第1話

時は流れ、西暦2030年。

地球に魔力が降り注いでから、30年近くの時間が過ぎた。


ここは、アメリカ首都・ニューヨーク。


摩天楼と車に彩られた、眠らない街。

世界経済の中心であるこの街は、世界の中心に入ってきたテイカー達を上手く受け入れ、経済の柱の一つとして回している。


アメリカにおけるテイカー達は、スポーツ選手のように企業をスポンサーに付けている事が多い。


この、剣と盾の交わるエンブレムを掲げた巨大な本社ビルを構える「アイアンステーク社」は、そうした企業の中でも最も多くのテイカーを抱える、米国テイカー界の中心。


自国は、夜の12時。

そんなアイアンステーク社本社ビルにて………。





………………





マンハッタンの夜景を一望する、アイアンステーク社本社ビル。

その、最上階に位置する社長室。

そこで、二人の男と一人の女が向き合っている。


社長の椅子に座るのは、髭面の、けれども「できる男」といった雰囲気を醸し出す、スーツ姿の男性。


その隣に立つのは、金髪蒼眼マッチョという典型的な白人男性でありながら、優しげな雰囲気の男性。



スーツ姿の男は「トニー・ブルース」。

このアイアンステーク社の三代目の社長であり、いち早くテイカーに目をつけ、若くして会社をここまで大きくしたエリート。



白人男性の方は「スティーヴン・クラーク」。

アイアンステーク社お抱えのテイカーチームパーティーの中でも最も活躍している、社の顔とも言える「ザ・ブレイブ」のリーダー。


アメコミヒーローのようなタイツとマントの姿は、彼のテイカーとしての装備であり、ついさっきまでメディアのインタビューを受けていたのでこの格好だ。



そして。



「どういう事ですか!!」



そんな、ビッグ2を前にしても怖じ気づく事なく、声を荒げて抗議をしている、この女性。


チョコレート褐色の肌に、燃えるような赤い髪に、夕焼けのような燃える瞳。

カジュアルな服装であるものの、抜群のスタイルは服の下からでも主張している。


名を「スカーレット・ヘカテリーナ」。

燃えるパッションを体現したような外見の、メキシコ生まれの彼女は、スティーヴンの部下………つまる所、ザ・ブレイブのメンバーであるテイカーの一人だ。


そんな彼女が、上司や、上司の上司を前にしてここまで声を荒げている理由。

それは。



「何故、私がザ・ブレイブから追放されなきゃならないんです?!」

「人聞きの悪い事を言うな、契約を解除するだけだ」

「それを追放クビって言うんですよ!!」

「………まあ、そうなんだけどねぇ」



つい先程、スカーレットはザ・ブレイブからの契約解除。

つまる所の、追放宣告を受けた。


当然ながら、そんな事をされるような謂われのないスカーレットは、トニーやスティーヴンに対して抗議に出た。

それが、今の状況だ。



「………スカーレット、気持ちは解るが落ち着いてくれ、こちらの言い分も言わせて欲しい」

「………はい」



トニーは、なんとかスカーレットを落ち着かせ、一旦黙らせた。

しかし、スカーレットの表情を見れば、彼女が納得できていないという事がよく解る。



………さて、スカーレットは彼女自身が思っている通り、追放される程の問題行動をした訳ではない。


それ所か、ザ・ブレイブの中核をなす戦力としても、人気テイカーとしても、パーティーになければならない重要人物の一人として認識している。


街のショップに行けば、彼女のブロマイドが売っている程の人気だ。



トニーとスティーヴンにしてもそうだ。


トニーは周囲の企業がテイカーを鼻で笑っていた時期に、彼等がいずれ世界の中心になる事を見抜き、事業に組み込んで成功した。


スティーヴンも、高潔さと強さを併せ持つテイカーの中のテイカーとして、身内からも他者からも慕われ、尊敬されている。

誰が呼んだか、「キャプテンブレイブ」なんて、呼ばれる程に。


つまる所、彼等はスカーレットを使えないと認識している訳でも、人気に嫉妬している訳でもない。

むしろ、本当はこれからも仲間として一緒に活躍したいとすら思っている。


それが、何故彼女を追放すると言い出すのか。

それは………。



「あまりこういう事は言いたくないが………君のテイカールックがね、その………セクシーすぎるんだ」

「………自覚はあります、好きでやっているし」

