くんは生徒会室にはいない。


「あ、あの、立花さん真田君はどこに?」


 立花さんに話しかけるのはこれが初めてだ、少し緊張し声が詰まる。


「勇気は今日はやることとあるからこないって聞いてるよ」


「そうですか、あ、ありがとうございます」


 そのやり取りを見ていた生徒会長が何かを思い出したかのように手をポンとたたく。


「あ、そうだ、宇佐美、立花に生徒会業務を教えてしてあげてくれ、この前来たばかりだからわからないことばかりだろ」


「わ、わかりました」


 私は立花さんに事細かに生徒会業務について説明した。


「これはこうで、そこはこうします」


「なるほど・・・」


 接してみてわかったことは理解が速く、覚えも速い、天才肌というやつだろう、そして何より美人だ、横から見る顔はとてもクールな目つきに白い肌、柿崎ちゃんと張り合えるほどの美貌だろう。そのクールさからたまに出る笑顔はとても素敵なものに感じる。美人で強くて、頭もいい、真田さんはこういう人に私になれと言いたかったんだろう。


「ん、私の顔になんかついてる?」


「あ、いえ、すいません、そ、そういえば真田くんと立花さんは付き合ってるんですか?」


 じっと見ていたことを忘れてもらうために慌てて話を変える。


「ゆ、勇気と私が?!い、いや、付き合ってはないかなぁ」


 私の質問に立花さんは顔を赤くし動揺する。


「す、少し気になっていたのですが、真田さんってどういう方・・・なんですか?」


 気になっていた、なぜ私をかばったのか、あの時泣いた理由は痛みではない、まだこんな私を助けて、かばってくれたこと、すごいうれしくてそしてその人がいたぶられて何もできなくて悲しかった感情が混ざり合って泣いてしまったんだ。


「私もまだ出会って一か月くらいであんまわかんないんだけど、あいつはまさに自由人って感じ、しがらみとかが心底嫌いで、どんなときも好き勝手やってる、デリカシーのかけらもないスケベなやつでもある、でも心の中では信念があって筋は通すやつで・・・」


 立花さんは嬉しそうに話す、きっと何かいい思い出が彼との間であるのだろう。


「あ!間違えた、あ、あいつはもっとこうじめじめしたような奴で・・・ 」


 立花さんはつい言ってはいけないことを口走ったかのように動揺し、さっき話していた人間とは真逆のような人間の話をし始める。

 きっと彼の本性は極力かくしてあの私のような静かな人間を演じなければいけない理由があるのだろう。


「ちょ、なにわらってんの!」


 つい、完璧超人のような彼女もこういう凡ミスをするんだなと思うと少し笑ってしまう。

 立花さんは笑う私を見ると頬を掴む。


「い、いだいですぅ」


「じゃあ、わらわないで」


「ゆ、ゆるしでくだざい」


 彼女は恥ずかしそうに頬を染め、手を放しプイとそっぽを向く。


「ほら、次の仕事を教えてよ」


「は、はい」


 私と立花さんは生徒会業務のことを話ながら雑談に花を咲かせた。

 立花さんとの会話は少しの時間であったが人と久しぶりにしっかり会話でき、すごい充実した時間だった。

 立花さんにあらかた教えたところで、学校閉門のチャイムがなり帰路につく。

 今日会ったことを噛みしめながら歩く。

 立花さんはすごいいい人だった、聞いてたイメージはもう少し冷たいひとだったが今日の話でイメージは一変した、真田くんも私をかばって守ってくれる優しい人だ、この二人はこんな私にも優しく、そして心温かく接してくれる少ない人間だった。


 今日は帰り道がとても心地よく感じる、これもあの二人のおかげだろう。

 そうだ、真田くんの言う通り、一か月では無理かもしれないけど少しづつ、すこしづつ変えていこう、こんな自分でも話してくれる人はいるのだから。

 帰ったらノアにも今日会ったことを話そう、きっとノアも喜んでくれる。

 明日はもっといい日になるといいな、そんな期待を胸に家の玄関のドアを開ける。


「ただいま」


 おかしい、いつも私の声を聴くと飛びついてくるノアがこない。


「ノア~」


 名前を呼びながら家の中を探すと何か鉄の強い匂いが家中に漂っているのがわかる。

 何、このにおい・・・

 ノアの寝室につかづくにつれその匂いは強くなってく。

 寝室を開けると日差しがあるものを照らしている。


「なんで・・・?」


 

 初夏のまだまだ暑くなりきってない日、夏だとは思えないほどの涼しさの中夕暮れの太陽に照らされる無残に切り刻まれた犬の死体が、そこにはあった。




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