第8話……騎士団長の回復魔法

 冷静に考えると……暴漢ぼうかんであるマックスを被害者である俺が心配する必要は一切なかった。――なかったが、このまま放置も心苦しいというか、後々、末代まで呪われそうな恨みを買いそうなので対処する方向で手を打った。



「ベリル、このボロ雑巾のマックスを何とか治癒できないか?」

「この乱暴を働いた男を助けると? ……分かった、エドの頼みとあらば努力しよう」



 乗り気もなく、少々怪訝けげんな顔をしていたベリルだが、何だかんだ聞いてくれた。どうやら俺の頼みは聞いてくれるみたいだな。


 倒れ伏せるマックスの前に腰を下ろし、ベリルは手を伸ばす。その掌にはホワホワした緑色のオーラが。



 ……そうか、ベリルも騎士だけど回復スキルが使えるんだ! これなら重症すぎるマックスを回復してやれる! 頼んだぜ、騎士団長。



 息を飲み、状況を見守っていると――ベリルはこう唱えた。




「プチヒール」




 ぽわん……と、すずめの涙ほどのショボイ光がマックスの頭上にポトリと落ちる。数値変換にして恐らく『3』くらいは回復したんじゃなかろうか……。



「ってうぉい! ベリル、なんだそのショボイヒール! それならまだ回復ポーションの方がマシだぞ!?」

「ひ、酷いぞ。これでも山あり谷あり紆余曲折うよきょくせつあってだな……大変な苦労をして習得した回復魔法ヒールなんだ。普通、騎士では扱えぬヒールをわたしは覚えたんだ。頭を優しく撫でて褒めてくれ」


「そんな回復力で言われてもな!?」



 ちなみに、マックスの後頭部にあったタンコブくらいしか治癒出来なかった。だめじゃん……!



 結局、近くにいた冒険者から回復ポーションの提供を受け、使用した。応急処置をした直後、クリスタル騎士団の救護班が駆けつけて来てマックスを担架に乗せて行った。あの重症っぷりだと全治一年って所かね。



「あいつ、ゴミのようにボロボロだったな……大丈夫か?」

「ヤツの自爆だから仕方ないさ。それよりエド、わたし達はデ、デートへ行こう」



 そういえばそんな話だったな。

 すっかり失念していたよ。



 ◆



 ――パラディス帝国の街中を歩く。


 さすがに超有名人の騎士団長・ベリルと肩を並べて一緒に歩くなんて目立ちすぎて……ヤバかった。周りからジロジロ見られるってレベルじゃなかった。包囲されていた。



「騎士団長じゃん!」「俺のベリル様ぁ!!」「全てがカッコいい」「横顔とか凛々りりしいよなあ」「隣のもやし男はなんだよ」「ベリル様、こっち向いてー!」「ああ、あの男は近々死ぬな。水死体確定だ」



 などなど主にベリルの黄色い声が――って、最後のヤツ。わざわざ死亡フラグを立てるんじゃありません!


 数十、下手すると数百人に囲まれている状況だ。ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。いい加減に暑苦しいのだが……止められる筈もなく。


 けれど、俺のうんざりした表情を察したのかベリルは小声でこう言った。



「移動するぞ、エド。わたしに掴まれ」

「つ、掴まれって……どこに?」

「胸もお尻でも好きな所でいい」



 何故そこに限定する!

 ていうか、公衆の面前で堂々とやったらヘンタイ魔人だ。ベリルのヤツ、何を真面目な顔して言っているんだ。



 仕方ないので、俺はベリルの肩に手を置いた。



「こ、これでいいか。言っておくけどな、肩に触れた時点で周囲から殺意の波動を数十感じるぞ……」

「周りの目など気にするな。では、跳ぶぞ」



 跳ぶ!?

 跳ぶってどこに!?



 するとベリルはピョ~~~ンと跳躍ちょうやく。本当に飛ぶ。飛んだ。ガチで空高く飛んだ! アイ・キャン・フライだ。



 俺は反動というか……恐れでベリルの腰にしがみつく体勢となってしまった。さすがにそうなるよ!



 家を超えるジャンプを見せ、なんと屋根に着地。群衆から抜け出せてしまった……すご。なんだこのジャンプ力。



「こんな帝国が見渡せる場所に降り立つとか、ちょっと感動したよ、ベリル」

「どうだ、凄いだろう!」



 満足そうにえっへんと胸を張るベリルさん。うんうん、おっぱい含め素晴らしい景観だ。でも、歩き回るには大変だな、これ。



 そんな懸念の中――



 俺でも分かる邪悪な気配が接近していた。……な、なんだこのおぞましい魔力。まるで魔王軍の幹部とかそんなレベルの禍々しさだぞ。



「……! エド、避けるんだ!」


「――え?」



 その瞬間、俺の意識は飛んだ。

 いったい、何が――起きて……?

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