ちょっと未来人「私」

甘味

ちょっと未来人「私」

今日と明日がまるでコピー&ペーストのように同じ日々だったら、私じゃなくても飽きてしまうと思うし、日本人の半分は私と同じ考えであってほしい。SNSじゃみんな何かあったような口ぶりで独り言を言っている。私もその1人なんだけど。


「進学するの?就職するの?」


ぽうっとそんなことを考えていたら目の前の先生が私に向かって言ってきた。


「あー…」


「まだ、高2っていってももうみんな準備始めてるのよ?」


「あー…はい」


担任の若い女性教師に将来についてせかされる。もう少しだけ高校生活謳歌おうかさせてくれよ。

みんながどうだの、就職は大変だの、進学にするにしても今から勉強しなきゃいけないだの。

みんなって誰?就職って子供の私が?今から勉強して今を犠牲にしろって?

こころの中では反論しているが実際口には出ない。でるのは中身のない返事と相槌。


「そっすね」

「へー」

「あー」


挙句の果てに先生にため息までつかれてしまった。


「また、後日面談しましょうか」


「はーい」


席を立ち、扉に向かう。


「ありがとござーしたぁ」


適当に礼を述べ、しんと静かな廊下に私の足音を響かせる。二者面談の時期は生徒が早く帰っているので、いつものにぎわっている廊下とはまた違う顔をしている。

どんどん早くなっていく私の足音は学校を抜け、バイト先へと向かっていった。


私の勤めているバイト先は普通のコンビニだ。特徴があるなら他のコンビニと違い、お客さんが少ないこと。楽ではあるが、食糧を廃棄するときはさすがに心が痛む。こっそりおにぎり1つ食べてもばれないんじゃないかと思っているが、1回も実行に移したことはない。

スタッフ専用扉から入り、狭いスタッフルームに入る。その後、制服を着替え、表に立つ。スタッフ人数も少ないので全員が顔見知りだったりする。そして、今日も例にももれず顔見知りだ。


「おはよー」


「はーざいます」


挨拶をかわし、仕事に移った。

ほとんどの日を学校とバイトに費やしている私は青春というものをしているのだろうか。陳列ちんれつするペットボトルを見て思う。私にはこんなきれいなラベルはついているのか。誰かに自慢できるような他とは異なるものを持っているのか。そんな不安が心の底から湧き上がる。ぶくぶくと、自分が不安に飲まれて沈んでいく。

周りと違うのはなんだろう。母子家庭とか身長が高いとかくらいか。それってペットボトルのデザインだよな。ラベルじゃない。じゃあ私って。

ペットボトルの陳列を終え、レジに立つ。


「…しずくちゃんさ最近学校どうよ」


隣を見ると、スナックをあげる中年女性、田中さんが話しかけてきた。


「あー、ぼちぼちですね」


「そっかぼちぼちかぁ。最近入り早いけど学校お休み?」


「面談週間なんですよ。それで半日授業で」


「あら。友達と遊んだりしなくていいの?」


「金ないんで」


「あはは」


その日はずっと田中さんと仕事をした。田中さんはおせっかいだったり、近所のおばさんって感じがする。


18時にバイトを上がった。


「お疲れ様でしたぁ」


「はーいお疲れ」


スタッフ専用扉から表に出るまでは路地裏を通る。18時といってもまだ日が落ちる時間には程遠い。建物と建物の間から夕陽がさし、暗い路地裏を明るくする。私は明かりに背を向け、ネズミの死骸やそれを咥える猫とすれ違い、ごみ箱を避けて歩く。

このまま家に帰って何をしよう。今日、お母さんは夜勤でもう家にいないか。夕食作ってくれているかな。夕食食べて風呂入って勉強して、それから寝る。それで明日も学校行って。それから、それから。

私はなにがしたいんだろうか。同じ毎日で嫌気がさす。


「飽きた」


ぽろっと口から出る。そうだ。私は飽きてるんだ。それで自分にあきれてるんだ。周りに流されることしかしてない自分に。

そんなことを思っていると、表の通りにでる。さあ、せっせと歩いて家に帰ろう。そう思い、伏せていた目を前に向けると、見覚えのない場所だった。最初は反対側に出てしまったのかとも考えたが、全く違う。さっき、夕陽を背に向けて歩いたのも覚えている。反対側がこんな場所であることもない。私が出るはずだった表の通りは近くにショッピングモールができたことによりほとんどの店がシャッターを閉めているシャッター商店街であり、人通りがまるでない場所なはず。なのに、シャッターは開かれており、人がにぎわっている。見たことのない店や撤去されているはずの公衆電話だってある。

