第24話「犬狼族の街」
「アレが中の街か?」
「そうだと思いますけど、私も初めてなので」
バイカルの街と比べると大分と規模が小さい、街を囲む柵が有ると言えば有るのだが、人の背丈程しか無く乗り越えて街の外に出るのは簡単そうだ。
「門番に話掛けたら良いんだよな」
「そうだと思います」
今、俺の隣に座って居るのはサーヤだ、朝早く街を出て、昼飯を馬車の上で取った後直ぐに中の街に到着した。
時刻は12時45分門の前に並んでいる住人の姿は無い。
「止まってくれ」
門番に牛車を止められたが、門番はドナ子にビビっている様子は無い、バイカルの衛兵より優秀なのかも知れない。
「商人で良いんだよな」
「本業は牛飼いだけど、魔石が欲しくてね。塩を運んで商人の真似事をやってるんだけど、何か問題が有るのか」
「塩を運んできてくれたのなら大歓迎だ、誰かの紹介状もしくは許可証は持っているか」
そりゃあ商人を名乗るのなら許可証くらいは普通必要だよな、無いものは仕方ない紹介状だけ手渡した。
「南村の村長に書いて貰ったけど、大丈夫かな」
「よし見せて見ろ」
門番は一通り紹介状を読むと返してくれた。
「問題無さそうだな、そっちの子はサーヤでセイン殿の身内と言う事で良いんだな」
「はい、大叔父をご存知なんですか」
村長はサーヤの事も紹介状に書いて居てくれたようだ。
「俺だってダルカル様に仕える衛士の1人だ、前の従士長であったセイン殿事は知っているさ」
「それで税ってどうなるんですかね」
「行商人は無税って事に成ってるんだが、許可証なんて無いんだよな」
「そうっすね、なんせ牛飼いなんで」
「俺じゃあ判断出来ないから館に向かってくれないか、セイン殿に敬意を払って信用してるんだから変な事は辞めてくれよな」
信用することは構わないのだろうが、それは職務を放棄している事に繋がらないか?
ここで俺達を待たせて、判断出来る役人を呼んでくるのが衛士の仕事だろうに。
「判りました、その館の場所って何処ですかね」
衛士をバカにした態度をお首にも出さないようにして、館の場所を訪ねた、不正に税をケチろうとは考えて居ないしな。これが魔石を渡せと言われたら、考えたくも無い。
「門の中から真っ直ぐ進んだ中央に有るから直ぐ判るだろ、ここからでも遠くに見えるし」
「あそこですか、どうもありがとさん」
牛車のまま進んで行くが、それを当然の行為と言った感じで、怒られもしなかった。
「エリス従士って何よ」
「騎士に仕える従者の事だな、騎士1人に3人の従士が付く事が普通だな」
「エリスの家にも居たのか」
「うちには居ないな、父が騎士だった頃にも従士は兄1人が務めて居ただけだ、3人も雇う余裕は無かった」
エリスの兄貴より、エリスが従士を務めた方が良かったんじゃねえのかって話まで有る、その頃エリスが幾つだったのかは知らないが。
「ダルカルさんの所には従士どころか衛士も居るみたいだけど」
「ダルカル卿だ敬意を示せ、領地持ちの騎士と名ばかりで役職にも付いてない野良騎士とは別物だ。バイカルの街に居た代官の騎士よりも1段上だ、過不足無く次の世代に代替わりしたら準男爵くらいには昇爵するだろうさ」
騎士の敬称は卿らしい、呼び名ごときで不況を買うのも馬鹿らしい、敬語くらいは使って見せてやんよ・・・自信は無いけど。
「サーヤは大叔父だったか、そのセインさんの事はどれだけ知ってるんだ」
「名前くらいしか知りません、父とは面識が有るハズなのですが、私の事を知っているのかも怪しいです」
「セインさんの息子が跡を継いでたりは?」
「大叔父には娘しか居ないと聞いてます」
婿養子を取らないと駄目って事なのだろう、そんな話は門番は何も言って無かったので娘は嫁に出てしまったのだろうな。
ドナ子に揺られユックリ進んでいったが、直ぐに領主の居る屋敷に到着した、バイカルの代官所よりもかなり小さい。
流石に南村の村長宅よりは大きいが、領主の住居兼役所と考えると小さいように思えた。
「ここだよな」
「領主とは言え騎士爵だからな、これでも上等な方だろう」
門番は何処だろうと探したが居ない、まさかと思いつつも玄関まで立ち入って扉を叩くと中から使用人が現れた。
「ハイハイ、どちら様でしょうか」
ポメラニアンの可愛いメイドさんが対応してくれる、お持ち帰りしたい気持ちを押さえ、紹介状を渡して衛士から言われた事をそのまま伝えた。
「中に入ってお待ち下さい、ダルカル様にお伝えしますので」
待合室にすんなり案内されてソファーに腰掛け待つ事になった。
