第3話 古い記憶!事件は起きていた‼


 「3ヶ月前・・・」とあの日の夜の話をはじめた。


そして頭の奥で隠れていた子供の頃の記憶。


18年前に会っていた女性の記憶。


あの夜の記憶。


 居酒屋で会ったあの娘は幼き時代から一緒に育って来た 。


そしていつの日か彼女とまた出会い恋に落ち愛し合った。


子供も2人!2人目も産まれている筈だ。


その彼女が19年前のままの姿で目の前に現れた。


そして、あの部屋で自分の横に居た女性の事も思い出していた。


夢の中で3人の子供が楽しそうに遊んでいる。


その姿をカメラで写している。


お屋敷の縁側で3人麦わら帽子をかぶり、並んでスイカにかぶり付いているところをファインダー越しに眺めている。


広い庭にテーブルを並べ宿題をしているのを8ミリビデオで撮影している。


俺がこの村を離れ東京へ向かう汽車を見送る2人を写すその人が彼女の母親だった。


病気がちでいつもお医者さんが付いていた細身の女の人。


多分、あの人だったと思う。


 19年前、山梨県にある地元では有数な家元に潜入捜査の為、単独で潜り込んだ。


そこは子供の頃を親元を離れ過ごした懐かしい村だった。


違法ドラックと認められていない乾燥した薬草、いわゆる脱法ハーブと言われる物が製造され、暴力団の資金源やその一族の経営企業の運営費に取って変わっていると言う情報が警察内に広まった。


そしてこの緑が豊かでのどかな村落で製造が進められていると突き止めた警察庁は本丸を突き止め、ルートを探り出す為に侵入捜査が進められた。


それが俺がここに来た目的!任務だった。


潜入の初めは予定通り順調に進んでいた。


半年が経ち地元の農協に務め出し、農家を回りながら情報を集めていた。 


その地域の花として有名なレンゲツツジの花を乾燥させ薬草と混ぜて村の老人達は犯罪意識も無く運ばれて来たそれをほぐし決められた量を小分けにし袋に詰めして賃金を頂いていた。


この脱法ハーブを若者達がクラブやダーツBARやガールズBARで広めて行っていた。このレンゲツツジの花を乾燥させた物が何処から運ばれて来るのかを探っていた時、あの娘と再会する事となる。


香織とはこの村の祖父達に預けられ生活していた5歳から小学校4年生10歳ごろまで近所の幼なじみであり、恥ずかしながら初恋の人でもあった。


もう1人、頭の良かった伸一と3人でいつも一緒に山や森や川や池で遊び分校に通っていた。


そこにはいつも車椅子にのり、子供達を見守る優しい母親とそのお世話をするお手伝いさんがいた。


あの朝はいつもより早く目が覚めて、事務所へ向かう途中に霞がかった西湖の畔に車を停め水際まで誘われるかの様に引き寄せられて行った。


霧の中に微かに見通せたボートの吊り橋、先端に誰かが立ち鏡面の様な湖面を見つめている様に見えた。


洋服や髪型から女性である事は分かった。


少しずつ近づきその絶望的な表情ですぐにその先に何が起こるかは想像が出来た。 


その一瞬、時間は止まっていたかの様にオレは走り出し飛び込んでいた。


その女性を深い湖底から抱きかかえ急いで浜辺まで泳ぎ担ぎ上げた。


呼吸を確認後、心臓マッサージを行い、人工呼吸を繰り返した。


体が震えだし飲み込んでいた水を吐き出しゆっくりと目を開いた。


体をうつ伏せにして背中をさすって呼吸を整えさせた。


「何で・・・何で・・・ 」と彼女は繰り返すと意識を失った。


このままの状態だとまた飛び込む事は明らかだった。


体を仰向けにし抱え上げた。


そのまま車の助手席のシートを命一杯倒し、そこに寝かせシートベルトで固定した。


タオルがなかったので自分のシャツを脱ぎ体に掛けた。


そして病院へ向かった。


まだその時点では気付いていなかったがそれが15年ぶりの再会だった。


入院となり駆けつけた母親ともう1人の女性の話を聞いていて分かった。


彼女が香織である事を!そして、いつも車椅子に乗り娘のそばでカメラを持ち笑っていたあの母親だった。


元々心臓が悪く無理して彼女を産んだ事により後遺症で腰より下が麻痺し 、歩行が出来なくなったのだと聞いた記憶があった。


その為、大学で研究者をしている父親と離れ空気の綺麗な山梨の実家にて静養生活をおくっていた。


俺は毎日見舞いに行った。


とここまでは覚えていた?ではなく思い出した。だが今、目の前には走りながら駆けつけて来た、あの時と違う母親を見ていた。


やはり記憶が混乱を起こしているのかも知れない!それから回復に向かう香織に付き添いながら子供の頃の話を懐かしくしながら心の奥にしまい込んでいたお互いの気持ちに気付き、退院後も毎日一緒にいて、自然とそうなって行った。


