第7話
スカーレット・ヘカテリーナの、日本でのテイカー生活の一日目は、最悪の始まりに終わった。
骨折した不良テイカー達を守りながら神沢ロックホールを抜けたスカーレットを待っていたのは、警察の取り調べだった。
この不良テイカー達がダンジョンに入っていくのを見た市民から通報があったのだ。
見たところ中学生ぐらいの彼等がダンジョンに入るのは普通では?何故通報される?
と疑問に思ったスカーレットであったが、この後の事も異常であった。
取り調べを受けたスカーレットであったが、まるで自分が不良テイカー達を唆してダンジョンに入れたかのような事を言われたのだ。
自分が入ったのは彼等より前だと主張したし、証拠となる神沢ロックホールの名簿もあった。
だが警察は中々信じてはくれなかった。
まるで、最初からスカーレットを、子供達を唆して危険な目に逢わせた犯罪者にしようとしているかのように。
結局、最後は警察側が折れて、なんとかスカーレットは解放された。
その時既に、深夜12時半。
正午にダンジョンに入ってから何も食べていなかったスカーレットは、夜食のおにぎりとコーラをコンビニで買い、ふらふらしながら拠点である民宿へと帰っていった。
………………
「なんだこれ」
真顔で、唖然として、一言。
「………なんだ、これ」
大事な事ではないが二回言いました。
踏んだり蹴ったりな一日を少しでもマシにしようと、民宿に置いてあるテレビで動画配信サイト「
選んだのは、日本で日曜日の朝にやっている、妖怪を題材にしたアニメだ。
………この妖怪という概念について、メキシコ生まれアメリカ育ちのスカーレットは今一理解できなかった。
とりあえず、ヨーロッパなりブリテンなりの妖精みたいな物と考える事で落ち着いた。
大昔から今まで何度も放送された歴史ある作品で、それなりに期待はしていたのだが………
話の内容については、ある青年がテイカーになるという所から始まる。
彼の両親は猛反対………それこそ、まるで犯罪者にでもなろうとしているかのように、彼を止めようとする。
だが彼は、ダンジョンには稼ぎとロマンがあるとして、親の反対を押しきってダンジョンに向かう。
同じようにテイカーを夢見ていた仲間達と共にダンジョンに入った青年だが、それは悪い妖怪の罠だった。
高額換金が出来る
青年を含むテイカー達は、持ち前の武器や魔法を駆使して妖怪に立ち向かう。
が、科学では解明できない超常の存在である妖怪に何故か魔法は通じず、あわやテイカー達は売り飛ばされそうに。
そこに現れるのが、ヒーロー。
妖怪と人間の間に生まれたハーフの、このアニメの主人公だ。
主人公は、不思議な力で悪い妖怪倒し、テイカー達を解放する。
そしてテイカー達に対して、こう言い放つのだ。
「楽しい事だけしながら生きてはいけない」
「地味だろうが、つまらなかろうが、それに耐えなければならない」
「真面目に働け、それが生きるという事だ」
それを聞いた青年は改心し、親に土下座。
憧れていたテイカー装備を捨て、民間会社で真面目に働き始めましたとさ。
………日本では「深い」「考えさせられる」と称賛されているようだが、
テイカーを仕事にしているスカーレットからすれば、とんだ侮辱である。
誇りを持ってやっている自分の職業を「それは仕事とは言えない、遊びだ」「そんな事をやめて真面目に働け」と言われているような物だからだ。
繰り返し言うが、これは日曜の朝にやっている、子供に向けたアニメである。
こんな職業差別同様の内容を子供に向けて、それもさもヒーローが正論を言っているように差し向けているかと思うと、スカーレットは頭を抱えた。
「………まあ、だからあんな目で見られたのだろーな、私………」
そして、自分が空港で向けられた白い目や、警察から犯罪者同然の扱いを受けた事の理由が、これで明らかになった。
日本という国が、豊富なダンジョン資源を持っておきながら、ほとんど手付かずの理由も。
………………
何が始まりか。
いつものマスコミの偏向報道か、まとめブログが悪意を煽ったからかは解らない。
気がつけば、日本においてテイカーというのは「社会をナメてるバカな若者達」か「平気で他人に迷惑をかけるクズ共」という認識をされていた。
まあ、絵面はかっこいいので、昼間の不良テイカー達のように若い層には人気はある。
しかし、社会の中核を成す大人や、インターネットに籠ったひねくれ者達からは見下され、侮蔑され、目の敵にされていた。
我々の世界で言う所のYouTuberが一番近いだろう。
小学生がなりたい職業にテイカーを挙げているというだけで、ネットのひねくれ者達は「日本終わったな」と、この世の終わりのように騒ぎ立てるのだ。
確かに、法律でテイカー活動が禁止されている訳ではない。
神沢ロックホールのように「一応」ダンジョンとして設備が整えられている所はある。
だが、こんな「空気」が蔓延するような社会で、レベルの高いテイカーが育つ訳がない。
ので、魔力等のダンジョン資源も、手に入る量は少なくなる。
その為日本は、魔力発電が浸透したこの時代に、魔力の眠るダンジョンをいくつも保有しながら、
海外から発電用の魔力を高値で買うという事態に陥ってしまっているのだ。
………………
新天地で心機一転、新しい道を進もうとしたスカーレットであったが、その道は想像以上に厳しい物になる事が確定してしまった。
なんせ、飛んでくるのが称賛から冷笑に代わり、社会そのものも非協力所か邪魔してくるような状態なのだから。
「残り物には理由があったのか………はぁ~あ」
どさり、と天を扇いでベッドに転がるスカーレット。
だが、今さら後悔してももう遅い。
アメリカにとんぼ返りしようにも、こちらで当分テイカー生活をするつもりで来た為に、お金が足りない。
嫌でも、ここでしばらくテイカーをして、お金を稼ぐしかないのだ。
「たった一人で見知らぬ地で………ん?」
味方どころか、同じテイカーもほとんどおらず、孤独の生活を覚悟したスカーレットだったが、
自らの発した「たった一人で」という単語を聞き、ある邪悪な考えが浮かんだ。
一人だけ、味方になってくれそうな人物がいた。
日本に来て、はじめて名前を聞いた少年が。
自分の事を知っていた、あの少年が。
スカーレットに助けて貰ったという、借りもある少年が。
神沢ロックホールで出会った、
スカーレットには分かる。
今まで様々なテイカーと組んできたスカーレットには。
彼に、テイカーとしての才能がある事が………多分。
「あの子を巻き込むのは気が引けるけど………背に腹は変えられないわ!」
一人でダンジョン攻略を続けるのは、命に関わるレベルでのリスクが伴う。
それで取り返しのつかなくなったテイカー達を見てきたからこその、正義と人道を泣く泣く無視した選択であった。
そりゃあ、スカーレットだって死にたくない。
それは解る。
だが、子供を戦いに巻き込むという、人としての道を踏み外した時点で、彼女にはこの言葉を送りたい。
死ね、スカーレット
………よし、これで某イラストサイトの大百科の、某漫画の名言を由来とする記事で、日々気に入らないキャラクターに罵詈雑言を書き込んでいるタイプの「正義の心振りかざして牙を剥くやつら」も、そこまで本作を叩かないだろう。
酷い事言ってごめんよ、スカーレット。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます