第21話
運良く梅雨は、6月の間に抜けた。
ジージーミンミンと蝉が泣き、夏の到来を知らせる入道雲が、人々を見下ろしていた。
一学期最後の日。
久々に登校したアズマを、とやかく言う者はもういなかった。
スカーレットとのテイカー活動の動画が広まった事もあるが、以前と違ってアズマは堂々としていたからだ。
もう、あの弱虫で怖がりのアズマは、どこにも居ない。
「スーッ、えーでは………スーッ、どこかの誰かのように、ハメを外さない!ように………スーッ、充実した夏休みを、スーッ、過ごしましょう」
担任から、遠回しに皮肉られても、アズマの心には小波一つ立たなかった。
クラスメートがそうしているように、アズマもまた、荷物をまとめて下校の準備に入る。
「あ………アズマくん!」
「あっ、
「
黒く長い髪を垂らした、王道的な大和撫子。
今の時代に珍しく他の女子とも関係がよく、全男子の憧れの的である学園のマドンナ。
そして………彼女は一度アズマに告白し、自分に自信のなかったアズマは「自分よりいい人はわんさか居る」と、彼女の告白を断った。
それが、全ての始まりだった。
たしかに、間接的に間接的を重ねれば、彼女が原因でアズマは不良テイカーに殺されかけた。
だが、それは不良テイカー達が勝手にやった事で、レイカに非がない事は、アズマも理解している。
「………近所にね、美味しいカフェが出来たの、よかったら一緒に………」
そしてレイカもまた、アズマを諦めてはいなかった。
レイカが言っている事がデートの誘いである事は、アズマにも解る。
彼女がどんな想いを持って、思い詰めた果てにアズマにもう一度告白をしてきたのかも、察しはついた。
そして、その上で。
「………ごめん」
もう一度、告白を断った。
「僕には、君の想いに答える事はできない、それに………」
そりゃあ、レイカは魅力的な女性だ。
スタイルもいいし、もし彼女のような相手と男女の関係になれたら、どれだけ素晴らしいか。
それはアズマにも、男の本能として理解できる。
その上で、彼女の手を取る事は、不義理である事も。
それに、何より。
「………僕、好きな人ができたんだ」
心に決めた人は、既にいる。
だから好意を向けてもらったとしても、選ぶ答えは一つなのだ。
「あっ」
そして、その相手もやってきた。
校門の前、わざわざ迎えに来てくれたスカーレット。
小さく手を振る姿を見ると、アズマもまた笑顔になる。
「それじゃあ、また」
「………うん」
教室から出て行くアズマを、レイカはじっと見つめていた。
笑顔を浮かべてはいたが、その心にはぽっかりと穴が空いたままだ。
この穴を埋める者が、現れるのか?
それとも、まだ諦めないのか?
それは、この物語とはまた、別の話である。
………………
迎えに来てくれたスカーレットと一緒に、アズマは下校してゆく。
あの時のように、嫉妬の籠った目で睨んでくる男子は、大分減った。
「………ねぇ、アズマくん」
「何?スカーレットさん」
スカーレットが聞きたい事は、ただ一つ。
これからの事に関わる、大事な事。
それは。
「………あの夜の事、言いふらしてないでしょうね?」
「言うワケないじゃないですか、当たり前でしょう」
「そっか………なら、いいんだけど」
あの日の夜。
勝利パーティーに酔いに酔っていたあの夜。
コーラと黒ビールを、アズマが取り違えて飲んでしまった結果、まずい事が起きてしまった。
酔った勢いで、二人は一線を越えてしまったのだ。
生物学的に言う所の「交尾」をしてしまったのである。
先進国における一般的人間社会において、未成年者が大人とそういう関係になる事は、決してあってはならないタブーとして認識されている。
虐待被害者であるアズマを助けた正義の人という、社会正義的優位を得たスカーレットではあるが、これでは梯子を外す所の騒ぎではない。
スカーレットが最低の犯罪者にならない為にも、今の関係を続ける為にも、この秘密は誰にも知られてはいけないのだ。
「じゃあ民宿に帰ったら荷物の整理から始めよっか………まあ、やる事少ないけどね」
「Dフォンのお陰ですぐ片付きますからね、便利です」
そしてもう一つ。
今拠点としている民宿とは、明日の朝でお別れだ。
と、言うのも、これからスカーレットとアズマはこの街を出るからだ。
日本にあるダンジョンは、神沢ロックホールだけではない。
より多く、より深く、より難易度の高いダンジョンが、全国各地に眠っているのだ。
スカーレットが日本に来た本来の目的は、そうしたダンジョンに挑戦する為だ。
タイミングよく、アズマも一学期が終わり、夏休みに突入する。
期間は7月頭~8月末の約二ヶ月。
全国のダンジョンめぐりには、丁度いい期間だ。
美女と共に、各地を巡る二ヶ月の夏の旅。
中学生からして、これほど心踊る物はない。
が、そうでなくともアズマはスカーレットの旅に同行するつもりでいた。
何故なら、それが彼なりの「恩返し」だから。
暗く沈んでいた自分の殻を、外から叩き壊す手伝いをしてくれた恩師に、少しでも報いてあげたかったから。
「………そういや、パーティー名はどうするんですか?」
「パーティー名?」
「二人でパーティーって言うのも変ですけど………」
方や、日本人の少年。
家庭で虐待され、学校ではいじめられ、これから日本で生きていくのであれば、社会から「はみ出しもの」にされるであろう、気弱な少年。
「そうねぇ………」
方や、メキシコ人の女性。
我を貫いた結果、アメリカの掲げる正義から弾劾され、元いたパーティーから追放されるという経路を辿った「はみ出しもの」の女テイカー。
「あ、こんなのはどうかしら」
そんな、世間一般の正義からは、認められない「はみ出しもの」の二人組。
「………はみだしテイカーズ!」
「なんですかそれ!」
「はみだしテイカーズ」の一夏の冒険が、幕を開けた。
※この時点で話を綺麗に終わらせたい方は、この時点で読了してください
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