そしていつの間にか村一番の大屋敷に住み始める事になる。


幸せな毎日に潜入捜査をしていること事態、忘れそうになる事もあった。


それから1年半が過ぎ潜入捜査2年経過と予定通りに実態の解明は終わり、任務終了の時期で警視庁公安部の辞職を決意していた。


なぜならば、香織のお腹に小さな命が宿った事でこの山梨県鳴沢村で今の生活を続けて行きたかった。


それには潜入捜査は不都合でこのミッションを継続して行く気力は残っていなかった。


その年の9月に辞職願いが認められていた。


子供も出産予定が10月中頃と聞いていた。


その日は朝6時前に目が覚め、香織はまだ眠っていたので1人で表に出て見た。


久しぶりの休暇をゆっくりと過ごそうとまだ残暑、暑さ冷めぬ中にぎやかな蝉の声もまだまだ盛んな立秋だった。


 そんな中、寒蝉鳴(ヒグラシ)の鳴き声が「カナカナ」とよく響く。それに混じって鳴くツクツクボーシ(法師蝉)。


彼らは楽しんでるわけではなく、短い命の間の必死な生殖行動なのだろう。


樹々の葉の間から漏れる木洩れ陽が心地よく、いつもは気にして歩かなかった広大な敷地内を歩いていた。


庭にある多くの桜の木に小さな蝉の抜け殻が残っていた。


その木、桜の木にしかとまらない、他の蝉にかき消されるような低い途切れ途切れの声で「ジッ・・・ジジッ」と控えめに鳴くニイニイゼミをチッチゼミという地域もあるらしい。 


この庭には、野山に入らなくても「ニンフ」と呼ばれる羽化したての青白い姿を間近で観察できる数少ない場所で、その生涯のほとんどを地中で暮らし、また成虫を捕獲しても飼育が困難なことからまだその生態はわかっていなことが多いようだ。


以前は成虫になると2週間足らずで死ぬと思われていたのが、比較的それより長く、一ヶ月前後は生きるらしい。


また、成虫になるとすぐに鳴けるわけではなく、数日間は発声器官が機能しないと言う。


広大な敷地内を歩いていると幼き頃、3人でよく遊んだ風景を思い浮かべる事が出来た。あの木に登ったり、あの縁側でスイカを食べた。


とても赤い花が咲いていた。


「こんな池があったかな!と記憶には残ってい無かった。」


敷地の中に大きな池がある。 


その真ん中に小島が有り、そこまで伸びた橋がある。


そこには赤い漆の様に塗られた祠ホコラが、お稲荷様の様に祀られた建物があった。


その背後には大きな森が広がっていた。


こんな森があったなんて知らなかった 。


何かを感じて立ち止まり、四方に防犯カメラが分かるだけでも8台設置されていた。


この警戒感は普通ではないと何かがある事を疑った。


それとこの池も何だか変だ!何処から流れ出す水なのか西湖でしか育たないマリモの様な物が確認出来る。


少し離れた場所から辺りを伺っているとしばらくして、使用人でお母様の身の回りのお世話をしている恵子さんだ。


ホコラの裏側に回った様に見えた。


カメラがあるのは分かっていたがなるべく死角を通りながら遠目から裏側が見える所まで移動した。


恵子さんの姿は無い。


そう言えば仕事が終わり帰宅するのが18時過ぎ、朝も7時には家を出て出勤するのが日課であった為、普段からあまり気にする事はなかったが恵子さんやおじい様の姿は見かけたがお母様の姿は1週間以上見かけていない。


今までもそうだった。


香織が湖に飛び込み入院した時でさえ、考えて見たら慌てて走って駆け付けたあの日以降は1週間後の退院の日までお見舞いにも来なかった。


その日も夕方までお母様の姿を見る事はなかった。


夕食後、恵子さんと母屋と繋がる廊下ですれ違い様に訪ねて見た。


「恵子さん、お母様は何処かにお出掛けですか?」と尋ねると


「いいえ!どうかされました?」と驚いた様子もなく


「香織もはじめての出産前で気持ちも不安定ですから、なるべくお母様が近くにいて話を聞いていて頂けたらと思っていまして。」


「それでは後でお伝えしておきます。」と通り過ぎて行きかかった恵子さんを再び呼び止め


「あの!お母様のお姿1週間以上見かけない事が多い気がするんですが気のせいでしょうか?」と尋ねると


「気のせいですよ!公平様!今だってあそこにいらっしゃるではないですか。」


廊下の窓から池の前の休憩用の椅子に座り、水面に映る月でも見ている様にお母様の姿はあった。


その姿は月明かりと正面から見た姿ではなかったがとても若く綺麗な女性に見えてしまった。


「奥様はお体が弱い為、日中のお日差しは辛いのです。ですのでお昼間はお休みになり、陽が沈み少し涼しくなってからああして、お庭に出られたりするんです。」 


少し見惚れてしまったのか

「・・・宜しいでしょうか?公平様!」と言われハッと気付き黙ってうなずいた。


少しその姿を見ていた。


この事は香織も分かっているのだろうと気にせず特に話もしなかった。

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