おかしい。何もかもおかしい。頭が混乱してきた。とりあえず自分の家に帰ろう。今日はこの辺でお祭りがあるのかもしれないそう思い、商店街を走った。すれ違う人に違和感を覚えながら、商店街を走る。人が多いのもあり走っているとちょくちょく目線を感じる。

早く帰って落ち着こう。それしかないと思った。

ドンッ


その時誰かと肩がぶつかった。


「あ、すんません」


振り返り、軽く謝ると私と同じくらいの身長の学ランをきた男子高校生が睨んでくる。


「おぉん?なにぶつかっとんじゃおらぁ!」


威勢よく吠える男子高校生はリーゼントをしており、学ランは着崩されている。ちょっと古い格好に驚いてしまった。その男子高校生の声に似たような男子が集まってくる。多分仲間なのだろうか。みんな似たような見た目をしていた。


「あの、だからすみませんって」


「謝って済むとでもおもっとんのかぁ?」


「はあ」


周りの人たちは私と男子高校生を避けるように通る。ちょっとまずいことになったのかもしれない。


慰謝料いしゃりょう払えよ!お前がぶつかって来たんだろぉ!」


「いや怪我してないじゃないですか」


「はぁ?兄貴に口答えするのか?女!」


後ろから威勢のいい小さい男子高校生が現れる。これって舎弟ってやつか?


「お互いの不注意じゃないですか。走ってた私も悪いですが、ふらふら歩いてそっぽ見てるその…兄貴?の方も悪いし。私、金ないし」


これで納得してもらいたかった。私は急いでいるんだ。早くこの違和感の正体を知りたかった。


「っな、生意気な女だな」


「兄貴、やっちゃいましょうよ」


こそこそと男子高校生たちが話し合っている。早く解放してくれないかな。


「金を渡すならこんな手荒なことはしたくなかったけどよぉ、仕方ねぇよな」


「はあ、金ないですけど」


そういうと男子高校生が拳を私に向かい突き出す。一瞬なにをしているか分からなかったが、危機を察知して避ける。あ、パンチしたんだ。


もしかして、これって喧嘩けんかするってこと?え、やばいかも。喧嘩とかしたことない。男相手はさすがに無理でしょ。やばいやばい。

また頭の中に新しい混乱の種が生まれてしまった。普通、肩がぶつかっただけでこんなことになる?いや今なってるけど。ぶつかってきた中で1番やばかったの舌打ちだけど。

考えている最中でも拳や蹴りが男子高校生から炸裂される。少し後ろに下がったりして避けるが、喧嘩慣れしていない私にはそれでいっぱいいっぱいだった。

反撃する勇気もない。人殴ったら警察行きだし、それで停学とか最悪なんですけど。

私は自分の保身のために避け続けていると、後ろの誰かにまたぶつかってしまう。

ちらっと後ろを見ると、スカジャンにスカートの丈の長いセーラー服を着た女の子がたっていた。


「…すんません」


私は必死に声をだし謝る。あの格好も不良の部類だよな。よくドラマで見るし。


「よそ見する暇あるんだ。あんた」


そういうと彼女は、私に攻撃を続けていた男子高校生の顔面に拳をたたきつける。男子高校生は宙に舞い、地面に倒れた。鼻血とだしながら気絶しているのだろうか。そう思い、指で顔をつんつんしようとするとさっきの舎弟たちが集まる。


