第9話「山口律子」

 転がっていた自転車を担いでトイレに入る、律子は先に入っていてトイレの様子に驚いていた。


「ねえここって職員用トイレなのよね」


 俺が入っていたのは間違いなく職員用のトイレだ、何故だかと言えばお尻洗浄機能が付いてあるトイレは、ここにしか無かったからだ。


「私職業柄男子トイレにも入るんだけど、私の知ってる職員用のトイレと微妙に違うわよね」


 違うわよねと言われても俺に判る筈が無い、なんせ俺は入学したてだったし、そもそも職員用のトイレに入ったのは腹を壊したあの日が初めてだ。それなのに何で職員トイレに、お尻洗浄機能が付いていある事を知っていたのかと言えば、担任が教えてくれたからだ。


「何処がどう違うって?」

「新し過ぎるのよ、改修工事をしたのって20年は前の事よ、ここ20年も経過したトイレには見えないわよね」


 そう言われて見ると確かにまだ新しい気がする、だからと言ってそんな違い俺に判る筈も無いが。


「1番奥のトイレは壊れて居た筈なのに、使えそうよね」

「大きい方は3つ共使えるよ、全部使ったからそれは間違いない」


 気分を変えて見る為に使っただけで特に意味は無い。


「本当に貴方がスキルで作り出した空間って事なの・・・かしら」


 そんな事は知らないよ、自転車を中庭側に移して俺も窓を飛び越えたのだが、律子が窓の前で立ち尽くしている。


「どったの?」

「窓を越えられないの、体力がこんなに落ちて居るなんてね、悪いんだけど手伝ってくれないかな」


 外でもセクハラを行っていたので、それは構わないのだが、律子を抱き抱える事になって、臭いと汚れが私にも移ってしまった一刻も早く風呂に入らねば。


「遅かったな、ドナ子を洗ってやって小屋に戻しておいたぞ、それとな小屋の横に荷馬車が置かれて居るんだがアレも夏目のスキルなのか」

「いやアレはミッションの報酬だな、今はまだ使う必要は無いと思う」


 報酬は貰えたらしいが、今はそれどころでは無い、俺には風呂に入らなければならないと言う崇高な使命が有る。


「ああそうだな、それは良いとしてナツメが押してるのはこの女が乗っていた乗り物だな、私も乗ってみたいんだが駄目か」

「構わんけど、練習しないと乗れないぞそれ、それに汚いから洗ってからだな」

「私が洗ったら乗っても良いんだな、よし早速洗う事にしよう」


 エリスが自転車を抱えて、洗い場に行ってしまった、エリスの汚れた鎧を洗った場所だから自転車も洗えるだろう。


「ねえあの子自転車をどうするつもりなの」

「洗ってくれんだってさ」

「そう、別に構わないけど」


 律子と一緒に保健室に移動して入り口の前まで来た、律子は不思議そうに出入り口を眺めて居る。


「なんかおかしいか」

「私の知ってるフシ高の保健室には外に出る出入り口は無かったわよ、昇降口の隣に有ったから態々勝手口を作る必要は無いと思わない」


 そんな事を言われても入学して僅か数日しか通ってないのだ、保健室どころか自分の教室以外殆ど出入りした事は無い。


「中も違う?」

「多分ね、やっぱり扉は開かない訳ね」


 律子が扉を開けようとしても、うんともすんとも言わなかった、俺が許可を出すとやっと扉が開いて中に入る事が出来た。


「それで何が違うんだ」

「テレビと電子レンジ、それに珈琲メーカーが無くなっているわね」


 そんな物が存在したのか、確かに電子レンジが有れば食事の幅が広がる、コンビニで購入しても温めてはくれないから、湯煎出来るおかずかスナックコーナーの物しか買ってなかった。


