第11話

ビールと傘は失われた。

その代わりに、同じく濡れ鼠になったアズマを連れて、スカーレットは民宿に帰還した。


スカーレットは風邪を引かないよう、彼にシャワーを浴びせた。

男と女が一緒になってシャワーを浴びるという異常事態であったが、それを気にするだけの余裕は、二人にはない。



「すう………すう………」



スカーレットは、アズマを民宿にある浴衣に着替えさせると、眠らせた。

ただでさえ酷く疲れているアズマに「何があったのか」と聞くのは酷に思えたし、何よりその必要が無かった。


運良く、アズマは携帯電話スマートフォンを持って出てきていた。


最近のスマホ………とくに未成年に渡される物に関しては、トラブル時に備えて周囲の状況を記録する記録装置が搭載されている。


これは車のドライブレコーダーのような機能を持ち、使用者が巻き込まれた事件はもちろんの事、その周りで起きた様々な事件の解決の鍵となっている。



通常は、持ち主以外は見る事ができない。

だが、日本国内の未成年の契約者を限定として、あるコードを打ち込めば第三者の大人が見る事が出来る。


スカーレットはこれを、(自国基準で見れば)未成年のプライバシーを侵害するようでアレだとあまり良くは思っていなかった。

が、今回ばかりはその機能に助けられる事となった。



「………ビンゴね」



しかめた顔で、じっとアズマの携帯から流れる音声を聞いている。

ポケットに入っていた為に、映像こそ記録されていなかった。


が、聞こえてくる聞くに耐えない罵声は彼の父親のそれであり、アズマを殴る蹴る等したような音も時折聞こえる。



特筆すべきは、本人は説教だと思っているであろう、文字に起こす事も憚られる罵声の数々だ。


そのほとんどが、アズマの事を思ってというよりは、自分に恥をかかせた事(主にダンジョンに行った事)に対する怒りしかないように聞こえる。

何の関係もない過去の失敗を引っ張り出してきて「だからお前は抜けているんだ、人生を、社会をナメるな」という人格否定。

極めつけは、この暴力と罵倒の切欠が、入浴時間がいつもより五分長かっただけだというから驚きだ。



虐待の証拠で言えば、役満もいい所だろう。

スカーレットは恵まれた家庭の生まれだが、これを「でもお父さんはあなたを心配して言ってくれているのよ」と言うには、流石に無理がある。


いくら日本が、儒教が湾曲されて根付いた国の一つだとしても、これを突きつければあの父親は終わる。



………だが、それでもスカーレットの胸を締め付ける物があった。

眼前で、眠っているアズマは、こんな扱いを今まで受けていたという事だ。


想像しただけで、スカーレットは背筋が凍った。


あんな扱いを………入浴時間一つを取っても指摘され、人格否定のレベルで暴言を飛ばされ、暴力を受ける。


そんな人生を、10年以上続けている。

それは目の前のアズマが背負うには、あまりにも重く、過酷な重荷だ。



それを考えただけで、スカーレットの胸はキュウウと締め付けられた。


できる事なら、いますぐ側に行って抱き締めてやりたい。

少しでも、彼にぬくもりと安心を与えてあげたい。


………だが、その前にスカーレットにはやる事がある。


今のままなら、日本の基準で言えばスカーレットは誘拐犯になりかねない。

だが、「切り札」は既に手中にある。

これさえあれば、彼女を「善意の第三者」にする事が可能だ。



「もしもし、ポリスメン?」



警察が24時間体制で受け付けている事に感謝しながら、スカーレットは自分の携帯電話スマートフォンで電話をかけていた。





………………





「う………うぅ………」



アズマはとても、恐ろしい夢を見ていた。

幼少の頃の記憶が、夢となって再び現れた。


理由は既に忘れてしまったが、親に階段から突き落とされた事。

灰皿で頭を殴られた事。

お前なんかいらないから山に捨てると脅された事。


その全てが、自分を否定し、取り囲み「死ね」と大合唱を始める。

心は深く落ち込み、沈んでゆく。



「(そんなに死んで欲しいなら、殺してくれよ………もう僕は疲れた)」



罵声と暴力は泥となり、アズマを飲み込んでゆく。

そして。

そして。

そして。



「………アズマくん」



最後に、自分を呼ぶ優しい声が聞こえたかと思うと、夢は終わりを告げた。





………………





目を覚まして最初に覚えたのは、柔らかな感覚。

布団に包まれているよりも、もっと安心するような。


暖かい。

気持ちいい。

ずっと、こうしていたい。



「いいよ、もっと甘えて」



相手も、受け入れてくれた。

なら、こうしていよう。

と、その柔らかな双丘に顔を埋めようとしたアズマだったが。



「………ねえ、アズマくん」

「………ん?」



ふと、声を聞いて我に帰る。

………この声の主を、自分は知っている。

よくよく見れば、視界の前に広がるのは、チョコレート色の一肌。


まさか、これは。

そう思い、アズマが顔を上げると、そこには………。



「自分でこういう事しといて、こう言うのもなんだけど………」



スカーレット・ヘカテリーナ。

彼女の顔があった。


そこで、アズマはようやく、自分がどんな状況にあるかを知った。


今自分は、布団の上でスカーレットと密着していたのだ。

それも、彼女の着ている浴衣をはだけさせて顔を出した、放漫なバストに顔を埋めながら。

それこそ、母親に甘える赤ん坊のように。


そして。



「………"硬くなってる"わよ?」



そりゃあ、アズマも健全な中学生男子。

寝起きの状態はそりゃあ、そうなります。


ましてや、スカーレットという極上の女体の持ち主が眼前にいて、身体を密着させているならなおのこと。


何より………彼女の太ももに、擦り付けるような形で密着している事が、大問題である。



「う、お、わああ?!?!」



トラウマをえぐる悪夢からも、意識の混濁する寝起きからも、一気に覚めたアズマ。

羞恥と焦りで、思わず飛び上がる。

そして。



「うわあ?!」



すってーん!


そのまま、足を滑らせて転んでしまった。



「ちょっ?!大丈夫アズマくん!?」

「うう~ん………」



哀れ、バチボコに殴られて一晩が発ち、また新しく傷を作ってしまった。

けれども、不愉快ではなかったし、むしろ清々しいような気持ちを感じていた。


不思議な感覚の中、アズマは心配して駆け寄るスカーレットの乳房を見て、彼女がノーブラであると知った。

後々に知る事になるが、寝る時は外すらしい。

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