第2話

ずっと、一人だった。

友達と呼べるような友達もいない。

携帯電話スマートフォンとゲームが友達。

少年は、そんな学生生活を送っている。


両親は、口を酸っぱくして「友達を作れ」「せめて普通の生活をしろ」と説教した。

教師は、自分は関係ありませんよと言うかのように、見てみぬフリをした。


無論、そんな生活をしていたら録な大人になれないというのは、少年もよく解っていた。

だから、必死に「普通」になろうと努力した。


だが、ダメだった。


見たくもないドラマやバラエティを見ても、

頭を茶色に染めても、

彼は「普通」にはなれなかった。


飛んでくるのは、嘲笑と侮蔑ばかり。

どう努力しようと、自分は「普通」にはなれない。

親の期待するような人間にはなれない。

絶望に暮れる少年だったが、ある日。



「一緒に行かないか?ダンジョン」



誰かに、何かを誘われたのは、これが初めてだった。

少年は舞い上がった。


ダンジョンに行くという事が「世間」からどう見られるか、知らなくはない。

それが、親の期待を裏切るという事も。


けれども、少年は誘いの手を取った。

これで、ようやく「普通」になれる、と。



………思えば、それが愚かな選択である事に少しでも気づいていれば、運命は変わっていたのかも知れない。





………………





東京にある空港に、一機の飛行機が降り立った。

そして日本に、一人のテイカーが足を踏み入れた。



「………ついたわね」



スカーレット・へカテリーナ。

かつてザ・ブレイブの一員だった女テイカー。


社会的な圧力によりパーティーを追放される事になった彼女は、新しいスタートを切る新天地として、この日本を選んだ。


と、いうのも、日本は世界的に見ても多くの、そして豊富な資源やモンスターに満たされたダンジョンを保有している。

それのほとんどが手付かずという、おまけ付きで。


全国各地にお宝が眠っているのだ。

新天地として、これ程うってつけの場所はない。



………しかし、不思議な事が二つある。


そんな、宝の山とも言える日本だが、何故か今まで日本で名を上げたテイカーはいない。

日本を「狩場」にしたというテイカーも、スカーレットは今まで出会った事すらない。


そして、もう一つ。



「んん………?」



空港にて気づいたのだが、スカーレットを見る周囲の人々の視線が、妙に痛い。

なんとなく、視線は彼女の右手の腕時計型のデバイス………「Dフォン」に集中しているように見える。


これは、テイカーに与えられる必須アイテムであり、装備や獲得アイテム、その他諸々をデータ化して、内部に収納する事ができる。

簡単に言うと、某猫型ロボットのポケットか、よくあるマジックアイテムだと思ってくれればいい。


そして、これを身に付けているなら大体がテイカーである。



「………何よ、もう」



スカーレットは今まで、テイカーという事で憧れたり、歓迎される事はあった。

所が、空港にいる人々………主に日本人と解るような人々はスカーレットを、まるで犯罪者でも見るような、侮蔑の視線で見てくるのだ。


少なくとも、今までスカーレットの周りでテイカーと言うと、憧れの対象だったハズだ。

これは一体どういう事なのだろうか。



「………行こう」



長居する必要もない。

スカーレットは、逃げるように空港を後にした。





………………





東京から離れること、一時間。

新幹線とバスを乗り継いでたどり着いたのは、関東の地方都市。


日本でのダンジョン攻略をするに当たって、まずはランクの低い………危険度の低いダンジョンで、腕試しを行おうと、スカーレットは考えた。

ここには、初心者向けのダンジョンがあるのだ。


ザ・ブレイブを脱退して一週間。

鈍った感覚を取り戻すにも、丁度いい。


しばらくの活動拠点となる民宿にチェックインすると、スカーレットはダンジョンに向かう。



ダンジョン名「神沢かんざわロックホール」。

明らかにセンスのない偉い人が名付けたであろうこのダンジョンは、元は第二次世界大戦中に掘られた防空壕だったという。


それが、魔力による汚染によって拡大し、ダンジョンとなった。

ランクはG。

昨日装備を手に入れてテイカーになったばかりの初心者でも、十分クリアできる難易度だ。



ダンジョン入り口には、政府の置いたダンジョン役所がある。

ダンジョンに入るには、ここで許可を取る必要がある。

それは、アメリカに居た時と変わらない。

の、だが。



「………なんか寂しいわね」



地方の低ダンジョンというだけでなく、ここのダンジョン役所はやけにがらんとしていた。



役所の体をなす最低限の設備や、小規模だがお土産屋もある。

だが、かなり利用者が少ないのか、どれも僅かに埃を被っている。


そして何より、受付の役員を除いて、あまりにも人がいない。

アメリカに居た時には、こういう所は一流テイカーに憧れる若者達で溢れていたというのに。


違和感は感じたが、気にしていてもしょうがない。

とにかくダンジョンに入る為に、スカーレットは受付に向かう。



「すいません」

「んぁ?」



声をかけられた役員は、すっとんきょうな返事を返す。

勤務中だというのに、スマホで競馬の中継を見ている。



「あの、ダンジョンに入りたいのですが」

「あ、ああ………」



役員は少し慌てて、ガサゴソと名簿を取り出す。

手書きの名簿だ。


スカーレットは今までタブレットやコンピューターでの名簿は見た事があったが、手書きの名簿を見たのは初めてだ。

テイカー黎明期には、あったらしいが。



「ここに名前書いてね」

「はい」



スラスラと、スカーレットはその場にあったペンで、名簿に名前を書く。

見れば、自分の上にも日本語で名前が書いてあった。


なんだ、自分以外にもテイカーはいるんじゃないか。

スカーレットは、少しだけ安心した。



「あ、お姉さん外人さんかい」

「ふふ、まあね」



名簿を戻すと、スカーレットはダンジョンに続く道へと向かう。

重い扉が開かれると、ひんやりした空気が漂ってきた。



「ワォ、これよこれ」



久々に味わう「ダンジョンの空気」とも言える感覚に、スカーレットはゾクリとした高揚を感じ、一歩を踏み出した。

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