第9話
男子達の殺意の籠った目線を背中で浴びながら、アズマは下校する。
いつもと違ったのは、その隣にいるのがスカーレットであるという事。
スタイルのいい美女が隣にいる。
それだけで、関係無関係関わらず視線を集めてしまい、アズマにとっては居心地が悪い。
「………それで、僕に一体何の用事なんですか?」
珍しく、アズマの口調が攻撃的になる。
視線を集めてしまい居心地が悪いだけではない。
助けて貰った事には感謝はしているが、テイカーである彼女とこれ以上親しくする必要はないと考えているからだ。
そも、アズマはダンジョンに行ったばかりに殺されかけ、父親から
だからこれ以上、ダンジョンとは関わりたくないと考えていた。
ダンジョンと密接に関わるテイカーとも、出来たら関わりたくない。
「なぁに、貴方の持つ才能を活かしてあげようと思ったのよ」
「才能?」
しかし、スカーレットはその逆だ。
彼をダンジョンに関わらせようとしている。
それは彼女自身の為であると同時に、アズマの為でもあるという側面もあった。
「あの時………不良テイカーに追いかけ回された時、自分を回復させながら逃げていたわよね?貴方」
「ええ、まあ………」
「それと、防御魔法も………」
そりゃあそうだ。
と、アズマは心の中で突っ込んだ。
傷を晒しながら逃げるよりも、回復や防御を応用して逃げた方がいいに決まっている。
「今日昨日テイカーになったばかりの貴方が、あの状況で、杖も無しに………」
「壊されたんですよ、杖………それに、僕テイカーじゃありませんし」
さっきからスカーレットは何が言いたいのだろう。
テイカー呼ばわりされ………我々の基準で例えると「迷惑YouTuber」呼ばわりされるに近い………若干の苛立ちを感じているアズマを前に、スカーレットが口を開いた。
「それって、凄い事なのよ?」
「………そうなんですか?」
回復魔法………中級テイカーならほとんどの者が取得しているが、ノウハウが確立されるまでは、苦難の道だったという。
と、いうのも、魔法を使いこなすに重要になるのは「イメージ」である。
例えば、「ファイア」を使う際には、炎が相手に飛んで行く姿をイメージし、それを魔力に反映させる。
回復魔法の場合は、傷が塞がるイメージを浮かべるのだが、どうもそこが上手くいかなかった。
医者の知識があれば違ったのだろうが、表面は塞がっていても
その為、回復魔法に明るいテイカーは重宝され、一時期奪い合いによるパーティー同士の抗争にまで発展したという。
「普通、回復魔法の使用は
そうした背景もあり、テイカーの装備に新たに現れたのが、魔法の補助の為の装備。
いわゆる「魔法の杖」である。
内部のAIにあらかじめ回復魔法に必要な情報をインプットさせており、これにより医療の知識やイメージ力が無くとも、ある程度は回復魔法が使えるようになった。
だが、スカーレットの目の前の少年。
つい最近テイカーを始めたばかりの実力で、杖無しなら習得に何年もかかる魔法を、
動画サイト等で見た物を見よう見まねでやっただけで、モノにしてみせた。
「………アズマくん、それは才能よ」
「えっ?」
「才能なの、貴方には魔法の才能がある、それは誇るべき事なの」
おちゃらけていた口調を急に真面目にして、スカーレットはずいっ、と迫った。
先程まで鬱陶しがっていたアズマだったが、話に聞き入ってしまう。
「断言するわ、貴方はテイカーになれる、いえ、なるべきなの!金の卵なのよ、才能を腐らせるべきじゃないわ」
回復と支援が欲しいという打算的な考えが、無かったといえば嘘になる。
だが、スカーレットの言った事に、嘘偽りはない。
スカーレットの経験から見ても、アズマ程魔法の才能のある人間は希であり、鍛えればトップにまで上り詰めると断言できた。
「才能………」
アズマとて、日本でテイカーがどういう目で見られ、どういう扱いを受けるかは知っているつもりだ。
けれども、スカーレットに「才能がある」と言われた事………つまる所、誉められた事。
それが、アズマの心を沸き立たせた。
考えてみたらアズマは、物事ついた頃から、誉められた事がない。
両親から言われた言葉の中で一番古いのは「もっと頑張ってみろ」であり、結果を出しても「もっと上を目指せ」と言われるばかりだった。
