第20話

こうして、スカーレットのテイカー活動の、日本での第一歩となる生配信は終わった。

コメントも概ね好意的で、まるでアニメか漫画のような胸踊る展開に、皆興奮している。


………ただ、裁きの牢獄プリズン・オブ・ビシテーションに対する「誰だこいつ」に関しては、明確に答えられず「さあ、誰だろうね?」と返すしかなかったが。


いくらアレな親だとしても、あまりベラベラと喋る事を憚る程の常識は、スカーレットもアズマも持ち合わせている。



今回の動画撮影クエストを終えたスカーレットとアズマが、神沢ロックホールから出てきた。

私服に戻った姿からは、とてもあの時手に汗握る死闘を繰り広げていたとは思えない。



「ありがとう、アズマくん、貴方のお陰で動画は大成功よ」

「え、あ、どうも………」



スカーレットに微笑みかけられ、照れ笑いを浮かべるアズマ。

ようやくアズマにも、他の「普通の男子」と同じ………と言えるかは解らないが、所謂「一夏の思い出」という物が出来たように思えた。

まあ、今まだ梅雨6月だけどね。


………こうして、一人の内気な少年は、一夏の冒険を経て自信をつけ、大人の階段を一歩上りましたとさ。

普通なら、ここで物語はハッピーエンドで終わる。



「アズマぁ!!!」



だが、これは夏休みにファミリー向けに作られる映画のような、青春物語ではない。

エンディングの代わりに現れたのは、全ての感動を台無しにして、アズマを暗い日常に引き戻さんとする、このクエストの「真のラスボス」。



「あ………!」



怯えるアズマと、睨み付けるスカーレット。

その視線の先に居たのは、裁きの牢獄プリズン・オブ・ビシテーションで再現された通りの鬼の形相を浮かべる一人の男。



「父さん………!」



アズマの父親である。

まるでゆでダコのように顔を赤くし、唸るように声を荒げ、こちらにツカツカと迫ってくる。


ようやく見つけた。

二週間も行方不明になっていたにも関わらず、その上、スカーレットと………テイカーと一緒にダンジョンから出てくるという非行(日本基準)に走っていた。


どこまでも親に迷惑をかけるのが好きな低能。

死んで当然のゴミクズ。

それが、父親から見た今のアズマの評価である。


………自分から「お前が死んでも関係ないから家から出ていけ、そして死ね」というような事を言っておいて、なんとも自分勝手な話である。


そも、アズマが二週間行方不明になっていた事に対しても、彼は「親の顔に泥を塗り、迷惑をかけた」としか認識していない。

外面を気にして警察に通報していなかった事からも、それが伺える。



「お前今まで何やってたんだ!覚悟は出来てるんだろうな出来損ないが?!」



怒りを隠そうともせず、アズマに掴みかかろうと迫る。


それを前に怯えるアズマは、被害者面をしているようで余計に腹が立ったし、

アズマを守るように前に立つスカーレットに対しても、自分を悪者にしようとしているようで許せなかった。


その時。



「アキヤマさんですね?」



そんな父親を呼び止める者が一人。

誰だ?!と睨み付けんとしたが、その姿を前にして彼の怒りは少し成りを潜めた。


何故なら、そこに居るのは国家権力より遣わされた正義と治安の使者。

つまる所の警察だったからだ。



「け、警察でしたか!助かりました!あの女が私の息子を………!」



一瞬戸惑ったが、父親からしたらこれはチャンス。

自分からしたら、スカーレットは息子を誘拐して危険なダンジョンに連れ込んだ誘拐犯。

社会的優位がこちらにあると感じた途端、彼の気持ちは高揚する。


あの、社会のダニ同然の女スカーレットを豚箱に放り込める。

あの、バカ息子アズマにどんな折檻をしてやろうか。


そう考えるだけで、父親の気持ちは高ぶった。

だが。



「あなたには、児童虐待の容疑がかかっています」

「は………?」



警察の口から出たのは、彼の予想とは真逆の一言。

児童虐待?自分はバカな息子に躾を下していただけだ。


それが何故、容疑にかけられるのか。

そも、人前では殴らないよう注意していたのに。

気付かれない、ハズなのに。



「ご同行を願います」

「お、おい!」



連れていかれる父親は、確かに見た。

勝利を確信し、こちらに嘲笑を向ける、スカーレットの顔を。