「あにき!!!」


1人の舎弟が体を揺すり、男子高校生が気絶していることを確認していた。舎弟たちが顔を見合わせ、兄貴と慕っている人を担ぎ始める。


「お…おぼえてろよ!」


そんな、雑魚キャラのようなことをいい、立ち去っていく。


「二度とか弱い女に手ぇあげんな!!!」


隣にいる女の子が彼らの後ろ姿に言い放つ。彼女はふうと息を吐き私を見る。


「大丈夫?怪我はないか?」


「…はい。あざっす」


「あいつらこの辺じゃ有名なつっぱりだし、あんたそれ知らないみたいだったから、どっから来たの?」


「えっあ、近くに住んでるんですけど」


「へーこの辺に住んでんだ。見ない顔だけど」


この辺にあんないかにもなやついたかな?と考えながら答える。


「あ、助けてくれてあざした。じゃあ」


一礼し、話を早めに切り上げ、駅に向かう。いい人そうだしこのまま行っても怒られないでしょ。彼女を背にして走り始める。


タッタッタッタッ


私以外に後ろから走る音がする。気のせい…?のようにも思えたが確実に後ろからさっきの女の子がついてきていた。私は気になり立ち止まってしまった。


「あの」


「ん?」


「もしかして帰り道一緒だったりしますか?」


「いや、違うけど」


「じゃあ、なんで」


「あんた気に入ったから」


「はえ?」


あまりにおかしな回答におかしな声がでてしまった。それだけでついてくるかな。


「だって、スカート短いし、髪のセットも独特だし、なによりあたしはさっきの喧嘩に感心したよ!あんたすごい!」


「えっと、はあ。ありがとうございます?」


「男と喧嘩して避けながらよそ見するなんて余裕があるねぇ~気に入った!」


「はあ」


私の背中をばしばしとたたきながら彼女はにこにこ笑う。力加減ができないのかかなり痛い。


「あの、急いでるんでそろそろ」


「あぁ、ごめんごめん」


駅に着き、改札を通ろうとすると、おかしなことに気が付いた。

ICカードをかざすところがない。全部、ないのだ。切符をいれるところしかない。

後ろにいた彼女が不思議そうにのぞき込む。


「あんた、何突っ立てるの。定期無くした?」


彼女の手を見ると持っているのは裏側が黒い定期券だった。


「いや、持ってはいるんですけど。思ってたのと違うというか」


「ん?カードじゃないか。それじゃ通れないよ?それも変なカード」


ずっと、おかしいと思っていたがちょっとずつ核心に迫っている。古い着こなしの制服。にぎわう商店街。ICカードが使えない改札。

私はスマホを取り出す。時計は動いていて18時30分を示している。すぐにロックを開け、電波の状況を確認すると


「圏外…」


今までこんなことなかった。ちょっと山奥に行ったって1本の電波くらいは飛ぶ。ましてやこんなに街中で人が集まる場所には必ず電波が飛んでいるのだ。

私は駅の周りをうろうろする。電波が入る場所を探すためにうろうろする。


「あんた、そんな板持ち歩いてんの?へんだね」


彼女がまたしてもおかしなことを言う。今どきの女の子なら知らないわけがない。マストアイテムになっているはず。


「…え、スマホ知らないの?」


「?すまほってなんだ?」


「…おっとぉ」


彼女が世間知らずという説もあるが、少しわかった気がする。私は確かめるために1つ彼女に質問をすることにした。


「今って西暦何年かわかります?」


「えっと、今はたしか…1987?いや1988だったかな」


私がさっきまでバイトしていたのが2021年だった。そうすると1988年は33年前。大昔

とまではいかないが、スマホが浸透していない。いや携帯電話すら持っていないときなのだろう。


「ほんとに大丈夫かい?変に冷静になるじゃないか」


「いや、なんか、無我むが境地きょうち


全部どうでもよくなってきた。本当にこんなことあり得る?あり得てるとして体験してるのが私?ほらもっと、主人公っぽい人が過去に戻っちゃってすったもんだするとかさ。あるじゃん。そういうの。普通に生活してた私に訪れる用のイベントじゃない。


私は駅を離れ、もう一度ここに迷い込んだ入り口にあたる路地裏に来た。

しかし、そこを通っても元の世界には戻れることはなく、路地裏の先の道に着くだけだった。信じられず、何回も往復をする。だって、明日も学校あるし、ここには帰れる家もないし。

その間もずっと彼女はついてくる。飽きずに後ろをついてくる。

19時を過ぎるときに、彼女はふぅとため息をつき、私の肩をつかむ。


「あのさ、なんであんたがここの路地裏をうろうろしてるかわかんないけど、もう帰ろうぜ。ここには何もないよ」


「でも」


「あんた、ほんとにこの辺に住んでんの?」


彼女は疑いの目をかけてくる。疑いたくもなるよな。私もこの状況を疑いたい。


「多分、ここには住んでました。でも、もう家はないです」


「親に逃げられたのかい!?」


「あ、いやそういうことじゃなくて…」


私は否定をしようとするが、彼女は1人で話を進める。


「無責任な親もいたもんだね!」


「あのだから」


「わかった!あたしんち泊っていきな!」

「い?」


またしてもおかしな声が出てしまう。こんな気前がいい人自分の母親以外で初めて見たかもしれない。でも、こちらとしてもかなり好都合な誘いだった。

喧嘩を助けてもらった人として信頼はしているが、こんなほいほいついて行っていいのだろうか?出会って1時間も経ってない。しかし、これを逃してしまうと他に行くあてもない。


