絶望の淵

「そろそろおきよか」


「んん...」


 頬をペチペチと叩かれ目を覚ます。うまく動けない、足と手がにきつく縛られている。埃臭い空気が漂っている、天井が少し崩れている木造の小屋といった感じだ、月の光が天井の穴と窓から通っている。どうやら深夜まで寝ていたらしい、また負けてしまった、今日も昨日も最悪な日が続いているようだ。


「残念やけど山奥の小屋やから叫んでも無駄やで、シックも使えへんやろ、最近政府のやつらが作ったシックを数時間使えなくする成分の入った薬ってのもらったんで使わせてもらったわ。わしも女の子に手荒な真似するのは心苦しいんやけど堪忍な」


 馬場は本当に罪悪感を感じているかのように手を合わせている。

 なぜこいつがそんなものを持っているのだろう、武田家は政府にまでつながっているのか。


「こいつがあの【天照】っすか、だいぶいい女ですね」


 馬場のほかに2人ほどの男が私をかこって、いやらしい目つきで私の体をなめるように見てくる。おそらく私を見張るための馬場の部下だろう。部下の一人はナイフを持って私の首に突きつける。


「そらそうや次元流のやつらの誇りの結晶みたいに育てられとる女やからな、今筋肉ゴリラに武田へ伝えてもらいに行ったところや、来るのに一時間はかかるやろなぁ」


 どうにか縄がほどけるものがないか周りを見渡すが苔や雑草や無視ばかりで全く見当たらない。


「無駄や、もう君はチェックメイトまで来てんねん、後悔してもおそいで、暴れなかったら今は何もせんで返すから大丈夫や」


 馬場はスマホを持ち、私に向ける。


「君には今から裸になってもらうで、別にエッチなことしようってわけじゃないから安心してや」


「写真で私を脅す気?」


「脅すなんてとんでもない、わしのお宝コレクションに収めるだけや、でももし武田家に入らんのやかったらどっかに流出しちゃうかもなぁ!これが流出したら次元流の門下どもや家族はどうおもうやろなぁ」


 馬場は白々しい態度をとる。


「それではまずは下着写真からいかせていただきましょか」


 馬場は制服を念力で脱がせ、スマホのカメラで写真を撮る。


 パシャッ


「いいからだしてますわぁ」


「ヤバイ俺高ぶってきたわ」


 馬場達は私の体をみて興奮している。

 気持ち悪い、最悪だ、学園でも私は利用される、自由になれると思っていたのに...もうこんなのはいやだ、自分は結局弱い人間だったんだ選ばれた人間なんて言われてちやほやされてやってきた結果がこれなのか。


「それでは次は裸って、クソ電話や、間悪すぎやろ...ちょっと出てくるわ」


 プルプルとなる電話に小走りで外に馬場は出ていった。







「おっせえな、馬場さん...もうかれこれ30分はたってんぞ」


 馬場の部下の男たちは遅すぎる馬場に苛立っている。


「少しくらい遊んでいいよな」


「手出すなとは言われてないしな」


 男たちは私の下着も脱がせようとする。

 もしかしたら私はやらなきゃいけないという悲劇のヒロインの自分にでも酔っていたのかも知れない。心の中で諦めつつも願ってしまう、もう何でもいいから助けてほしい...白馬の王子でもなんでもいいから...!

 その時、ドアがゆっくりきしむ音を立てて開く。


「あ、速かったっすね馬場さんってあれ?」


 男たち二人はゆっくり後ろを向くも誰もいない。


 ギィと音を立て窓が開く。


「な、なんだこれ」


 男たちは今自分たちに怒っている怪奇現象に動揺する、夜の暗さが相まって薄気味悪さが増している。しかし男たちは気づいていないが私は見ていたこれは心霊のせいではなく人間のせいだということを、ドアを開ける手を。


「こっちだよ」


 その男は窓をおとりに、開けたドアから入って男たちの背後に立っていた。


 ドゴォッ


「誰だお前!?」


「フン!」


 バキッ


 入ってきた男のこぶしは的確に顎に狙いを定めた殴り、鈍い音を立てる、二人の馬場の部下は一瞬で倒れる。オールバックに黒いマスクにグラサンをしているせいで顔がよく見えない。しかし私はこの男をよく知っている、私に敗北の苦汁を飲ませてきた男、真田勇気だ。なぜか傷だらけで相当消耗しているように見える、ここに来るまでにほかの部下も倒してのだろうか。