それ以外………学校のクラスメートにしても、飛んで来るのは嘲笑ばかり。
生まれてから一度も………というレベルでは無いだろうが、覚えている中で誉められた事は一度もない。
そんなアズマが、はじめて「才能がある」と称賛された。
それだけでも、アズマの心を動かすには充分だった。
「だから………お願い!ちょっとだけでいいから私と組んで!」
両手を合わせ、頭を下げてスカーレットは懇願する。
アズマの揺らぐ心は、「イエス」の方向に傾きつつあった。
ついこの間、ダンジョン関係でひどい目に逢ったばかりなのに。
「え、っと………」
評価してくれた彼女の役に立ちたい。
あわよくば、もっと彼女に誉めてもらいたい。
そんな、幼少の頃からの欲求が、アズマの心を揺り動かす。
「………は」
はい、YES、わかりました。
彼女の差し出した手を、アズマが取りかけた。
その時。
「アズマ!!!」
ガン、と殴られるような怒号が。
嫌と言うほど聞いてきた大声が、彼を
………よくあるドラマで言うと、悪の道に足を踏み入れそうになった子供を、親の愛で引き留めるシーンに見えただろう。
「………父さん」
ただ違ったのは………後々のネタバレを含めて解説すると、そこに「親の愛」等なく、
あるのは、スカーレット以上の打算的な考えだという事か。
その男………アズマの父親については、スカーレットも面識はあった。
神沢ロックホールの一件で、一度だけ会っているからだ。
二度目の対面でも、スカーレットの感想は変わらない。
「家庭より仕事を優先していそう」、それだけだ。
「父さん………」
「このバカ息子が!またこんな奴とつるんでいるのか!」
アズマの表情が強張り、罵声が飛んで来た。
我が子が
「べ、別につるんでるわけじゃ………」
「口答えするな!そんな事実はない!!」
おまけに、我が子の言っている事を聞き入れようともしない。
兎に角「バカな息子が悪い事をしている」という
「お前はいつもそうだな?!そうやって父さんを苦しめる!わざとやってんだろ!?両親を苦しめたくてやってるんだろうな!!」
アズマは、何も言い返さなかった。
いや、言い返しても無駄だと解っていたのだろう。
………ここだけ見てみれば、ダンジョンに潜って親に迷惑をかけておきながら、また潜ろうとしているバカ息子が叱責されているだけだ。
少なくとも、今の日本ではそれだけで終わる。
だが、ここには彼女がいる。
「待ちなよ、パパさん」
第三者が。
スカーレット・ヘカテリーナが、日本の価値観の外から来た女が、アズマとアズマの父親の間に割って入った。
「な、なんだ貴様はっ」
「………知ってると思うけどさ、息子さんは殺されかけたんだよ」
「何が言いたい………!」
「被害者だつってんですよ、少なくとも彼はわざと貴方を困らせた訳じゃない」
どれだけ凄もうと、所詮は日本の平均的サラリーマン。
スカーレットからしたら、怖くもなんともない。
「だから何だ!」
「もうちょい息子さんを大事にしろって言ってるんですよ、今だって、絡んできたのは私の方だし、被害者を責めても何もならんでしょ」
それに、アズマの父親が言っている事はスカーレットからすれば間違った事だ。
こんな風に論破するなど、容易い事だった。
だが。
「黙れェッ!テイカーのくせに、他人の家庭に口出しするな!!」
いきなりの大声でスカーレットが怯んだと思うと、彼はアズマの手を乱暴に引いて逃げるように去っていった。
「ちょ、ちょっと………」
「黙れ!さっさと歩け出来損ないめ!」
イライラを我が子にぶつける姿には、スカーレットも心が締め付けられる。
彼女は両親を愛を受けて育ったが、ああいう家庭がある事は、それまでの人生経験の上で知っているし、
テイカーをする中で実物も………「ああいう家庭」で育った人達を、実際に見てきた。
「………なーんか、嫌な予感するのよねぇ」
出来れば、このまま何も無ければいい。
アズマを無事をスカーレットは祈っていたが、空の向こうに見えた雨雲は、これからの運命を暗示するかのように、
その、どんよりとした空気を運んできていた………。
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