「…お言葉に甘えて」


彼女は右手をこちらにさしだし、握手を求める。


「あたしは、今井空いまいそら。あんたは?」


石綿いしわたしずくです。よろしくお願いします」


ぺこっとお辞儀をし、握手をする。空が私の苗字にぴくっと反応したような気がした。


「まあ、敬語はいいよ。無礼講ぶれいこうってやつ?」


握手していた反対の手で私の背中をばしばしたたく。距離感が掴みづらい人だな。


「じゃあ、あたしんちに帰ろうか」



「あんた、どこほっつき歩いてんの!何時だと思ってるのよ!」


「うっさい!ほっといて」


空の家に入って聞いた声が怒鳴り声になるとは思わなかった。

あの商店街のある町から空の家まで1時間半くらいかかった。彼女に聞いてみれば学校があの近くにあるわけでもなく、登下校の通り道ってわけでもなさそうだ。なにか目的があるらしいがはぐらかされてしまった。

空は足音をどんどんと鳴らしながら自室があるであろう2階への階段を上り始める。友達の家に来たときは親御さんに挨拶をしなければと思い、私はリビングに顔をのぞかせてぺこっとお辞儀する。


「…おじゃまします」


「…そらぁ!!」


空の母親が空を大声で呼ぶ。目が合ってから数秒間をおいての事だったので、びっくりしてしまった。


「もうなに!?」


少々お怒り気味の空が階段の途中から降りてきてリビングに入る。


「また、変な人連れてきて!いっつも人助けはほどほどにって言ってるでしょ!あんたは正義のヒーローじゃないんだから。学校に通う高校生なのよ?」


「でも、困っている人がいたら助けなきゃいけないじゃん!」


「毎回助ける人がいい人ってわけじゃないの」


「でも、しずくはいい子だよ!ねっ!」


強めに私に同調を求める。自分でいい子ってうなずくやつ少ないと思うけど…。


「あの、もしお邪魔でしたら他当たりますので」


「あー!母さんがそんなこと言うからしずく委縮いしゅくしてる!」


娘と母の大声の張り合いに耳をきんきんさせながら話の内容を聞いていた。

空は今回の私だけではなく困っている人がいるとすぐに家に招き、ご飯を食べさせたり寝泊りをさせてしまうらしい。小さいころは猫や犬など動物に限っていたが、年齢を重ねるごとにヒートアップしていき、最終的には人間までも受け入れてしまうとのことだ。

外であった時とは少し違う空の姿にああ一応同年代なんだと感じた。さっきまでは守ってくれる優しい人としてちょっと年上に見ていたふしがあるが親近感がわく。


「もう!わかったわよ!」


「よし!」


いつの間にか大声の張り合いも終わり、空の母親が折れたらしい。


「えっと、改めてお世話になります」


「そんなどうでもいい挨拶とかいいから!あたしの部屋いくよ!」


「あちょっと待って。あの、これ。つまらないものですが」


私は空の母にここに来るまでに買ったお菓子を渡した。この時代の物価が安くて助かった。私のお財布へのダメージがかなり少ない。


「…あら、ご丁寧にどうも…」


今までにこういう来客者が少なかったのか空の母は面食らっていたように思えた。

その後、私の顔を見た。


「なんだぁ!本当にお友達だったのね…。ごめんなさい。空がいつも変な人ばかり家に呼ぶもんだから…」


「ははは…」


「しずく早くいくよ!」


強引に手を引かれ、空の部屋に連れていかれた。

階段を上ったすぐの扉を開け、バタンと勢いよく閉じる。


「もう!母さんったら!もう!」


空はふんふんと怒りながらベッドに座る。私は部屋を見回す。散らかってたりするもんだと思っていたが、案外きれいな部屋だった。




その後お風呂と夕食をいただき、また空と2人で部屋に戻る。洋服まで借りてしまって罪悪感がすごい。


「…なんか修学旅行の夜っぽくない?」


突然、ベッドで寝ころんでいた空が起き上がり言った。


「わかる気がする」


私は椅子に座りながら同意する。友達とお泊りってなかなかなくて少しワクワクする。


「…しずくって好きな人いんの?」


空は定番な話を私にふり、うきうきした様子でこちらを見てくる。


「…いないけど」


「えー!ほんと?」


「こないだ、告られたんだけど」


「えっ!モテ女だ!」


「いや、その告白してきた相手が仲いい友達の好きな人で」


「うわ…きまず」


「そう、それでその後、友達にばれてさ」


「わ!!あたしだったら無理!!!」


絶賛ぜっさん気まずいんだわ」


「あーーー!つらい」


オーバーリアクションをする空は最後にはベッドに倒れ込み、クッションで顔を隠した。その間もずっと足をバタバタさせながら「あーーー!つらい!あーーー!」と言い続けていた。


「そういう、空は好きな人いないの?」


ピタッと空の動きが止まる。

「…」


「人に聞いておいて、自分は言わないはずるだよ」


聞き逃すまいと思い、くぎを打つ。


「えっと、いるけど」


恥ずかしがりながら言う空の姿に男にパンチをお見舞いするような女の子とは思えないほど、かわいらしかった。


「え!だれだれ」


「言ってもわかんないでしょ」


「いやそれでも名前だけ」


石綿誠二いしわたせいじっていう人なんだけどね」


「へ~!石綿誠二…」


ん?石綿誠二?

私と同じ苗字だ。あれ?お父さんの名前ってなんだっけ?父は私が6歳のころに事故で亡くなっていて記憶が定かじゃない。事故にあってから母は父の話をしたがらない。そのせいでどんな人かも覚えていない。


「ずっと気になってたんだけどさ、しずくって誠二くんの妹だったり親戚だったりする?」


「いっいや、知らないなぁ!!」


めちゃめちゃ動揺しながらも否定をする。親戚とかよりも娘なんだよな...。もしかして目の前にいるのってお母さんだったりするのか?いやいや、まさか。確率がおかしいでしょ!


「そっか…」


あからさまにがっかりする空を見て心が痛む。


「好みとか聞ければよかったんだけど。あたし、料理できないし。女の子っぽくないっていうか」


そうやって悩んでるのは女の子だよ!

思わず突っ込みそうになったが、呑み込む。恋ってすごいな。まるでライオンが飼い猫のようになってしまっている。


「聞かないの?本人に」


「聞けないよ!恥ずかしいじゃん」


「それじゃ進展しなくない?」


「うぐ…」


「待ってちゃだめだよ」


「うう…」


うなだれる空を見て私は思った。母親が前話していた気がするものを提案してみよう。


「電話しちゃいなよ」


「えぇ」


「夜だけどさすがに起きてるでしょ」


「でも…」


もじもじとクッションをにぎにぎしている。外の強気な空はどこに行ったのだろうかというくらい、へにゃへにゃだ。


「他の女に取られてもいいの?」


「それはいやだ!」


「じゃあ、いつ電話するの?」


「今でしょ!」


そういって空は部屋を飛び出す。この時代には流行ってない言葉だけれども通用するものだな。どたどたと下に降り、玄関前に置いてあった固定電話に走っていった。そう思った矢先すぐに部屋に帰ってくる。


「なに言えばいいと思う?」


「いやデートの誘いじゃない?断る人いないでしょ」


「どこに誘えば」


「映画館とか相手の趣味に合った場所か自分の好きな場所」


ネットでかき集めた知識だけはたっぷりとある私はすらすらとアドバイスをする。全部私は試したことはないけど、友達が成功した例も何件かでている。


「明日、デート前の打ち合わせみたいな感じで放課後、お茶にでも誘いなよ」


「…しずく天才か?」


「ははは。ほら行っておいで」


「うっし!行ってきます」


空の拳に力が入る。そして下にどしどしと降りて行って固定電話をがちゃりと、とる音が聞こえた。

少し気になり、階段の上からのぞいていると連絡先が書かれているであろう手帳を開き、慎重にボタンを押す。こちらもハラハラしながら見ていると、受話器を取って耳に当てる。

そわそわと左右に揺れる空の耳は赤くなっていて恥ずかしさが伝わる。


「…あの、もしもし!今井ですが…石綿誠二君いらっしゃいますか?」


背筋がピンと伸び、電話口で話し始める。完全に乙女になった感じがする。恋する女の子ってかわいいな。完全に飼い猫だ。


「あ、あのさ明日の放課後時間ある?…うん。えほんと?じゃあさ商店街のあそこの茶店さてんでちょっとお茶しないか?…あとさ、明後日あさって空いてるか?一緒に良かったら…その…遊びに行きたいなとおもって」


わー初々ういういしい。私の生きている時代にはない初々しさがあるな。全部メッセージでやり取りしてしまったり、電話で最初に親が出てきてどぎまぎしてしまうところとかがこの時代にしかない尊いものを見させてもらってる気がする。


