第15話

神沢ロックホールを進む、スカーレットとアズマ。

予定としては、五階層ある内の三階層まで進み、戻ってくるという物。


初のテイカー活動としては、まあ丁度いい感じだ。



キキッ!

キシャアア!!



次々と襲い来る、モンスター達。

以前も戦ったスライムに加え、新顔もいた。


幼児程の大きさに、仏教の餓鬼を連想させる身体と、灰緑色の表皮。

皆大好き、ゴブリンである。


学名、ラールゥアシーミア。

和名、メイキュウヤモリザル。


体毛が無く、ヤモリのような表皮をしているが、れっきとした哺乳類である。

また、ダンジョン外でも生活が可能なモンスターの中でも生命力が強い事で有名で、アメリカの大都市では、ゴミ捨て場や下水道に現れる事も。


そして、知能では類人猿全体で見ると低い方だが、性格は獰猛かつ狂暴。

上記の下水道やゴミ捨て場の他、日本でも通行人に襲いかかる等、よく事件を起こしている。


………まあニホンザル等と違い、一目で危険な事が解る事を考えると、餌付け等をされる心配はないというのもあるが。


えっ?何々?女を襲って孕ませないのかって?

君ねぇ、そういうのはエロアニメか鎧のあんちゃんの所に頼みなさい。

ウチのゴブリンは人間のメスをそんな目では見ないし、繁殖もゴブリン同士じゃないと出来ないんだよ。



キシャアア!!



爪と牙を武器に、ゴブリンが飛びかかる。

相手はスカーレット。

そりゃそうだ、スカーレットの方が身体も大きく、食べられる部分も多い。



「………来た!」



瞬間、飛びかかったゴブリン向けて、イフリートの刃が迫る。

気付いた時には、回避は間に合わぬ。


………たしかに、食べる部分が多いという判断は出来るゴブリンであるが、類人猿全体では知能は低い。

故に、戦闘能力の実力差を、野生の勘でも感じ取る事が出来なかった。



ギ………!



ず、ば、あ。


と、ゴブリンは真っ二つに切り裂かれ、自らの死を自覚する事無く、物言わぬ肉の塊となって地面に落下した。



キキッ!

キシャアア!!

キキィィ!!



続いて、次々と襲い来るゴブリンを、スカーレットは次々と見事に切り伏せる。

その様は美しく、まるで踊っているようにも見えた。

まあ、演舞だなんて美しい物では断じてなく、腰を振り、舌を垂らし、胸や尻を突き出す、ストリップダンスの類いであるが。


………さて、ゴブリンは群れで活動するモンスターである。

そのゴブリンが、眼前で仲間を惨殺されても次々と向かってきているのは、彼等が頭が悪い訳でもなければ、そうしてまで食事にありつきたい程飢えているからでもない。



「鬼さんこちら………鬼さんこちら………!」



戦っているスカーレットから少し離れて、アズマが魔法の詠唱を行っていた。

これは、示した対象にモンスターの攻撃意思ヘイトを向けさせる魔法。


そして対象は………あそこで戦っている、スカーレット。


アズマは、何もスカーレットを裏切って殺そうとしている訳では談じてない。

そも、この魔法をかけるよう頼んだのは、他でもないスカーレット自身である。


今回のテイカー活動は、アズマの初陣という側面もあるが、何よりメンはスカーレットの個人チャンネルの輝かしい一発目の動画撮影だ。


スタートを上手く切る為には、正義さん達アンチが煩くて魅力を殺していたザ・ブレイブ時代の薄暮と違い、

スカーレットの持てる本来の魅力お色気要素を全面に押し出しつつ、彼女の派手な活躍=戦闘を見せなければならない。


その為の「鬼さんこちら」だ。

幸い、神沢ロックホール程度のダンジョンのゴブリンなら、対処するのは簡単だ。

やられ役としては、持ってこいである。



「はあっ!ふんっ♪うふふっ♡」



それにしても、スカーレットの動きだ。


わざと乳房が大きく揺れるように動いたり、必要性もないのに開脚してみせたり、イフリートを構える際に胸の谷間を強調する等。

それをドローンに、上手く色っぽく見えるようなカメラアングルで撮影させる。


いくらお色気要素を全面に押し出すと言っても、これは過剰ではなかろうか。

離れて見ているアズマも、思わず恥ずかしくなって、ムズムズしてきてしまう。


そりゃあ、こんな事やってたら市民から反感も買うし、パーティーから追放もされるだろう。

スカーレットは大丈夫と言っているが、これ規約違反で消されないだろうか。

アズマは、心の中で突っ込んだ。



キキィィ!!



そんな事を考えておくと、アズマの方に突っ込んでくる影が一つ。

ゴブリンだ。


まずい、「うち洩らし」か。

と、焦るアズマ。


たしかに、「鬼さんこちら」の魔法はスカーレットにかかっている。

だが忘れてはいけない、アズマはテイカーとしては初心者だ。


いくら僧侶アコライトを名乗っていても、魔法にもまだ粗があるし、こういった「うち洩らし」………つまる所、魔法の影響下から逃れた相手も出てくる。



キシャアア!!



今、爪を振りかざして襲い来るゴブリンも、そうした相手だ。



「ひぃ………!」



一瞬怖じ気づいたアズマであったが、すぐに、それまでの特訓で得た経験を呼び覚ます。

魔法を発動しようにも、ファイアの一言も詠唱する時間はない。

ならば。



………パキンッ!



アズマは、なんとシルフィードを二つに折った………

………いや、違う。

「分離」させたのだ。


シルフィードに限った話でなく、長いタイプの魔法の杖全般に言える事なのだが、

持った時に下に向く方に、「重り」のような装飾がついている。


これは、上部が魔力コントロールの為の機器や、装飾により重くなり、持ちにくくなる事の対策として、バランスを取る為に付けられる。

の、だが、これにはもう一つの役割がある。


そも、魔術師系の職業は、必然的に魔法を中心とした戦闘スタイルになる。

そして、魔法の発動………呪文の詠唱は、威力や規模が大きい物ほど時間がかかる。

その為、必然的に隙が多くなる。


だが、人間はそれが解らない程バカじゃない。

その対策も、ちゃんとしているのだ。



「えいっ!!」

キキィ?!



ばきゃあ、と、分離したシルフィードの重り部分が、ゴブリンに炸裂する。


半ば無我夢中で放った一撃だったが、それはゴブリンの頭にクリーンヒット。

そのまま、地面に転がり、動かなくなった。

当たり所が悪かった………いや、良かったと言うべきか。



………「メイス」。


西洋の甲冑に対する攻略武器の一つとして産み出されたそれは、棒の先についた鉄塊で相手を叩き潰すという、極めてシンプルかつ高威力の武装である。


読者諸君にとっては、某機動戦士の武器と言えば解るだろうか。



これが、シルフィードのもう一つの側面だ。


このように魔術師系の職業は、魔法の杖等の他にも、予備の副装備を持つ事が少なくない。


シルフィードはそれを考慮して、予めメイスと融合させた杖であり、今後はこうしたスタイルの杖が、テイカー達の中心となってゆくのだろう。



「………お、鬼さんこちらっ、鬼さんこちらっ」



ビリビリと響く手の痛みを堪えつつ、アズマは呪文の詠唱を続ける。


ゴブリンの襲撃と、スカーレットの剣舞ストリップダンスは、数分の間続いた。

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