第16話「ワンワンランド」
「囲まれてるぞ」
牛車から降りてさあトイレを召喚しようとしていたら、エリコがそう静かに言った。
「代官の刺客か」
「違うと思うぞ、ただのゴロツキだろう」
「ゴロツキ呼ばわりとは安く見られたもんだねコリャア」
エリスとゴロツキが会話している間に、ドナ子と荷台を切り離す作業を行おう、何人居るのかは知らないが、ドナ子の突進一発でゴロツキなんかは一網打尽だ。
「ゴロツキ以下のチンピラだったか、それは失礼したな」
「おい、ちょっとそっちの男、お前だよお前」
俺に声を掛ける前に襲ってくれば良いのに、すでにドナ子から足枷は解かれ臨戦体勢に移行している、まだまだ子供のジャイアントカーウとは言え、ゴロツキ共を一蹴するなんて朝飯前だ。
「そいつはジャイアントカーウだよな、判った降参するから辞めてくれ、こんな場所で魔物を解き放ったら衛兵達が駆けつけて来るぞ」
「お前知らないのか、目撃者が居なかったら犯罪は成立しないんだぞ」
「イヤイヤイヤイヤイヤ、俺達に関係の無い目撃者が1杯居るから。まさかあんな小さな子供までも口封じするつもりは無いだろ、俺達もあんた達を取って食おうって訳じゃないんだ、ただちょっとした施しが欲しいってだけ・・・判った今直ぐ俺達は手を引くから、けしかけるのは辞め・・逃げろーーー」
ゴロツキ共が消えて行った、ドナ子が目標に向かって突進する準備に入った所なのに、察しの良い奴だったな。
「この辺りってスラムかなんかなのか」
「どうだろうな、街の外れで有る事は確かだが、門番も近くに居るし、騒ぎが有ったら衛兵も来るだろうからスラムと言う訳では無いと思う。だが人を襲うには丁度良さそうな場所では有るな」
何のために奴らはこんな場所でタムロしてたんだ、何か理由がありそうな物だが。辺りを見回しても有るのは森だけだ、それ以外に目立った物は無い・・・うん森?
「なあこの森抜けたら何処に出られるんかな」
「森の先か、方向的に言えば街道か」
「都市から抜けるのに門以外から出ると何か罰則ってあるんか」
「市民権を持つ住人には有るだろうけど、私達には関係の無い話だな」
当然ドナ子と荷馬車を繋いだまま抜けられるような事は無い、だがトイレを召喚してからドナ子達を飼育小屋に入れた後なら、ハイキング気分で森の中に入る事は可能だった。
10分も移動すると森の切れ間が見えてくる、間違いなく街道だ、ただ崖のような段差が有る為騎獣に乗って移動することは出来ないだろうなと思われた。
3人で崖を下って街道に降りた、日が沈むまで取り敢えず北に向かおうと言う話になり、ドナ子を呼んで馬車に揺られながら道を進んでいく。
「夏目君も食べる?」
律子が食べて居るのは雑貨屋で買った飴だった。
「一個もらうわ」
俺も律子から飴を貰い、どんな味だが食べて見た。
「なあコレって高級菓子じゃねえの」
コンビニで売られて居る菓子と言うよりは、和菓子屋で売られて居るお高めの味がした。
「手間暇は掛かっていると思うから、日本で買うならこっちの方が高いと思うわ、でもコンビニの飴の方が美味しいと思うわね」
「そうだぞナツメ、私も律子の意見に賛成だ。と言うことでコンビニの飴を希望する」
ビニール袋に入った飴を渡しても味気ないと思い、1個10魔素の駄菓子屋で売っているような大粒の飴を10個程買って、1000魔素のガラス容器に入れて渡してやった。
「旨い、旨すぎる」
10万石饅頭かよ、心の内で突っ込んで舐めて居た飴をガリガリ噛み砕いて、ペットボトルの珈琲を飲み干した。
夕方に成ってドナ子を止められそうな場所を探し、トイレを召喚して保健室に移動した。
「なあエリスこの辺もバイカル領なんか」
「恐らくな、実行支配が出来ているのはバイカルの街とその周辺の村だけろうが、名目上の領地はこの辺りも同じだろう」
