第12話「逃亡の理由」
森の中から戻ると律子が野盗達の懐を探っていた、これは俺が指示したことなので仕方ないが、ちょっと怖かった。
「そいつら何か持ってた?」
「少しのお金と手紙を持ってたわ、当然読めなかったけど」
「そう、助けた3人を一緒に連れて行くことになったからそのまま持っててよ」
「良いわよ」
野盗達を道の端に捨てると、3人を荷馬車の中に入るよう促した。
「サンドさんだっけか、荷台に座ってても良いけど、中の荷物に手を出したら腕を落とすからそのつもりでな」
「そんな事するわけが無いじゃ無いですか、私はまっとうな商人ですよ」
トイレに行きたかったのだが、まさかサンドの目の前でトイレを召喚する訳にはいかない、ある意味野盗達より質が悪そうだからな油断は出来ない。
「カーリンさん、乗合馬車が襲われたって場所は何処だったんだ」
「この森の真ん中程の街道です、馬車は車軸が壊されて居たのでそのままじゃ動かせもしないでしょう」
まだ荷物が残っているかと期待して、打ち捨てられた乗り合い馬車まで移動してみたのだが、そこに有ったのはただの残骸でしかなかった。
「馬も居ないんだな」
残骸だけでは無く裸に剥かれた人の死体も有った、野盗が持ち物を物色するために脱がせたのだろう。
「よくメラニーさんが裸に剥かれずに済んだもんだ」
「人質の価値が下がるからでしょう、あの野盗達には裕福な農家の娘だと信じさせましたので」
殺されて居たのは護衛が2人に乗合馬車の御者、少し年配の夫婦に使用人らしい少年の合わせて6人だ。
「他の生き残りは?」
「3人程居ましたが、どうなったかまでは判りません、1人は女性だったのでどこかで慰み者に成っているかも知れません」
「野盗もここで死んでる4人と俺達が倒した3人以外にも居た感じかな」
「そうですね、野盗は10人程居たと思いましたが何処に行ったのかまでは」
あまりこの場所に留まる事は避けた方が良さそうだ、ドナ子に言って先を急いで貰った。
「あの少し良いでしょうか」
「どうかしたのか」
「恩人の名前を教えては貰えないかと思居まして」
サンドが猫撫で声で聞いて来たので裏がありそうだと勘ぐってしまう。俺達の正体を探ろうとしているのだろうか、正体もクソもただの異世界人なのだが。
「俺はナツメだ、見ての通りの牛飼いだな」
「私はエリスだ、ナツメの嫁だ」
律子にはサンドの言葉が通じ無いので返事をしていない。
「本当に見事な馬車で御座いますな」
「牛が引っ張ってるから牛車じゃねえの」
「誠に立派なで牛車で御座いますね」
速攻で訂正してきた、狙いは荷物から荷馬車に矛先を変えたらしい、こちらの馬車がどんな物か判っちゃいないがサンドの様子を見る限り、金になると踏んだのだろう。
「何処で手に入れられたもの何ですか」
「お前に話す必要性を感じんな、しつこいようだと歩いて帰らすぞ」
エリスが武力を前面に押し出して商人を黙らせた、そこに痺れる憧れるぅ。
その後は何の問題も無くバイカルの街に近づいていった、静かにしているサンドが少し不気味だが、何が出来る訳も無いだろうと高を括っていた。サンドが動き出したのは街に入る直前、街の入口を護る衛兵が居るその場所でだった。
「お役人様、コイツラは私の牛車と荷物を奪おうとしている悪党なのです、どうかお助け下さい」
くっさい三文芝居が始まった、サンドは衛兵に袖の下を渡しているのが目に入ったが、役人は受け取ろうとしないし、カーリンとメタニー親子も関わろうとする様子を見せなかった。
「サンドよ、お前が牛車なんかを持ち合わせて居なかった事くらい私達が知らないとでも思って居たのか」
「この牛車はわたしサンド商会の当主がオークランドで仕入れて来た物なのです、その事はここに居られるバイカルの代官様のご息女カーリン様が証言して下さいます」
「サンドあなたは本当にどうしようも無いバカだったのですね」
カーリンが首を振ってサンドを見限って居た。
「貴族で有る私を野盗呼ばわりしたのだ、その男の処分は私に任されたと思っても良いのだな」
「はい」
えっ?貴族?あんな今にも空腹で野垂れ死にそうだったエリスが、俺下手したら死んでたな本当に。
「こいつには金貨100枚分の貸しが有る取り立ては可能か」
「商会が有りますのでその程度の支払いで有れば恐らく」