「他にも細かい事を言い出すと沢山有りそうね。それで私はどこで身体を洗わせて貰えるのかしら、お風呂が有るって言って居たわよね」

「風呂場で洗えば良いんじゃないの、俺も律子ちゃんを抱えて汚れちゃったから一緒に風呂に入るつもりだけど」

「そう」


 律子の手を掴んで一緒に脱衣室に入る、私が服を脱ぎだすと物珍しい物でも見るかのように、風呂場の扉を見つめて居た。


「服のまま風呂に入るつもりなのか」

「ここって何なの?」

「脱衣室じゃないのか、洗濯機と乾燥機は有るし、洗面所も有るし」


 何か変なのか、小学校でも中学校でも保健室にシャワー室は併設されていたように思うけど。


「高校におもらしするような子供が居る訳が無いでしょ、そんな無駄な施設作る余裕なんて無いわよ」


 そうなのかてっきりそれが普通なんだと思っていた。


「使えるのよね、なら有り難く使わして貰うわ」


 俺の目なんて気にせずどんどん服と言うか、布を剥ぎ取りだした、臭いし汚い、これは焼却処分だな洗濯機を回すだけ無駄だろう。全裸に成った律子が風呂場に入っていく、流石にこの扉までは俺の許可は必要ないらしい。俺ももちろん律子に続いて風呂場に入っていく、律子は風呂に張られて有る湯をチャプチャプしながら涙ぐんでいた。


「風呂に入るのは身体を洗ってからだぞ」

「うん」


 素直に成っているようなので、身体にシャワーを掛け濡らしてやったが全く汚れが落ちて行く気配が無い、エリスの時でさえ黒い水くらいは流れて居たのだが汚れが固着してしまったか。


スポンジに石鹸で泡立てて、律子の背中を洗ってやるが汚れが泡が全く立たない、直接身体にボディーソープを掛けてゴシゴシ擦るとやっと白い地肌が見えて来た。


「ボディーソープ丸々1本使ってやっと汚れが落ちた感じだな」

「ごめんねこんな貴重品を使わせてしまって」

「そこは後で身体で返して貰うから大丈夫、次は髪の毛かこれドロが頭に付いてないか」


 先に髪の毛を洗ってやったら良かったか、枝毛だらけで全く指がとおらない髪をシャンプーで洗う、5回目でやっと潤いが戻ってきた。臭いもシャンプーの香りがする、排水溝に詰まった泥や砂を見なかった事にして、トリートメントで仕上げるとやっと湯船に入れた。


「こんなに気持ちの良いお風呂は初めてよ」

「おれも」


 風呂の中で律子を堪能してたら我慢の限界を越えた、後の事は余り記憶に残っていなかったが、気持ち良かったとだけは言っておこう。





「本当にあなた最低よ、まだ私貴方の名前すら聞いて居ないのに、風呂場であんな事」


 流石に自分自信でも調子に乗ったと思うから少しサービスしておこう。


「名乗って無かったか俺の名前は夏雨、黒田夏雨15歳異世界に流れ着いた高校生だよ。着替え必要だろこれバスローブと下着、それにサンダル」

「ちょっと今何処から取り出したの」

「言ってなかったっけ、スキルで買い物が出来るからコンビニで買えるような物なら、買えるんだよ」


 下着を履いてからローブを着た律子が詳しい話を聞きたいと言ってきたが、先に食事にしておいた方が良さそうだ。中庭を縦横無尽に走っているエリスを呼んでから昼食にする事にした。