バイカルの街に領主は居なかった、なら他にも大きな街が有るのかと思っていたのだがそんな街はバイカル領には無いようだ。
「じゃあさ領主って何処に居る訳?」
「通常は王都だな、今はラルカント侯爵の街に居ると思うぞ」
「ラルカント侯爵の街って何処にあんの?」
「王都に最も近い貴族派の領地だ、中央に王都、そこから真西にラルカント領って感じだな。中央部は国王派、西部は貴族派、東部が公爵派となっているが、国王派と貴族派は拮抗、中立の公爵派は少数と言う情勢だ」
貴族派の盟主ラルカント侯爵が1番中央寄りの領地を持っている訳ね、そこに貴族派の領主達を集め、国王に対抗していると言う事か。
「面倒くさいんだな」
「臣民は置き去りだ」
国家情勢は不安定らしいが、一般人たる俺達には無縁の話だ、政変によって物価が上がろうともコンビニを使える俺にはむしろ儲ける機会だろう。
荷物の整理が大変だった、保健室に荷物を詰め込めるにしても限界が有る、購入した洋服類だけでテーブルの上が満載だ、食事をするスペースにも事欠いてしまう。
「買いすぎちゃったみたね」
「やっぱ調理室を開放するしかないか、次行く村で荒稼ぎしないとな」
残りの魔素は10万を切って居る、調理室を開放してその上である程度の魔素は確保しておきたい。金貨1枚分も魔石が確保出来れば、しばらく補給の必要は無くなるんだけどな。
「晩飯何にする?」
「カレーとナンだ」
「私はカレーライスで」
「じゃあ俺も」
エリスはご飯を好んで食べない、ナンとカレーなら本格インドカレーの方が合いそうだが、残念ながらコンビニレトルトのラインナップに入って居ないので俺達と同じカレーを食べて居る。
「甘いシュワシュワも一緒が良い」
「ラッシーか律子ちゃん俺の分もお願いね」
「判ったわ、材料は冷蔵庫に有るから作るわね」
カレーを食いながらラッシーを飲んで、デザートにはヨーグルトと缶詰の桃を食べた、今日は律子と風呂の中でエロエロした後、エリスと同衾をして子作りに励んだ。
「朝っぱらから腰が痛いなっと」
日課の掃除をして日銭を稼いでから、朝食を食べる、律子はログインボーナスのグラノーラを食べて俺はおにぎりを食べる。エリスは焼いた肉とパンとスープを食べて居る、硬いパンも消費して欲しいのだが口にしようとしない。
「堅パンの処分に困るな」
「お昼に食べましょうか、サンドイッチにでもするわ」
「律子が作るなら安心だな、私はベーコンを挟んで欲しい」
「判りましたよ」
北を目指してドナ子に揺られる、牛車は時速30キロで進んで居た。
「なあエリス、この辺に有る村ってバイカルの領主の領地なんだよな」
「村に立ち寄って見なきゃ判らんな、恐らくそうだとは思うが違うかも知れん、少なくとも犬狼族の村では無いだろう」
街道沿いにやはり布がくくられて居る、色は黄色ばかりで商人の往来を待ち望んでいるようだ。
「律子ちゃんってこういう村と交渉して、食料とか水とか得てたんだよな」
「そうよ、怪我の治療くらいしか出来る事は無かったけど、農業指導なんて言葉が通じないと意味が無いしね」
「農業詳しいの?」
「公衆衛生の知識の延長上にね、土壌の性質によって必要な栄養素が判る程度だけど」
どんどん進んで行って10時になって一旦休憩することにした、8時くらいから移動しているから、90キロ程移動した事になる。
「馬ならもっと早く移動出来たりすんのかな」
「そんな訳が無かろう、普通の馬なら日に50キロ程進むのが限界だ、瞬間的には早く走る事も可能だが10分も全速で走らせれば馬が潰れるぞ」
瞬間的には70キロを越える速度を出す事が出来るらしいが、そんな事ドナ子だって出来る、つまり普通の馬はドナ子に全てが劣るって事なんだろうな。