「領主様っていきなり会ってくれるもんなの?」
「いくら何でもそのような事は有るまい、メイドはああ言ったが従士か従士長が対応するのだろう」
当然だなと思いつつ、暫く待つことになった。
「塩を運んできて来れたそうですね、歓迎しますよ」
カッコイイ!!めちゃくちゃ飼いたい、思わずそう口に出しそうになった、外見は昔のアニメで見た事が有る某探偵で、パイプタバコを咥えてプロトベンツに乗って居れば完璧だな。
手を差し出して握手を求めてしまった。
「牛飼いの夏目です、こっちは妻のエリスと律子です」
俺達は立ち上がって頭を下げ、自己紹介をした。
「許可証が無いんでしたね、私が商人の許可証を発行しましょう。今日からナツメ殿はフランク王国の正式な商人です」
王国の名前はフランクなのか、初めて知ったわ。
座るよう指示されたのでソファーに腰を下ろす。
「許可証ってそんなに簡単に貰える物なんですか」
「ええ領主の認めが有れば誰でも商人には成れますよ、我がベイカーの街が小さいとは言え国王陛下より認められた独立貴族ですので」
あれこの人自分の事領主って言って無いかい、エリスはいくら何でも領主が会うような事は無いって言って居たと思うのだが。
エリスの顔を見ると、すっと顔を逸らされた。
「ベイカーと言う名の街だったんですね、南村じゃ中の街って教わったんで」
「それも仕方が無いでしょう、何せ名前が付いたのはつい先日ですから。王都より知らせが来てからまだ10日程しか経って居りませんので」
「おめでとう御座います、ダルカル・ベイカー卿」
いきなりエリスが立ち上がり独特の所作をしたので、習って俺と律子も立ち上がり軽く頭を下げた。
「畏まらずに座って下さい、皆さんと話をして居たい所なのですが、実務を先行させて貰います。それでどの程度塩はお持ちなんですか」
ここでもまずは塩の話から入る、いくらでも塩なんて購入出来るのだが、俺達は塩製造機になるつもりなんてサラサラ無い、ダルカルが魔石を無限に用意してくれるならその限りでは無いが。
「ベイカーの街ではどの程度必要とされているのですか、私達は魔石の仕入れを行いに来ましたので、全ての塩を放出する訳には行かないのですが」
「魔石ですか・・・ 多少は融通出来ますがそれ程多くは有りません。街として最低限必要な量は年に3000キロ程です、流石に一度に3000キロ卸して欲しいとは言いませんが、2ヶ月分の500キロを用意して頂けませんか」
以外に少ない量だった、南村程切羽詰まっては居ないようだ、領主なのに腰が低い事も探偵似の容姿も気に入った、この依頼受ける事にしよう。
「私は見ての通り遊牧の民で、持ってきている塩も海で取れた物なんですがそれでもよろしいのですね」
既に染めて居た髪の色は戻っている、脱色して色を入れた訳では無いので1週間もしない内に色は落ちて居た。
「出処は気にしません、価格と量さえ揃って居れば不満は無いです」
「運んでいる場所が場所だけに若干高いとは思いますが」
「それはそうでしょうね、どの程度でお売り頂けますか」
「1キロ銀貨3枚です」
「思ってたより・・・随分と安いですね」
「安いですか、王国産の塩ならもっと安いと聞いてますが」
「普段なら銀貨2枚と銅貨50枚です、今は国王派にはそのままの価格ですが、貴族派には倍の価格を要求しているそうです。私のような新貴族にはそもそも売りに来ても貰えませんが」
貴族同士の争いが塩の価格にまで影響しているのか、そんな事をすればガタっと国王の支持率が落ちるように思う。
「500キロなら用意出来ます、どこに運べばよろしいですか」
「ここに運んできて貰えば、後はこちらで差配します」
「用意するのに時間を頂きたいです、仕分けする場所も確保しなければ成りませんので」
「場所が必要ならこちらで用意しますよ、宿もまだですよね」
「ええ、そうなんですがそこまで領主様に頼る訳には」
「安心して下さい、丁度良い物件が有るのですよ。そこはとある商会が営んでいた店なのですがね、数ヶ月前に突然店を閉め夜逃げ同然に出て行ったのです。賃料は必要有りませんので使って下さい、詳しい話は後ほど担当者を派遣します」
何だか良くない雰囲気がビンビンと伝わって来る、ここまで来ると断る事も難しい、外見と物腰の柔らかさに気を許しすぎたか。
塩500キロを銀貨1500枚で購入してもらう約束をすると、ダルカルを席を外して変わりに担当者と言う老犬が入ってきた。