「初日なんて何でも食べたい物を言ってみてよ、買えるもんなら買うから」

「そうね、胃腸が弱っていると思うからお粥が食べたいんだけど有るかしら」


 一覧からお粥を選択すると、中華粥と海鮮粥の2種類が出て来た、米は有るから調味料さえ揃えておけば作れない事もなさそうだが、今日の所はレトルトのお粥だろう。


「中華粥と海鮮粥好きな方を食べてよ、カセットコンロを使えば湯煎は出来るでしょ」

「2つも勿体無い、私は海鮮粥を貰うわ、それとそうねバナナとヨーグルトは有るかしら」


バナナ、そんな物売ってるのかよと確認すると有った、ヨーグルトは見かけた事が有る商品だから迷わず購入する。


「エリスは何を食べる」

「柔らかいパンと、茶色い煮込んだ肉が良い」


 エリスが言う茶色い煮込み肉はビーフシチューの事だろう、同じようなメニューが続き俺は大分飽きているのだが、エリスの方は旨いと言ってバクバク食べて居る。


「あらお蕎麦、本当にコンビニに並んで居る商品みたいね」

「弁当が温められたら弁当を買うんだけどな、レンチン出来ないんだよ俺のスキルじゃ」


 ざる蕎麦とおにぎりを食べて、麦茶を飲んだ、麦茶は朝沸かして粗熱を取ってから冷蔵庫に入れておいた。エリスは珈琲牛乳を、律子は自分で緑茶を入れて飲んでいるようだ。

俺は早々に食べ終わると律子のカバンからスマホを出して、律子に渡してやった、ゆっくりと粥を食べて居た律子も自分の携帯が戻って来て嬉しかったのだろう、早速ロックを外して内容を確認しはじめたのだが直ぐに俺にスマホを返して来た。


「貴方の所有物みたいよ」


 このスマホも俺がスキルで作り出したって事なのか、所有権が俺の名前に成っていて、律子は画面ロックは外せた物の勝手には使えないようだ。どうした使える用になるのか、取り敢えず救済システムを立ち上げてその辺りの事を探って見た。


「律子に貸し出し許可を出して置いたから使える筈だ、これでクエストなり、ミッションなりをクリアーしてスキルやレベルを上げて行けるようになった筈」

「そうなのありがと、でも私これから眠らせて貰うわね、眠くて眠くてスマホをいじる気力も無いの。夏目君が見ておいて貰えるかな、私どのベットを使えば良いのかな」

「好きな所を使ってよ、俺とエリスは空いたベットで寝るから」

「そうおやすみ」


 食事を終えた律子はそのままフラフラっとベットに移動すると、倒れる用に潜り込むとそのまま眠ってしまったようだ。


スマホの中身を確認する、指紋認証でロックが掛かっている、追加で俺を登録出来ないか試して見たらパスワードを要求してきた。4桁の暗証番号だったので、試しに律子の誕生日を入力したら、アッサリと認証されてしまった。今どきまだ誕生日をパスワードにしている人間が居るのかと、驚いた。


救済システムを立ち上げるとログインボーナスの文字が立ち上がって、グラノーラと瓶に入った牛乳が机の上に置かれる。随分と良いもん出すなと思ったが、3食フルーツグラノーラは嫌だなと素直に思った。

 それに牛乳なんて常温で長く保つ物でも無い、これならおにぎりとペットボトルの組み合わせは悪く無いかも、と思えた。

律子が異世界に転移させられてから98日が経過しているらしい、それは救済システムに表示されている生存日数と言う表示から一目瞭然だ。飛ばされて来た時間にずれが有るのかと俺のスマホも確認してみると、生存日数28日目の文字が有る、丸々60日の差が有るらしい。


 ミッションに関して言うと、『レベルを上げよう1(Lv1)』が達成していてダイスが回せる、俺が回してしまうのは不味いと思うのだが当人から許可は貰えて居るので回してしまう。


 レアが出た、一回目のダイスチャンスはレアが出る仕様なのか?俺の時もレアが出たように思うが。取得出来るスキルに俺が所得しているバトルマスターのスキルや取得を見送ったマジックマスターのスキルは無かった。理由は解らないが人によって取得出来るスキルが違うのかも知れない。


1番良さげな回復魔法マスターと言う奴を取得して置いた、これで名実ともに医療従事者って事で良いだろう、魔法が使えるようになるのかは知らないが。

 他に達成しているミッションは、俺と同じく『異界の大地に立つ』『魔物から逃げ延びろ』の2つと、『長耳うさぎを引っこ抜け』と言うミッションが完了していた。


『異界の大地に立つ』の報酬は俺のトイレットペーパー12ロールとは違い、ボックスティッシュ12個だった、微妙な違いの根拠が不明過ぎる。

 『魔物から逃げ延びろ』の報酬は俺と同じような靴だったが俺の靴より、色が茶色味が強いように思う。

『長耳うさぎを引っこ抜け』の報酬は何故か懐中時計だった、不思議の国の律子ちゃんかよっと突っ込んでみたが、一人きりだったので恥ずかしい。

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