第13話

アズマの特訓の日々が始まって、数日。


時刻は早朝と深夜の境目。

神沢ロックホールでの特訓を終えたアズマは、スカーレットの隣の布団で、スウスウと寝息を立てて眠っている。


当初は、隣にスカーレットが寝ているという事で落ち着かない様子だったが、直ぐに慣れた。


けれども着替えに遭遇したり、偶然落ちていた下着にびっくりする事はあり、

そんな様子を見るのがスカーレットのちょっとした楽しみになりつつある。



「………そろそろ電話するかな」



そろそろ頃合いだろうと、スカーレットはある人物に連絡を入れる事にした。

手にした携帯電話スマートフォンで電話をかけ、繋いだ先は………。



『ハァイ、こちらサヘランドロス社、予約アポイントメントなら………』

「久しぶり、お姉ちゃん」

『あらっ?スカーレットじゃない!』



携帯の向こうから聞こえる久々に聞いた「彼」の声に、スカーレットは懐かしさと安心を感じ、表情を和らげた。





………………





東京とニューヨークには、13時間の時差がある。

スカーレットが電話をかけたのは夜中であるが、彼のいるニューヨークは昼ぐらいだ。

電話をかけるタイミングは、今が丁度いい。


ここ「サヘランドロス社」は、ニューヨークに本社を置く、主に女性向けの衣服を取り扱うファッションブランド社。

それこそ、アイアンステーク社と比べれば小さめの社屋ビルだが、その人気は五本の指に入るという。


なお、最近はテイカーに向けた装備コスチュームにも、力を入れている。

女性向けファッションブランドが何故?と思う方も多いだろう。


一つは、ダンジョンでもお洒落をしたいという需要があるから。

もう一つは、この会社を仕切っている人物が、お洒落をしつつも機能的な装備コスチュームを作る為の経験も技術もある事。


つまる所、テイカーでもあるからだ。



「日本で再スタートするって聞いた時はびっくりしちゃったけど、どう?上手くやれてる?」

『………ちょっと座礁中』

「あぁ………苦労してるのね」



女性のような口調で話す「彼」は、長く伸ばした髪を後ろでリボンのように纏めている。

肌は浅黒く、男らしく筋肉質………スティーヴンのようにムキムキマッチョという程ではなく、スラリとしたモデル体型………である。


胸元の大きく開いたシャツに、長い足を魅力的に見せる黒いズボン。

赤いアイシャドウに口紅と、女性的なファッションに身を包んでいる………

………が、彼の身体は、男性のそれである。


名を「エルロード・パルサ」。

ハワイ生まれの年齢49歳。

サヘランドロス社の社長兼デザイナーだ。

ザ・ブレイブに所属するテイカーでは、古参の一人でもある。


また、その道の長いベテランテイカーでもあり、スティーヴンを初めとして、彼のお世話になったテイカーも多い。


そしてスカーレットは彼にテイカーとしてのイロハを教わった愛弟子であり、今でも実の姉のように慕っている。



『でも、お姉ちゃんの方も大変なんでしょ?』

「そうなのよ~!この歳でスカーレットみたいに飛んだり跳ねたりなんて出来ないのに!ご老体は労ってほしいわよ、まったく!」

『あはは………』



とはいえ、そろそろテイカー業は副業程度にして、ファッションデザイナーの仕事に専念したかった。

が、スカーレットがザ・ブレイブを追放された為に出来た戦力の穴埋めの為、急遽テイカーの現場に引っ張り出され、忙しい日々を送っている。


彼ぐらいでないとスカーレットの代わりはできず、

またアメリカに蔓延する「正義」のご機嫌取りには、性同一性障害トランスジェンダーの彼を配役するのはうってつけとも言えたからだ。



「で、私に何か用?こんな時間に、世間話って訳でも無いんでしょう?」

『さっすがお姉ちゃん、話が早い』



ティロン♪という着信音と共に、エルロードが仕事で使うタブレットに、ある画像データが転送されてくる。

スカーレットからの物だと察したエルロードは、画像データを開いた。

そこには。



「誰?このカワイイ坊や」

『私の教え子みたいな物よ』



画像データにあったのは、アズマの三面を写した写真と、身長・体重・スリーサイズについて記したメモ。



『近々テイカーデビューを控えててね、彼の装備コスチュームをデザインして欲しいの』

「へぇ………」



スカーレットがエルロードに頼みたかったのは、アズマのテイカーとしての装備のデザイン。

つまる所の、コスチュームの製作だ。


本来は初心者用の格安装備が、一個フルパッケージの新品ゲームソフト並の値段で売られるような日本では、いい装備が手に入るとは思えない。

並んで、スカーレットにとって初めての教え子であるアズマに、できる限りのいい物をあげたいという一種の親心という物もあった。


海外輸入な上にオーダーメイドと、多少割高になる。

が、それでも日本で同クオリティの装備一式を揃える値段と比べると、遥かにお得だ。



「………所でスカーレット」

『何?』

「あんた、手ェ出してないでしょうね?」

『出しとらんわ!!!』

「ふふっ、それだけ元気なら安心ね」



慣れない日本で苦労しているとは思ったが、冗談にツッコミが出来る所を見るに、そこまで追い詰められてもいないようだ。

無理を隠している様子もないと、エルロードも一安心。



「じゃ、ローンのプランは後でメールするから、楽しみに待ってなさい」

『もう、お姉ちゃんったら………』

「………身体に気を付けるのよ?」

『ありがと、それじゃ』



こうして、通話は終了。

久々に知り合いと話が出来て、スカーレットもホッとした様子。



「………にしても、どうしようかしら」



愛弟子からの依頼という事もあり、エルロードもいい物を作ろうという意思はある。

けれども、彼もクリエイター。

アイデアが降ってこなければ、どうしようもない。


それに、サヘランドロス社の専攻は女性向けファッション。

知識はあれど、男性………しかも13歳の日本人の少年に似合うテイカーファッションは、ほとんど未知のエリアである。



「ううむ………っと!」



エルロードがタブレットとにらめっこしながら歩いていると、ふと、腰が卓上の物に引っ掛かった。


ばさり、と落ちたのは、一冊の本。

最近は珍しくなった、古く厚い紙の本だ。



「あらまぁ………」



本を積んだままにしている自分のズボラさに呆れつつ、エルロードは落ちた本を拾う。



「………あら?」



その本は、アンゴルモア・ショック以前に書かれたSF小説。

開拓テラフォーミングされた火星を舞台とした話で、かつて古代文明を滅ぼした地球外生命体と、自己進化する白いロボットで戦う話だ。


表紙では、主人公でもある白装束のシスターのような格好をした少女が、船を漕いでいる。。



「………これだわ」



そして、エルロードの頭に電流が走る。

直感で感じた。

これだ、と。

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