「うん。うん。わかった。明日駅で待ち合わせな。楽しみにしてる。…うん。また明日」


がちゃりと受話器を置き、私の方を向いて走ってくる。ばたばたと階段を上り抱きつく。


「しずくのおかげでデートできるぞぉ!」


「おーおめでと」


抱きつく力は相変わらず強く苦しいがそれだけ嬉しいのだろう。

部屋に入り、今度は嬉しさでクッションに顔をうずめ足をバタバタさせていた。クッションからは嬉しそうにふふふと笑う声が聞こえてくる。


「明日のために早く寝ようか」


私が部屋の電気を消すと布団に入りなおしていた。


「おやすみ。しずく」


「うん。おやすみ」


目をつむり、アナログ時計の秒針の音が部屋の中に響く。明日になれば帰れるだろうかと考えたり、元の時代は時間が進んでいるのだろうか、学校は明日も休みなのかと不安が募る。何も解決していないのがさらに怖い。明日もあの路地裏をのぞいてようと思うが望み薄だ。だって、何もしていないんだから。私が天才科学者てんさいかがくしゃJKだったらタイムマシーンでも開発してしまうのだろうか。不安のうずに飲まれながら私はゆっくり眠りについた。



目が覚めると既に7時半になっていて飛び起きた。しかし、行く学校がないので急いでの意味がないということに気が付いた。ベッドの方をみると空はいなくなっていた。学校に行ったのだろうかと思い、リビングに降りると静かに空が朝ごはんを食べていた。


「…おはようございます」


「あらしずくちゃんおはよう」


空の母が挨拶をしてくるが、空はぽーとしながら朝ごはんを食べている。


「起きてきてからずっとこうなのよね…いつもなら朝ごはんにケチ付けたりしてるんだけど。明日、槍でも降るのかしら」


今日の放課後が楽しみなのだろう。私たちの会話も耳に入ってない。恋は盲目というがここまでにさせるものだったのか。

私は空の肩に手をのせる。空はびくりと肩をあげてこちらをみた。


「おはよう。空」


「お、おはよ!しずく」


空の隣に座り食卓を囲む。パンにかじりつき空の方をちらっと見ると口角が上がりっぱなしで、今にも鼻歌を歌いだしそうなほどご機嫌な様子だった。



「お世話になりました」


「いってきま~す」


私と空は一緒に家をでた。髪のセットをしようと思って借りたものがストレートアイロンではなくカールアイロンだったことに衝撃を受け使い方も分からず、何もせずに空に返した。いつもはおろしているが、今日は空から借りたヘアゴムで私の中では珍しい1一つ結びにし、出かけている。


「しずくってどこ高なの?」


「えっと、東櫻学園とうおうがくえんってとこ」


「聞いたことないわ。どこにあんの?」


「最初にあった駅が最寄もよりで」


「へー!あそこ、東高ひがしこうしかないと思ってた」


あ…そういえば30年の間で名前が変わったんだ。私が行っている東櫻学園はこの時代には東って言う名前で学校をやっているのだ。完全に忘れていた。制服も名前が変わるタイミングで変えられており、通りで制服も私と同じ人がいない訳だ。


駅に着くと2人は、別れた。私は商店街の方へ。空はその反対側の電車に乗り込み、学校へ向かった。切符を買うのにも改札機に入れるのにも慣れておらず私はちょっと不便だなと感じる。

電車に揺られながらどこで暇を潰すかを考える。商店街をぶらぶらするのも良いが東高をのぞくのもいいな。電車を見渡すと誰もスマホを持っていないのは当たり前だが、本を読んだり窓の外を見ている人がいた。私にとっては見慣れない風景だった。そんな中私はバッグからスマホを取り出す。完全に時計と化したスマホのロックを外し、昨日で流れが止まったSNSを見る。リア友が愚痴っている鍵垢かぎあかを見たり、顔も知らない誰かの面白いつぶやきを見たり。私は誰かを監視かんししながら生活している。それは逆もまたしかり。誰かが私を監視して生活している。それは、昨日まで。

昨日の喧嘩を誰かが撮ってSNSに投稿したり、その投稿を叩いたりする人はここにはいない。昔は不便ではあるが、繋がれている鎖は圧倒的に少ない。


「○○駅~○○駅~」


私は目的の駅に着き電車を降りる。

朝ということもあり、開いている店は少ないが通学通勤で商店街を通る人は多い。私はそれに飲まれないよう横道を歩いていた。小さいころ潰れてしまった駄菓子屋や見たことない電化製品を置いている店もあった。