「アルムの娘か、ワシも年を取る筈だ。ナツメ殿ご迷惑をお掛けする、私は先代にお仕えしていた元従士長のセイン、今は引退したただの爺じゃ」
担当者は既に引退している筈のセイン老だった、なんとも嫌な予感しかしないのだが、まずは店に案内すると言うので、牛車に乗って移動する事になった。
「えらく立派な店ですね、バイカルに有ったアスター商会の店よりも大きいかも」
案内してもらった店は貴族の大商会であるアスター商会の店より豪華な店構えだった。
「それはそうでしょうな、この店は国王派の後ろ盾が有る、ファウンデーション商会の建物でしたから」
店の事は判ったが、どうして俺にこの店を貸してくれる気に成ったと言う方が、問題なのだが。
「そう怖い顔をなさるな、若はナツメ殿にここで店を開いて欲しいだけなのじゃよ」
「店ってまさか通年通して小売の店を開けって事ですか」
「そうして貰えるならば、通行税だけでは無く他の特権も認めて下さるじゃろうな」
「何で俺みたいな行きずりの牛飼いにそんな優遇を?」
「今この街には常設している店なんか無いからじゃろうな、露天の市くらいならば有るがそれじゃと色々不都合じゃろ。今なんぞ従士が使用人を連れてジンギルカンの街まで買い出しに出とる状況じゃからな。ナツメ殿が月に10日も店を開けて貰えるなら、店や通行税等安い物じゃ」
従士の給料がいくらか知らんけど、それなりの立場の人間が買い出しごときで街を開けるなんてたまった物では無いだろうな。
「国王派が逃げたんなら貴族派のアスター商会が出張って来るのでは」
「その話は追々にのう、それでナツメ殿今すぐにとは言わんが、店を開いてくれる気は有るのか」
「俺達は魔石を仕入れるのが本業なんで、この街に店を開くんなら人手を雇わないと無理ですよ。サーヤ1人に任せる訳にもいきませんし」
「売り子や下男ならいくらでも紹介出来るぞ」
元従士長のセインの紹介ならそれなりの人物が来るだろう、問題は俺達が居ない間金勘定を任せられるのかと言う話なのだが。
「仕入れで一月や二月居なくても店が回ると思いますか」
「難しいじゃろうな、ナツメ殿には信頼出来る親族は居られないのか」
「居ませんよ」
俺達の中でこの国に親族が居るのはエリスしか居ないが、どうもエリスもろくでなしの兄しか身内は居ないらしいからな。
「ですが手持ちの荷物で何か考えます、それと、北と西の村には魔石を仕入れに行くつもりですがそれは問題は有りませんよね」
「勿論じゃ、若の名前で紹介状を出す事も厭わんよ、2つの村でも足りなければ東の村の紹介状を認めよう。東の村の村長にはワシの娘が嫁いで居るしのう」
少し手間だがまあ良いか、サーヤを雇う口実も出来た、モフモフを堪能出来そうだ。
セインは鍵の束を渡すと何か有ったら領主館に来てくれと言い残し歩いて帰って行った、引退した元従士長が忙しくする程には人手が足りて居ないらしい。
「じゃあ店の中を見て回るか、と言う訳でサーヤは俺達が雇う事になったよ。それで良いか」
「はい、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
俺は鍵の束から馬屋に向かう為の柵の鍵を探し出し、鍵の束はエリスに渡し店の中を見て回るように伝え、別れて行動する。
1人ドナ子を移動させ、荷馬車から切り離すと、ドナ子が俺に話掛けて来た、ドナ子の念話をようやくすると中庭で休みたいと言うので早々にトイレを召喚してドナ子と荷馬車を中庭に移動させた。
裏口の鍵はまだ閉まったままだったので、思わて回って店の中に入っていく。
「結構広そうだな」
売り場の中でエリスが1人俺を待ってくれた、律子とサーヤは水回りを確認しに行ったようだ。
「そうだな、アスター商会の店よりでかいかも知れん」
ファウンデーション商会っていうのは馬鹿なんじゃないのか、こんなにでかい売り場にしても、商品がはけるとは思えない。店の半分は律子の薬屋にしてしまえば良いか、薬を仕入れる伝手も出来たしな。
「これは店の中を整えるだけで半月は掛かりそうだな」
そんなに掛かる物なのだろうかと考えたが、陳列棚も無いんだった、南村で直ぐに商売が始められたのは、必要最低限の物は揃って居たからだった。
「律子ちゃんに木工細工を頑張ってもらうか」
「リツコはお菓子作りに忙しいから無理だな、他を当たってくれ」
無下も無くエリスによって断られてしまった。
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