第16話

その後、神沢ロックホール内を進みつつ、スカーレットとアズマはモンスターを倒し、動画を進めていった。

その、戦闘ストリップショーの結果はというと、Dフォンで確認すると以下の結果が出た。



・スカーレット

スライム、18体撃破。

ゴブリン、9体撃破。



相当なように見えるが、スカーレットからしたらほんの準備運動のような物だ。

経験値も入ったとはいえず、レベルも変動なし。


して、アズマはというと。



・アズマ

スライム、2体撃破。

ゴブリン、1体撃破。



まあ、後ろで「鬼さんこちら」していただけだから当然だが、こちらもレベルに変動はなし。

経験値は、それなりに貯まったようだが。



「………中々パッとしないなぁ」



そんな戦績に、がくりと肩を落とすアズマ。

なんだかんだ言いつつ、彼もテイカーにちょっとした幻想は抱いていたようだ。



「初めてなんてそんな物よ、落ち込む事はないわ」



そんなアズマを慰めるスカーレット。

気休めではあるが、彼女の経験から出たアドバイスでもある。



「そうなんですか?」

「そうよぉ、最初は誰だってそんな物よ、私もね………」



それから、アズマはスカーレットのテイカー初心者時代の話を聞きつつ、神沢ロックホールの深部目指して進んでゆく。


だが、奇妙な事が一つあった。


あれだけ大量に現れたモンスター群が、ぱたりと姿を見せなくなったのだ。

「鬼さんこちら」の詠唱は既にやめてはいるが………アズマの魔法に不備があるとしても………まだ効果は続いているハズだ。


それなのに、ここ第三階層に入ってからスライム一匹現れない。

まるで、何かに怯えて出てこれないように。


一体どういう事なのか?

その不安から、怪訝そうな顔を浮かべるアズマ。

それに対して、スカーレットは表情一つ変えず、その夏の日差しのような笑顔を輝かせている。


………思えば、この時点で彼女は気付いていたのだろう。

自身を狙う、殺意に。



「………いきなり広くなったわね」



歩いていると、突然広間に出た。

神沢ロックホールは天然の洞窟ではあるが、その場所に限定しては明らかに人の手が入っている。


長い机と、いくつかの椅子。

カウンターのある、調理場のような場所。

白塗の壁には、モンスターをデフォルメしたような不細工なキャラクターの絵がちらほら。


そして………その全てが朽ち果て、色褪せていた。

まるで、遊園地かどこかの廃墟のようだ。



「ここは………」

「昔、歴史の授業で聞きました………このダンジョンを使って、町興しをしようとしたって」



………こんな所は、日本のダンジョンでは珍しくない。


テイカーという職業が、社会に認知され始めた頃。

多くのダンジョンを抱えていた日本では、それを利用した町興しをしようという動きが、各地で起こった。


海外でやっているよう、周辺の設備を整え、日本でもテイカー旋風を巻き起こそうとしたのだ。

そして………神沢ロックホールの入り口や、この廃墟を見ても解るように、その全てが盛大にコケた。


役人や市の思惑よりも、日本人のテイカーに対する悪感情が広がる方が早かったのだ。

その結果残ったのは、市や役所が抱えた負債と、この使われる事無く終わった休憩所のような廃墟だ。



「………こういうの、「つわもの共が夢の跡」って言うのよね」

「別につわものじゃないし………夢も見る前に終わったっていうか………」



ふうとため息をついたスカーレットは、呆れているようにも、憂いでいるようにも見えた。

多分、両方だろう。



「この階層はもうすぐ終わりですね、ここを探索したら………」



それはさておき、第三階層も残り僅か。

先に進もうとするアズマ、だが。



「待って」

「えっ?」



それを、スカーレットが引き留める。

一体どうしたのだろう?と、スカーレットの顔を見上げるアズマ。



「どうやら私達は………誘い込まれたようね」

「えっ?何を言って………」

「そりゃあ、あの図体でまともに戦いたかったら、こういう戦場リングを選ぶわよねぇ………」



笑顔はキープしていたが、その神経が張りつめ、戦闘体制を取っているのはアズマには解った。

そして彼女が何を言っているかも、大体検討がついた。



「そうよねぇ………スケルトンさん!」



スカーレットが、振り向く。

アズマも、冷や汗を浮かべて振り向く。



………ギギィィ!!



その白く巨大な骸の虫スケルトンは、天井に足で張り付き、彼等のすぐ前まで迫っていた。

横に開く口から、だらだらと涎を垂らしながら。



「ひっ!」



すぐ近くに迫りつつあった捕食者を前に、怯えるアズマ。

スカーレットは素早くアズマの前に出て、スケルトンに斬りかかった。



「はぁぁ!!」

ギギィィ!!



刃がぶつかり合い、ガキン!という音と共に火花が散り、両者は吹き飛ばされる。

天井に張り付いていたスケルトンは、地面に降り立った。



ギギィィ!!

「ふふっ………!」



再び対峙する、スカーレットとスケルトン。

離れてようやく解ったが、その右腕は切断されて存在しない。

その大きさは、通常のスケルトンを遥かに上回る3m。



ギギィィ………!!



間違いない、あの時現れたスケルトンだ。

敵意を剥き出しにしてスカーレットを睨み付ける複眼からは「右腕の礼をさせてもらうぞ」という意志が強く伝わってくる。



「リベンジって訳か………面白いじゃない」



ニヤリと笑い、イフリートの切っ先を向けるスカーレット。

このまま、因縁の第二ラウンドが始まる………かに思えた。



「………待ってください、スカーレットさん」



この時、異変に気付いたのはアズマだった。



「何よ、こんな時に」

「どうやらこれ………正々堂々って訳じゃないみたいです」

「えっ?」



カサカサ、カサカサ。

闇の中から聞こえてくる、何かが蠢く音。

それを聞いて、スカーレットも気付いた。

この戦場に新たに現れた、敵の存在に。



シュルル………



壁を這い現れた、長く大きな姿。

蛇か?と思ったが、よく見れば違う。


スケルトンとよく似た、横に開いた鋭い顎。

一目で狂暴な生物と解る鋭い複眼に、ウネウネと動く触覚。

節々に別れた長い身体に、それを支える無数の脚。


よく似た生物なら、地球にも存在する。

毒虫の代表・ムカデだ。

問題は、その大きさだ。

5m近くある。


無論、普通のムカデではない。

そう、モンスターだ。



………名を「アーマーセンチピード」。

学名、スコロペンドラアルマ。

和名、メイキュウダイダラムカデ。


地球のムカデ類に酷似したモンスターであり、口から酸性の液体を吐き出し、牙には毒もある。

そして………眼前のスケルトンと同じく、本来神沢ロックホールのようなダンジョンには存在しない、上級モンスター。



シュルルルッ!



アーマーセンチピードは、カサカサと地面に降りると、スカーレット達の背後に陣取った。


スケルトンとアーマーセンチピードには、そうした作戦染みた事をやれる程の知能はない。

が、二体のモンスターは二人を挟み撃ちにし、退路を断った。



「………まあ、正々堂々決闘なんて、人間じゃなけりゃ思い付かないわよね」



眼前のモンスターケダモノに、腕を失ったリベンジという、何とも少年漫画じみた要素を浮かべてしまった自分を恥じるように、スカーレットは吐き捨てた。


これからスカーレットは、アズマを守りながら二体のモンスターを相手にしなければならない。

相手にそこまでの知能はない事は解っていても、スケルトンもアーマーセンチピードも、その有利さに驕り嗤っているように見えた。

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