三千世界

鏡水 紫明

三千世界

一面薄い橙色の花畑真ん中に女がいる。その女は黒く真っ直ぐな髪を靡かせて突っ立っている。ずうっとずうっと突っ立っている。花々が風に揺られてさわさわと揺れる音は、さながら浜辺を連想させた。一面の花は波だった。その美しい光景に恍惚としていると、不意に突風が吹いた。穏やかだった波は豹変し、荒々しい水しぶきを上げる。彼女は平衡を保てずに崩れ落ち、波に呑まれてしまった。私は彼女が溺死する光景をじっと見つめていた。風は吹き止み、また穏やかな波が訪れる。気がつくと彼女の死体は浜辺に打ちあけられていた。私は、彼女の色が紫色になって、微生物に分解されて、消えてしまうまで、ずうっとずうっと見ていた。


花畑に橙色の花がまた一輪咲いた。ナガミヒナゲシという花だ。その花は塩水の一滴となって大海原を蠢いている。ふいに目線を遠くにやると女が立っていた。黒く真っ直ぐな髪を靡かせ、こちらに微笑みかけていた。私は死してなお蠢く彼女を煉獄の様な人だと思った。私は彼女の為に祈った。そして彼女は私の為に祈るのだ。

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