20倍の請求額にしちゃいましたよエリスさん、それでどうするのかなと命乞いしているサンドの首を、声を上げる前には切り飛ばしていた。
「そのゴミは片付けて置いてくれ」
「わかりました・・・」
再び牛車に乗り込んで街の中へと入って行った。
「エリスってお貴族様だったのか」
「騎士の家系だと言って置いた筈だが」
「だって無一文で死にそうだったじゃん、貴族ってもっと金と権力が有るもんだとばかり」
「無役の貴族に金なんか有る訳が無い、出ていく金額がデカイからな」
付き合いとか教育とかだろうか、確かに平民よりは入用な金額はでかそうだ。
「カーリン殿、あやつは身内だったのだろ」
「ご存知でしたか」
「妾の私生児と言った所か」
「年の離れた弟でした」
身内も身内、弟の首を刎ねられても眉ひとつ動かさなかったのか、やっぱ貴族って恐ろしいわ。
「私と娘を迎えに来たのがサンドでした、父からは相応の金を渡れて居たでしょうに、オークランドに到着した時には無一文でした」
サンドの話なんてどうでも良いのだが、この先どうなってしまうんだろうか、今向かっている先はカーリンの実家な筈だ。
道々聞かされたのは主婦の愚痴だ、嫁ぎ先の姑のイビリが酷いとか、だんなが浮気をしているだとか、オークランドを統治している伯爵がハゲだとか、まあ俺達には何の興味も無い話題ばかりだ。
カーリンの実家もエリスと同じ騎士の家系らしいが、代官の役職に就いているだけあって、どれだけデカイんだと言う屋敷に住んでいるようだ。俺達が到着すると、屋敷の中に案内され、そこでカーリン親子とは別の部屋に案内された。
「いきなり意趣返しに襲われたりしないよな」
当然俺達も武器の類はしっかり身につけて居る、律子には弦の張り具合まで確かめさせている。机の上には飲み物が出されて居るが、誰も手にしない、毒殺を恐れて居るのだ。
「普通の貴族なら無いが、時々居るボンクラ貴族なら襲って来るかもしれん、そうなったらこっちの物だ。当主に決闘を申し込んで有り金全部巻き上げてやる」
「有り金は巻き上げられたくないので、君等を襲うような真似はせんよ」
私とエリスの話に割り込んできたのは、恐らくカーリンとサンドの父親なのだろう、えらく貫禄は有るが思ったよりも若い。
「自己紹介は必要無いだろ」
「そうだな、そうしてもらおうか、どうしようも無い奴だったが、アレでも一応は私の息子だった」
親子の縁より体面が大事なのだろうか、ヨーロッパ的な貴族では無く、日本古来の武士的価値観を持ってるのかも知れないな。
「約束の報酬は貰えるのだろうな」
「勿論だ娘と孫娘の分がそれぞれ金貨1枚だな」
「サンドの分は」
「それは直接取り立てでも何でもして欲しい、私とは赤の他人と言う事に成っているのでな」
金貨2枚はその場で直ぐに渡された、俺が貰うのかよ、机に置かれた金貨を手にすると直ぐに部屋から出る。
屋敷から出る時に、役人を捕まえて金貨100枚の借金を証明する証書を書かせた、エリスは本気でサンドの遺品から金貨100枚を回収するつもりらしい。俺達はドナ子の無事を確かめるとそのまま荷台に乗り込み、代官所から脱出する事に成功した。
「エリス危ない橋を渡るのは辞めてくれよ、本気で怖かったぞ」
「何心配いらん、この奴らで手練はあの当主くらいの物だ、それも年の所為で十分に動けないだろうから勝算がアリアリだ」
俺まだ人殺しなんてやった事が無いから、対人戦でどこまでやれるのか自信がない、俺よりも弓で射た律子の方がまだ肝が座ってるんじゃないだろうか。
「それで何処に向かえば良いんだ」
「サンドの商会を占拠するぞ、ここからは時間との勝負だ、どうせ借金まみれだ頂ける物はもらっておこう」
借金の証書を貰う時にサンド商会の場所も聞いていたらしい、街中でドナ子が出せる限界速度で移動し、サンド商会の看板を確認すると店の前にドナ子を横付けし、商会のドアを蹴破る勢いで中に入った。
「ちょっと貴方達は何者ですか、ここをサンド商会だと知っての狼藉ですか」
「私達は借金を回収しに来ただけだ」
「借金の回収ね、サンドさんが誰の子だか知っててその口を聞いているのですか」
店番は女で年は30代前半くらいだろうか、サンドは一人身だと聞いているので、内縁関係に有るか恋人かと言った所か。
「コレが借金の証書だ、署名している人物の名前を確認するんだな」