早く放課後にならないかなと思いながら、商店街を歩いたり路地裏を行ったり来たりしたりして時間を潰していた。



「あー、見てるこっちも緊張する…」


放課後、空が石綿誠二との明日のデートに向けて計画を立てるため喫茶店で2人が話しているところを少し離れた席から見守る。本当は2人が待ち合わせで落ち合ったのを確認したのち、空の家に今晩もお世話になりに行こうとしたのだが、影からひっそりと見ているのがばれ、近くで見守っていてほしいと頼まれてしまった。

遠くからだと何を話しているまでは聞き取れないが、空が一生懸命、話題を途切れさせないようにしているのが伝わってくる。

相手の石綿誠二に抱く第一印象はでかいだった。多分180の後半くらいの身長だ。私と空のように女の中でも170㎝を超えると同じくらいか小さい人の方が増えてしまう。やはり、自分より身長が高いところにかれたのだろうか。しかし、背筋が曲がっていて謙虚けんきょな雰囲気を感じられる好青年こうせいねんであり、でかいからと威圧感いあつかんがない。こうして空が一生懸命話題をふっているのに対して彼も一生懸命話をしているところが見受けられる。

これは両思いでしょと私は確信する。

夕方になり夕陽が喫茶店の中へと入ってくる。スマホを確認すると18時を過ぎていた。そしてスマホの充電も残り少なくなってきた。あまりいじらなくなったせいか約2日も持つとは思わず、充電なくなったらどうしようとカバンにしまいながら考える。

2人が喫茶店から出るのを見てコップに残っていたミルクティーを飲み干す。会計をして外に出ると駅で2人は手を振り分かれていた。

改札前に残っていた空の近くにすすすっと近づく。


「どうだった?」


「映画見に行くことになった!誠二君、映画あんま見ないから楽しみって言ってくてさ!そうそう本読むのが好きらしいよ!それからそれから」


本当に嬉しそうに私に話してくれた。


「うんうん!それで明日の着ていく服は決まってるの?」


楽しそうに話していた口がぴたりと何も言わなくなる。私は何となく察していた。部屋で洋服の棚を見たときの服の少なさを。普段は家で過ごしているんだろうなと分かる居心地の良い部屋の整頓のされ方を。


「制服以外着ないし」


開き直り腰に手を当てて空は言う。


「開き直らないで」


私はふうと息を吐き、商店街の方を向く。


「服、買いに行こっか」


商店街にある店の小さな服屋に私と空は入った。

素朴な服が多くこの時代の流行を取り入れている店ではなさそうだった。


「いらっしゃい。お!空ちゃん、今日はお友達と一緒かい?」


「まあ!そんな感じですわ!」


空は服屋のおじさんと仲よさそうに話し始める。

ここに来るまで空は何人かに話しかけられていたが、商店街の常連客じょうれんきゃくなのだろうか。2人が話しているのを横目で見つつ、空に似合う服を探す。この時代の流行なんて何1つしらないが、無難なものを仕立てていく。癖でスマホを取り出して調べようとしたが、充電が残り5%をきっていることに気が付き、すぐにしまう。調べようとしてもインターネットがつながってないから意味がないことも気が付く。


「誠二君、流行りのボディコンとか嫌いらしいよ」


おじさんと話し終えた空は私の方へ戻って来た。


「じゃあ、これで正解かな」


私は手に持っていた服一式を空に渡し、鏡の前に立たせる。黒いひざ丈スカートに白いTシャツ、あとは適当に手に取った茶色いオーバー気味のアウターを空にあてる。


「まあまあいいんじゃない?」


私は空を見る。普段はいかにもの不良の女の子でもこれを着れば可愛い女の子になれると思い手渡す。


「これにする!自分で選ぶよりよっぽどいい!」


するとすぐにレジに向かい空はお会計をする。値札とか見なかったけどちゃんと買える金額なのだろうかと思っていたら案の定、空のお小遣いだけでは足りず、私も少し払うことにした。


「あとで絶対返すから!お小遣い日になったら絶対返す!」


そういいながら服の入った紙袋を手に持ち店をでた。外はすっかり日も落ち暗くなっていた。


「明日、楽しみだな…」


空は独り言のようにつぶやく。明日はついに初デートの日なのだ。私までドキドキしたり、ワクワクしたりしている。


「おい!そこの女ぁ!」


突然幸せムードの2人に柄の悪い声で後ろから話しかけてくる。振り返るとちょっと古いというかこの時代にあった不良が5,6人いた。似たような人が多すぎて誰が誰だかわからない。興味のないアイドルグループの個人個人を見分けろというくらいわからない。

