幕間


 二つの影が、はらはらと小雪が舞う中を駆けてゆく。黒近衛に此方の動向は把握されていると見ていいだろう。その上シキミの脚の事もある。あまり長距離の移動をするのは得策ではないと考えて、診療所から左程離れていない路地の奥へと入った。袋小路ではあるものの、ある程度の広さが確保されている場所だった。迎え撃つには丁度良いだろう。

 視界に自分達以外の影は無いものの、耳は確かに追う者の足音を捉えていた。徐々に大きくなるそれを。

「近付いて来てる、か……大丈夫?」

 掴んでいた手を一旦離して尋ねる。警戒を怠らないながらも、守るべき相手もまた疎かにはしない。シキミの表情は硬く、顔色も決して良いとは言えなかった、しかし。

「本当は、少し怖いです。……でも、Dr.が居てくれますから」

 契約を交わしたとはいえ、出逢ったばかりの相手を信じるというのは一体どれほど難しい事だろう。しかし、シキミの想いに曇りは無い。彼もまた、ミオを己の唯一無二の騎士として身を預ける意思を固めていた。

「信頼に応えられるように頑張るね」

 冴えた目を微かに和らげる。無論、想いを裏切る心算など無い。

 ミオが持っている武器、刀身の長い剣は憲兵が所持しているものとは少し雰囲気が異なる。しかし、シキミがそれを指摘する時間的な余裕もまたなかった。

 腰に下げていた剣を手に握り直し、シキミの前へ翳す。意図を察した彼の、手袋越しの両手がそこに添えられた。

『苦しみに癒しを。その為に、僕は君の手を取ったのだから』

『癒してくれる貴方に、どうか苦しみがないように――僕の手を取ってくれた、貴方を守ります』

 二人の声に呼応するかのように、ふわり、と刀身に光が灯る。同時に、それを携えていたミオの爪が淡い緑色に染まった。今は手袋で覆われているシキミの指先と同じ色だ。

 じわり、と身体に力が漲る。内側から浸透してゆくそれは、オリジンが持つ本来の力だ。

 覚醒した一人の暗がりの騎士が、白銀の剣を携えて自身のオリジンの前に立つ――目前に迫った漆黒の脅威を払う為に。

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