鶏の唐揚げ

 スーパーへ行った黒猫は久しぶりに唐揚げを作ろうと決意した。まず鶏もも肉(皮付きなのは自分好み)。人参が安いので細切りにして和え物でも作ろうとカゴへ放り込んだ。シメジも安かったので味噌汁にする。生鮮も売っているディスカウントショップは有難い存在だ。本当に必要な物だけ買って帰宅、すぐに漬け込みを開始する。

 一口大に鶏もも肉をカットしていく。タッパーに醤油、酒、ニンニク、生姜。それらを粗方溶かして、鶏肉を入れて、本格的に作る時まで冷蔵庫へイン。お米を洗って炊飯器のボタンを押す。

 一段落した時、ちょうど作業部屋アトリエから出てきた大雅がダイニングテーブルまでやってきた。こちらをチラチラ見ている。苦笑い浮かべながら声をかけた。


「大雅君、何か飲む?」

「緑茶」


 ぶっきらぼうに答えた。最近買った大雅専用のマグカップ(唐草模様)と自分のそれを出し、実家から送られてきた音無茶を注ぐ。ふわりといい香りがして、思わず頬を緩ませた。予定の夕飯までは余裕がある。頂き物のカステラをほんの少し切って、茶と一緒に大雅に差し出した。


「………カロリーの化け物だね」

「じゃあいらないんだ? ならあーげない」


 皿を引っ込めようとすれば、手首を掴まれる。奪い合いとまではいかないが、小鳩家の食卓は基本早い者勝ちだ。大雅は素早くカステラを手に取り口に入れ、目を輝かせた。


「食べられるよ……」

「それは良かった」


 最上級の褒め言葉と理解わかっているからこそ、小さく笑って返す事ができる。昔の自分なら察せなかったなと思い返してまた笑った。大層ややこしい出会い方をしたせいなのか、余計に今は大雅の言動や行動が十点中八点くらい可愛く感じる。大雅と向かい合って会話もないティータイムだけでも有意義に思えた。






 いつもよりキッチリ髪をまとめ、きちんと手を洗い、気合を入れる。ボウルに片栗粉を多め、少しの小麦粉を混ぜる衣が美味しさの秘密だ。揚げ物用の少し深めのフライパンを用意し、油を注ぎ火をつける。温まるまでの間に漬けておいた鶏肉を冷蔵庫から取り出す。さて、油が温まれば戦いの始まりだ。

 ジュワジュワジュワッ……。

 いい音がする。火の前に立つとすぐじんじわ汗が滲んでくる。夏の始まりを感じた。鶏肉に粉を纏わせ、そっと油の海に入れていくとパチパチと小さな音を立て始めた。低音でまずは火を通す。一度取り出して余熱で中まで熱を入れつつ不要な水分を飛ばすのだ。そしてもう一度揚げる。二度揚げが美味しさの秘密。

 美味しい物と出逢うためには、背に腹は変えられないのだ。汗を首にかけたタオルで拭いながら唐揚げを作っていく。大雅が立ち去らず、シンクの中に溜まった洗い物を片付けていってくれる。

 低温で揚げると多少時間がかかる。そこで味を変えるためにネギだれも作る事にした。今日は塩味にしようと、冷凍庫から切っておいた小ネギを取り出す。大雅が洗ってくれたボウルをすぐに汚すのも気が引けたが、背に腹は変えられない。自分が洗えばいいだけだ。

 ボウルにネギを入れ、大さじ一杯の塩を加えて混ぜ合わせる。空いているコンロでは小鍋にごま油を温め、温まったところで火を止める。そこに合わせておいたネギ塩を入れて混ぜる。器に移せば完成だ。

 唐揚げをもう一度揚げるために、油の温度は高温にする。十分温まったところで予熱で中まで火の通ったまだ見た目が白っぽい唐揚げを入れる。大きな音を立ててカラリと仕上げてゆくのだ。気を付けていても、パチパチと爆ぜる油が飛んできて時おり熱い。片面だけが焦げないように常に菜箸で動かしてやる。

 全体がこんがりとキツネ色になったところで、キッチンペーパーの上に載せる。余分な油を吸い込ませて、盛り付ける。少し高さを出すように盛り付けると余計に美味しそうに見えるというのはインスタグラマーの友人から教えてもらった。そして出汁しか入ってない鍋に味噌を投入し、沸騰する手前で火を止めた。


「さっき作ってたサラダっぽいやつ出せばいいの?」

「ありがとう、助かるよ」


 何も言わなくても必要な事を察知してくれる事が増えて有難い。他の夫曰く、成長したのではなく好感度の差だというが。スライサーで細切りにした人参をゆずポン酢、からし、ごま油で和えるだけの時短レシピ。炊き立ての白米と唐揚げ、サラダに味噌汁。食欲をそそる光景が目の前に広がっている。両手を合わせて挨拶を。


「「頂きます」」


 大雅の方はいきなり唐揚げを口の中に放り込んだらしく、熱さで目を潤ませていた。黒猫が慌てて冷たい麦茶を用意してやると一気に半分ほど飲み干す。


「あっつい……」

「大丈夫? 火傷しなかった?」

「舌がピリピリする……でも食べられる味」


 辛子のツンとした辛みが人参の甘みと絶妙に合う。子供が嫌がる野菜が嫌いな大雅だが、人参は進んで食べてくれるのだ。


「たくさん食べてね」


 どうやら火傷はしたようだが、それでも熱心に食べ進めていく夫に黒猫は満足げに笑った。

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