いまいち、2人ともどこかであったかもピンと来ておらず説明を待つ。


「昨日はよくも兄貴を殴ってくれたなぁ!おん?」


「あー、昨日の」


私はやっと理解をし、納得した。昨日、私と肩がぶつかって喧嘩になった人たちだ。


「忘れたとは言わせねぇよ?」


いや、忘れてたな、私。


「いや忘れてた」


心の声が漏れてしまったと思い口をふさぐが私が言ったのではなく、隣に立っていた空がきっぱり言い切っていた。


「っ!なんだとぉ!まあちょうどいい!兄貴の仇ここで取らせてもらうぜ!」


1人が私と空に襲い掛かる。めんどくさいことラウンド2が始まってしまったと私は思い、避ける体勢を取ったが、それより先に空が私の手を取り走り出した。


「お前らにかまっている暇はねぇんだよぉ!」


舎弟たちにそう叫び、走り続ける。かまっている暇がないというのも空の本心だと思うが、喧嘩で怪我をしたり警察に連れていかれ、明日の予定がなかったことになるのが1番嫌なのだろう。

私は空に手を引かれ、人の流れに逆らい走り続ける。後ろからは舎弟たちがひとをかき分けながら追いかけてくる。周りからは何やっているんだろうという目で見られているがそんなのお構いなしで空は全力で走る。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ自分は人に流されない感覚を知った。だから、ちょっとだけ人の役に立ってみたいと思った。今までは周りも自分のどうでもよくて日常がつまらないのは自分が行動しないせいなんて思わなかった。でも、空を見てわかった。自ら何かを始めるってことはコピーされた毎日毎日を少しずつ上書きしていけば少しずつ変わるんだと。

人に隠れている今が逃げるチャンスだと思い、私は空の手を離す。


「しずく!」


「ちょっと、作戦あるから空は家に帰ってて。もし、私が空の家に行かなかったら自分の家に帰れたって思って」


「早く、ほら!手をつないで逃げるぞ!」


私に向け空は手を伸ばす。私はそれを握らずに言い放った。


末永すえなが爆発ばくはつしろよ!リア充!」


この時代には絶対分からないだろう言葉を空に言うと私は不良たちが私を見つけ追いかけるのを確認する。身長が高いおかげで足はかなり速い方のはず。小さいころから鬼ごっこをすると毎回最後まで生き残るくらいには足が速い。そう思いながら全力で走り出す。カバンを背負い、スカートなんてお構いなし。久しぶりに思いっきり走れて少し気持ちがいい。

作戦というのは一か八かの賭けでもあった。ここまで走ってくる途中で、ここに迷い込んだ入り口である路地裏に夕陽がさしていた。もうすでに空は真っ暗のはずなのにそこだけが明るく夕陽がさしていたのだ。あそこに逃げ込めば私だけ元の時代に帰って不良たちをまくことができる。失敗したら私フルボッコだなと思いながら路地裏に向けて走っていた。

何度か追いつかれるかと思ったが、そこはスマホのカメラ機能のフラッシュで目に攻撃をしてやった。

スマホの充電はあと2%。私とスマホは最後の力を振り絞り路地裏へと入っていく。夕陽がまぶしくて走る速度が落ちてしまいそうだったがとにかく走り続ける。

ねずみの死骸を避け、それを咥える猫とすれ違い、ごみ箱を避けて走る。

後ろからの不良たちの声がどんどん小さくなっていき、路地裏を出るとそこは、私の生きる時代に戻っていた。作戦は成功したのだ。


「はぁはぁ」


私は肩で息をし、力が抜けて地べたに座る。手に持っていたスマホを確認すると電波は入っており、時間を見ると昨日の18時過ぎ。時間も時代も戻って来たのだ。それを確認したのちすぐにスマホは0%になり、電源が落ちた。


「戻って来たぁ」


「あら。しずくちゃんまだ帰ってなかったの?」


後ろからコンビニから出てきた田中さんが話しかける。なじみのある顔に一段とほっと安心する。


「今から帰ろうと思って」


私は立ち上がり地べたに着けていたスカートをぱんぱんとはたく。


「お疲れ様でした」


「はーい。お疲れ様」


挨拶をし、駅に向かった。そういえば空のデートはどうなったのだろうか。仕立てた服で言ってくれたのだろうか。ちゃんと付き合えたのだろうか。気になることだらけだ。


家に帰ったら直接、確かめてみよう。

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ちょっと未来人「私」 甘味 @Kanmi_0599

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