第13話「獣人」
目的の人物が店に現れたのは、ガンボ商会が帰って行った後2時間程経過した頃だった。
「ここはサンド商会の店だった筈だが、あんたらナニモンだ」
「私達は借金取りだ、貴様こそ何者だ」
先程と同じようなやり取りが有って、最初に対応していたのはチンピラ風の男だったが、そんな事は対して重要な事じゃ無いエリスは普通に対応していたが、俺と律子は驚きの余り声も出なかった。
「姉さんはお貴族様かい、俺はこの辺りを取り仕切っているダラーズってもんだ、俺もガキの使いでこんな所まで来てないから手ぶらじゃ帰れねえ。まあ姉さん達だってそうなんだろ、それで野郎に貸した金はいくらなんだい」
チンピラを後ろに下げて前に出てきた男の顔を見つめる、思わず家に連れて帰りたくなようなつぶらな瞳をしていた。
「金貨100枚だ、コレがバイカルの代官が発行した証書だ」
その男の頭には耳が有る、当然っちゃあ当然なのだがその位置が頭の真上で三角形にとんがっている猫耳だ、背丈も俺の腰より少し高いくらいで、凄まれても全く怖く無かった。
「キッチリ書類まで揃って居るのかよ、今即決で決めてくれるなら金貨30枚でその書類を買い取るぜ」
まるで地上げ屋と居座り屋の会話のようだ、本物より質が悪いかも知れない、なんせこちらの世界の命は軽いようだし。
「悪く無い額だな、それで条件は」
こいつが世に言う獣人か、しかしどちらかと言うと俺のイメージではケットシーだ、妖精と言いたいくらいに可愛い。
「この建物から出ていってくれりゃあそれで良い、中に有った荷物なんかどうでも良いぜ」
あんな紙切れ一枚で金貨30枚も儲かった、でもエリスには危ない事は控えて欲しい、なんせ俺の女だしな。
「私達はバイカルに着いたばかりなのだ、何か気を付けておくべき場所や人物が居たら教えて貰えないか」
「そうだな、金貸しのゴードンってのには関わらない方が良いぜ、後は悪所だな病気持ちだらけで鼻が落ちちまうって話だぜ」
梅毒か、何日か前まで童貞だった俺が知ってる知識と言えばそのくらいしか無いが、律子ならもっと詳しい話でも知ってるだろう。
「判った金は旦那に渡してくれ」
エリスは証書をダラーズに渡すと、ダラーズ証書をもう一度確認して部下に渡し、懐から財布を取り出し金貨30枚を一枚ずつ俺に渡してくれた。
「間違いないぞエリス」
「あんたら殺しに慣れてそうだな」
「そうでも無い」
実際俺は一人だって殺しちゃ居ない。
「そうかよ、話が早くて良かったぜ」
「もう会うことも無いだろうが、ここの代官の評判はどうなんだ」
「悪かないぜ」
俺達はそのまま商会から出て、後を付けて来ている奴が居ない事を確認するまで街中を歩き回った。
「他に街に行った方が良さそうだけど、エリスはこの辺りの街には詳しいのか」
回収屋のダラーズが代官の事を悪く無いなんで言うって事は、つまりそう云う事だろう、息子の仇とは直接向かって来ないかも知れんが、どんな手を使ってくるか想像も出来ない。
「全く知らん、ただ街を出る前に、金が手に入った事だし服が欲しい」
それは俺も同意する、流石にコンビニで買える服なんてまともな物がない、男物ならTシャツと短パン、女物だとキャミソールくらいしか売って無いのだ。バスローブが存在していたことは奇跡なのではと思う。
「それには俺も賛成、律子ちゃんは何か欲しい物無いの」
「服の他だとソファーとか、まともなベットとか、無いなら布や綿が有るなら代用品を作る為の道具が有れば良いかも」
ソファーは確かに欲しい、保健室の椅子は律子の机の椅子が1番ましで、後の椅子は硬いからな、長時間座って居たい物じゃない。手芸用品や木工の道具はコンビニでも買えるが、木材が布なんかの材料は流石に取り扱って無い。綿は有る見たいだが多分割り高なんだろう、手芸綿300グラムで3000魔素もする。
「服屋って何処に有るんだ」
「大通りに有るだろうな、普通の街だと」
商店街って奴か、引越し先の商店街はことごとくシャッターが仕舞っていたが、元いた街なら一応まだ存続していた潰れるのは時間の問題だと思うけど。
大通りに入ってブラブラと歩いていると何件かの服屋が目に入る、高級そうな店は吊るしの服じゃ無くて注文服らしい。そもそも既製服と言う概念が無く、吊るしで売られて居る服は全て中古品だった。
