第17話「出店依頼」

 目の前には老犬が座っている、犬種の識別まではできそうに無いがフルム君に似ているように思える。


「ようこそいらっしゃったお客人、歓迎する。わしはこの村を取り仕切っているタズィだ」


 声も渋い、愛玩犬と言うより猟犬と言った方がピッタリだ、嫌いじゃないが室内で飼っちゃ駄目だろうと言う気がする。


「俺は商人モドキの夏目と言う遊牧民だ、本業は牛飼いだな」

「牛飼いでも馬子でも何でも良い、わしらと取引さえしてくれればな」


 なんちゃって行商人の俺でも、彼らと商売が出来るのも売りて市場の為だろう、定期的に訪れて居る行商人が居れば俺達なんて相手にされなかったろうと思われる。


「つまる所俺達の目的は魔石の買付って事ですが、それだけだとどこの村でも売ってくれそうに無いので、塩を運んできたって事ですかね。雑貨も一応取り扱ってますけど、まあ安くは無いですよ」

「塩の取引が出来るのならそれで充分だ、どれだけの塩を融通してもらえるのか聞かせてもらえるかな」


 塩なんて魔石さえ手に入れられるならどれだけ渡してしまっても構わない、専売している国もこんな田舎まで監察する程暇じゃ無さそうだしな。


「魔石はどれだけ売ってもらえるんですかね、それ次第って事にさせちゃくれませんか」


 1キロの塩を購入するのに600魔素が必要だ、律子が言うには人1人が1年に必要な量は、直接体内に摂取する分なら2キロで充分って事だった。つまり100人の村民が居るなら200キロも有れば事足りる、しかし漬物や干し肉を作るなら倍の量が必要だと聞かされている。

400キロ掛ける600魔素で24万魔素、そこまでの魔素が無いので予め魔石を購入してしまう必要が有ると言う訳だ。


「2000ならわしの権限だけでも売れるが」


 魔石2000個なら銀貨20枚で200万魔素分と言う事になる、悪い取引では無いがどうせならもっと引っ張りたい。


「俺が運んでいる塩は全部で200キロ有る」

「おおありがたい、全部まとめて引き取りたいのだが、値段を聞かせては貰えんか」


 俺の塩なら適正価格は1キロ銀貨3枚、200キロだと銀貨600枚と言う事になる、普通の塩ならその3分の1で銀貨200枚と言う所だ、ただしそれはバイカルの街中の価格で運搬費は考慮されていない。


「1キロで銀貨3枚と言いたい所だが、魔石で買ってくれるなら銀貨1枚まで下げられるよ」


「銀貨3枚は高いが、それでも金貨で6枚か、半分の100キロだけ売ってもらえるか。渡せる魔石には限りが有ってな、じゃが村の中でバザーを開いてくれるならもう2000を追加しても良いぞ」

「はいっ?バザー?」


 何を言い出すだんだとポカンとした表情になってしまったが、つまり村民の娯楽と実用を兼ねて小売を行ってくれとこの老犬は言いたいらしい。


その時スマホから着信音が鳴る、俺だけじゃ無くて律子のスマホも同時にだ、村長が不思議そうにしてこちらを見つめ、頭の上にツイてる耳が右往左往している、曲に合わせてしっぽが揺れて居るのが可愛い。



「ちょっと席を外させて貰っても構わないか、相談したんだが」

「もちろん構わんよ、良い返事が帰って来る事を期待しておるよ」


一旦部屋の外に出て律子とスマホの中身を確認する。


「緊急クエスト、雑貨を売り尽くせだってさ」

「私のは緊急クエスト、住民の診察を開始せよだって」

「2人とも凄いでは無いか、クエストは神から賜る物だ、これは村長の提案を受けるしか無くなったな」


 大丈夫なのか、俺はバイト経験無しの高校生だぞ、品物はサンドから分捕った物が中庭に置いて有るし、コンビニから購入したっていいそれだけで商売が出来るとも思えないのだが、一応話を受ける方向で話して見るか。