「白馬の王子参上ってな」


 思わず目元が赤くなった。現在の状況と打開策を考えれば考えるほど今の状況がどれだけ抵抗しても無駄だと心が重くなる現状にかけつけた唯一の味方。その存在は私の絶望し倒れた心を強く立て直す。


「おいおいおい、誰やねんお前!」


 小屋からした大きな音で中の異変に気付いた馬場が急いで小屋の中に入ってきた。


「てかなんでここがわかったんや、ここは限られた人間しか知らんはずなんやが!?」


「俺がシックがだからな」


 馬場は頭をかしげ、真田の発言を訝しむ。


「まぁ、ええ、捕まえた後にはいてもらうでぇ、ってうおっっ!」


 馬場が話している間にも真田は猛スピードで馬場に突貫する。もともと小屋が狭く、距離が近いのもありすぐに真田の手の届く範囲まで距離が縮む。


「ちかいんじゃあ!わしは男とする趣味はないで!」


 馬場は真田の突貫に遅れをとるも、後ろに下がりつつ抜刀し切ろうとする。


「つれないこというなよ!」


 真田は剣を抜こうとする馬場の腕ごと右腕で剣ををつかむ。


「チッ、はなせやボケェ!」


 馬場はなんとか剣を抜こうとするも真田の握力と腕力がはるかに上回り、一切抜くことができない。


「かなり剣の腕に自信があったようだが、これじゃあ意味ねえなぁ」


 ボゴッッッッ


 先ほどの部下同様恐ろしいほどの威力の一撃で馬場の意識は沈められる。


「もう大丈夫、なんたって俺がきたんだからな」


 真田は私にきつくしばれられていた縄をほどき、私の下着姿を見ないように横を向いてくれていた。そのまま脱がされていた服を着る。


「なんで助けてくれたの?」


「いったろ、お前が昔の」


 彼の言葉を遮り、一番気になっていたことを聞く。

 きっとこの男も私を利用しようとする悪い大人と一緒なのだろう、きっと何か裏がある。


「嘘、そのために自分の命をかけてまで助ける人なんていない、何が目的?」


「・・・実際これは本当なんだけどな、でも確かに俺にはそれとは別にお前を助ける理由がある」


「何?」


 真田は照れくさそうに顔を背け、頬をかく。彼の口からでる次の言葉がわからず


「お前が好き・・・だから」


 純粋無垢な単純な答え。いきなりすぎる告白。返答が予想外すぎて理解できず一瞬フリーズしてしまい、思わず息をのむ。


「昔次元流をみたことがあってな、その時のお前の凛々しい姿を見た時からずっと気になってた...そしてこの前実際お前とあって思ったんだ、この鳥かごから俺が出してあげたらなって」


 今まで告白されたことは何度かあった、しかしここまで直球的に言われたのは初めてだ。


「ま!それでこの話は終わりだ、速く帰ってやれお前の家族も心配してるだろ、もう4時だ、俺は先に帰るぜ、今日はもう疲れたからな」


 真田は照れ臭そうに話を済ますと、そそくさと帰っていってしまった。

 頭の中が熱くなる、これが本当なら私は彼になんて返せばいいだろうか。そんなことが頭の中をめぐり、さっきの彼の登場をかっこいいと感じてしまった自分がいることが悔しい。自分は大人になったと思っていたがこんなことで頭の中がこんがらがってしまうことに驚く。


 プルルルル


 そんなことを思っているなかポケットのスマホがなる。統也からの電話だ。帰りが遅すぎる私に心配しての電話だろう。


「お嬢無事でよかったです…」


 元気のなさそうな声で井上は話す、心配していたのだろうか。こんどこそ謝ろう、それですべて元通りに...


「ごめん...あのね、統也」


「お嬢落ち着いて聞いてください...」


 統也は私の言葉を聞かず一方的に話を進める。そこから出た言葉は私の浮かれた心を絶望に追い込んだ。


「道場で...卜伝様が殺されました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る