「これは・・・サンドさん死んだんですか。私唯の店番なんでよく解らないんで失礼しても良いでしょうか」
「サンドの恋人では無いのか」
「いえいえ、飛んでも無い、私とサンドさんは雇い主と店員の関係なので、全く繋がりなんかは有りませんよ」
店から出ようとした女の身体検査をエリスが始める、店の物を持ち逃げしていないかと言う確認の為だったが、案の定店の売上を持ち逃げしようとしていた。
「これは私のお金なんです」
「ほう、出る所に出て調べて貰うか、嘘だったら奴隷落ちだな。私はこう見えても貴族籍に有るんだが」
「嫌ですよ貴族様、私何か勘違いしてたみていです。コレは確かサンドさんから預かってたお金でした、お返ししますね。この指輪と首輪もサンドさんから貰った物でしたので、置いて行きますね」
笑顔で後ずさる店員は、出入り口までたどり着くと、一目散に逃げ出した。
「儲かったな」
「あの女を奴隷に落とすつもりだったのか?」
「そこまでは出来んだろうな、精々財産を没収するくらいが関の山だ、それも面倒な手続きが必要に成る私はやりたく無いぞ」
やけに手慣れて居るのだが、エリスは同じような事を借金取りからやられて居たらしい、エリスに返す義務の無い取り立てだったようで、逆に借金取りを痛め付け慰謝料だと持ち金を奪ってしまったようだ。
そんな事をしている内に、王都に居られなく成って、最後は兄を屋敷に転がして逃げて来たってのは聞いた通りらしい。
と言うのがエリスの主張だが、・・・
怪しいな、エリスが王都から逃げ出したのって、貧困以外にも理由が有りそうだ、今更別かれるなんて考えられないが、エリスの話た内容が100%真実だとは思えなくなってしまった。
「それでこの後どうするつもりなんだ」
「店を占拠するって言ったろ、この店の名義を変えてしまえば1番良いのだが、その為には代官所に行く必要が有る、私の為に代官の部下が骨を折ってくれるとも思えんしな」
言いたい事は判るがそれでどうやってこの店を金にするのかが疑問だったのだが、その答えはもうすぐ判るとはぐらかされた。
「今のうちに店の中の物をナツメの部屋に運び込むぞ」
トイレを召喚して店の中の物を全て運ぶ事になった、ようやく人の目を気にする必要が無くなったので、ドナ子を飼育小屋に戻し律子のスマホから交渉術言語セット1を取得する事に成功した。
「エリスさんよろしくお願いします」
「リツコも話せるようになったのだな、任せておけ、私が第1夫人としてリツコを妹のように護ってやるからな」
律子が首をかしげて居る、流石に律子の方が年上だと言う事は理解しているから、妹のように護ると言われて違和感を抱いたのだろう。バレるまではエリスの年齢は秘密にしておきたい。
日用品が大分充実した、特に机や椅子なんかをテラスに設置出来た事は大きい、焼き肉を部屋の中でやらずに済む。
商品の運び込みは一段落した、使用感満載では有ったが台所の物や、リビングに有ったソファーや家具などの調度品も運び終わった。そうこうしてる内にサンドの店を訪ねて来た人間が居る、目的の人物では無かったが、エリスのやろうとしている事が朧気ながら見えてきた。
「あなた方はどなたなのですか」
「お前こそ誰だよ」
「私は納品した品物の、代金を回収しに来たガンボ商会の番頭です」
「俺達は借金取りだ」
サンド商会に商品を卸して居た元売りが、サンドの訃報を聞いて、代金の回収もしくは商品を引き上げにやって来たのだが残念ながら既に店の中は空だ。
「商品が並んで居た筈ですが」
「そんな物は知らん、私達は店の権利を差し押さえに来ただけだ」
「こちらにはサンドさんと交わした契約書が有るんですよ」
代金が支払えなかった場合は商品で代物弁済するような事が書かれて居たが、支払期限は来月の末だ。
「そんな事は知らんな、うちには代官所で発行された証書が有る」
ガンボ商会の番頭が証書に書かれて居る内容を確認している、破りすてたら面白い事になるのになっと思ったのは俺だけだろうか。
「我々は引き上げます」
もっとゴネるかと思われたガンボ商会の番頭は帰って行った、外に数人の人影が見えて居たので押し込んでくるのかと思ったのだが、荒事要員では無かったらしい。
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