「おまたせ、やってもみて良いけど、俺達に小売の経験なんかは無いんだ、それにさ品物を並べる場所も無いだろ、そのあたりは村が協力してくれたりは?」

「場所は行商人が使って居る家を提供しよう、人手が必要ならそれも手配しよう」 


 行商人が村に来た時に寝泊まりしている家が有って、そこには商品を陳列する棚も有るらしい、普段なら行商人が村民相手の臨時の商店を開いてるって事らしい。


「あの、私達そんなに多くの銅貨を用意してませんけど大丈夫ですか」


 律子が銅貨が無いが大丈夫なのかと村長に尋ねて居る、かき集めれば銅貨1000枚くらいは有るのだが、どうしてそんな事を聞くのだろうか。


「銀貨で買い物するような事は無いように言い含めておこう」


 ああ、釣り銭か、それは考えても居なかったな、銅貨数枚の物を銀貨で数人買い物されたら確かに銅貨が枯渇する、普通の行商人って銅貨を大量に持って移動するのだろうか、あんなもん重たくて仕方ないと思うぞ。


「魔石の買取も行ってると伝えて置いて下さい、村民から買い取るのに制限は有りませんよね」

「それは大丈夫だ」



 早速魔石を4000個買い取った、銀貨40枚支払って魔石4000個を受け取り、荷車に移動すると早速魔素に変換する、400万魔素を確認すると塩を大量に購入する。

運ばれてきた壺に塩を入れて行く、一つの壺で5キロの塩が入った、つまり俺達は1つ500グラム入りの塩の袋を、10袋ずつ壺に移して行く作業を荷台で行う事になった。


「村長20の壺に塩を入れたから確認してもらえるか」

「サラサラしているが確かに塩のようだ、普段使っている塩より味は良さそうだな」

「塩は塩だろ、バザーを行う場所に案内してもらえるか、100キロ分の塩を移すので疲れたよ」


 村長を御者台に乗せ俺達が借りる店に案内してもらう、村長の家から然程離れて居ない場所に家は有った、木造2階建てで1階部分が店舗スペースに成っており、家の裏手には馬をつなげる馬屋と馬車を置いて置くスペースも備え付けられて居た。


「ここを使ってくだされ、2階は寝泊まり出来るようになっておる、食事が必要なら運ばせるが」

「飯はこっちで用意するから必要無い、それとだな、バザーと一緒に中で診療所を開設してもいいか、こいつは俺の嫁さんなんだが薬師なんだ。難しい病は無理でも簡単な傷薬なら調合出来る」

「それは有り難い、是非こちらからもお願いする。店の準備にも人手が居ると思うが何人向かわせれば良いだろうか」


 手伝いは必要無いな、必要ないと言うよりこちらの秘密を知られる方が不味い、売店の売り子が必要になるかも知れんがそれは準備が終わった後だな。


「準備より売り子が必要に成るかもな、まさか明日から店を始めろってわけでも無いんだろ。値付けも必要だし時間が欲しい」

「そうじゃな、いつもの行商人も準備に2、3日時間を掛けて居る。それで本当に手伝いは必要無いのか、台所は2階に有るから水瓶に水を運んだりしなきゃならんが」

「今日の所は良いわ、必要そうなら村長に声を掛けたら良いんだろ」


 少し強引に村長からの手伝いを断った、村長は俺達に手伝いを雇って欲しかったようだが、受け入れる事は出来ない。村長を帰した後俺達は借りた店の中に入っていった。


「案外悪くない作りだな」

「そうね、エリスちゃんここくらいの家が普通なの」

「何が普通かは判らんが、まあ悪く無い家なんだろうな、何か事が起こればここや村長の家に集まる場所では無いのか」


 集会場的な物を兼ねた場所って事だろうか、1階の販売スペースはコンビニ程度の広さが有り、犬狼族なら100人くらいは避難出来そうだ。1階には他に階段が有って便所は外に設置されている、当然ボットン便所なので、俺は使う気なんて更々無い。


「陳列棚が足りなく無いか」

「運ぶ他あるまい、サンドの商店から分捕ってきた棚が有るだろ」


 あれを運ぶのか、それは嫌だな、荷馬車に乗せて犬狼族を雇って運んで貰うかそれなら村長の顔も立つだろう。


「2階も見て見るか」

「そうね、使い勝手のよさそうな台所なら、何か作っても良いし」

「それは良いな、前に言ってたタルトが食べたいぞ」

「それは難しいかな、オーブンが無いと作れないわね」


 タルトなんて何時そんな話題をしていたか、覚えちゃ居ないがエリスには強烈に印象に残って居たらしい。2階には広々とした台所と10人は入れる食堂が有った、ベッドルームは2つ有りそれぞれ2つの寝台が置かれて居たが布団は無かった。


