第9話 奴隷の首輪?

 時刻は既に夜十時を回っている。

 まさに都会の夜と言った感じの暗闇の中、俺達三人は麗華の案内で迎えの待つ空港の駐車場へ向かっていた。


 「そう言えば、有栖は学園島に何しに来たんだ?」


 学園島には初等部から大学院まであり、その上『普通第三科』、『異能第八科』等様々な科、学部に分かれていて、編入転入その他諸々が盛り沢山な為、全校生徒は総勢十万人近くに上る。

 大勢の人間が暮らす以上、そこには需要が生まれる訳で、そこを狙って進出してくる企業も多い為、学園島の敷地内には所狭しと様々な商業施設が立ち並んでいる。

 その結果、この街には学生以外にも沢山の人間が集まっていて、学園島の総人口は五十万人を超えると言われているらしい。

 ここまで来るとちょっとした都市だ。

 

 「私は異能科の特別推薦入試を受けに来ました」


 「ん?」


 それって……。


 「瑛太と一緒じゃん。あ、私ちょっと用があるから先に行く」


 そう言って、麗華が先に駐車場へと向かう。

 ……何もない虚空を割いて取り出した宙に浮いた謎の円盤の上に乗って。

 麗華のテクノロジーは何百年先を行って居るんだろう。

 マジで気になる。


 「え!師匠も受けるんですか!?」


 去り際の麗華の言葉に反応する有栖

 有栖のスルースキル半端ねぇ。

 あの麗華オーバーテクノロジーを見てもまるで何も見なかったかのように返してきたぞ。


 「あ、ああ」


 マジか、有栖も受験だったのか。

 まぁ薄々その可能性は感じてたけど。

 って事は、高校から一緒の学校……とも限らないか。

 異能科は第一科から第九科まである。

 合格後にどの科に配属されるかは受験者には決められないのだ。

 

 「異能科の特別推薦入試の実技試験は毎年死者が出かねない程の危険な試験だと聞きますが師匠は……あ!教授いましたよ!あれが送迎の車でしょうか。行きましょう!師匠!」


 そう言って、麗華と送迎の人が居る方へ走っていく有栖。

 ん?


 「おい、今の不穏な言葉は何だ!?なぁおい!ちょっと待て!有栖―!」


 俺は盛大に戸惑いながら有栖の後を追った。



 *


 

 駐車場に着くと、送迎の車らしき黒塗りの高級車の前で麗華が金髪イケメンと話していた。


 「瑛太遅い」


 「いや、お前と離れてから五分も経って無いだろ」


 「君がタチバナ教授の推薦の子かい?」


 金髪イケメンさんが爽やかに語りかけてくる

 橘教授。

 麗華の事か。


 「はい。そうです。あなたは?」


 「ああ。僕は学園島で教師をしているリオン・アータートンと言います。リオン先生とでも呼んで下さい」


 「わかりました、リオン先生」

 

 「これから一度学園長に会ってもらわなくちゃいけないから、時間も無いし車で移動しながら話しましょうか。三人は後ろに乗って下さい」


 え、車?

 俺が乗ったら事故るんじゃ……。


 「おい麗華」


 俺は今にも車に乗ろうとしている麗華に小声で話しかける。


 「車に乗っても大丈夫かっていう質問なら大丈夫。ここはもう学園島の中だから。異能は常時妨害されてる。……心配する事なんて何もないよ、瑛太」


 麗華がいつもより柔らかい声で言った後、するっと車に入っていく。


 「……」


 あー。

 そうか。

 そうだよな。

 

 「っ」


 「どうしたんですか、師匠」


 立ち止まって動かない俺に、後ろで俺が乗るのを待っている有栖が声をかけてくる。

 俺は浅めに深呼吸すると。




 「大丈夫」


 


 うん、もう大丈夫だ。



 *



 車が走り出すと、リオン先生が話を切り出す。


 「それにしてもフセ君、……サクラバさんもですけど。物好きですねぇ。学園長考案のあの頭おかしいネタ試験を受けたいだなんて」


 「私はあんな試験受けたくありませんでしたよ……本当は通常入試を受ける予定だったんですが、急遽予定が入ってしまいまして。不本意ながら特別推薦入試を受ける事になりました……憂鬱です」


 「あ、そうなんですね。ご愁傷様です……」


 ご愁傷様て。


 「はい……」


 有栖がこの世の終わりのような顔で返事する。

 え、何。

 特別推薦入試ってそんなにヤバい試験なのか?