その中でも比較的マシな中古服の店に入る、ここは貴族や羽振りの良い商人が着ていた服を売っている店で、購入するのは街に定住する上流市民が買っているようだ。
「ビンテージって言うより中古服だなこれは、ホツレなんかは直して有るみたいだけど、これを着るのか」
比較的使用感の薄い服を選んで購入する、時間が有ったらオートクチュール気分で作ってみたいものだ、自分にピッタリな服ってどんな感じなんだろうか。
俺は5着程選んで、エリスと律子はそれぞれ上下10着程選んでいた、そこから更に選ぶのは正直飽きたから全部買ってしまうとこにした。
「全部で金貨2枚と銀貨1枚になりますが宜しいのですか」
「よろしくは無いけど、選ぶのが面倒だから買っちゃうよ、これだけ買うんだから少しくらいはオマケしてくれるだろ」
「そうですね、金貨2枚キッチリで宜しいですよ」
多分もっと安く買えるんだろう、けど俺には買い物の才能が無いようだ、これ以上2人の買い物に付き合える自信が無い。
「じゃあ包んでくれるか」
「お直しは宜しいのですか」
「直しって裾上げ?」
「はい裾と袖と丈を調整しますよ」
金貨2枚にその人件費も含まれて居るらしい、どうも金貨1枚の価値は相当高く、人件費は逆に安いようだ。
「何日で出来るの?」
「3日頂ければ仕上げさせて頂きます」
一旦3人で集合して話合いを行う。
「律子ちゃん直しって出来るの?」
「裾上げくらいなら出来るけど、袖や丈は無理かな、それにこの数を3日で仕上げるってちょっと想像も出来ないかも」
当然そうだよな、うちの母ちゃんなんて裾上げすらテープでしかやってなかったし。
「エリスは3日くらいなら大丈夫だと思う?」
「ナツメの部屋の中で過ごせば良いのでは無いか、あそこに入って来られるとは思えんし」
「エリス頭良いじゃん、その案採用」
服を買った後家具屋に寄った、革張りの椅子は存在したがこれじゃない感が強い、ソファーはもっとふかふかな物じゃないと駄目だ。そうは言っても無い物は仕方ない、2人掛けのソファーと、1人掛けのソファー2つを金貨3枚で購入する。
布と綿は服屋の紹介もあって割安で購入出来た、1mの10m枚の反物3本と綿30キロで金貨3枚、綿20キロは反物のオマケ扱いだったようだ。
「夏目君木材もお願いね」
DIYでもするつもりなのだろうか、俺はまともにノコギリすら使った事が無いのに、期待されても出来ないぞ。
木材を運ぶためには荷馬車に乗せて運ぶ必要が有る、ドナ子を小屋に入れる時荷物と一緒に荷台も定位置にしまわれるのだ。
そこは材木屋というよりは、製材所と言った方が良さそうな工場で、働いているのは犬の獣人だった。購入の交渉はエリスが行う、4m程の柱を10本、その柱を6等分した細い部材を2束、12等分した部材も2束購入して荷馬車に積み込む。
40センチ幅で5センチ厚の板材4mを20枚、何に使うのか知らないが、この板材が結構高かった。木材全てで金貨5枚も吹っ飛んでいった。
僅か数時間で金貨13枚が無くなる、チンピラヤクザから金貨30枚をせしめて無かったら、こんな散財は出来て無かったな。
「そろそろトイレを呼んどく?」
「そうね、まだまだ見たい物は有るけど、暗く成ってきたから帰りましょうか、エリスさんでもそれで良い」
「構わんぞ、ドナ子を洗ってやりたいしな」
問題は何処でトイレを召喚するのだと言う事なのだが、製材所の近くで良いかという事にした、そもそも人出が少ないし近くに民家も無かった。
「荷物の山だな」
野盗から奪った荷物と、サンド商会からかっぱらってきた荷物、それに今日買い物してきた荷物がテラスに並んでいる。
「保健室の中には入り切らないわね」
「布と食べ物だけは中に入れとくか」
3人でトイレと保健室ってのは無理が有る、雨が振ることが無さそうな事が救いだな、湿気は少ないが砂埃はどうなんだ、大丈夫そうだがなんか布や食い物を外に置いとくのは嫌だ。
「私はドナ子を洗って来るぞ」
「よろしくどうぞ」
エリスが率先してドナ子の面倒を見てくれる、ドナ子もエリスの事を好意を持って接してるらしい。エリスがドナ子の面倒を見てくれている内に片付けに入る、最初から判っていた事だが狭い、狭すぎる、一人住まいの1ルームで3人同居しているのと変わらん。風呂と脱衣所は有るのにキッチンすら無いから1Kですらない。
