第8話 弟子認定

 「あ、瑛太発見。やっほー」


 飛行機を降りた俺が空港の出口で小一時間程待っていると、麗華の野郎が大量の荷物を背負った巨大台車を五台くらい頭上に浮かべて・・・・・・・のうのうとやってきやがった。

 あの台車どうやって浮かせてんだろ……。

 じゃなくて!

 あいつは人畜無害な一般人達の乗る旅客機に導火線に火のついたダイナマイト(俺)を設置した大犯罪者だ。

 これはもはやテロ行為と言っても過言ではない。


 「やっほー、じゃねぇよ!このマッド女!」


 「なに奴隷瑛太、ちょっと頭が高いんじゃない?」


 おい、今なんか俺の名前の言い方に含みがあったぞ。


 「よし、殴る。ツラ貸せオラァ」


 「瑛太はいつからヤンキーキャラになったのさ」


 「……」


 俺は麗華に拳を振り上げる。

 俺は『不幸』のせいで今まで結構な数の犯罪者たちと対峙してきた。

 その中には当然女も居た。

 昔は女性に攻撃する事を躊躇っていたが、何度も死にかけるうちに今ではそんな躊躇いは消え去り、今では俺は必要とあらば例え相手が世界一の美女だろうが、未就学児の幼児だろうが、杖を突いたご老人だろうが、問答無用で思いっきり顔面をぶん殴る事が出来る男に成長した。


 「何、瑛太、私とヤル気?」


 俺は振り上げたこぶしを振りぬいて。

 ――麗華の顔面直撃寸前で止めた。

 その間、麗華はピクリとも動かなかった。

 麗華がニヤリと笑う。


 「意気地なし」


 「うっせ……避ける仕草位見せろよ」


 「だって、瑛太が私を本気で殴るわけが無い」


 「ちっ」


 確かに俺は老若男女、人品骨柄を問わず容赦なくぶん殴れる男だが、幼馴染兼命の恩人をぶん殴る拳は持ち合わせていない様で、毎度毎度殴ろうとするたびに無意識に直前で拳を止めてしまうのだ。

 今度こそは本当に殴ろうと決めていたのに……。

 まぁこればっかりは無意識の話なので仕方のない事なのだが。


 「ところで瑛太、瑛太の後ろで固まってるその子は誰?」


 麗華が俺の背後を指さして言う。


 「気にするな、ただの背後霊だ」


 俺が言うと、背後霊有栖の時間がようやく元に戻った。


 「背後霊呼ばわりとは酷い言い草ですね、師匠。それと……橘教授。お噂はかねがね。まさか貴女程の高名な方が師匠のご友人だったとは……。申し遅れました。私、つい先ほど師匠の弟子になった桜庭有栖と申します。以後、お見知りおきを」


 「誰が師匠だ」


 有栖はと言うと、俺が飛行機を降りた後もずっとついてきていた。

 実は今の今迄、弟子にするしない論争が繰り広げられていたのだが、麗華が現れた瞬間、それまでの饒舌さが嘘のように固まってしまったのだ。

 麗華って実は俺の認識より遥かにすごい奴なのか?

 まぁ俺には全く関係ないが。


 「うん、よろしく弟子ちゃん。でも弟子ちゃんの言葉には一点間違いがある」


 「間違い、ですか?」


 有栖がキョトンとした顔をする。

 ほぼ典型的な挨拶の文章。

 間違い何てあったか?


 「瑛太は私の友人じゃなくてど「わーっ!ちょっと黙ろうか麗華」」


 コイツの言おうとしている事を察した俺は即座に麗華の言葉を遮った。


 「なんで遮るの」


 「そりゃ遮るだろ!俺にも社会的な立場ってもんが――」


 「ん?どうしたの?」


 「師匠?」


 いや、ちょっと待てよ?

 今この場で俺が麗華の奴隷だという事が有栖に知れれば、有栖が俺に幻滅する可能性が有るんじゃないか?

 もしそうなれば――


 『俺、実はここにいる麗華、いや、麗華様の奴隷なんだ』

 『えっ?奴隷、ですか?あー……そうだったんですね。私、特殊性癖の方に師事するのはちょっと……。すみません。師弟関係の件は無かったことにしてもらえますか?』

 

 俺の社会的立場を生贄に勘違い&スルースキルにおいては無敵を誇る有栖を遠ざける事が出来るんじゃないか?

 このまま諦めて有栖の師匠を騙るのが一番楽な道だが、俺が有栖に教えられる事なんて何もない。

 強くなることを望んでいるらしい有栖の時間を無暗に奪うなんてことをしたくない俺からすれば、俺の社会的立場位の生贄で有栖を遠ざけられるのなら喜んでそうする。

 行ける!行けるぞこの作戦!


 「有栖」


 俺は有栖の方へ反転し、目を瞑って十五度下に俯き、自分の出来得る限り最高に深刻な声で話を切り出した。


 「はい師匠」


 「俺は有栖にどうしても伝えなくてはならない事がある」


 「ゴクッ。何でしょう」


 有栖の生唾を呑む音が聞こえてくる。


 「俺、実はここにいる麗華、いや、麗華様の奴隷なんだ」


 どうだ!

 背後から「ようやく瑛太にも奴隷としての自覚が……ッ」と、無駄に感激した阿呆の鳴き声がするが気にしない。

 俺は目をうっすらと開けて有栖の様子を見る。


 「なんて素晴らしいッ!」


 え?

 なんで感激に打ち震えているのこの子は?

 この質問は俺の奴隷宣言に引くか、超大穴で受け入れるかの二択じゃないのか?

 なんで感激してんの?


 「師匠は自らを奴隷に貶めて精神を鍛える訓練をしているのですね!?」


 「いや、違「その訓練法。是非私にも真似させて下さい!つきましては私を師匠の奴隷にしていただけると「ちょっと待てー!」はい、待ちます」


 拙い、この展開勘違いは想定外だ。

 というかここまで来るともうこれ勘違いとかそういうレベルじゃ無くないか?

 盲信の域だ。

 一体、俺の何が有栖をここまで信じさせているのだろう。

 全くもって謎だ。

 

 「奴隷は、駄目だ」


 考えた結果、口から出たのは酷く単純な言葉だった。

 

 「成程、その訓練はまだ私には早い、と」


 違う。


 と、言いたい。

 言いたいが、言ってもどうせ無駄なのだろう。

 ……ああ、もう色々とどうでも良くなってきた。

 今まで無数の修羅場を潜り抜けてきたが、こんな斜め上の苦悩をしたのは初めてだ。

 もう、諦めてもいいか。


 「いいよ、有栖。お前を俺の弟子にしてやる」


 俺が呟くように言うと、有栖は一瞬だけキョトンとした顔をして。


 「はい!有り難うございます師匠!」


 いい笑顔でそう言った。

 うん。あれだ。

 もうどーにでもなーれー、だ。

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