 「でもフセ君は元から特別推薦入試希望だったんだろう?タチバナ教授に聞いたよ。凄いね」


 希望したと言っても、そもそも道が一本しかなかっただけなんですけど。

 

 「師匠、そうなんですか?流石です!」


 「師匠?」

 

 「はい、つい先程の話なのですが――」


 リオン先生と有栖の会話が始まったのを見て、俺は隣でぬぼーっと外の景色を眺めている麗華に視線を向ける。

 

 「おい麗華」


 「なーに」


 麗華が目線を前に戻して適当に返事をする。


 「話聞く限り特別推薦入試ってすごぉく恐ろしい試験に聞こえるんだけど。お前また俺を騙したのか?」


 確かコイツ、実技試験は『申し訳程度』だと言って居た筈だ。

 しかし、さっきから話を聞いていると、どうやら俺が今から受ける特別推薦入試と言うのは『毎年死者が出かねない程の危険な試験』で、『学園長考案の頭のおかしいネタ試験』らしいのだ。

 コイツは無断でそんな恐ろしい試験を受けさせようとしたのだ。

 簡単に許せる事ではない。

 

 「別に騙してない」


 「何でそう言い切れる」


 「やればわかる。心配しなくていい」

 

 「何だそれ。答えになってねぇ……」


 まぁ、良いか。

 コイツは散々人を馬鹿にするし、騙すし、人な体で勝手に人体実験するような人でなしマッドサイエンティストだけど。

 悪意ある嘘はつかない事は知っているから。

 

 「ちょっと瑛太、小っ恥ずかしい事考えないで」


 「は?」


 テレパスマシンはここにはない筈なのに何で思考を読めるんだ?


 『テレパスマシンVer2.0。飛行機の中で完成した。小型化して腕輪型にしてみた。脳波の受信だけでなく、送信もできる優れもの』


 「嘘だろ……」


 脳内に麗華の声が流れてくる。

 お前のリニアモーターカー並みに早いイノベーションは一体何なんだ。


 「ただ、脳波を送る為には一メートル以内に近づかないといけないから実用化には程遠いけどね」


 「ふぅん」


 たぶんだけどお前の程遠いは三日位で埋まると思う。


 「それは買い被り」


 「流石に冗談ならぬ冗思考だ」


 「五日は掛かる」


 「あ、そう」


 やっぱり俺の幼馴染は俺が思うより遥かに凄い奴だった。


 「何を今更。それより、ちょっと目を瞑って」


 「ん?別にいいけど」


 俺は言われた通り目を瞑る。

 すると、麗華が首に手を回す気配がした。


 「もういいよ」


 目を開けて体を見渡すと、首元にはシンプルな銀のチョーカーが取り付けられていた。


 「何これ。プレゼントか?珍しいな」


 「そう、ご主人様からの奴隷の首輪」


 「よし、今すぐ捨てよう」


 「――って言うのは冗談で、瑛太の分のテレパスマシン」


 なんだ、びっくりした。

 外して握りつぶして廃棄するところだった。

 ん?でもテレパスマシンは腕輪型な筈じゃ……。

 麗華を見る。

 麗華は再び窓の外を向いていた。


 「……おい」


 「……」


 「こっち向けよ麗華」


 「……」


 「捨てるぞ「それ捨てたら借金3000万追加ー」……暴君め」


 やっぱり俺の幼馴染は俺の思う通りヤバい奴だった。


 「何を今更」


 「皆さん。そろそろ学園に着きますよ」


 リオンさんが知らせてくれる。

 心臓が意識せずとも分かる位ドキドキと激しく動く。

 なんだかんだで俺も、まともに通える初めての学校を見るのは楽しみみたいだ。


 「フ」


 ん?

 今、窓の外を見ている麗華が笑った気がしたけど……。

 気のせい、だよな。

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