「普通の部屋ってこんな感じなん?」

「普通と言う物が判らんが、実家の部屋よりはまともだな、何処かに布団が仕舞って有るのかも知れんが、使いたくは無いな」


 ダニだらけとか嫌だしな、保健室の布団をこっちに運んでくるか、夜の無い場所で眠るのは安全だと判って居ても辛い物が有るからな。


「律子ちゃんはご飯お願いね、俺とエリスは必要そうな物を保健室から運んで来るわ」

「そうね、そうしましょうか、ご飯は保健室で炊くとして天ぷらにでもしようかしら」

「大賛成だよ、じゃあ先に材料だけ渡しとこうか」


 エビ、鶏肉、椎茸、エリンギ、 じゃがいも、茄子、チーズ、さつまいも、れんこん、タコ、そして天ぷら粉とサラダ油をコンビニから購入して律子に渡した。鍋はサンドの所で手に入れた鉄鍋を使うらしい。


「私も調味料が必要だし、ご飯も炊かないと駄目だから一緒に行くわよ」


 室内でもトイレが召喚出来て扉は廊下の突き当りに出した、いちいちトイレを経由して移動しなければならないのが面倒だが、俺とエリスが必要そうな物を運び出している内に、下ごしらえを終えたようだ。


「後は揚げるだけね」


 揚げたてを食べるのが醍醐味だけど、それじゃあ律子だけが覚めた天ぷらを食べることになる、俺とエリスはそこまで無分別では無いから全ての天ぷらが揚げられるまで我慢する。


「揚げ終わったから食べましょうか、エリスちゃんも食べられるように炊き込みご飯にしてみたの、もし合わないようだったら夏目君パンをお願いね」


 茶碗に盛られた炊き込みご飯を最初に口にする、お袋が作る炊き込みご飯とは味が違うが旨い、少なくともコンビニお握りの100倍は旨い。

 添えられたお吸い物で口の中の味をリセットしてから、天ぷらに手をのばす、天つゆ、塩、抹茶塩の三種類が有るが抹茶塩なんてよく手に入った物だ、俺は渡して居ない。


「旨いよ律子ちゃん、お袋の味とは全然違うけど、なんだか懐かしいや」

「味の着いたご飯は旨いな、なんでいつも味を着けないんだ」


 普段白米を食べないエリスだったが、チャーハンは好んで食べる、試してないがドリアとかも大丈夫そうだ。しかしカレーライスはなんでか食べない、そこら辺に何か拘りのような物が存在するのかも知れないな。


「おかずとご飯を一緒に食べるからなんだけど、ご飯もよく噛んで居ると甘みを感じられるんだけど、エリスちゃんはご飯とおかずを一緒に食べないものね」

「一緒に食べるってのがよく判らん、でも旨い事は良い事だ、この緑色の塩も旨い律子がナツメの嫁に来てくれた本当に嬉しいぞ」


 食事を進めて居ると、辺りが暗く成ってきた、これは保健室では必要無かったが明かりが必要と成ってくる。スマホを取り出しコンビニのラインナップを検索する、LEDランタンと言うものが5000魔素で売っていたので4つ購入して四隅に配置した。


「魔道具か」

「まあ、そんな感じかな、使い方は律子ちゃんに聞いてよ、今日は俺一人で寝たい気分だから」

「そうか、まあ今日まで毎日やってきたから偶にはな」


 何をやってきたってナニをだ、エリスと一緒に暮らし始めてから今日まで欠かさず、エリスか律子を抱いて来た。我ながら性欲が止まらなくて、病気かと心配していたが環境が悪かったと言うことにしておこう。


「お風呂も一人で入るの?」

「それは3人で入っても良いんじゃないかな」


 食事を終えて後片付けが済むと、3人で風呂に入って結局出す物は出してしまった、その内2人とも子供が出来たと言い出すのでは無いだろうか、なんせ一度も避妊なんてしてないからな。


風呂から上がると寝室に一人移動して、暗い中でベットに入る、ランタンを消すと何も無い月明かりも今日は出て居ないようで本当の暗闇の中に眠りに着いた、こんなの何時ぶりだろうかそんな事を考えて居るといつの間にか眠っていた。


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