「………よろしい、なら私が言いたい事も解るね?」



現在のスカーレットは私服の姿であるが、ダンジョンに入ったり、モンスターと戦闘する際には、スティーヴンのように専用の装備コスチュームを纏う。

その姿が………今は説明は省くが、彼女の抜群のスタイルをこれでもかと強調する程に、「セクシー」なのだ。


それは彼女の人気の理由の一つであり、現に彼女のブロマイドの購入者は男性が多い。



「君の格好は子供の教育に悪いだの、女性蔑視だの、そんな意見が多くてね………」

「だからコスチューム変えたんだけど」

「それで「あの手」の団体が黙ると思うか?」

「………でしょうね」



同時に、女性ファンからは不愉快がられ、批判の対象にされていた。

テイカーの活躍は子供も見る(かも知れない)のに相応しくないとも言われた。


今のアメリカはそうした「正しさ」が幅を聞かせており、少しでも異性として魅力的な女性が表舞台に出れば「女性を性的に見るな!」と批判が飛んで来る。

無視しようにも、資本を握っているクレジットカード会社を使って圧力をかけてくる等、タチが悪い。


とはいえアイアンステーク社やザ・ブレイブとしては、中核戦力であるスカーレットを失いたくない。

批判を避ける為に、装備コスチュームの露出を減らす(スカーレット本人はかなり嫌がった)等、尽力は尽くした。


だが、正義の心振りかざして牙を剥く奴等は黙らず、何時ものようにクレジットカード会社を通じて脅迫をしてきた。


「ザ・ブレイブからスカーレットをキャンセルしろ」と。


つまり「追放しろ」と。


米国最高のテイカー集団も、それを囲う大企業も、企業である以上資本には勝てないのだ。



「………すまない、本当に」

「社長………」

「私も………君を守れなかった」

「キャップ………」



トニーもスティーヴンも、彼女に頭を下げていた。

その様を前に、スカーレットは申し訳なさそうな顔をしている。


二人の善性はザ・ブレイブ設立当時から共に戦っていた彼女はよく知っているし、お世話にもなってきた。

単なる上司と部下以上の絆が、彼等の間にはある。


だから、そんな二人に頭を下げさせている事に、スカーレットは罪悪感を感じていた。



「………そんな事しないで」



呼び掛ける。

二人が顔を上げる。

そこにはもう、怒りも何もない。

彼等が、自分を助ける為に力を尽くしてくれていたのは、スカーレットにもよく解ったから。



「………ありがとう………本当に」



本当に、本当に自分は仲間に恵まれていたのだ。

幸せを噛み締めるスカーレットから出たのは、誇るべき戦友達への感謝の心だった。





………………





仲間達に見送られ、スカーレットはザ・ブレイブから抜けた。

同時に、アイアンステーク社との契約も終わった。


しかし、テイカーの仕事はまだまだ続けるつもりだ。



「意外と高く売れたわね」



自分の通帳を見て、スカーレットはほくそ笑んでいる。

そこに記されているのは、自分の装備………「善意の市民の皆様」により、変えられた方のコスチュームを売ったお金だ。



………自分が、大多数のファンからどういう目で見られているのは、スカーレットが一番知っている。

それを自覚しているから、露出の高い格好をしていたのだ。


人気低下の原因にもなったコスチュームだが、スカーレット本人が着ていたというだけで、欲しがる変態ファンはいる。

スカーレットも、このコスチュームには何の未練もないし、過去との決別も兼ねて売った。


そして、新しい第一歩を踏み出すには、十分な資金へと変わってくれた。



「これだけあれば、向かえるわね」



スカーレットは、これまで通りアメリカでテイカーを続けるつもりは、ない。

人が多い故に競争率も高いし、何より見知った顔のいる場所で再出発するのは、何かと気まずい。



それに………新天地は既に見つけている。



そこは、地球に魔力が降り注ぐより以前に、今のような状況を「剣と魔法のファンタジー」として、フィクションで予言していた国。


多くのダンジョンが眠るとされながら、誰も攻略に向かおうとしない、謎多き国。


サブカルの聖地。

漫画の総本山。

オタクの梁山泊。


その国の名は………。



「………日本!」

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