「部屋の増設を考えんと駄目か」
「中庭に作るの?」
「魔素を対価にスキルで拡張出来るって言ってなかったか」
「多分聞いてないと思うわ、でも出会った初日からしばらくはぼーっとしてたから、自信は無いわね」
調子が悪い女と懇ろになったなんて、なんて悪い人間なんだろうか、でも我慢出来なかったんだもん。
「50万魔素で調理室が開放出来る」
「直ぐにと言いたいけどれ、50万魔素はちょっと悩む金額ね。今70万弱くらいだっけ」
「59万8400魔素しか無いな」
主にエリスの食事と、律子の化粧品とでガンガン減って居るのだが。
「多少狭くても我慢するわ」
「拡張に反対って事だな」
「今の生活水準を落としたく無いの、そのためには余裕も必要でしょ」
この先も必要な日用品沢山出てきそうだしな、木工用品や手芸用品も買わんと駄目だし。
「次の村で魔石を補充するまで保留って事にしておくか」
「御免なさい、夏目君には不自由を掛けるわね」
「その分身体で返して貰ってるから良いけどな」
おおよその荷物は運び込んだが、このゴチャゴチャした空間で暮らして行くのか、早急に次の村に移動せねば。
うん慣れたよね、2日で慣れた、人間狭っ苦しい場所でも生活出来るもんだと感心したわ。広い中庭が存在するから圧迫感は無いって事も有るが、散らかっている事に慣れてしまうともうどうでも良くなってしまう。この状況に最も対応しているのがエリスだ、むしろこういうゴチャゴチャ部屋で生活していたのだろう、部屋を広げるよりお菓子が良いとハッキリ言われた。
「なあエリス」
「何だ」
聞こうか聞くまいか迷って居た事をエリスに聞いてしまおう、前もって宣言するが、俺は人種差別主義者では無いと言っておこう。
「あの犬や猫の人って獣人って奴か」
「獣人とはご挨拶だな、奴らも人だぞ」
「うんそうなんだ、それは良いんだけど初めてみたからさ」
「そうなのか、ニホンには居なかったのだな」
「居ない居ない、あんな可愛い種族攫われたりしないのか」
「子供は攫われやすい物だろ、それは種族を問わずだ」
そうなのか、そうなんだろうな、しかしアレ凄んで居たが強いのだろうか。
「ダラーズって言う子猫ちゃん、強さはどんなもんなん?」
「猫虎族の戦士は素早さが命だ、あのダラーズと言うヤクザ相当な使い手だと思う、足音が全くしなかったからな」
足音がそう言えば他の猫人達とは違って、あの虎柄の猫人足音が聞こえなかったな。元々猫の足音なんてあまり聞いた事は無いが。
「混血って可能な感じ?」
「無理だな、精霊種と人種での混血は難しい。エルフやドワーフとなら、人種でも子供は作れるらしいが、あまり聞いた事は無い」
おう、エルフやドワーフも居る世界な訳ね、今まで偶々出会わなかっただけか。
「言葉や文字は同じなんか」
「王国内では同じだが、よその国の事は知らない、もっと西の方に行くと精霊種の国が有ると言う話だがどんな言葉を話しているかは知らないな」
「律子ちゃんは何やってんの」
「ミシンの調整よ」
「ミシンなんて有ったんだ」
「これは私物で壊れて居た筈なんだけど、何故か直っているのよね、夏目君のスキルのお陰なのかしら」
ミシンなんて物何処に有ったのだろうと、律子が作業しているテーブルの上をみると、想像していたよりも小型のミシンが鎮座している。ケースにしまうと唯の箱だったので、あれを見てもミシンだとは気づかなかったのだろう、もし判ったとしてもミシンの使い方なんて知らない。
「スキルって言えば律子ちゃんレベルとか上がって無いの?」
「上がって無いわよ、ここに来てから魔物を倒して無いし」
倒したのは人だったな、人でもレベルが上がるのかと思ったがどうやら経験値は入らないらしい、同族同士の殺し合いの抑制ってやつだろうか。
「レベルが上ってもスキルって手に入るの?」
「今の所5の倍数でダイスが振れてるけど」
「へえー」
興味が有るんだか無いんだか、生返事をしながらミシンをいじり続けている、明日からまた移動の旅が続くから良いかと放置した。
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