………………






流石は、起訴と裁判が身近なアメリカで育った、スカーレットと言った所か。

彼女の判断と対処は、早かった。


警察と児童相談所には、アズマの携帯スマートフォンに記録されていた虐待の証拠を片手に、事前に出向いていた。


親子の絆、家族愛などと、今頃テレビドラマですらやらないような幻想に捕らわれ、虐待を受ける子供を中々助けない事に定評のある両者。


しかし、こうもハッキリとした虐待の証拠がある事。

何より、男親が加害者というパターンでは、話は別だ。



スカーレットは、アズマの父親を訴えるつもりだった。

自分の教え子でもあり、日本で初めて出来た仲間パーティーメンバーでもあるアズマを、長きに渡って虐待した相手だ。

当然である。


外堀ばかりを気にする父親は、社会的評価に傷がつく事を恐れ、どうか起訴だけはやめてくれと懇願した。

スカーレットとしては、実の子供を虐待した上に、自分の事しか考えないような男にかける情など微塵もない。


だが、アズマが「もういい」と言った事で、起訴は取り止めになった。


我が子を外面をよくする装飾品か、ストレス発散のサンドバッグとしてしか扱ってこなかった男は、

皮肉にも、その息子見下していた相手のかけた最後の情けにより、犯罪者にならずに済んだ。


が、そんな男の元にアズマが帰る事は、スカーレットも児童相談所も許さなかった。


父親には、アズマとの三ヶ月の接触禁止が言い渡された。

その間アズマは、本人の希望もあって、スカーレットの元に預けられる事になった。


アズマの父親は、なんとか首の皮一枚繋がった訳だが、命綱はスカーレット側が握っている。

それに、子供の姿が見えなくなれば、よくない噂は広まるのだ。


後は、時間の問題である。






………………






「それでは!我々の完全勝利を記念して!」

「「乾杯~~~!!」」



スカーレットが拠点としている民宿。

そこでは、スカーレットとアズマの二人きりで、パーティーが開かれていた。


祝うのは、二つの事。

一つは、スケルトンを撃破して、日本でのテイカー活動を成功させた事。

もう一つは、父親との法的な勝利について。


スカーレットには黒ビール。

アズマにはコーラ。

メインディッシュは、宅配ピザ。


これが、スカーレット式の………と言うよりは、アメリカでの一般的なパーティーである。



「………スカーレットさん」

「んっ?」



アルコールで赤ら顔になったスカーレットを、潤んだ瞳で見つめるアズマ。



「………ありがとう、ございます」

「どうしたのよ、急に」

「………スカーレットさんのお陰で………ぼく………ぼく………!」



ぼろぼろと、アズマの瞳から流れる涙。

スカーレットの前で泣くのは、これが二度目。

だが今度は、死にたくないと言って流す悲しみの涙ではない。


自分を縛り付けていた、様々な物。

それを振り払った事で、感極まって感情が決壊したのだ。



「………泣かないで」

「あう………」



そんなアズマを、スカーレットは己の胸元に抱き寄せた。

酒気を帯びているためか、その体温はうっすらと温かく、アズマの嗚咽を母性愛を持って包み込む。



「安心して………アズマの事は、私が守るから」

「スカーレット………しゃん………」



二人の視線が重なる。

潤んだ瞳と、火照った頬。


………明らかにアズマが酒気を帯びているが、同じように酔っているスカーレットには、それが解らない。

そして気付かない。



「………んんっ♡」

「んちゅうっ♡んんっ♡れろ………」



やがて唇が重なり、舌を絡め合い、少年と女性は互いを求めあうようにベッドに転げ混んだ。

世界的に見てもタブーの極みである、子供と大人の情事を、食べかけのピザと飲みかけのコーラと黒ビールが見つめていた。




………不幸があったとすれば、雰囲気を出したいからと、間違いやすい黒ビールとコーラを一緒に出した事。


………幸運があったとすれば、以前より黒ビールの方が散々「そうした目的」に使われていた為、あらかじめ避妊効果のある魔法がかけられて出荷されていた事。



夜は、長く続いた。

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