第8話
その日、
神沢ロックホールで負った傷ではない。
あの後、つけられたからだ。
彼の父親によって。
一件の後、保護されて家に帰ったアズマを待っていたのは、両親からの叱責だった。
いや、糾弾と言っていいだろう。
「お前のせいでハジをかいた」「家族を苦しめる事しかしないのか」と、彼の人格までも否定した。
無理もない。
テイカーとしてダンジョンに行く、警察のお世話になる。
2030年の日本においては、親泣かせの役満である。
いつもは黙って聞いているアズマだったが、今回ばかりはそうではなかった。
クラスメートの誘いに乗ってダンジョンに入ったのも散々「普通になれ」と言ってきた両親に答える為だ。
それに何より、アズマはクラスメート………不良テイカー達に騙され、殺されかけた。
言ってみれば、今回の件に至ってはアズマは完全に被害者だ。
警察のお世話になったといっても、事件の被害者としてだ。
それが、まるでアズマが全て悪いかのように言われるのは、
今まで何度も怒鳴り散らしてきて、脳の深い部分まで「逆らってはいけない」と刻み込まれた対象である両親相手でも、納得はできなかった。
「………僕は殺されかけたんだよ」
小さな一言であった。
だが、それがいけなかった。
気付いた時には、フローリングの床に正座させられていた身体が浮き上がった。
父親に、襟を掴まされたのだ。
「このバカ息子がぁ!!!!!」
拳が飛んでくる瞬間、ようやくアズマは思い出した。
ああ、そういや父親は自分以外に口答えされるのが大嫌いだったな、と。
………………
ちなみに、アズマをダンジョンに誘ったあの不良テイカー達は、スケルトンにやられて全員が入院。
夏休みも目前に迫っていたというのに、なんとも哀れ………いや、悪事の報いを受けたのだ、自業自得である。
「マジかよ、あの秋山がダンジョンに………?!」
「無害そうなナリして怖いわ………」
「近づかんとこ………」
いくらテイカーが若い層には人気とは言っても、実際ダンジョンに行って問題を起こした(と見られている)本人がいるとなれば、話は別。
映画の中のマフィアと、実際のマフィアとは違うのだ。
まあ、アズマにしてみれば、威圧的に絡んでくる相手もいなくなり、
ダンジョンに行ったという事で他の生徒からは避けられるというのは、何かと都合のいい状態だ。
一人の方が、アズマにとっては何かと落ち着く。
「えー、残念な事にッ………スーッ、このクラス、からッ………スーッ………ダンジョンに行ったという人が、出てしまいましたッ」
教卓に立った、50代の男性教師が怪訝な顔で、その演説じみた朝礼を続けている。
名指しして晒し者にこそしないが、アズマの事を言っているのは誰にでも解る。
無論、槍玉にあげられているアズマ自身も。
「スーッ、見た目がよくとも、テイカーというのはッ………遊びですッ、スーッ………見た目のよさにッ、騙されているとッ………スーッ、必ず、スーッ、下に………落ちてゆきますッ」
2010年代頃から現れ出したという、意識ばかりは高い人間の生き残りである彼。
その意識だけは高い演説の真似事で、生徒を導く指導者にでもなったつもりでいた。
が、彼の話を聞く者など、ここにはいない。
彼が思っている以上に子供は賢く、また情報力も高い。
彼の言っている事が、口先だけで中身のない事など、皆知っているのだ。
………中身のない演説は五分続き、朝礼は終わった。
………………
社会に出て、大半は役に立たずに終わる事についての授業が、一日分終わる。
いつもそうしていたように、アズマも教科書とノートを片付けて、下校の準備に入る。
いつもと違うのは、そんな自分を見つめるクラスメートの視線が、どこか冷たく突き刺さる事。
ダンジョンに行けば、自分も「普通」として扱って貰えると考えていたアズマだったが、現実は甘くなかった。
中身から変わらなければ、意味はない。
だとすれば、最初から「普通」になるのは無理だったのかも知れない。
ダンジョンで殺されかけ、被害者でありながら父親から
どう足掻いても自分は「普通」にはなれないのだと。
惨めに苦しむしか、道は許されないのだと。
いつも通りでありながら、いつもより落ち込みながら、アズマは外に出た。
また、いつものように家に帰るのだ。
いつもと違う所があるなら、ダンジョンに行ってしまった事で、両親はいつも以上にピリピリしているという所か。
怒りを買わないように気を付けよう。
そんな事を思いながらアズマな歩いていると、何やら校門の方が騒がしい事に気付いた。
「お、おい見ろよ!」
「綺麗な人………外人さんかな」
校門の前に誰かいるようだ。
一体誰だろう?と、アズマは人込みの間から覗き込む。
「おおっ!見ろよあのおっぱい!」
「90………いや、95のGカップって所か、フム」
「乳とケツが、デカイ女が好みです」
覗き込んだ先にいたのは、タンクトップにジーパン姿の、スラリと高い身長の女性。
その上、胸も尻も大きく、褐色の肌も相まって非常にセクシーだ。
「知らない人に何て事言ってんのよ!」
「ほんと男子ってサイテー!」
しかし、アズマは彼女を知っていた。
その褐色の肌も、燃えるような赤い髪も。
当然だ。
あの時、ダンジョンで殺されかけたアズマを救ったのは、他でもない彼女なのだから。
そして彼女も、自分を見つめるアズマの視線に気づいたようだ。
生徒達の中からアズマの顔を見つめると、にこりと笑って近づいてきた。
迫る美女を前に、他の生徒達がモーセの滝がごとく道を開ける中、アズマは逃げ遅れてしまう。
どんくささが、命取りになった。
「ハァイ、アズマくん、おひさ♪」
美女………スカーレット・ヘカテリーナは、笑顔とウインクで、アズマに挨拶する。
アズマが、再び学校の男子の敵になった瞬間である。
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