第6話……それでも信じているよ

 目を覚ますとまた知らない天井だった。

 ……いや知ってるけど。


 窓の方に顔を向けると、辺りはすっかり闇に包まれていた。そっか、もう夜になっていたか。いやそれよりも重みを感じる。


 今度は視線を自身の体に移すと――ベリルさんが添い寝どころか俺を抱き枕にしていた。なんだ、このサプライズ! 予想外すぎる密着度。凄まじい感触が俺を襲う。


「……うわぁ」


 規則正しく寝息を立てるベリルさんは気持ちよさそうに眠っている。これを起こすのもなぁ……だが、俺の女体耐性が持つかどうか……もう限界は近いぞ。



 てか、よく見ると寝間着どころかバニーガールじゃねぇか!! なんだ、本当になんなんだこの騎士団長様!



 どうにか離れようとするが――



 ベリルが寝言を言っていた。



「ん……なんだって?」


「……エドウィン。好き……だ」


「…………マジか」



 そう言われては離れられないじゃないか。我慢するか。



 ◆



 約束の日がやって来た。

 一日目にして騎士団長・ベリルの部屋に招かれ、同じベッドで就床しゅうしょうを共にするという親御さんもビックリな事態だ。まあ、そのせいで……俺は殺されかけているんだがな。



「エドウィン、果し合いに行くのか」

「なぁに、心配するなって。俺には謎の女神から貰った【レベルイーツ】の最強能力があるんだぜ。これで君のお父さん……初代騎士団長を何とか止めてみせるさ。大丈夫、傷つけはしない」



「ああ、もちろん信じている。エドウィンは、わたしのヒーローだからね」



 そんなうるんだ瞳を向けられて、俺は照れくさくなった。なんで、そんな乙女な視線なんだかな。調子狂うぞ。




 そのまま俺はベリルの部屋を出て、真っ直ぐミニ闘技場へ向かった。……この勝負に勝利し、俺の存在を認めて貰うんだ。




 ――例の闘技場の前。




「なんだ……すげぇ重苦しい殺気を感じる。おいおい、これほどの殺意は人生で初めて感じるぞ。やべぇ、やばすぎる……俺、殺されちまうのか!?」



 もはや混沌の域に達している波動が漏れていた。こんなの、扉を開けた直後に瞬殺されるような気配だぞ。……あまりの空気の重さに俺は身がすくむ。



 足が震えてきた……がくがく震えて、やべぇ。あんなベリルにカッコつけたのに……これじゃあ、勝てねえぞ。



『ああ、もちろん信じている。エドウィンは、わたしのヒーローだからね』



 あの言葉を思い出す。

 そうだ、俺はこんな所でくじけている場合じゃねぇんだ!!



「やってやらあ!!」



 扉に手を伸ばし、開けた瞬間――



「死ね爺!!」「このスケベ!!」「わたしの下着を盗んだわね!?」「エロジジイ!」「いくら初代騎士団長だからって許せないわ!!」「殺せ、殺せ、ぶっ殺せええ!」「ヘンタイジジイ!」「セクハラジジイ!!」



 初代騎士団長がボコボコにされていた。




 女騎士から蹴られて蹴られまくっていた……って、なんだこりゃあ!?





「お、おい……君達。これは一体……」



「あ、エドウィンさん。あのですね、あのクソジジイってば、私達の下着を盗んだんです! サイテーですよね」



 ……下着ドロボーかよ!!

 確かに若い子が多いけど、ダメだろ!



「と、とにかく……ベリルのお父さんだし、勘弁してやってくれ」

「そ、そうですね。分かりました」



 緑髪の女騎士が止めにいった。

 思わず目を覆いたくなるような私刑リンチは直ぐに静まり――騎士達は満足気に去って行った。おっかねぇ……。


 で、ベリルのお父さんは顔面を痛々しくらしていた。青紫に変色して原形がない……なんだこのゴブリンみたいな怪物。




「……わ、私の負けだ、ラスコーリニコフ。お前を認めよう……娘を………頼む」

「もはや誰だよ……」



 がくっと意識を失うベリルのお父さん。

 俺は戦わずして勝利した。




 勝利の余韻よいんもなく、俺は闘技場を去ろうと思ったのだが――



「……お父様。どうして、こんな事に!!」


「げッ、ベリル。違うんだ、これは……」


「エドウィン……信じていたのに酷いよ。お父様をこんな……ゴブリンみたいな顔に!」



 万事休す。確かにこの状況なら俺がベリルのお父さんを容赦なく、悪魔のようにボコボコにしたように見える。なんて最悪なタイミング。くそ! 他の女騎士を帰らせるべきじゃなかったな。誰か、誰か残って……いないな。誰もいない。



 証言してくれるヤツもいない。



 終わりだ。



「……ベリル、俺は……」


「………それでも信じているよ、エドウィン」


「え……」

「言っただろう、ヒーローだって」




「その通りです! ベリル様!」



 あ、さっきの緑髪の騎士。

 エルフ耳で胸がぺったんこだから覚えていた。名前は……なんだっけ。



「……シア! どうしてココに」

「ベリル様、申し訳ございません」



 シアは土下座してベリルに謝っていた。



「どうした」

「実は……初代騎士団長が下着ドロボーを……それで激怒した女騎士総勢三十名が決死隊を結成し、噂の決闘を前に乗り込んだ形なのです。どうか、お許しを」



「なッ!? ……そうか……心配したわたしが馬鹿だった。お父様は放置しておく。行くぞ、エド」



 どうでも良くなったのか、死んだ魚のような目で父親を見るベリル。おっかねえ……こんな目で見られたら流石さすがに泣く。



「……ん、ああ……いいのか」

「わたしの興味は常にエドだけだ。デートしよう」


「お、おう」



 闘技場を後にした。


 ……って、あれ。

 俺の呼び方変わってね?

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