「その口ぶりだと、普通じゃない馬ってのも居るのよね」
「ああ、ユニコーンやペガサスならドナ子にも負けない速度で移動するぞ、荷馬車を引くことは出来ないだろうけどな」
ユニコーンが居るのか、可能性の獣だな、ペガサスは羽根が有る馬だっけ違いがよく判らん。
だがここまで来れば追っ手も無いと判断して良さそうなので、ドナ子を飼育小屋に戻して俺達も保健室で休憩することにした、相変わらず荷物で狭いのだが。
「10時のおやつは何にするんだ」
「せんべいとお茶で良いんじゃね」
「嫌だ、甘い物が食べたい、なあ律子もそう思うだろ」
「私はせんべいで大丈夫だけど、エリスちゃんが甘い物が欲しいみたいだから、夏目君私もコンビニスイーツで良いわよ」
こういう所で1000魔素、2000魔素と浪費するから魔素が無くなって行くのだろう、しかし俺は自分の女が欲しいとねだるだなら答えてしまう男なのだ。
「ショートケーキで良いよな」
「2つだぞ」
「私はチーズケーキが良いかな」
エリスには2個500魔素のショートケーキを、律子には300魔素のチーズケーキを取り寄せて、俺はせんべいとお茶を食べた。
「このペースで移動出来るなら、昼には目的地周辺に到着出来そうね」
ナビでも有れば目的地まで誘導してくれるんだろうけど、そんな便利な物が有る筈もない。
「目印が川で距離も適当だし、本当に目的地かは判らんけどな」
犬狼族のフルムから聞いた場所は北に大凡120キロで近くに大きな川が流れて居る村としか聞いてない、村の名前は南の村、それは犬狼族の集落で1番南に有るからそう呼ばれて居るだけで位置的には王国内でも中央よりは北側らしい。
おやつを食べ終わって一休みしてから、またドナ子に乗って旅を続ける、誰一人としてすれ違う事無く大きな川が見える場所まで移動してきた、時間を考慮するとバイカルの街から150キロ程度離れて居たと考えた方が良さそうだ。
もっともドナ子の移動速度の30キロってのも大体の感覚なので、間違って居る可能性は大だ。
「やっぱここにも黄色い布が巻かれて居るんやね」
「貴族派と国王派の影響がすでにこんな田舎まで出て居るのかも知れん、私が王都を出てからかなりの時間が経過している事に違いは無いしな」
街道をそれ脇道に入る、鬼が出るか蛇が出るか、出来ればシベリアンハスキーくらいにしておいて欲しい、希望はトイプードルなのだが。
脇道から村へは30分と掛からなかった、つまり10キロから15キロって距離だから、日本の感覚で言うと結構離れて居る。舗装は当然していないのだが、街道とは違い轍が少なく草がボウボウだ、普通の馬車ならとてもこんな速度で進めたもんじゃ無いな。
「停まってくれ、あなた方は商人ですか」
門番に止まるよう言われた、目元まで毛で覆われて居るチャウチャウ君が槍を片手に静止する、背丈は俺の腰くらい、正直お持ち帰りしたい程愛くるしいが声だけはおっさんの物だった。
「商人っちゃ商人かな、本職は荷運びなんだけど荷物が無くてね、今は真似事で商人をやらして貰ってますよ」
下手に出て見て様子を伺う、とても商人らしからぬ口調は若造だから大目に見て欲しい。
「取り扱って居る品物は何ですか」
「雑貨と塩だよ、本音を言えば魔石の購入が目的なんだけど」
「良かった、歓迎します。先ずは村長の所に来て頂いて宜しいですか」
「宜しいですよ」
門番に案内されて牛車のまま移動する、それに関しては門番や近くに居た住人達は何も言わない、子犬のような可愛い犬狼族が後を追うように追いかけて来る、2、3匹お持ち帰りしても大丈夫か後でエリスに聞いて見よう。
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